『妖怪だ。それも相当高位』
‥どのくらいだ?
『その妖怪の種族名を聞いたら弱点と強みがすぐさまに分かる程度には』
成程。
準備をするかのように息を吐き、吸う。不思議といつもの空気より吸いにくい。何故だろうか。空気がか?いつもと質が違うように感じる。ねっとりと、そう、まるで海で泳いでいる時に足に海藻が絡まった時のような、そういう不快感がある。
『本当にすげぇな魂の格と器、こちらが二人一役で満たしていることをこうもやってのけるとは‥本来器でしかなかったものに俺という中身が入った結果出来上がった天然物と異界がハンドメイドした養殖物という違いはあれど見入ってしまうほどに完成度が高いな。いや?ん?ん?神性はあるけど‥ん?エネルギーが中心部から出てない?ん?どゆこと?正面から見ると中心部だけど奥側というか体外からじゃね?え?こんなことありえるの?叶馬とかいう非常識の塊でも神性の源は魂魄結晶がある丹田だぞ?あーいや非常識ってことは神としてはむしろスタンダードにあたるのか?つまりこの妖怪は非常識の内の非常識?要するに凡人から見て常識の範囲内にあるってことか?禅問答かよ』
なんかまた自称相棒が訳のわからんこと言ってる。
『いやこっちもこっちでわけわからんのよ。どんな生物もたとえ架空の存在である妖怪といえどエネルギーまあ要するに星幽は丹田から全体に回るのよ。それの器が肉体な。それが体外から供給されてるのはちゃんちゃらおかしいのよ。自分の外に自分の本質があるんだぜ?怖くね?』
言いたいことはわかるが‥例外は何事にもあるものだ。妖怪は人からの恐怖が集まり形を成したものだという説もある。体外から供給されるというのも一応筋は通りそうだが‥
『まあ確かに‥お、動くぞ』
善良そうな‥いや、先程の行動からして実際善良なのだろう。そのような笑みで問う。
「さて前にお目にかかったおぼえもございませんが、どなた様でいらっしゃいますか」
傘に遮られ、よく見えないが和服の袖を口元に持って言っている。一つ一つの所作に隠しきれてない上品さが滲み出ているのが否が応でもわかってしまう。
「このような姿形をしておりますのでお気づきにならぬのも不思議はございませんが、私はあの悪童奴らに北大路でいじめられていた鳶でございます。あなた様のお陰で九死に一生を得ました。この世で命に過ぎたるものはございません。どうかしてあなた方お二人の御親切にお返しいたしとうございます」
僧が老人と沙姫に向かってお辞儀をする。
自称数刻前の鳶がその妖怪の正体であるらしい。
老人がほう、息をこぼす。
鳶が正体の妖怪となると‥
「出雲の鳶鬼が第一候補でしょうか?ほかにありえそうなのは鵄や‥何でしたっけ‥野衾が代表的な鳶がモチーフの妖怪ですね」
こしょこしょと耳をくすぐるように結衣が囁く。
「なにかお持ちになりたいもの、お知りになりたいもの、御覧になりたいものがございましたら、私に出来ますものでしたらなんなりと仰せつけくださいませ。実は多少神通力を六法ほど心得ておりますゆえ、何事でも叶えてさしあげられるかと存じます」
神通力‥ん?神通力というとだいぶ使える存在の種類限られないか?
