サイバーGYUDON屋。
マグ学園から徒歩十分の距離にあるサイバーGYUDON屋は、アクセスの良さや、その手ごろな価格からマグ学園に通う学生たちや、その他多数の住民たちに愛されている。
輝くネオンが店を飾り、清潔な店内に一機の店主。人工知能を搭載した純正の人工人型ロボット、メカイタマエがGYUDONを握る。一切の
冷凍庫から解凍されたばかりの、できたてほやほやサイバーGYUDONがエクスの前に運び込まれる。
「で、朗報ってなんだよ?」
エクスはカウンターに備え付けられた箸を取り出し、サイバーGYUDONに手を合わせて食べ始めた。
白米の上に謎の肉が乗り、その上から謎のタレがかかったサイバーGYUDONは、庶民の味方であるが、エクスにとっては高級品だ。
チーーン!
甲高い電子音が加熱が終了したことを告げる。メカイタマエは、電子レンジから加熱したばかりほやほやのサイバーGYUDONを取り出すと、ツバキの前に配膳した。
ツバキも、エクスと同じように箸を取り出し、手を合わせて食べ始める。
毎日高級品ばかり食べているツバキにとっては、サイバーGYUDON等もはやサイバーイヌノエサだ。
もしも一人で食べていたのなら、この場で顔をしかめて吐き出していたことだろう。
「あら~?そんなことないわよ?私、サイバーGYUDON好きだもの。若い頃はよく食べてたわ。」
「心を読むのはやめてもらってもいいですか?」
エクスが脳内で勝手に付け足した補足説明を、何故か感じ取って会話した。エクスは、ひょっとして自分が知らないうちに義手に読心装置でもつけられたんじゃないかと恐怖を感じた。
「朗報ってなんだ。」
長い黒髪を、耳にかけながらツバキはGYUDONを食べた。湯気の出るGYUDONとのコンボで、サイバー店内は結構暑い。髪を耳にかけたことで、汗がにじみ始めたツバキの首筋が露出する。
「私が出す依頼を達成してくれたらお小遣いをあげようかと思ってね。」
濡れた肌に髪が張り付くのを鬱陶しく思ったのか、着用している黒を基調としたスーツからヘアゴムを取り出した。そのまま髪を、頭のうしろ、やや高めの位置で結び始める。
彼女が刀型の武器を得意武器としている背景を知るエクスからみると、髪を高めの位置で一つ結びにした彼女の姿は、女サムライのようなイメージを抱く。
「依頼?」
「そ。依頼。」
エクスの疑問に短く答えながらツバキは、続けて上着を脱ぎ始めた。上着の下から現れた白いシャツは、汗ばんで肌に張り付いている。ツバキがシャツのボタンを外すと、白い首筋がはっきりと見え、汗で照った鎖骨がさらけ出された。透けたシャツの下に、白く大きなブラが見える。
エクスは顔をGYUDONに向けて、ツバキの方を見ないようにGYUDONと向き合う。
彼女の首筋を見ていると、昨晩の事を思い出してムラムラしそうになるからだ。決してツバキに欲情しているわけではない。年増の狐女は好みではないからだ。
「私の愛弟子が行方不明なのよね。だからエクス君に探してきてほしくて。」
「行方不明だと?どこで?どれくらいだ?」
エクスの質問にツバキは、うーーんと首を傾げるとあっけらかんとして言った
「マグの外で、一週間くらい。」
ツバキの言葉にエクスの動きがピタリと止まった。だが、すぐに何事もなかったように食事に戻る。
GYUDONを食べながら会話を続けた。
「死体を探せってことか?それとも苗床を?」
マグの外は過酷だ。跋扈する
「違う違う。何言ってるのエクス君。かの高名な『
「……それもそうか。」
エクスはほっと溜息をついた。飯を食いながら暗い気分にはなりたくない。
「一年くらい前にも遭難したんだけど、その時は二か月もマグの外にいたのよ?とても優秀な子なんだから。」
「そりゃたいしたもんだ。」
二か月。かなりの腕前だ。凄腕の傭兵でも一週間生き残れるかどうかの世界で、二か月も生き残ったというのなら、腕は確かなものなのだろう。
「依頼は受けるよ。ただ、もう少し時間がかかる。外に行くのなら腕は完成するまで待った方がいいだろうし、何より今の俺には……ライセンスがない。外に出れねえ。」
マグの外に出るには許可がいる。傭兵のライセンスを持っているか、学生たちの校外学習や遠征演習等の特別な理由が無ければ、外には出られない。ツバキにそのことを伝えると、彼女はニコニコしながら答えた。
