ふぅ、と息をついて僕は、
「もう大丈夫だよ」
「んん」
花房は低く答えると、すすり上げるようにしながらゆっくりと口を放した。ちゅぽんっと鳴った。
彼女はやや上向いて、中を見せるように口を開いた。赤い口腔にたっぷりな白濁液が溜まっている。
「んんんんんんん?」
どうすればいい? というようなイントネーションだった。
「全部飲んで」僕は即答した。「僕の精液は全部、花房さんのためだけのものなんだから、絶対残さず飲んで」
「……んん」ぷるっと震えて花房は答えると、唇を閉じて喉を鳴らした。一度では飲み下せなかったらしく、んくっ、ごくっと繰り返し、「……はふぅ、ちゃんと飲んだからな」と口を大きく開けて証明する。
まさに夢見心地という極上の満足感だった。
「いい子いい子」
我知らず僕は花房の頭を撫でていた。「とっても気持ちよかったよ、ありがとね」優しく髪を梳いて愛撫する。
呆気に取られたように間抜けな顔をさらしていた花房だったが、数拍経つと、状況を理解したのか途端に動揺し出した。
「や、やめろよ、ガキじゃないんだからっ」茹で蛸のように真っ赤になって花房は、しかし手を払いのけようとはせず、ちゅるんとした潤みを帯びていた形のいい猫目は、その水膜を保てない。彼女の目尻に涙が溜まっていくのがわかった。アイメイクがにじむ。
「ごめん、嫌だった?」手を引いて尋ねた。
「ぁ……」寂しそうな声を洩らした花房の視線が、僕の指先を追いかける。しかし彼女は、「別に普通。嫌ってことはないけど、別にどっちでもない」強がるような、すねるような口調。
何だか小さい子みたいでかわいいな、と思う。と、「かわいいよ」と口に出していた。「世界中の誰よりもかわいい」
「な、何だよそれ……」
花房の赤面は危険な領域にまで達している。湯気でも出そうな勢いだった。彼女はそれを誤魔化すようにすっくと立ち上がると、僕のすぐ隣、ゼロ距離でベッドに座った。ぼよよん、とおっぱいが弾んだ。
「……まだ満足してないんだろ」花房は、いまだに怒張して反り返っている男根を一瞥して言った。「シたいならスれば」
誘われているのかな、と推量し、「花房さんもヤりたいの?」
「ヤりたいっていうか……」煮え切らないような躊躇する間があって、「賢本に、その、シてほしい」恥ずかしくてならないというかすかな声で言う。
どう違うのだろうか。微妙なニュアンスの違いを理解するには僕はまだ子供のようだった。
ちらと壁掛け時計に目をやった。あと少しで六時というところだった。思っていたよりも時間が経っていた。
「門限は七時だったよね?」帰らなくて大丈夫? と言外に尋ねた。
花房も時計を見た。と、その顔が、残念そうに──あるいは悲しそうに
「ん~」僕は少し考えて、「今日はここまでにしとこう」と決めた。「君の親に嫌われたくないし」
花房は困ったように眉を曇らせたけれど、結局、「お前がそれでいいなら、別にいいけどさ」と首肯した。
花房を家──僕の家の三倍くらいはあった──に送り届けて、この日はお開きとなった。
独り、宵闇の家路をたどりながら、どうしたんだろう? と僕は考えていた。
街でデートしている時もエロいことをしている時も花房は満更でもなさそうだったのに、門限が近づくにつれ、表情が暗く、硬く沈んでいっていた。ように感じた。
そんなに帰りたくなかったのだろうか。
もっと僕と一緒にいたいと思ってくれていたのだろうか。
そうだったら問題はないのだけれど、楽観的にはなれない気分だった。彼女のことが心配だった。
花房の家庭には何か問題があるのだろうか。
ざわざわと胸が騒いだ。
スマホを取り出した。メッセージを送る。
『大丈夫?』
相も変わらず返事はすぐに来た。
『なんでそんなこときくの』『なにもないよ』
