血の味が口腔内に広がる。
当然も当然だ。順当も順当だ。一時的にだが身に余る力を使って動いたから歯茎から出血することは。結衣が死んでも敵を止めるという作戦を許可し、合図したのは俺だ。
自分が傷つくのは構わない、他人が傷つこうと構わない。ただひたすらに近しい人が一滴でも血を流すと悲しく、虚しい。父上が死んだことから獲得した俺の特徴。
その罪悪感、身内を殺したことによる吐き気から耐えるにはこのくらい歯を噛み締めないと無理だ。
脳天をかち割った、確かな手応え。
殺した。確実に殺した。結衣の感覚共有による一瞬のスタン、俺の速攻、沙姫のトドメ。完璧に、完全に殺したはずだ。
ふぅーと息を整える。
背後を見ると骸となった天狗、返事もない。まさしくただの屍。
だか‥違和感が、肌をチクチク刺すような違和感はなんだ?
懸命に周囲の観察をする。
新たな敵?否確実にあいつがレイドボス。では天狗が?いや殺した。なんだ、何を見落とした?脳天、脳味噌がこぼれ落ちている。腕、変化なし、鉤爪、扇を持っている。胴体、複数の切り傷。足、裂傷はあるが変化なし。人間なら確実に死んでいる。人間‥?
骸となったモノに対し、上段で狂鬼乱斧を構える。
「
人間ではない、妖怪が先ほどまで対峙していた敵。人間ではないならまだ息があるのも納得はできる。死体に鞭打つのは全くと言ってもいいほど趣味でないが死体でないならいい。
ただ、相手の誇りを傷つけぬように、全力で、全開で、ただそれだけだ。
轟、轟、風が轟く。轟、轟、プラズマが迸る。頭上で不可視であるはずの風が質量を持ったと錯覚させるほどの存在感で威圧する。
ギリギリいけると判断した出力の一歩先、これ以上は無理だと悲鳴を上げる理性を本能でねじ伏せる。
「
「旦那様!!」
声が異様に遅く聞こえた。
ゆっくりと、ゆっくりと、沙姫が近づいてくる気配がする。だがそれ以上の速さで、幻想か何かと見紛うほどの速度で、
天狗の団扇が俺の腹に突き刺さった。
脇腹、肝臓に、ずぶずぶと、沈む。一刀両断するほどではない、只の突き。
パァンと頭上で迸っていた風が音を立てて弾けた。
痛みで前がくらむ、けほっと情けない音が口から出る。
「止めよ」
再‥生‥?頭が繋がってる‥?
口から血がげぼっと吐かれる。
地に手をつき、呻くと、なにか聞こえた。
「殺させは!」
痛い、あまりにも、意識が飛べない。
「カカッ!!良い太刀筋よ、まさか袈裟斬りされるとは、だが」
ぐじゅりと、不快な音が聞こえると共に悲鳴が聞こえる。
ビシャっとぬるい液体が、頭にかかる感触がした。
「生きぬ者を殺すには足りんな」
『結衣ちゃんすらも一刀かよ!』
痛い、痛い、どこだ、武器は、あった。
「嗚呼、本当に良い立ち合いだった」
『使うか?いや、負担が大きすぎる、いや一度でも死んだら僕に何が起こるかわからん』
痛みを堪えようと、懸命に斧槍を握る。
「不死は反則と思うか?同意見だ。後出しですまないが乗り越えると思ったのだがな‥見込み違いだったか?」
『精神汚染の問題もあるしそもそも肉体がこれを受け入れるほどの進化をしてるのか?3段階なら大丈夫だろうが1段階だ!レベル的には‥いけるか?いや、行くしかない』
ふらふらと、斧槍を地面に突き立てなんとか立つ。
「まあ良い、ちょうどそちらも不死、何度でもかかってこい」
死にたくない、死にたくない、ここで殺す、そう決意しながらも、心ではどこか諦めていた。
体は致命傷を負い、味方もいない、そのような状況で何を諦めるなというのか。いや、
『僕がいんだろ、忘れんな』
そうだったな。
ぬるっと沼に手を入れたような気配が広がる。
『
制服が、音を立てずに消滅した。
それと同時に傷が、何もなかった空白が、何事もなかったかのように、置換されたように、直る。
治るではない、直る。機械のように、人間とは思えないような修復速度だ。
副次的効果か、痛みもだいぶ引いた。
これが‥お前のスキルか?
