「おい、
自習になった四時間目、ざわざわとうるさい教室で一人静かに小説を読んでいると、
花房はクラスのカーストトップに君臨する、ギャルギャルしく垢抜けた美少女だ。やや吊り目がちのぱっちりとした二重まぶたの瞳、鮮やかに輝く金髪、健康的な象牙色の肌、すらりと高い身長、しなやかな四肢、そして中学生離れした巨乳──一説にはFカップとも言われている──で、しかも実家も太く、男子からも女子からもそれぞれの意味で憧れられている。
しかし、僕は彼女が苦手だ。というより、嫌いだ。なぜなら──。
僕が質問に答えるより先に小説を取り上げてブックカバーを外した花房は、表紙に描かれたアニメ調の美少女の絵を見て、うげっ、と顔をしかめ、しかしその双眸には嗜虐の光が浮かんでいた。
「これ、ラノベじゃん」花房は言う、「教室でこんなの読むなよなー、マジでキモいんだけどー」みんなに聞こえるようにして。
花房のグループの派手な子たちの追従めいた嘲笑が響く。「オタク君きもー」「チビ童貞でオタクとか、救いなすぎー」きゃははー。
「返してよ」僕が手を伸ばすも、
花房はそれを遠ざけ、「えー何でー? せっかくだから脱オタすればぁ?」などと言ってまともに取り合わない。「そんなんじゃ一生童貞だよぉ~?」
くすくす、くすくす──教室のそこかしこから忍び笑いが聞こえ、顔に熱が集まる。恥ずかしさにうつむいてしまう、その直前、
「やめとけよ」
花房の後ろからにゅっと伸びてきた手が、彼女の手から小説を掠め取った。クラスメイトの柏谷だった。彼は小説を一目見るなり、「これ、ラノベじゃねぇよ」と言った。「まぁラノベだったとしても別に問題なんてないんだが」
「何だよ柏谷、いい子ちゃんかよ」花房の不満げな声を、
「案外そうかもしれない」なんて言って受け流すと柏谷は、「ほい」とそれを僕に差し出した。
「ありがと」と受け取りつつ僕は、意外だな、と思っていた。「柏谷君も小説読むの?」
たしかにこれは一般文芸だった。最近の小説は非ラノベにもサブカル風のイラストが増えている。もはやこちらのほうがメインカルチャーになっているかもしれない。
「読むよ」柏谷は首肯し、「──の割には国語も苦手だけどな」と、にかっと白い歯を見せた。
見る者を安心させるような温かな笑顔だった。
けれど僕は不安だった。視界の端におもしろくなさそうな花房がちらついていたからだ。
何かされるのではないか、〈愛のないいじり〉の続きをしに来るのではないか、と内心で戦々恐々としていたのだけれど、特にそんなことはなく、僕は、僕一人だけが所属するぼっち文芸部の部室で穏やかな放課後を過ごしていた。
この部室は三階の端のほうにあり、すごく静かなうえに空調も完備していてとても快適なのだ。六月に入って冷房の需要が高まっている今日この頃には特にありがたい。
紙パックのカフェラテをちゅうちゅう吸いながら教室では読めない類いの小説を読んでいると、廊下を歩く足音が聞こえてきた。誰か来たようだ。
人の気配は、部室の前で立ち止まった。ドアの曇りガラスに人影が見える。しかし、ここに用があるわけではないらしく立ち話を始めた。
「別れたいって何でよ?!」
苛立ちながらもどこかすがるような高い声が言った──花房の声だった。曇りガラス越しに見える明るい金色もそれを傍証している。
「言ったけどよ」今度は男子の声だ。知らない声だった。「でも、キスまでってのはちょっと無理かなって」
「それでも構わないって言ったじゃん! 嘘だったの?!」
「そういうわけじゃねぇけど」場都合が悪そうに聞こえる言い方だった。「ハグも駄目なんだろ?」
言葉に詰まるような一瞬の後、「──そうよ、文句あるの?」あくまでも強気な物言い。
「じゃあやっぱきついわ。生殺しはしんどいって」
何となく事情は察せられた。花房の彼氏が、ヤらせてもらえないことを理由に別れ話を切り出したということだろう。
二言三言、言葉を交わし、そして花房は、