突っついてみてもいいけれど、僕は彼女の判断に委ねることにした。不用意にプライベートなことに踏み込んだら嫌われるかもしれない。その不安が消極的な
『そう?』しかし未練たらしく、『何かあるならいつでも言ってね。すぐに飛んでいくから』と付け足した。
『なにもないけど』『でもありがと』
らしくないその素直さが、僕を不安にさせた。
どんなサインも見逃さないように、しばらくは気をつけて見ておこう。
そんなふうに考えていたのだけれど、翌日の日曜日に事態は進展することとなった。急展開もいいところである。
月曜日の準備をしていたら、スマホがメッセージの通知音を鳴らした。花房からだった。
『あいたい』
時刻は夜の八時を回ったところで、中学生が外出するにはやや不適切な時間だったけれど、
『いいよ。どこに行けばいい?』
と返した。
そして、自転車に跨がり指定された公園へ向かった。花房の家の近くの小さな公園だった。
僕の親には、クラスのヤンキーから呼び出し食らった、と言ってきた。おおむね嘘はついていないから、たぶんセーフである。
公園灯の頼りない光の中に彼女はいた。背もたれのない木製ベンチに膝を抱えて座っていた。
「お待たせ」近くまで行くと僕は言った。
「うん」花房は地面を見たまま答えた。今日はパンツスタイルだった。黒のダメージジーンズを穿いている。
僕より背が高いのにずっと小さく見える彼女の隣に腰掛けた。どうしたの、と尋ねようと口を開きかけたが、やめた。急かされたくないかもしれない。僕は黙って待つことにした。
そうしてぼんやりと過ごしていると、不意に花房が口を切った。「あたしんちさ、みんなすごく優秀なんだよね」静寂に寄り添うような静かな口調だった。
「うん」
「パパは超一流企業の管理職だしママも推理作家だし兄貴も国立大の医学部だし、妹だって名門私立だし」
「僕んちとは雲泥の差だね」
ヤンキーに呼び出し食らった、と聞いて、ぎゃはは、と下品に笑っていた人たちとはたぶん種族からして別物だろう。
「あたしも普通の家のほうがよかった」花房は言う。「あの人たちの〈普通〉は全然普通じゃないんだ。授業は休憩でテストはボーナスタイムなんだって。意味わかんないよね」
「いかにも勉強のできる人が言いそうなことだね」
「あたしは馬鹿だから、あの人たちの言う〈普通〉を満たすことなんてできない」花房は膝に顔を埋めた。
何となく花房の心が見えてきた気がした。
きっと家には居場所がなく、親からの愛情や承認も全然足りていないのだろう。
思えば、敏感すぎてセックスへ強い忌避感があったにもかかわらず〈常に彼氏がいる〉というのは少し矛盾している。花房のような美少女と付き合った男子中学生が体を求めないわけがない。それは彼女も重々承知していただろうし、拒絶しつづければどうなるかも身をもって理解していたはずだ。彼氏をコロコロ替えていたら悪評だって立つ。
なのに常に男を側に置いていたのは、ひとえに愛情に飢えていたからだろう。
けれど、セックスで繋ぎ止めることができないから、まやかしの恋愛ごっこすら続かない。ずっと満たされない。
僕へ強く当たっていたのも、そのフラストレーションを発散するためだったのかもしれない。
難儀な子だな、と思う。でも好きなんだよね、僕、この子のこと。
僕はゆっくりと口を開いた。「僕には花房さんの家族のことはどうすることもできないよ」
「……」花房は顔を伏せたまま黙している。
「けど、君を一人にしないことぐらいなら僕にもできる。寂しいならいつでも駆けつけるし、話も聞くし、君のためなら何でもしたいって思ってる」
花房のくぐもったような声が言う。「どうせヤりたいだけだろ」
「もちろんそれもある」
「サイッテー」花房はぽつりと言った。
「でも、それだけじゃないよ」