『ふぅ成功‥僕のスキルは基本自己補完だ。自分で自分を補う。わかりやすく言うなら自身の足を食う蛸と同じだ。まあどっから持ってくるかは自由に選べるから今回はお前が肉体と判定を出している服から貰った』
『油断すんなよ?今回は突きだから比較的損傷が少ない。これで1番辛いのはでかい穴を開けられることだ、しかもショック死のリスクもそれなりにある』
ああ、せいぜい足掻くさ。
「その気配!その気配、まさか!まさか!外なる者!この地獄のものではない!否、切ってわかった、肉はこの世界のもの!ではなんだ!この忌まわしき気配は!」
息を整える、修復されたとはいえ体力も残り少ない、あれほどの不死性を持つのだ、この一撃に、全力をかける。
すでにギミックはわかった。
「黄泉比良坂には貴様のような者はいない!いてはならない!それが運命、それが定め!」
「なるほど魂!まさか!貴様は外でも他の地獄の物という段階ではないな!文字通りの外!伝承が違うどころではない!」
「魂は巡り巡る物!イザナギに真っ向から喧嘩を売るその姿勢!誠に天晴れ!故に!」
おそらくあの扇、あれを物理的にでも剥がして俺が装備したらその神性は消え去る。
「今!ここで!去ね!」
台風、そう錯覚するかのような先程までとは質が違う風。
それをもすり抜ける超速。背後へと瞬間移動と思えるような速度で移動する。
振り切り、伸び切った右腕。
「ひとぉつ!」
指先を掻っ切る。
握力がなくなり、必然的に落ちる扇。
先程までは瞬く間に再生していたはずの手が再生しない。
『再生なし!神性は扇に宿っていたことは確定!』
残心はしない、即座に2連撃、首斬りだ。
「まぁだぁ!」
ぎょろりと天狗の目がこちらを見る。
左手に持ち替え?落とした程度ならというわけか!
「憤!」
再びの鍔迫り合い、片手なのも相まってこちらが有利!今この瞬間のみ有利!
どうす 指 再生 今だけ 細切り 死ねない 不死 腕ごと 致命傷 避ければ 無理 代償 つまりは
相打ち覚悟
『
右手の感覚が少し遠くへ移った。
何が、いやなるほど好機!
「もらう!」
手首から先、右手のそれが無くなった。力は互角、一秒先には力押しでそのまま終わりだ。だがこちらは切り落としたわけではない。
「何?!」
そこには斧の先端部分ににょきっと生える俺の右手がしっかりとその団扇を握っていた。
そのままくるんと一回転。
すぽんと抜ける団扇。
一足、下がられる。
「成程‥その力‥この地獄では決して生まれぬ力」
「本質は自己の補完であったか」
両者、一息つく。
「終わりにしよう」
団扇を左手、斧槍を右手、右を前に半身。
「うむ」
天狗は腰のあたりにあった脇差を構える。よくよく見るとそれはボロもいいところの鈍以下の代物だった。
だが、決して、決して侮れぬモノが、思いが重みとして乗っかっていそうな、そういうモノだった。
「「いざ」」
二陣の風がふわりと吹き、
天狗の首が真っ二つに切れた。
「見事」
「残した事は多々あれど、思い残しはない」
「酒呑童子様よ、いま‥そちらに」
「…疲れた」
『お疲れ様』
「帰りましょう」
「結衣さーん、この骸はどうしましょうか?」
「持って帰りましょう、損はありません」
『‥楽しかったか?』
少し考える。
「勿論」
オヒサ!
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