「ええ、もちろん。わかっているわ。はいこれ。」
ツバキが一枚の封筒をエクスに渡した。封筒には封蝋印が押されている。
「これは?」
「傭兵ギルドへの紹介状。ライセンスの登録費用は学園持ちで、試験もパスするように伝えてあるわ。残念ながら登録は最初からになって、ランクは一番下からになるけど。ないよりは全然いいよね?」
「……ああ、助かるよ。」
エクスは素直に受け取って、ポケットにしまった。
これでギルドでの手続きが楽になる。
ちょうどGYUDONを食べ終わったので席を立つ。
話を聞く条件で昼飯を奢ってもらったのでここの支払いはツバキだ。
「じゃあ腕が完成したらそのご自慢の一番弟子ってやつを探しに行くよ。二日後くらいになりそうだ。」
ツバキはGYUDONを頬張る。
「はーい。腕が完成したら連絡してね。あ、そうそう言い忘れてたんだけど。
――私の一番弟子、現在十五歳で傭兵暦四年目!君とはいいライバルになるかもね。」
席を立ったエクスの動きがまた、ぴたりと止まる。だが、またもや何事もなかったかのように店を後にし、すたすたと帰って行った。
一人残ったツバキは、残りのサイバーGYUDONをにこにこしながら頬張っていた。
◇
翌日。
臨時休校は解除され、学園はいつも通りの賑わいを見せていた。
朝の喧騒の中、登校したエクスは教室のドアを開ける。
ヒソヒソ。
エクスの存在に気が付いた生徒たちの噂話が始まった。
だが、内容が今までとは少し違う。
困惑五割、尊敬五割と言ったところか。
単騎で
事件の事情聴取をクラスメイト全員で行った上に、討伐した
このクラスにおいて、
自分の席まで向かう途中に、ふと一人の少女と目が合った。
金髪金眼眼帯で右目を隠した、クラス内
ユリスはエクスの事を恨めしそうに睨みつけながら、上質な絹のハンカチを噛みしめている。哀れ。
自分の席に座ると、すでに着席して待っていたペルが話しかけてきた。
「おはよう、エクス。」
「ああ、おはようペル。」
笑顔で挨拶を返して授業の準備を始める。
そして授業が始まった。
相変わらず授業の内容は全くわからない。生涯を通して学業というものに触れてこなかったエクスにとって、授業は全く意味のないものに思えるし、意味も分からない。が、休憩時間にはペルやクレアに教わりながら少しずつ理解を深めていった。
休憩時間の自習中、やけに距離が近いペルとエクスをクレアが少し訝しんだりしたが、何事もなく授業は終わった。
放課後。
少し赤く染まっていく景色を眺めながらエクスは、町を歩いた。
学園と、様々な
店を適当に見ながら、今日の目的である傭兵ギルドにやってきた。
傭兵ギルドのスイングドアを開ける。
ギルドは酒場を同時に経営していて中に入ると、強面のオッサンたちが酒を飲んで――いるわけがない。何故なら、
店内は華やかな香水の香りと大音量の世間話。歴戦の美人
女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、相変わらずとても騒がしい。
「あらぁ、ボクぅ~、迷子?ダメよこんなところ入ってきちゃ……♡」
たまたま通りがかった筋肉隆々のお姉さんにつかまってしまった。歳は……アラサーと言ったところだ。
筋肉隆々のお姉さんもそれはもう美人だった。むき出しの腹筋、汗ばむ肌がとても健康的なエロスを放ち、戦乙女のフェロモンが辺りに満ちている。薄着であることがさらに興奮を誘う、恐ろしい女体のハニートラップ。
迷子を保護するという名目で年頃の男子高校生に抱き着いては勝手に匂いを堪能していた。
そういえば、初めて傭兵ギルドに来た時もこんな感じだったな。あれ以来、しっかり全身が隠れる専用スーツを着用したままギルドに通っていた事を今更ながら思い出した。仕事終わりにそのまま飲み食いしていく客も大勢いるため、スーツで顔を隠したりすることはそれほど目立つ行為でもなかったのだ。
傭兵稼業以外でギルドに訪れたのは久しぶりで、すっかり失念していた。
「お姉さん、ごめん。俺もれっきとした
お姉さんと呼ばれたことに気をよくしたのか、酔っぱらった女性は、エクスを抱きしめる手を強めると、顔を体に押し付けて深呼吸をする。
「いや~~ん♡はなさな~い!ねえねえボク、知ってるぅ?
