大学が始まってからなかなか時間が取れず、気づけば2か月も止まってしまっていました。
少しでも文章力を上げたいという気持ちから、つい一文一文に時間をかけてしまい……最近はGoogle先生とChatGPT先生に言葉の意味と文法が合ってるのかな?と調べながら書いている日々です。
それにしても、2年生編2巻が7月末発売とのことで今から楽しみなのですが……
松下……大丈夫なんだよな?
俺は信じてるぞ。
第21話 一之瀬帆波と上條遥
1
特別試験も終わり、俺たちは久しぶりに穏やかな日常を取り戻していた。
この朝、俺はゆっくりと朝食を取ろうと思い、1人レストランへ足を運ぶ。
この豪華客船スペランザにある施設は、在籍している生徒であれば無料で利用できるらしい。
常識的に考えれば、税金の無駄遣いとしか思えないほどの好待遇だが、今だけは、その贅沢を素直に楽しむことにしている。
まだ時間が早いため、レストラン内は人もまばらだった。
それでも、ちらほらと見知った顔が目に入る。
その中で目に留まったのは、Bクラスの一之瀬さん、白波さん、小橋さんの3人。
一之瀬さんたちの女子グループは仲良さそうに談笑していた。
俺がふと視線を向けると、一之瀬さんはすぐに気づき、大きく手を振った。
俺は軽く会釈をして、そのまま空いている席へ向かおうとしたが、小橋さんがこちらに向かって手招きをしていたので、俺は3人のいるテーブルへとゆっくり足を向けた。
「上條くんも朝早いんだね」
小橋さんが明るい声で話しかけてくる。
「そうですね。久しぶりのベッドはすごく気持ちよかったんですけど……なんだか、いつもと違う環境だと落ち着かなくて」
実際は、もっと別の理由があるのだが、それをここで言ったら俺の社会的地位に関わるため、もちろん口には出せない。
「小橋さんたちは、何の話をしてたんですか?」
俺がそう訊ねると、小橋さんはニヤリとした笑みを浮かべて返す。
「え?もしかして上條くん、気になるの?」
小橋さんは少し驚いたような表情を見せる。
まるで俺の反応を楽しんでいるかのようだ。
「……なんですか、その目は」
「女子だけの会話と言えば、さ?」
「もしかして……恋バナですか?」
俺が少し警戒しながら答えると、小橋さんは面白そうに笑った。
「ぶっぶー、ハズレ。正解は美容でした!」
最初から俺がそう答えるのを読んでいたかのような口ぶりで、小橋さんは得意げにニヤニヤしている。
「からかわないでくださいよ」
「ごめんごめん、上條くんの反応が面白かったからつい……」
そんな俺と小橋さんのやり取りを、一之瀬さんは笑顔のままじっとこちらを見つめていた。
だけどその笑顔の奥に、わずかに何か不穏なものを感じた。
「夢ちゃんと上條くんって仲良かったんだね。ぜんぜん知らなかったな~」
「うん。まぁ、今回の試験でちょっと話す機会があって……その時に、ね?」
小橋さんがちらりと俺の方を見て言う。
無人島試験では、小橋さんと一線を越えてしまったため少し気まずい沈黙が流れる。
「2人とも、どうかしたの?」
俺と小橋さんが同時に黙り込んだのを不思議に思ったのか、一之瀬さんは俺の顔を覗き込んできた。
「な、なんでもないですよ。朝ご飯、何にしようかな~」
俺は慌ててメニュー表を手に取り、パラパラとページをめくるフリをしながら、一之瀬さんの視線を避けた。
だが、その視線はまるで逃がさないとでも言うように、俺の動きをじっと追いかけてくる。
一之瀬さんは小さく首を傾げ、俺の表情を探るように目を細めていた。
その眼差しはやわらかいはずなのに、妙に心の奥をえぐられるような感覚を覚える。
俺は思わず、息を詰まらせた。
ただ、朝ご飯を食べようとしただけだったのに、こんなにも空気が重く感じるとは思わなかった。
無人島試験で俺と一之瀬さんの関係は大きく変化した。
そしてその変化は、俺の日常にまで影響を与え始めたということか。
このあとの食事は、正直あまり記憶にない。
俺の思考は終始、一之瀬さんの存在に囚われていた。
小橋さんと白波さんは、一之瀬さんの放っていた空気に気づいていないようだったが、一之瀬さんは食事のあいだ、ずっと俺に意識を向けていた気がする。
ただの視線じゃない。
まるで心の奥まで覗き込まれているような、そんな錯覚すら覚えた。
正直、ゾッとした。
今までの一之瀬さんからは感じたことのない、俺の内側に踏み込んでくるようなものを感じた。
2
朝食を終え、一之瀬さんたちと別れた後、俺は少し休むために自分の部屋へと戻ることにした。
ほんの短い会話だったはずなのに、どっと疲れが押し寄せていた。
普通のやりとりのはずだったのに、胸の奥になにか処理できないものが残っていた。
一之瀬さんの視線。あれがずっと、頭から離れない。
「……はぁっ」
自然とため息が漏れる。
すると。
「上條くん、ため息なんてついてどうしたの?何か困りごとがあったら、言ってね」
「……っ!」
背筋が凍りついた。
ほんの数分前に別れたはずの一之瀬さんの声が、すぐ耳元で響いたからだ。
「どうしたの、そんなに驚いて。まさか……私の後ろに幽霊でも見えた?」
「い、いや……なんでもな……」
笑うように緩んだ彼女の口元が、どこか異様に見えた。
まるで、俺の思考を先回りしているような。
無人島試験での一之瀬さんとは、なにかが違う。
「さっきはレストランであんまり話せなかったでしょ?」
俺の視線はちゃんと一之瀬さんを見れているだろうか。