「サイッテー」諦めるように吐き捨てた。「もういいっ。早くどっか行けよっ、クソヤリモクっ」
やがて一人分の足音が遠ざかっていく。
〈花房はビッチだ〉〈すぐに男を乗り替える〉〈常に彼氏がいる〉
そういった噂を耳にしたことがあったが、その真相はこういうことだったらしい。つまり、美少女だからモテるけれど、見た目に似ず身持ちが堅いことが原因で交際が続かず、だから周りからは男を取っ替え引っ替えしているように見える。
柏谷君といい、人は見かけによらないんだな、と妙な感慨が湧いた。
と、部室の引き戸が乱暴に開けられた。
泣き出しそうな顔の花房は、しかし僕を認めると満面に嗜虐の色をたたえた。
背筋に悪寒が走った。八つ当たりされる未来が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
そして、その絶望的観測の蓋然性が極めて高いことは、許可も取らずに引き戸を閉めて花房が入室してきたことからも明らかだった。サイッテーである。
「盗み聞きしてたろ」開口一番、花房はそう断じた。
「何が? 僕は本を読んでただけだよ」などととぼけてみるも、
「はぁ? うっざ。そういうのいいから」まるで騙されてくれそうにない。だけにとどまらず、「何だよ、そのムカつく目! 馬鹿にしてんじゃねぇよ!」などといちゃもんをつけてテーブルの脚を踏みつけた。
「暴力はやめてよ」
「うるせぇチビ!」鋭く言うなり、いらぬ霊感が働いたのか、花房の視線がテーブルの上の小説──ジュブナイルポルノのほうを向いた。
ヤバい、と思った。こんなのを読んでいることが知られたら何を言われるかわかったものじゃない。
けれど、対応策を考える暇などない。
花房は、「今度は何読んでんだよ」と言いつつそれを奪おうと手を伸ばしてくる。
咄嗟に本を引っ込めた。
「た、ただのミステリーだよっ」少しだけ声が上擦ってしまったかもしれない。
それも良くなかったのだろう、花房は何かを確信したように意地の悪そうな笑みを浮かべた。「だったら見せてみろよ。あたしもミステリー好きなんだよ。
なんて言ってくる。叙述トリックが好きらしい。
蛇のようにしつこく迫りくる花房の手を必死にかわしながら、
「い、いや、これは物理トリックのやつだからっ、たぶん花房さんの好みには合わないよっ」
「大丈夫、
「ほ、本格でもないしっ」
「
「ミステリー好きすぎでしょ?!」
花房に諦める気色はない。パイプ椅子に座ったまま背を反らして本を遠ざける僕の腿の上に膝を乗せるようにして、細いのに艶かしい肢体を伸ばし本を奪おうとする。
すると当然、目と鼻の先に彼女の豊満な胸乳が来るわけで。香水らしきフルーティーさをまとった優しく甘い女の子特有の蠱惑的な香りが鼻腔を満たし、さらに外されたブラウスの第二ボタンの奥に黄色いブラに包まれた肌色の谷間が見え、一瞬、心が目くるめいた──次の瞬間、
「うわっ」「きゃっ」
不満げに軋み音を上げていたパイプ椅子が、ぐらりと後ろに傾き、花房もろとも床に崩れ落ちた。
その時僕は、自分でも意外だったのだけれど、花房が頭を打つといけないと瞬間的に考え、左手で彼女の後頭部を抱き寄せようとした。
結果、それは功を奏して花房がたんこぶを作ることはなかったのだけれど、無理のある動きを無理やりにしたせいか、意味不明な体勢での着地となった。
つまり、僕は仰向けに倒れた花房の上に跨がるようにして覆い被さっていた。例えるなら、僕は蛙のような格好をしていた。変に開いた内股が痛い。
「いてて……」と洩らしつつ身を起こすと、マウントポジションの完成だ。
ここでようやく僕は、二つの異変に気づいた。
まず一つは花房がいやに静かなこと。
そしてもう一つは──、
「あっ、えっ、これって──」
僕の右手が花房の左の乳房を鷲掴みにしていたのだ。沈み込む指の隙間からは乳肉が溢れ、布越しにも人肌のぬくもりが手のひらを満たしている。
ヤバいっ、早く放さないと殺されるっ!
