「二億ね。」
新しくなった左手の調子を確かめているエクスに、ツバキはにこにこしながら言った。
「嘘だろ……」
「嘘じゃありません。本当にそれくらいするんだから。むしろ安くしてあげてるんですけど?」
疑うエクスに、ツバキは少し頬を膨らませながら抗議した。
現在、学園の授業は休止中だ。
校外学習において、事故が起こった為、現場調査に複数の教師陣が当たっている。
そのため、学生たちは急な臨時休校で各々好きに余暇を過ごしていた。
エクスは朝方、ペルと少しばかりいちゃついてから支度を済ませ、左腕の修理にツバキの元へ赴いた。腕はスペアがあったらしくあっさりと治り、現在は術後経過をツバキと一緒に見守っている。
幸いなことに左手の調子はいい。入院や調整期間は必要ないだろう。
相変わらず傭兵稼業に復帰できる程の実力はまだ戻っていない。一番大きな課題は何と言っても、
「ツバキ。タダで
目の前にいる、移動都市マグにおいて最強と名高い美人
ツバキは、相変わらず細いままの目を細めたままにっこりと笑った。
「あら~。いいわよ。それじゃあまずはこのメイド服を着てもらって――」
「やっぱりいいです。」
きっぱりと断った。
「そんな美味い話、あるわけないよな」と呟きながら、高価な学園長室の椅子に深く沈み込んだエクスをみて、ツバキは優しく話しかける。
「ふふ。そういえばエクス君は、学生生活初めてだったわね。ここは名目上、
きょとんとするエクスにツバキは学園内の案内図を渡した。
◇
移動都市マグにおける唯一の
また逆に、現場に出ない
工学部の目的は、
エクスはツバキから渡された案内図をもとに、工学棟にやってきていた。
そして今更だが、案内図を見て初めて自分が所属している部が、
マグの学園は、巨大な円形状の運動場を囲むようにいくつかの棟が立っている。
工学棟は、
巨大な
工学部専用
ずらりと強化スーツや腕、脚等を含む各種パーツ、剣やスラスター等外部武装諸々までいくつもの装備を、工場設備を使って加工し、にらめっこをしている学生たちが、所狭しと集まっていた。
火花と爆音を垂れ流しながら加工されていく装備を眺めながら、エクスは工場内を見て回る。
ふと、ひとりの女生徒が目に留まった。
長く、まっすぐな金髪を肩に垂らしながら、板状の電子端末を物憂げな表情で弄んでいる美少女。
加工設備がある場所から少しだけ隔離された、休憩用スペースのベンチに座っていた。
忙しそうにしている他生徒とは打って変わって、その生徒は暇そうに電子端末をいじっているので、よく目立つのだ。
――というのは、建前で。
実際はその少女の奇抜な格好が一番目を引く主な原因であった。
その少女はなぜかシスター服を着用しており、黒と白のコントラストが織りなす魅惑的なマリアージュが身を包んでいる。また、正式なシスター服ではなく、なぜか異様に丈の短いスカートに、絶対に教会では着用できないような複雑な模様があちらこちらに刻まれており、かなり派手だ。
あと太ももや谷間がかなり強調されたデザインなので、間違いなくエロい目的で使われる用のシスター服である。
「君も工学部の学生?」
エクスに話しかけられているのが、自分なのだと認識した少女は、青いガラス玉のような瞳を電子端末から外した。
きょとん、という表現がふさわしい間の抜けた表情でエクスを見つめる。機械いじりのすすで、若干頬が汚れてはいるが、綺麗で透き通るような肌の美しさは紛うことなく美少女のものだ。
「はい。そうですが。」
ベンチの上で組んでいた足を外して、身を正す少女。余りにも刺激的で蠱惑的な太ももがゆらりと動いたもので、一瞬気を取られ、視線が挙動不審になりそうなエクスだったが、何とか持ちこたえた。
エクスはもう童貞ではないのだ。二回もセックスを経験した立派な大人である。こんな些細な事で精神を揺さぶられるような未熟者ではない。
「良かった。
エクスの口から依頼という言葉が出た後から、彼女は信じられないものを見るような表情になった。
口を半開きにしながらエクスの話を聞いている。
予想外の反応が出てきたので、エクスは苦笑しながら、困って頬を掻いた。
「アレ?もしかして制作の依頼って出来ないのか?ツバキの奴が在籍中の工学部生徒なら余裕って言ってたんだけど。」
にっくき狐ババアにガセネタを掴まされたか?と疑いの目を向け始めたエクスに、目の前のシスター服少女は両手をぶんぶんと振ってアピールした。
「いや、出来ます出来ます。
二日か。予想よりも圧倒的に速い完成で、エクスは表情には出さずに喜んだ。
「ああ、それとちょっと報酬の相談なんだけど。」
「報酬。」
「金の持ち合わせがないから、メカマンティスの素材を五機でもいいかな。依頼の
「め、メカマンティス五機!?