見ているつもりなのに、なぜか一之瀬さんの目を直視できない。
「だからね、上條くんともう少し、ゆっくり話したいなぁって……」
怖かった。
目を合わせたら、心の奥まで見透かされる気がして。
「ねえ、2人きりになれる、いい場所を知ってるんだ。もしよかったら……」
うまく思考が働かない。
一之瀬さんの言葉が、頭に入ってこない。
「今なら、近くに誰もいないし……行くなら、今しかないよ?」
心のどこかでやめろと言っているのに、なぜか体が言うことをきかない。
手を振り払うことも、声をかけることもできずに、ただ無抵抗に俺は一之瀬さんに連れていかれていた。
「これで邪魔は入らなくなったね」
「……邪魔?」
「うん。ここなら、上條くんと二人きり。誰にも邪魔されないよ」
連れてこられた場所。それは昨日、千秋さんと一緒に訪れた高級スパだった。
「ここなら、誰にも聞かれる心配はないし……いいよね?」
一之瀬さんが、確信を持ったような目で俺を見つめてくる。
その眼差しに、逃げ場はなかった。
俺も、覚悟を決めるように口を開いた。
「……俺と2人きりになって、何をするつもりですか?」
「そんなの、決まってるでしょ?上條くんも……わかってるよね?」
お互いにやることは理解している。だけど、あえて口にはしない。
「無人島のときは、あんなに積極的だったのに……どうしちゃったの?」
「……あれは……俺にも、事情があったんです」
「ふーん、そうなんだ。でもそれって、上條くんの一方的な都合だよね?」
「それは……」
返す言葉が見つからない。
無人島試験の中で、追い詰められた俺は一之瀬さんに対して、確かに強引に距離を詰めた。
だけど……
「……でも俺は、一之瀬さんと、そんな関係ではいられない」
ようやく絞り出したその言葉が、喉の奥でかすれて消えそうになる。
一之瀬さんの表情が気になって、思わず目を向けると、一之瀬さんは笑っていた。
だけど、その笑みの裏の真意は、まるで読めない。
空気が凍りついたような沈黙の中で、俺の心臓の音だけがうるさく響いていた。
「それが、上條くんの本音?」
「……はい」
俺は、確かに、声に出して答えた。
でもそれは、一之瀬さんには違ったように映ったのだろう。
「……そうなんだ」
一之瀬さんが、ゆっくりと一歩、距離を詰めてくる。
柔らかな笑みを浮かべたまま、音もなく、影のように。
「じゃあ……どうして、そんなに震えてるの?」
その声は赤子に囁くように優しかった。
甘く安心感を与えるような言葉。
でも背筋が、ぞくりとする。
「大丈夫だよ、私に任せて……」
体が凍りついて動かない。
俺は金縛りにあったように、一之瀬さんから目を離せないでいた。
「ほら、私のことをちゃんと見て。無人島の時みたいに……」
一之瀬さんの瞳に、吸い込まれそうになる。
その瞳を、見つめてはいけないのに。
「やっと目を合わせてくれたね、上條くん」
「一之瀬さん……」
「怖がらなくていいんだよ」
耳元に熱い吐息がかかる。
それだけで、背筋がぴくりと反応する。
俺の手を、一之瀬さんの手がそっと包む。
「上條くんの手、あったかいね。もっと近くで触れたくなっちゃった」
彼女の指先が、俺の胸元をそっとなぞる。
制服の布越しに、火照った感覚が伝わってきて、思わず息が漏れる。
「上條くんの心臓の音……私にこうやって触られて……速くなってる」
「……っ」
「もっと……触ってほしい?」
「それは……」
一之瀬さんは、俺の答えなど待たなかった。
何も言わずに、そっと身体を密着させる。
「触るね」
一之瀬さんの指先が俺の腹部をなぞり、そのままゆっくりと下に向かって進んでくる。
「んっ……」
「声、我慢しないでいいんだよ」
抵抗することもできず、俺は一之瀬さんにされるがままだった。
指先は俺の下腹部に達し、ズボンの上からでもわかるほど、膨張したそれを、一之瀬さんは優しく撫でるように刺激してくる。
「……ぅっ」
「上條くんのココ……すごく硬くなってるね」
「一之瀬さん……っ」
一之瀬さんが指先で俺のものをなで上げるたびに、全身がぞくりとする。
「ダメだよ、上條くん。ちゃんと答えないと」
「それは……」
「言えないなら……私が言わせてあげるよ」
一之瀬さんは妖艶な瞳で俺のものをじっと見つめ、指先でズボンのファスナーをつまんで、ゆっくりと下ろしていった。
そして、下着の中に手を滑り込ませてくる。
「あっ」
「すごいね……もう先っぽがぬるぬるしてるよ」
一之瀬さんの手つきで思わず漏れそうになる声を手で抑え押し殺す。
「もしかして、恥ずかしいの?」
一之瀬さんは小さく笑いながら俺のものに指を絡めてくる。
その動きは繊細で柔らかく、それでいてしっかりと快感を与えてくる。
「んぁ……一之瀬さんっ……ダメですっ……」
「どうして?気持ちいいでしょ?」
「それは……」
確かに気持ちよかったが、このまま流されるわけにはいかなかった。
そんな俺の心中を見透かしたのか、一之瀬さんが耳元でささやく。
「大丈夫だよ。今は私と上條くん、2人きりだから……」
一之瀬さんの顔が近づく。
その瞳に吸い込まれそうになり、思考が霞んでいく。
一之瀬さんの身体に包まれ、なにもかもを委ねたくなる。
でも……
「……一之瀬さんは、本当にそれでいいんですか?」
「え?」
「今、俺が好きだと思っている気持ちは……一之瀬さんに対するものじゃないんです」
「……それは知ってるよ。上條くんが、松下さんのことを好きなことも……付き合ってることも」
「……だったら、どうして」