と周章狼狽する一方で、僕の体は、本能はそれを許しはしなかった。
胸に触れたまま、ちらと花房の顔を窺うと、彼女は何かをこらえるように固く目を閉じて唇を噛んでいた。見下して馬鹿にしている僕にこんなことをされているというのに、怒り狂って罵倒してくることもなく、静かなものだった。
じわり──魔が差した。
何かに操られるように僕の右手は、花房の胸を揉んだ。ふにふにとしていて柔らかな、しかし確かな弾力のある感触を手のひら全体で堪能する。
と、
「──んっ、ぁんっ」
やけに高くて甘ったるい声が立った。花房が洩らしたものらしかった。
「えっ──えっ?」僕は驚きながらも手を休めはしないで、「まさか感じてるの?」
しかし花房に答える余裕はないのか、「あっ、やぁだっ、んんっ、らめっ、はぁぅっ」とっぷりと蜜に濡れた嬌声を上げるばかり。
どくんっ、と心臓が跳ねた。
股関に痺れるような熱が急速に集まっていく。胸に触れているとわかってから勃起しはじめていた僕の陰茎は、あっという間に限界まで怒張してしまった。亀頭は脈打って震え、先端からは我慢汁がにじみ出はじめる。
遊ばせていた左手も花房の胸にやる。日頃の恨みを晴らすでもないが、獣欲のままに両手で揉みしだく。
「あっ、あっ、らめっ、んんっ、きちゃうっ、やぁらぁっ、んっっ──」かわいらしくも淫らな声がどんどん昂っていく。そして、その瞬間はすぐに訪れた。「んんっっ!!」ひときわ大きく鳴いて背を反らし、びくんびくんと激しく痙攣する。まるで暴れ馬のようだ。
程なくして花房は脱力するようにくたっと背中を下ろした。絶頂が終わったのだろう。荒い息を整えるように大きく胸を上下させ、額にはいくつもの汗が浮いている。
僕の胸中に得も言われぬ征服感が満ちる。いつも僕をいじめてきていた花房を完全に支配したかのような錯覚が、何とも心地よかった。
芸術品のようなその美貌を眺めていると、少しは落ち着いてきたのか、呆然としていた花房の瞳に理性の光が戻ってきた。中途半端に開かれていたまぶたが、二回瞬いた。
僕は口を切った。「花房さんて敏感なんだね」
花房はびくっと体を震わせた。そっぽを向いて恥ずかしそうに、「うるせー」
「彼氏さんに体を許さなかったのもそれが原因?」
あまりに感度が良すぎてセックスや絶頂に対して恐怖感があるのかな、と思って尋ねたのだけれど、
「し、知らねーよっ!」花房は答えない。「つーか、やっぱり聞いてたんじゃねぇか!」
「まぁそうなんだけどさ」
「サイッテー!」花房はそう喚くと、「いつまで乗ってんだよ! 早くどけよ!」と僕を押しのけて身を起こした。
花房は胸を抱き隠すようにして、サイッテー、サイッテー、とうつむきがちに繰り返している。
その様にいじらしさめいたものを感じ、しかし僕の心裏では仄暗い嗜虐心が鎌首をもたげていた。
「イく時の花房さん、すっごくかわいかったよ」
普段の意趣返しでもあったし、本音でもあった。
「はぁっ?!」花房は心外ここに極まれりとばかりに目を剥いて不満の声を上げた。「何、舐めたこと言ってんだよ!! キモオタチビ童貞のくせに!!」
「花房さんだって処女なんでしょ?」
「べ、別に処女じゃねぇしっ、ズコバコだしっ」
「じゃあヤリマンクソビッチなの?」
「はぁっ?! んなわけねぇだろっ! まだ処女だっつーのっ!──あっ」罠に嵌められたことに気づいた花房が、きっとにらみつけてくる。「お前、マジうぜー」
僕は苦笑まじりに微笑した。「花房さんってかわいい人だったんだね。すごく感じやすいし」
「うるせぇ黙れ! さっきから好き勝手言いやがって! どうせお前だってクソ雑魚早漏ちんぽなんだろ!」
「そんなことはないし、そうだったとしても花房さんほどじゃないよ」
「ぜってー嘘だ」花房の瞳は疑心に満ちている。「お前みてぇなチビ童貞は雑魚ちんぽって決まってんだよ! 短小包茎早漏ちんぽなんだよ!」
先に言い訳させてもらうと、ぼくはイラついていたのだ。温厚なほうだと自認しているけれど、雑魚ちんぽ雑魚ちんぽ連呼されると流石にムカつく。しかも、すぐにイかされる体をしている自分のことは棚に上げて。
それに、さっきまで読んでいた小説のイメージが脳裏に残っていたというのもあるのかもしれない。
だから、ぼくが思わず、
「だったらセックスで勝負しようよ。先にイかせたほうが勝ちね。それで負けたほうは何でも一つ言うこと聞くこと」
と口走ってしまったのは仕方がないことなのだ。
花房は呆気に取られたようにぽかんと口を開けていたが、数回のまばたきを経て正体を取り戻すと、「はぁ?! ばっっっかじゃねぇのっ!? 何であたしがあんたなんかと──」
「逃げるの?」いつも花房がしているような嘲笑を作って、「僕の雑魚ちんぽに瞬殺されるのが怖いの? へぇ~、花房さんって、とんでもない雑魚まんこでもあるんだね~」
花房はぷるぷると震え、と同時にその顔はみるみる紅潮していき、「……てやるよ」低くうなるようにぼそりと言った。
「え、何? 聞こえないんだけど」
花房は角の立った瞳で僕を射貫き、「やってやるって言ってんだよっ!! あたしが勝って、てめぇを奴隷にしてやるっ!!」喚き散らすように宣言した。
計算どおり、というやつである。