御冷泉院が帝の御位にあられた時、京都が北大路。物語の主人公はとある高僧。
それが、この舞台‥「伝承レイド:天狗の話」の舞台になるはずだった。そう、「だった」。
このレイドは伝承ではなく根源、性質は天狗から団扇へ転じ、由来は比叡山の西塔から名も無き山の民家へと変わり、時であろうと夏から秋へ移ろう。
移ろい、変わり、転じ、されども朽ち果てぬ概念もある。それは伝承の僅かな残り火、最後のあがき、ただの残滓。呼び名はなんでもいいが元の「伝承レイド:天狗の話」の要素。それは人物であり、舞台であり、物語の始まりである。
伝承と根源が複雑に絡み合い、ほんの少し、豆粒、否米粒、否一雫のみ根源が勝っているだけの少々特殊なレイド。
だからこそ、これは本来の終わりとは違う。
正典ではなく偽典、始まりは似ていても否になり過程で逸れ、終わりは全くの未知。
それが、それこそが「根源レイド:天狗山」である。
「ど‥どうなされたのですか?なんと言えば‥まるで天から落ちてきたような勢いで貴方落ちてきた気がしたのですが」
老人がそう問う。
「いや、目の錯覚だろう。俺はただの旅人だ。ただの旅人が空から落ちてくるわけないだろう」
『言い訳が苦しい』
うるせぇやい。
「へえ旅のお方…珍しいもんですな、ここへは何を?」
また老人がひどく驚いた顔で俺に問う。よくよく見てみると老人はひどく老け、姿もみずぼらしく見えるがただ単に小汚いだけ、素材はきめ細やかでそれなりの高級品だと伺える。
「少しな、今何時だ…いや、今の帝の名前は知っているか?」
何時代だと聞こうとし、訂正。
今の時代なんぞ聞いてもどうせわからん。それならこっちの時代でも確定していること聞いて絞り込む。
「随分と変なことを聞くもんですな、現在の帝は御冷泉様ですが…それが何か?」
…誰だそれ。知ってる?
『知らん…冷泉院跡ってなら知っているがそれ以上は知らん。地名かと思ったけど元々人名であったのか…まああったから跡地なんてつけられるのか。つーか知らないの?地理あんま興味なし?』
そこら辺の知識学ぶ余裕が当時なかったからな、あんまり知らないんだよ。まあ結衣ならより深く知ってそうだからあとで詳しく聞くか。
「いや、ありがたい。では先を急ぐのでな。失礼」
「は、はぁ、お気をつけて」
『ひでえ立ち去り方』
うるせえやい。
背を向け、立ち去ろうとした時。
「どちらにいかれるのですか?」
怪しまれない程度に無難な答えなくては…と、すると
「京の方に」
そう答えると老人は手に持っていた荷物を指差し、こう言った。
「奇遇ですね、私も明日から京に行こうと思っていたんですよ。どうです?同行というのは?一人旅というのは寂しいものです。道案内でもしますよ」
ふむ…ふーむ。
伝承の物語が進みそうなわかりやすいフラグだ。どうするか。
まあ決まっているが。
「喜んで」
とりあえず今日のところはこれで引き上げて沙姫と結衣と合流だな。
✳︎
「滑れ」
覚醒のキーが解かれ、辺りにぬるりとした殺気が満ちる。
「やはり伝承でしたか」
「そうだな、おそらくだが」
いくつか狩ったNULLモブを結衣に渡しながら答える。
「兎ですか…どう調理しましょうか。それはそれとして沙姫さん、気が付きましたか?」
ブォン、ブォンと日本刀が風を巻き込み、轟く。
ただ単に構え、面打ち、残心、それだけのことが芸術品のように美しく見える。
三人用のテントを組み上げ、仮拠点近くの探索をしたため特にやることもないし覚醒を使った稽古でもするかと思い立った沙姫。その稽古の完成度とはたからもわかってしまう圧倒的な殺傷能力に密かにドン引きしながらも鍋を煮込む結衣。合流して水を飲む俺。
「何にです?」
返事をしながらも足と手は止めず。
すり足、踏み込み、小手、残心。
踏み込みによって浮き上がり、巻き込まれた枯葉がすっぱりと真二つになる。
「あの山です。私は生まれの関係上それなりにいろんなところに行きました。体力をつけるというのもそうですが1番は縁起と慣習でしょうね。正直にいうなら日本国内のそれなりに有名な山は7割ほどは制覇したと自信を持って言えます」
肉じゃがの味見をし、うんと頷く。寮の先輩方の協力によりそれなりに納得できる調味料を持ってきたのもそうだが愛するものが作り、雄大な自然を見ながらの食事だ、美味しくなるのは至極当然と言えるだろう。
「知らないのです。あの山を」
「…ただ単に行ったことないのでは?」
ふぅーと息を吐きながら覚醒を解き、汗を拭き取りながらもチャキ、チャキと新たな武器の使い心地を確かめていく。沙姫のあれは結構ピーキーだ。俺でも扱い切れるかわからん。性格的には結衣が適任だか職業が許してくれない。
「いえ、先程風堂さんが言っていた通りなら典型的な伝承レイドなはずなんです。おそらくこれから京都に上り、そこで何かしらのボス戦が始まると考えられます」
器にじゃがいもを盛り、テント内の机に置いて行く。
「今の帝は御冷泉、記憶がおぼろげですが平安あたりにいた天皇ですね、似た名前が源氏物語にも出てきたような覚えがあります。脱線しましたがこの時代の平安といえば妖怪の坩堝ということが容易に想像できます。恐らくは妖怪退治の伝承。風堂さんが出会った男は僧か引退した陰陽師と言ったところでこれから退治に行くのでしょう。ならばその山はそれなりに有名であるべきなんです。それこそ私が行ったことがあるぐらいには」
なるほどな。
そう頷きながらも白米をよそる。お、味噌汁の具はなめこと豆腐か。
「…つまりは?」
あまりピンときていない沙姫が味噌汁をよそりながらも質問する。
「ええ、何かがおかしいんです」
いただきます。
「要するにただ単純な妖怪退治の伝承ではなく敗走前提かもしれないということだろ?」
『肉じゃが味しみてて美味しい〜これもう母の味だろ』
「…ダメじゃないですか?!?!クリアしないといけないんですよね?」
もぐもぐと食べながらも会話は続ける。
「ええ、ですが必ずしも勝つことが条件ではない場合があります。…勝つことが前提の場合超級以上のレイドということは確実ですが」
肉じゃがとご飯はなぜここまで美味しいのだろうか。
「つまり結論は京都では何が起きるかわからないから注意しておけという話だな。元々3日のつもりだったが時間圧縮は何倍になっていることやら」
ご飯ものにはやはり味噌汁が最適。
「…切ることで終わらないということですか」
「まあ少々特殊なだけですよ、杞憂ということもあります。あまり気負わないで行きましょう」
「なら今日は探索だけして終わりか?明日から京都だ。きっちり環境になじまなくてはいけないな」
「頑張ります!」
「ええ、私は頭脳労働しかできないので頼りにしてますよ」
ごちそうさまでした。
感想と評価をよろしくな!