一之瀬さんは頬を緩め、しかし、少し悲しげな瞳で俺を見つめた。
けれど、その目は、静かで、穏やかなのに、どこか狂おしいほどの執着を湛えていた。
「上條くんだけ幸せになろうだなんて、ずるいよ」
一之瀬さんの唇が、わずかに震える。
「悪いのは、本当に私なのかな……」
その呟きは、自分自身にも問いかけているようだった。
「上條くんだって、星之宮先生と身体の関係を持ってたでしょ?松下さんが1番だって言っておきながら……言ってることが滅茶苦茶だよ」
声が少しだけ強くなる。
抑えていた感情が、少しずつ溢れ始めていた。
「松下さんはこのことを知ってるの?どうして私は駄目なの?」
一之瀬さんの言葉に、胸が締めつけられる。
喉が詰まりそうだった。
「それは……ちが……」
絞り出した声は、情けないほど弱々しかった。
自分でも、何を否定したかったのか、うまく言葉にならない。
「……なにが違うの?」
一之瀬さんは、俺の目を見つめたまま、ゆっくりと言葉を続ける。
「先生とあんなことしておいて……松下さんには何も言わずに、普通に過ごしてるんだよね?」
その声色に、怒りはなかった。
けれど、静かだからこそ、逃げ場がなかった。
「松下さんのことを本当に大事に思ってるなら……どうしてそんなことできるの?」
「……」
言葉が出なかった。
否定しようとしても、自分の行動があまりにも矛盾していて、何も言えなかった。
一之瀬さんは少しだけ目を伏せて、ぽつりと呟く。
「私のことも……そうやって、騙そうとしてるんだよね?」
その声に、とがったものはなかった。
ただ、少しだけ哀しそうにこちらを見つめていた。
俺は何も言い返せずにいた。
口を開こうとしても、うまく言葉が見つからない。
そんな俺の様子を見て、一之瀬さんはそっと息を吸った。
「……ねえ、上條くん。私、本当は……信じたかったんだよ」
呟きに近い声だった。
でも、その中にあった静かな熱は、確かに俺の胸を刺した。
「松下さんが、このことを知ったら……きっと、悲しむよ?」
一之瀬さんから放たれたその言葉が、胸の奥を深く突き刺した。
でもそれ以上に、別の不安が、ぐらりと胸の内側を揺らす。
もしかして、バラされる?
思わず顔が強張る。
無意識に喉が鳴り、心臓がひときわ大きく跳ねた。
「……っ」
言葉が喉に詰まる。
でも、口に出したくなかった不安がこぼれてしまう。
「――お、お願いします……このことを……千秋さんには……言わないでください……」
声が震えていた。
まっすぐ頭を下げることもできず、ただ目を伏せて懇願するように、言葉を漏らした。
しばらくの沈黙のあと、一之瀬さんが小さく息を吐く。
「……言わないよ」
その声は、とても静かで、穏やかだった。
まるで、とっくにその決断をしていたかのように。
「そんなことで、松下さんを傷つけるのは……私も望んでないから」
やさしい言葉だった。
けれど、そのやさしさは、ただの思いやりではなかった。
俺のことを責めるわけでもなく、なじるでもなく、すべてを、受け入れている声だった。
「でも、私はね……松下さんと違って、上條くんの全部を知ってるよ」
それは、甘くささやかれる「救い」のようでいて、逃げ場を失わせる「呪い」のようでもあった。
「私は、上條くんが先生と……あんなことをしてたのも、知ってるよ」
一之瀬さんは、まっすぐな目でそう言った。
揺らぎも戸惑いもない。
すでに覚悟を決めていたかのような声。
「それも、受け入れるつもり。全部、ちゃんと分かってるつもりだよ」
一之瀬さんの声は、責めるわけでも、怒るわけでもなかった。
ただ、静かに、事実を並べていくだけだった。
「でも……松下さんは、どうかな?」
その一言に、心がぎゅっと縮こまる。
言われたくなかった言葉だった。
「上條くんがそんなことしてたって知ったら、幻滅するんじゃないかな。きっと、今みたいには、笑ってくれなくなると思う」
やさしい声なのに、逃げ場がなかった。
誰かを責めるようなことは言っていない。
でも、俺が口を挟むことは許されない。
「でもね、私はちがう」
一之瀬さんが、そっと微笑んだ。
「私なら……上條くんを、ちゃんと満たすことができるよ」
その言葉には、揺らぎがなかった。
俺が千秋さんから見放されても、自分だけは信じていると。
声音は柔らかいのに、言葉はまっすぐだった。
「だから――」
言葉を区切るように、少しだけ息を飲んでから、一之瀬さんは続きを囁いた。
「松下さんを手放すのが怖いなら……私が、その代わりになるよ」
言い聞かせるわけでもなく、押しつけるようでもなかった。
ただ、そっと差し出すような声だった。
俺に選ばせるための、静かな間。
一歩も踏み込まずに、選択を委ねるような距離感。
だけど一之瀬さんの目は、確信していた。
俺が一之瀬さんを選ぶと、信じて疑わない。
柔らかく微笑むその横顔には、不安も、焦りもなかった。
まるで、すべてを見通しているような瞳。
俺の迷いも、葛藤も、弱さも、すでに知ったうえで、そこに座っている。
静かな沈黙が、重くのしかかる。
呼吸の音だけが、妙に耳につく。
そして――
「……行動で、教えて?」
一之瀬さんは、そっと目を閉じた。
思わず、息を呑む。
目の前にいる一之瀬さんまでの距離は、たった一歩。
それだけで、届いてしまう。
震える指先が、彼女の輪郭にそっと触れる。
その瞬間、ふっと身体が熱を帯びるような感覚が走った。
やわらかくて、あたたかい。