「えっと私とお爺さんだけですか?旦那様と結衣さんは‥」
「あなた方お二人のみです」
目元が見えた。拒絶の目だ。
顔にどうしたらいいんですかという文字が浮かんで見えるような表情でこちらを振り返る。どうやら俺と結衣はお呼びではないようだ。まあそれも当然と言えるだろう。
物語を進ませ、自分を巻き込むような一歩を踏み出したのは沙姫だけだ。
僧がにじりより、沙姫に目を合わすようにかがむ。
「さあ」
「願い‥私は‥私は‥」
ごくり、と唾を飲む音が聞こえた。ぶるぶると、恐怖とは違う何かに怯えている。
「ふむ‥では‥あなたからでもよろしいでしょうか?」
老人に向き直る。老人はうんうんと唸ったのち、素直そうに答えた。
「私はこの世の望はもうさらにありません。歳も七十になりましたから、名聞利養もあじきないものとなりました。ただ死後なにに生れかわるのか、後世だけが気にかかります。しかしこれは誰に聞いてもわからない事だから、お頼みしても無理でしょう。それでもただ一つ、出来ればと瀬うことがあります。それと申すのは、釈迦加来の御在世中、天竺の耆闍崛山、世にいう霊鷲山の霊峰で大会があったその折、それに参列できなかったといううらみです」
「お釈迦様が法をお説きになる様はさだめしめでたかったろうと思うと、いまも毎日朝夕析禱の時に心惜しまれてなりません。もし私も菩薩のように時空を超越できるものなら、その有様を見せていただきたいものです」
「いやそれはいとおやすい事」
と僧は言った。
「あの霊鷲山の大会は、私もよく存じております。昔の様もさながらに眼前にお目にかけます。左様な尊い事のものまねをすることこそ、私どものこの上ない喜びでございます。どうぞこちらへおいでください」
そう言い、どこからともなく取り出した錫杖を地面にとん、と下ろす。景色がすぐさま変わり、木が一本生えてる山の斜面へと移動した。
‥瞬間移動といったところか、全く種がわからない。
「目をふさいでしばらくお待ちください。仏の説法し給う御声が聞えましたら、その時はお目をおあけください。ただ仏様の姿を見ても信心を起してはなりません。頭を垂れることも祈ることもなりません。『あなかしこ』とか『尊し』とか声をあげることも、口を利くこともなりません。多少なりとも信心めいたことをなさいますと、私めのために悪いことがおこります」
老人はもちろん言われたとおりにすると約束し、樹下で目をふさぎ座禅を組んだ。
「再度聞かせてもらいましょう、あなたは?」
数秒間を置き、意を決したかのように沙姫が口を開く。
「もっと、もっと、もっと強くなりたいです。旦那様を守れるように、結衣さんを守れるように、旦那様に‥守ってもらわなくてもいいように」
‥嬉しいな。そこまで思われるのは。
『‥僕は沙姫ちゃんを侮っていたのかもしれんな。陰摩羅鬼に襲われ、それに抗えなかったことがトラウマになってそれを解決してくれたお前に依存しているもんだと思ってた。陰摩羅鬼という神性があるもんには同じく神性持ちしか干渉できん。それがたまたまお前だったからというだけで。いやはや、なんともいじらしい。これが巣立ちか』
「いやそれはいとおやすい事」
僧が手に持った錫杖を振い、空に文字を浮かび上がらせる。
「あなたには二つの道がある」
人と神という文字が見える。
「一陣の剣となり、人として運命に抗うのか。それとも一陣の神と成り、人成らざる者として運命を作るのか。前者は誇りを、後者は強さを手に入れる」
何故だか、理由はわからない。だが俺は
「そのどちらか、あなたはどちらにも転び得る。その道はあまりにも不確定。その道を整えることは僭越ながら可能です。あなたはどちらを選びますか?」
ここが沙姫の大きすぎるターニングポイントだということを感じた。
「人か神どちらを得、どちらを捨てますか?」
一拍、悩む。
「私は」
強くいう。まるで自分に言い聞かせるように、世界に自分を証明させるために。
旦那様が神に連なる存在であることは十分に理解している。ならば、私がすべきことは何か、私が取る選択はなんだ。
旦那様に、旦那様に足りないないものは何か。
私が旦那様に捧げれるものは。
「人を選びます」
僧がカーカッカッと特徴的な笑い声を出した。愉快そうに、惜しそうに。
「ええ、わかりました。鳶、平安、そして神通力」
「それほどの強大な力を持った妖怪は」
「随分と深読みをしていたようですね」
「あの僧の正体は天狗です」
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