抱き着きながらセクハラをする女性の頭に、ゴスッと音を立てて分厚い書物が振り下ろされた。痛みで手を離した女性に鋭いおしかりが飛ぶ。
「ほかの客に迷惑をかけるなら追い出すぞ。」
頭を押さえたまま返事をして、酔っ払いのお姉さんは自分の席にすごすごと戻っていった。
エクスは、助けてくれた旧知の人物に声をかける。
「やあ。助けてくれてありがとう、レイス。」
このギルドのギルドマスター、レイス。キツい目つきに銀色の眼鏡をかけた美女はエクスの礼に片手をあげて応えた。
「ツバキ様から話は聞いてる。受付にこい。」
先導して歩くレイスに追従し、受付まで辿り着く。窓口には見慣れない受付嬢が立っていた。
少なくとも、半年前にはいなかった。とても若く、エクスと同い年くらいに見える。
「お前なら新人の研修相手にぴったりだと思ってな。この時期はあんまりライセンス登録の機会がないから、今のうちに覚えさせておかないと。」
レイスの発言に納得したエクスは受付に入る。そしてエクスはツバキからもらった紹介状を受付嬢に渡した。受付嬢は、男の
この時間に受付に来る客は少ない。暗くなってからマグの外に出るのはとても危険なので、皆暗くなる前に帰ってくるからだ。多少作業が遅くても怒る客はどこにもいないだろう。
しばらくして、受付嬢が一つのライセンスメモリを持ってきた。同時に、ライセンス登録時の注意事項と書かれた資料をエクスに見せる形で、カウンターに置いた。
「お待たせしました。エクスさん。それでは、こちらがエクスさんのライセンスメモリになります。」
適当な相槌を打ちながら受付嬢からライセンスメモリを受け取る。
むき出しの配線、薄い板状の記憶装置だ。
「このライセンスメモリは、専用スーツと同期するメモリで、この中に保存されたデータを元に、傭兵のプロフィール情報を作成します。例えば、
エクスは相槌を打ちながらメモリをポケットにしまった。
「傭兵は、
つまり、今のエクスさんは
若干緊張の滲む笑顔を浮かべながら受付嬢は続ける。エクスは心の中で応援した。
「続いて、マグ外へ出撃する時の注意事項になります。こちらの資料をご覧ください。」
先ほど差し出された、ライセンス登録時の注意事項と書かれた資料だ。
ランク制度の詳しい図解と、出撃時の注意事項が書かれている。
出撃時の注意事項の欄に、デカデカと大きな文字で、『マグ外への電子機器、通信電子機器の持ち込み禁止』と警告文が乗っている。
「マグ外への電子機器、特に電子通信機器は持ち込みが禁止されています。我々の敵である
例外として、正規の規格で製作された個別通信の小隊用トランシーバーだけは持ち込みが許されています。出撃の際は、必ず所持品のチェックをゲート管理員の元で行ってください。」
マグに限らず、すべての文明が
いくつもの都市がその能力により沈んだ。このマグもいつ沈んだとしてもおかしくない。
ネットワークはすべて、都市内だけで完結しており、都市外に通信する手段はどこにもない。
外にあれば、
それから、と少女は言葉をつないで、ギルド内に設置されている大きな電光掲示板を指さした。
電光掲示板には、大きくマグの移動スケジュールが乗っている。また、いくつかのニュースが画面端で流れていた。
「こちらの電光掲示板にはマグの移動の予定が乗っています。緊急時以外でスケジュールが変更されることはありませんので、こちらをしっかり覚えてから出撃するようにしてください。外にいる間は、マグの位置情報を得る手段がありません。」
外にいる傭兵がマグの情報を得ることは、絶対に出来ないようになっている。それは、敵に巨大な移動都市の現在地を伝える恐れがある行為で、破滅を意味する。一人の命よりも全員の命。それが生き残るための
電光掲示板に映し出されたマグの移動スケジュールは、一か月先までを表している。それよりも後の事は、未定だ。
マグの外で、一ヶ月以上活動して生存した傭兵を、エクスは今のところ二人しか知らない。一か月以上の遭難は絶望を示す。
それから素材の受け取り方等のその他色々な説明を受ける。十分ほど説明を受けた後、受付嬢は深く息を吐き出して説明をしめた。
「他に、何かわからないことがあれば気軽に受付にお問い合わせください。質問はいつでも歓迎します。」
ライセンス登録は終わったようだ。レイスの方を見れば、彼女は厳しい顔で受付嬢を見ている。
「……あんまり新人をいじめるなよ。」
レイスに注意を言っておく。レイスはこちらに手を軽く振って応えた。
傭兵ギルドのスイングドアを開けて外に出る。
「終わったあぁ~~……」
久々に沢山の説明を聞いて疲れた。
エクスは伸びをしながら、学生寮に帰っていく。