迷いながらも、指を滑らせるようにして、一之瀬さんの肩に手を添える。
それでも、一之瀬さんは目を閉じたまま、すべてを受け入れるように静かに待っていた。
俺はそっと、一之瀬さんの身体を抱き寄せた。
細い肩が、腕の中にすっぽりと収まる。
俺の腕の中で、一之瀬さんは何も言わなかった。
ただ、ゆっくりと息を整えるように、小さく吐息をこぼす。
その吐息が、俺の胸元にふわりと触れた。
あたたかくて、どこか満ち足りたような気配があった。
まるで、自分が選ばれたことを確信したように。
でも、俺の心は、まだ一之瀬さんを選んでいない。
俺はそっと、一之瀬さんを抱きしめていた腕をほどいた。
「え……?」
一之瀬さんが小さく声を漏らす。
呆気にとられたような表情で、俺の顔を見上げていた。
その瞳には、驚きと、わずかな困惑が滲んでいた。
「……ごめんなさい。一之瀬さんのことは……選べません」
声が震えそうになるのを、必死で押し殺す。
「俺の心は……この状況でも、千秋さんにあります」
俺の言葉で部屋の空気が、一気に張り詰めた。
その時、一之瀬さんの唇がわずかに動いた。
「……そんなの、嘘だよ」
低く、小さな声だった。
けれど、その言葉には、はっきりとした確信が宿っていた。
「上條くんは、今……私を選んでたよ」
その視線は、まっすぐ俺に向けられた。
「私を抱いて、安心してたのに……どうして?」
一之瀬さんの声は、穏やかなのに、どこか切実だった。
「一之瀬さん……ごめんなさい」
俺は、ほんの少しだけ俯いて、それでも一之瀬さんをまっすぐ見返した。
「でも……こんなふうに、無理やり思いを捻じ曲げるようなやり方、やっぱり間違ってると思うんです」
「……そんな……そんなの、おかしいよ」
声の奥に混ざった震えが、かえって胸を締めつけた。
「上條くんは、松下さんが好きだって言いながら、星之宮先生とセックスしてたでしょ?」
ぶつけられた言葉に、思わず息が詰まる。
「……上條くんは嘘をついてるよ」
「それは……」
言いかけた言葉が喉につかえる。
でも、逃げちゃいけないと思った。
俺は覚悟を決めて、もう1度、言葉を紡ぐ。
「……それは、本当に誤解なんです。あの時は、仕方なく……星之宮先生と……」
自分でも、その言い訳がどれほど薄っぺらく聞こえるか、わかっていた。
それでも伝えたかった。
一之瀬さんは、強く唇を噛みしめていた。
「……ううん、違うよ。上條くんは、自分から星之宮先生を求めてた」
その言葉に、胸の奥を冷たい手で掴まれたような感覚がした。
確かに、あの時、俺は星之宮先生を利用した。
でも、それをここで言うことはできない。
「……一之瀬さんは、俺と星之宮先生の何を知ってるんですか?一部だけを見て、勝手に決めつけないでください……」
俺は静かに怒った。
でも、この怒りは一之瀬さんから生まれるものじゃない。
こんな状況を間接的につくったあいつ。
そして何より、自分自身への怒りだ。
でも俺は、今その感情を、一之瀬さんにぶつけていた。
「……あれは俺の気持ちじゃない。本心じゃないんです。信じてください!」
「……信じられないよ、信じたくもない。そんな、嘘にまみれた言葉なんて……」
絞り出すような声だった。
でも、それでも俺は言った。
「これが本心です。俺が本当に好きなのは……千秋さんだけだから」
「……やめて……聞きたくない……そんなの、聞きたくないよ……!」
耳を塞ぎ、首を振りながら、一之瀬さんは必死に現実から目を背けようとしていた。
そんな彼女に向けて、俺は言葉を搾り出す。
「だから……一之瀬さん。この場は引いてください」
それは、祈るような声だった。
本当に引いてくれるかなんて、わからない。
だけど、わかってほしかった。
一之瀬さんに前のように戻って欲しかった。
「一之瀬さんを、こんなふうに追い詰めてしまったのは、俺のせいだと思ってます」
俺は神に与えられたペナルティのために何人もの女子と身体を交えた。
これはあいつのせいでもあるが、もちろん俺にも責任はある。
俺のせいで一之瀬さんをこんなことにしてしまった。
「こんなこと、言える立場じゃないのはわかってます。一之瀬さんに、こんなことをさせてしまったのも……俺に原因があります」
視線を落としながらも、しっかりと伝えるように、静かに言葉を紡ぐ。
「でも、一之瀬さんには、盗むようなこと……してほしくないんです」
俺がそう言葉にすると、どこかで何かに触れてしまった気がした。
「……盗む……?」
一之瀬さんが、ぴたりと動きを止めた。
まるで、凍りついたかのように。
さっきまであれほど揺れていた肩も、吐息も、一瞬にして静止する。
異変に気づいた俺は、思わず一之瀬さんに駆け寄った。
「どうしたんですか、一之瀬さん……?」
一之瀬さんの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
蒼白という言葉では足りないほど、目の焦点すら定まっていない。
呼吸は浅く、早く、肩だけが細かく震えていた。
そして、一之瀬さんは何かを呟き始めた。
小さく、かすれた声で。
「……私はまた……また……どうして……そんな……」
聞き取れないほどの声だったが、何かを悔やむように、責めるように、自分自身を責めているようだった。
胸の奥に、ぞわりとした感覚が広がった。
こんなこと……前にもあった。
あれは確か、俺が千秋さんに告白した時。
一之瀬さんが俺たちの間に立って、あの時、千秋さんは何を言ったんだっけ?