どうやら喜んでいるようだ。乗り気で依頼を受けたシスター服の少女に対して、エクスは制作を依頼する
「任せてください!120%要望通りに完成させて見せますよ!」
エクスは苦笑した。どうやらかなり自信があるようだ。この様子なら新しい腕の事は問題ないだろう。
倒したメカマンティスの素材をしっかりエクスの報酬として回収してくれた教師陣に感謝だ。
鼻息を荒くして呼吸をする少女に右手を差し出して握手を求めた。
「俺は
差し出された右手を両手で握った少女が元気よく応える。
「私は工学部一年、クリスです!今後ともよろしくお願いします!」
頼んだぞ、とクリスにすべてを託して工場を後にした。工場から去る途中にクリスの様子を伺ったが、彼女は先ほどまでとは打って変わって忙しそうに場内を駆けまわっている。
その後ろ姿は、暇そうにしていた数分前とは人が違うように生き生きと輝いていた。
◇
「ふう。これで全部だ。」
隻腕のTENBAを動かして、メカマンティスの素材をクリスに指定された素材格納倉庫にしまった。
少し時間はかかったが、残念なことにエクスには素材を運搬する為のトラックを雇う金すらない。自分でやるしかないのだ。
誰もいない格納倉庫で額の汗を拭って、倉庫を後にする。TENBAのスラスターを吹かして移動し、自分に割り当てられた学生用機体格納倉庫に愛機をしまう。
片手がないのはやはり不便だ。
今エクスを取り囲む問題は他にもある。例えば、圧倒的に金がないこと。
ツバキが借金をすべて何とかしてくれたおかげで一命をとりとめてはいるものの、今のエクスには金がない。それも、ついこの前までの話で、今は新たに修理した左の義手分の借金がまた増えた。
エクスの全財産はマイナス二億とアダルトグッズのクーポンだけだ。
幸い、住む場所と食事には困らないが、逆に言えばそれ以外に金がかかることは何もできない。
「多少無理をしてでも傭兵稼業に戻るか……?」
現在エクスは死んだことになっている。登録した傭兵ライセンスはデータを抹消され、今から傭兵稼業を始めるのなら、登録からやり直しだ。
そして、傭兵登録には金がかかる。
……
エクスはその場で頭を抱えてうずくまった。
そうだった。完全に失念していた。稼ぐにも、金が要るのだ。
どうする。ツバキに頼み込んでライセンスを作ってもらうか?またあの狐女に借りを作るのか。
うんうんと道端で唸っているエクスの頭に、何やら柔らかいものが押し付けられた。そして、やたらと聞き覚えのある甘ったるい猫なで声が空から降ってくる。
「あらあら~?こんなところに落とし物のエクス君が。たいへん!交番に届けなくっちゃ!」
「……どこから湧いた?ツバキ。」
ツバキは細身に似合わない力でエクスを抱きかかえると、やや豊満な胸をエクスの頭に押し付けながら歩く。嗅ぎなれた彼女の香水の匂いが、エクスの体にまとわりつく。
「拾得者には一割報労金が入るはずよね。あ~~でもエクス君は一文無しだから私はエクス君を一人もらうことにしようかしら?」
交番に届けられる前にツバキの腕を振りほどいて自分の足で地上に立った。
「何の用だ?ツバキ。」
エクスが訪ねると、ツバキはふふふ、と笑った。
「ママ、そろそろエクス君もお小遣いが欲しいお年頃なんじゃないかと思ってね。」
「お前をママにした覚えはねえよ。」
しかし、小遣いが欲しいのはまさにそうだった。ツバキの顔はいつも表情が読めない。
この女はエクスの行動を、二手も三手も読んでいるふしがある。
きっと今のエクスはすべてこの女の手のひらの上なのだ。半年前、瀕死の状態で拾われたあの日から……
「さて、お金にお困りなエクス君に朗報です。」