花房はわずかに頭をもたげ、「……どういう意味よ」
僕は青黒い夜空を見上げて、「好きだよ、花房さん」
彼女のほうから仄かな揺らめきを感じた。「何だよ急に……」
「僕はずっと君と一緒にいたいと思ってる。三年生になっても高校生になっても大学生や社会人、その先もずぅーっと君の隣にいたいんだ」
がばっと顔を上げる気配がした。見れば、真っ赤に染まった美貌と目が合った。「な、なな何言ってんだよ! それじゃまるで──」プロポーズみたいじゃんか、と、はにかむささめきが夜に消えていく。
「みたいじゃなくて、そのつもりなんだけど」
「ぁぅ」花房は悩ましげな声を洩らした。「もう馬鹿っ、ほんと馬鹿っ。チビ童貞……じゃないけど、オタクのくせに、エロいラノベ読んでるくせに、ぼっちのくせに……」そこで彼女は再び膝に顔を隠した。「何であたしの聞きたい言葉ばっか言えるんだよ……何か狡い……本気になっちゃうじゃんよ……」
「本気になってくれないと困るんだけど」僕は戯れ言めいた本音を言ってみる。
「ぅるさい……」明らかに照れ隠しだとわかるちくちくしない言い方だった。
僕はたまらず微笑を零した。「ほんとかわいいよね、花房さんって」
「ぅぅ、ぅるちゃぃ」
と声に涙がにじみはじめた花房に言う。「顔上げてこっち見て」
何よ、というように不満そうな顔を向けた花房の──その愛おしい唇を奪う。
「んん?!」花房の驚愕する声が、その振動がくすぐったい。
少し離して息継ぎをすると、何かを言おうとする唇を再び塞いでしまう。
花房はおとなしくなった。薄目を開けて窺うと、彼女は瞳を閉じていた。
僕の膝に彼女の手が触れた。ぎゅっとズボンを握られる感触があった。
僕はそれを〈もっとして〉のサインだと解釈した。
僕は舌を出して花房の唇をなぞる。
「んっ」びくっと震える気配があったけれど、花房は唇を緩めた。
ゆっくりと舌を挿入すると、花房のそれが出迎えた。にゅるにゅるで温かな舌同士が絡み合う。
無我夢中だった。本能に突き動かされるままに貪る、テクニックも何もない稚拙なキス。
それでも花房は甘い吐息を洩らしてくれる。僕を受け入れてくれる。
やっぱり好きだな、と思う。本当に好き。
唇を離すと、とろんととろけた瞳が僕を見ていた。花房の唇が、何かを言いたそうに揺蕩う。が、それは言葉にならなかった。
スマホを見ると、午後九時になろうとしているところだった。
「帰ろっか。送るよ」僕が言うと、
「うん」花房は素直にうなずいた。
そうして連れ立って公園を出たところで、僕の左手に彼女の指先が触れた。
僕が振り向くと、
「手、繋ぎたい……」
花房はうつむきがちに恥じらって言った。
「うん、いいよ」
すべての指を絡めるようにして手を繋いだ。いわゆる恋人繋ぎ。
うれしそうにほほえんだ花房を見て、僕の心も喜んでいる。
というわけで、僕は自転車を片手で押しながら、一方で花房と手を繋ぎながら夜道を歩き、正直に言うとヤりたくて仕方なかったのだけれど何もせずに、彼女を送り届けた。
別れ際、花房は再び何かを言いかけ、しかし言いさした。
怪訝に思って尋ねても、「何でもねぇよっ!!」とだけ。
内心で首をひねりつつも、玄関扉の中に消える花房を見送った。
何かわかんないけど、とりあえず僕も帰ろ。
そうして自転車に跨がった時、スマホが鳴った。花房からメッセージが来ていた。
それを目にして僕は、心臓の高鳴りを自覚した。
『あたしもすきだから』『ほんとにだいすきだから』
僕も好きだよ、と返そうと思ったところで追加のメッセージが来た。
『うわきしたらころすから』
夜に苦笑が鳴った。
ジュブナイルポルノというよりもエロのあるラブコメみたいになった気がする。漫画雑誌でいうとヤングアニマルとかヤングマガジンとかでしょうか。