思い出せそうで、思い出せない。
だけど、確かあの時も、一之瀬さんの目は今と同じように、何かを見失ったような目をしていた。
「一之瀬さん、しっかりして……!」
俺は駆け寄り、ぐらつくように立っていた一之瀬さんの肩を掴んだ。
目の焦点が合っていない。光が消えたような瞳。
俺の声も、届いていない気がした。
「……ごめん、上條くん……私は……」
ぽつりと漏れた声は、俺の言葉とはまるで別の場所にあるようだった。
放心したままの一之瀬さんが小さく呟く。
「酷いのは、私だったね……私は……最低な人間……」
急に、それまでの強い態度が崩れ落ちた。
肩の力が抜け、目元がわずかに歪んで、小さな声が震えていた。
「どうして、こんなことをしちゃったのか……自分でも、わからないの……」
「一之瀬さん……」
俺は思わず口を開いたが、それ以上の言葉が出てこなかった。
何を言えばいいのか、わからなかった。
ただ、目の前の一之瀬さんが、今にも崩れてしまいそうで怖かった。
「あの時も……今も……どうして、同じ過ちを繰り返しちゃうんだろう……」
過ち。その言葉が胸に深く残る。
それは、千秋さんから俺を盗ろうとしたこと?
いや違う。そんな気がした。
あの時、一之瀬さんはこう言っていた。
「私はまた、許されないことをした。やっちゃいけないことを……」
また。
俺の中で、その一言が引っかかった。
一之瀬さんは過去に何か、許されないような大きな過ちを犯した?
思考の奥で、何かが繋がり始める。
それでも、まだその全貌は見えない。
目の前にいる一之瀬さんのことが、先決だ。
「……一之瀬さん、立てる?」
そっと声をかける。
だけど、その問いかけに一之瀬さんは微動だにしなかった。
まるで、俺の声が聞こえていないかのように、虚ろな目のまま一点を見つめ続けている。
これは……かなり、まずい。
「一之瀬さん……聞こえてますか?……一之瀬さん!」
焦りを押し殺して肩に手を置き、そっと揺すってみる。
それでも、何の反応も返ってこない。
呼びかけても、表情は硬直したまま。目に焦点が戻らない。
声も届かない。触れても、返ってこない。
このままだと、一之瀬さんの様子が危ない。
だけど、ここで先生を呼んだり、大人を巻き込むことはできない。
状況が状況なだけに、一之瀬さんは、もっと追い詰められるかもしれない。
これは、俺と一之瀬さん、2人の問題なんだ。
だから、俺が何とかしないと。
「一之瀬さん……っ、聞こえてますか?」
再び肩に手を置いて揺すろうとした。
その時ふと、気づいた。
……呼吸が、浅い?
さっきまで不規則に荒れていたはずの吐息が、今はやけに静かで、薄い。
いや、それどころか。
「……一之瀬さん……?」
まさか、まさかそんな。
でも、胸元の動きがほとんど見えない。
一之瀬さんの鼓動の速さとは反比例して俺の鼓動が速くなる。
バカな……そんなわけが……
「一之瀬さん!」
胸の奥を焦燥がかき乱す。
さっきまで、確かに会話をしていた。ちゃんと目を見て、言葉を交わしていたのに。
なぜ、こんなにも急に。
どうして、こんなことになってるんだ。
呼吸が浅い。
かすかに動いていた胸元が、もう見えないほどに静かになっている。
「まさか……」
呼吸が……止まりかけてる?
そんなはずない、と思う自分と、現実を直視しようとする自分がせめぎあう。
このままだと、一之瀬さんの命に関わる。
「くそ……!」
叫びそうになる声を抑えた。
今ここで誰かを呼ぶべきか?
でも、ここでこの状態の一之瀬さんを、無関係な誰かに見られたりしたら……
いや、でも今は一之瀬さんが最優先だ。
迷いながらも、手が自然と動いていた。
俺は一之瀬さんのすぐそばに膝をつき、そっと顔を覗き込む。
「一之瀬さん……」
震える手で、彼女の頬に触れる。
冷たくはなかった。けれど、あの時感じた体温とは明らかに違う。
呼吸の補助をしないと……
一之瀬さんの顎に手を添え、そっと持ち上げて気道を確保する。
千秋さんのことで躊躇う余裕なんて、今の俺にはなかった。
覚悟を決めて、俺は一之瀬さんの唇にそっと自分の唇を近づけた。
「んっ……」
一瞬、彼女の体がわずかに反応する。
でも、それ以上の反応はなかった。
頼む……戻ってきてくれ。
心の中で必死に叫びながら、ゆっくりと空気を送り込む。
焦らずに、落ち着いて。
一之瀬さんの胸が、かすかに上下する。
そして、吐き出される微かな息を待って、もう一度、空気を吹き込む。
「……っ」
ほんのわずかに、一之瀬さんのまつ毛が揺れた。
気のせいかと思って見つめると、今度はゆっくりと、一之瀬さんのまぶたが持ち上がっていく。
光を失っていた一之瀬さんの瞳に、少しずつ、明かりが戻っていく。
「……上條、くん……?」
掠れる声が、微かに俺の名を呼んだ。
その瞬間、胸の奥が、熱く、強く脈打った。
「一之瀬さん……!」
胸の奥から、込み上げてきた安堵が声になって漏れた。
今にも崩れそうなほど震える感情を必死で抑え、俺はそっと一之瀬さんの身体を抱きしめた。
「……ごめん。ごめんね……」
掠れる声で、一之瀬さんが謝る。
その声は弱々しく、だけど、確かに意識は戻っているようだった。
「謝らないでください。一之瀬さん……謝るのは、俺の方です」
俺は小さく首を振りながら、言葉を重ねる。
「一之瀬さんを、こんなにも追い詰めてしまって……」
ぎゅっと抱きしめた腕に力がこもる。
もし、あと一歩遅れていたら……一之瀬さんを壊してしまっていたかもしれない。
「無事で……本当に、良かった……」
そう呟くと、一之瀬さんの肩が小さく震えた。
そして次の瞬間、俺の腕の中で、一之瀬さんが小さく動いた。
「……上條くん、私……伝えたいことがあるの」
弱々しくも、確かな意思を感じる声だった。
「伝えたいこと……?」
問い返すと、一之瀬さんは掠れた声で、ゆっくりと続けた。
「でも、少しだけ……時間をちょうだい?もう少し落ち着いたら……ちゃんと話すから」
「……うん。わかった」
俺は素直に頷いた。
今の一之瀬さんに無理をさせるわけにはいかない。
すると、一之瀬さんは、俺の胸元に顔を埋めるようにして、そっと目を閉じた。
一瞬、何かが起きたのかと焦ったが、すぐに、静かな寝息が聞こえてきた。
どうやら、眠っているだけのようだ。
良かった。
今は一之瀬さんに何もなかったことを静かに安堵しよう。
3
一之瀬さんが目を開けたのは、それから1時間が経った頃だった。
俺が様子を見守っていると一之瀬さんはゆっくりとまばたきをして、小さく息を吸い込んだ。
しばらくの沈黙の後、ふいに口を開く。
「……ねえ、上條くん。少しだけ……話をさせて」
その声音は少し震えていたが、どこか覚悟を決めたような静けさがあった。
一之瀬さんは、弱々しく息をついて、ぽつりぽつりと語り始めた。
「私は、去年……許されない犯罪を犯した」
「……犯罪?」
信じられない言葉だった。
あの一之瀬さんが?
強くて、誰よりも他人の気持ちに寄り添える人が?
驚きと困惑で、言葉を返せずにいると、一之瀬さんは少し俯きながら続けた。
彼女の目はどこか遠くを見つめていた。静かな語り口の奥に、覚悟のようなものが感じられた。
「私は……母子家庭で育ったの。お母さんと、2つ下の妹と3人暮らし。裕福じゃなかったけど、不幸だって思ったことはなかったよ」
俺は静かに、一之瀬さんの話を聞いていた。
信じがたい、だけど一之瀬さんの過去を聞いて少し納得した。
一之瀬さんが「盗む」という言葉にあれほどまで過敏に反応した理由も、すべてがつながっていく。
母子家庭で必死に働く母親。
何も望まなかった妹。
妹のために、たった一度、過ちを犯してしまった一之瀬さん。
その行為は決して許されるものじゃない。
だけど、一之瀬さんがそのあと何を思い、どうやって生きてきたか、それがすべてだった。
今まではただ、一之瀬さんの完璧さに驚かされてばかりだった。
何でもそつなくこなして、優しくて、頭が良くて。
まるで現実味がなくて、同じ世界に生きている実感が湧かなかった。
でも今は違う。
傷ついて、迷って、それでも前に進もうとしてきた一之瀬さんの姿を知った今なら、俺は一之瀬さんに、もっと寄り添える気がする。
俺はこの話を聞いて初めて、一之瀬帆波という人間を、ちゃんと、ひとりの人間として知ることができた気がした。
ふと、一之瀬さんが小さく息を吸った。
そして、今度は迷いのない声で言った。
「……私ね、あの時からずっと、自分が人として失格なんじゃないかって思ってたの」
それは自己否定ではなく、事実としての受け入れだった。
「いくら勉強しても、いい成績をとっても……あの一度の過ちが、私のすべてを壊しちゃった気がして」
ぽつりと零れた言葉が俺の胸に突き刺さる。
一度の過ちがすべてを壊す……
「……それでもね、変わりたかった。ちゃんと生き直したいって思ったの。ここで、真っ当に、誰にも恥じない自分になりたいって……」
俯いていた彼女の声が、少しだけ震えた。
「なのに……また私は……自分勝手に感情をぶつけて……上條くんを、千秋さんを……苦しめて」
膝の上でぎゅっと握られた拳が、小さく震えていた。
その手に宿る後悔も、自己嫌悪も、痛いほどに伝わってくる。
「……結局、私は……何も変われてなかったのかもしれない」
その言葉に、俺の胸が締めつけられた。
一之瀬さんはまだ、あの時の自分を赦していない。
いや、それ以上に、今の自分さえも赦せずにいる。
「……ごめんね、こんな私で」
涙はなかった。
けれど、その声には、涙より深い後悔と自己嫌悪がにじんでいた。
一之瀬さんは、自分の過去を、罪を、勇気を振り絞って話してくれた。
辛い過去、誰にも話したくないようなこと。
それでも逃げずに自分の言葉で向き合ってくれた。
……なのに、俺は。
俺はずっと、目を逸らしていた。
自分も同じように、過ちを犯しておきながら。
向き合うことから、逃げていた。
そして今、何も言わずにいることは、一之瀬さんに対して、あまりにも不誠実だ。
「一之瀬さん、俺も……一之瀬さんに伝えないといけないことがあるんだ」
小さな声で、だけど確かに気持ちを込めて、俺は言った。
「私に……伝えたいこと?」
一之瀬さんが、ゆっくりと顔を上げる。
その目に浮かぶのは、驚きと、わずかな戸惑い。
俺は目を逸らさなかった。
そうだ。
伝えるんだ。
「俺は……」
続く言葉は、喉に引っかかるようだった。
でも、一之瀬さんの目を見て、俺は確かに決意した。
「俺は、普通の人には……持ち得ない能力を持っているんだ」
「能力?」
一之瀬さんが小さく首を傾げた。
その目は、驚きというより、ただ、純粋に意味がわからないという反応だった。
無理もない。
普通なら、冗談だと思われても仕方ない言葉だ。
たとえ真面目な顔で言ったとしても、それは非現実の世界の話にしか聞こえないだろう。
それでも、今は伝えなきゃいけない。
「信じられないって気持ちはわかる。俺も一之瀬さんの立場だったら……頭おかしいんじゃないか?って、そう思ったと思う。でも、これは……本当のことなんだ」
俺の声は震えていなかった。
だけど、心の奥では怖くてたまらなかった。
一之瀬さんがどんな反応をするのか、想像もつかなかったからだ。
それでも、一之瀬さんは驚きながらも、俺の言葉を、ちゃんと受け止めようとしてくれていた。
「俺の能力は……親密な人と、2人きりでいると、その人を発情させてしまうっていうものなんだ」
一之瀬さんは呆然とした顔を見せた。
だけど、それはただ信じられないというよりも、何かに気づいたような、そんな表情だった。
「……一之瀬さんが、あの日……告白されるはずだった日に、俺に迫ったことも……もとはと言えば俺のせいなんだ」
俯いたまま、俺は深く頭を下げた。
「だから……一之瀬さんと、こんなふうになってしまったのも……全部、俺のせいなんだよ……」
一之瀬さんは、静かに息を吸い、そして小さく吐いた。
「信じられない、って……思うけど。でも……」
少しだけ目を伏せながら、一之瀬さんはゆっくりと続けた。
「本当に、上條くんにそんな能力があるなら……そうなのかもしれないね。確かに、あの時の私は……普通じゃなかった。本当に、上條くんへの気持ちが暴走しているみたいで……自分でも抑えが効かなくなっちゃってた」
俺は何も言えなかった。ただ、その言葉が苦しかった。
俺が一之瀬さんを変えてしまった。
この能力で一之瀬さんの気持ちを捻じ曲げてしまったと痛感したからだ。
「……今まで、隠してきてごめん。信じてもらえないと思ってた。それもあるけど……」
俺は拳を握りしめた。
「本当は……バレるのが、怖かったんだ。一之瀬さんのことも、千秋さんのことも、全部……俺が壊したんだって、認めるのが」
言い終えたとき、俺の喉は乾ききっていた。
それでも、やっと、伝えられた気がした。
「一之瀬さん、前に言ってたよね。俺と千秋さんに酷いことをしたから、自主退学するって」
その言葉を口にした瞬間、一之瀬さんの肩がびくりと震えた。
「でも、本当にここにいる資格がないのは俺の方なんだ」
俺は唇を噛みしめながら、ゆっくりと続けた。
「一之瀬さんがあんな風になって……全部、俺のせいなのに。俺は何もしなかった。いや、しなかったどころか、黙って見てたんだ。平気な顔して……最低なのは、俺なんだよ」
その言葉を、一之瀬さんはただ黙って聞いていた。
否定するわけでもなく、肯定するわけでもなく。
「……俺、本当はここにいるべきじゃないのかもしれない。いや、それどころか、こんな風にこの世界に存在してること自体がおかしいんだ」
一之瀬さんに告白して、ようやく気づいた。
俺がやってきたことの、重さに。
無人島で俺は、自分の社会的立場を守るために、たくさんの生徒を犯した。
俺1人が助かるために、他の生徒を犠牲にしてきたんだ。
ただ、あの神に復讐を果たすためだけに。
能力を与えたあいつへの怒りだけを拠り所にして、すべてを切り捨ててきた。
「……ごめん。一之瀬さん。本当に、ごめん」
膝をついて、深く頭を垂れる。
この行動に、許しを乞う気持ちはなかった。
ただ、俺にできることが、もうこれくらいしか、思いつかなかった。
だけど……
「上條くん、顔を上げて……」
一之瀬さんの声は、驚くほど穏やかで、優しかった。
「上條くんは、それを今まで……ずっと一人で抱えてきたんだね」
静かな声だった。
だけどその声は、しっかりと俺の胸の奥に届いた。
次の瞬間、一之瀬さんがそっと俺を抱きしめてくれた。
その温もりに、緊張していた全身から力が抜けていくのを感じる。
「上條くんが、具体的に何をしたのか……全部を知ってるわけじゃない。だけど、ね?」
一之瀬さんは俺の目を、まっすぐ見つめた。
「遅かれ早かれ、私は……きっと、上條くんのことを好きになってたと思うよ」
「……え?」
不意に返された言葉に、思わず間の抜けた声が漏れた。
「だって、上條くんは優しいし、いつも一生懸命で……それに、松下さんのこと、本当に一途に想ってたんでしょ?」
そう言いながら、一之瀬さんは俺の背中をゆっくりと擦ってくれた。
慰めるように、そして確かめるように。
「そんな能力を持ってるのに、松下さんにだけこだわるって……それだけで、本気だったって伝わるよ。私、今になって気づいたの」
言葉の一つひとつが、胸に染み込んでいく。
「……星之宮先生の時も、たぶん……本当は、そうするつもりなんてなかったんだよね?」
その問いかけには、俺は何も返せなかった。
でも、一之瀬さんはすべてを理解してくれているようだった。
「今日だって、あの力を持っていながら……私をちゃんと断った。普通の男の子だったら、きっとできないことだよ」
「一之瀬さん……」
涙が込み上げた。
声が震えて、うまく話せない。
でも、胸に詰まっていた何かがようやく溶けていくようだった。
「なんでだろう……俺、こんなはずじゃ……」
どんな言葉が返ってきてもいいように覚悟していた。
責められると思っていた。
それなのに、一之瀬さんは……ただ優しかった。
「一之瀬さん、俺……つらかったんだ。何度も、自分が壊れてしまいそうだった」
ようやく言えた。
心の底に押し込めていた叫びを。
そんな俺の言葉を受け止めて、一之瀬さんは微笑んだ。
「上條くん、やっと……やっと、私たち、わかりあえたのかもね」
その笑顔は、どこまでも穏やかで、あたたかかった。
「今の話を聞いても、私は……上條くんのことが好きだよ。むしろ、前より好きになったくらい」
「……そ、そんな……今の話を聞いて、好きになるなんて……」
戸惑う俺に、一之瀬さんは少しだけ苦笑して言った。
「でも、松下さんに悪いから。私は、上條くんの彼女になりたいとは考えないようにするよ」
自分の想いを伝えながらも、一之瀬さんは多くを求めなかった。
「でも……ね?上條くんに課されたペナルティ。それの協力なら、私……するよ」
一之瀬さんは、俺のすべてを知ってもなお、手を差し伸べてくれた。
拒絶することなく、受け止めてくれた。
「もう私は、上條くんが欲しいなんて望まない……ただ、隣にいられるだけでいいから」
そして静かに、こう言った。
「私たち……お互い、大事な秘密を知っちゃったね」
その日、俺と一之瀬さんは、ただの同級生じゃなくなった。
過去も罪も分かち合った、真の協力者として。
「今日はありがとう。上條くんのおかげで前を向けた気がする」
「俺も、一之瀬さんのおかげで自分を見つめ直せたよ」
これで、すべてが少しだけ前に進んだ気がした。
一之瀬さんとは向き合えた。
今度は千秋さんにも、きちんと話そう。
逃げずに、自分の口で。
そう、心に決めていた。
だけど、修復されたはずの俺の心は、再び音を立てて崩れていった。
あの悪魔のような存在に……俺は囚われた。
俺はどこで間違えたんだろう。
もしかしたら、最初から関わるべきではなかったのかもしれない。
俺の中に闇が堕ちていく。
今回は、完全に一之瀬さん回となりました。
本当はこのあとに続く展開まで書きたかったのですが、気づけば文字数が2万を超えそうになり……泣く泣く今回はここまでに。
それと、R18タグがついているにもかかわらず、ほとんどそういう描写が入れられず……1万5千字も読んで「そろそろ来るかな?」と待ってくださった方には、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
でも、次回こそは、次回こそはちゃんと入れます。
なので、どうか見放さないでください……
次の回では、上條が完全に壊れます。
自分の中で上條くんはあくまで一般的な道徳観を持った子として書いていたので、そろそろR18に見合った主人公になってもらうために壊れてもらいます。
今後行為シーンが欲しいキャラクター候補(すぐには反映できない可能性高いです)
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松下千秋
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佐倉愛里
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櫛田桔梗
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堀北鈴音
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長谷部波瑠加
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佐藤麻耶
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篠原さつき
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園田千代
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一之瀬帆波
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小橋夢
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白波千尋
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姫野ユキ
-
星之宮知恵
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西野武子
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伊吹澪
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椎名ひより
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神室真澄
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山村美紀
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白石飛鳥
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坂柳有栖