学園一の美少女の裏側はドMな正癖を持っていた 作:Tifa Lockhart
エルフの女王様は何故に壊れかけのクリエイターの前に現れたのか
カタカタカタカタ……
カチッ。
「ふぅ……」
数十台のパソコンが並ぶ教室。
教室の隅で黙々とキーボードを叩いている。
静かな環境は色々と考えてしまうけど、家にいるよりは集中できてよかった。
やる気が溢れている訳じゃなく、何かに集中していないと気が狂いそうになるから違う環境に心を置きたたい。
この世から居なくなることも考えたけど、僕が居なくなることが、翠のせいって思われるのが嫌だった。
だから別れを告げてから2週間、毎日学校に通っている。
入口の扉が開くと、担当の先生がきょろきょろと周りを見渡して僕を見つけた。
「あ、橋田君、もう17時だから閉館の時間だよ」と先生が教えてくれる。
「はい、わかりました」
朝10時から夕方17時まで学校で勉強しても、家に着いたあとの19時から、朝の8時までは家にいなきゃならない。
「今日も……ファミレス行くか……」と言いながら財布を見ると小銭しか無い。
今までは自炊していたけど、最近は外食ばかりだから仕送りが底を付いてきた。
「仕方ない、今日は帰ろう」
明日は実家に帰ろうかな……
電車を乗り継ぎアパートに向かう。
当たり前の景色に色はなく、全てが無意味に感じる。
自分の存在の無価値さを感じながら、ロボットが作業をするように学校に通っていた。
いつも日を跨ぐ時間に帰っていたから、19時に帰るのは2週間ぶり。
8月後半の夕方はまだまだ暑く、電車を降りて10分の帰り道でも汗が吹き出る。
急いで帰りたい気持ちはあるけど、走る気力は全くないからゆっくりと歩いていた。
僕は何のために勉強しているのだろうか。
僕は何のためにゲームを作りたいのだろうか。
僕は何のために生きているのだろうか。
近くにいた人が1人いなくなっただけで、自分の存在価値すら疑ってしまう。
今までだって僕の存在なんて、世の中になくてもよかったはずだ。
何も変わってないはずなのに、何でこんなに苦しいんだろう。
帰る道すがら、車が横を通るたびに、飛び出したら楽になれるのかなとも考える。
でもその瞬間、彼女の笑顔を思い出すと躊躇してしまった。
「はぁ……ダメだ……やっぱり学校に行ってないと嫌なことばかり考えてしまう……」
噴き出る汗を拭きながら、トボトボと歩いていた。
アパートの入り口に近づくと、日傘をさした女性の姿が見える。
その女性を目視すると緊張で足が止まってしった。
どんなに目が悪くても、どれだけ目が霞んでもあの姿を見間違えることはない。
エルフの女王様が、アパートの玄関先に降臨している。
後ろで縛った明るい黄金色の髪は頸の白さを強調していた。
白い大きめなTシャツに薄紫色のロングスカート。
普段着のような姿なのに崇高に見えるのは、やっぱり異世界から来たエルフなんだと思わせる。
僕と目が合い深々と会釈をしてきた。
それに釣られて僕も会釈を返す。
もう関係ないのに、何で僕なんかに会いに来たんだ?
もう40歳を超えているはずなのに年齢不詳の最上級エルフは、僕に小さく手を振って、満面の笑みで見つめている。
「橋田君久しぶりね。少しだけ時間大丈夫かしら」
翠の20年後もこんなに美しい姿になるんだと想像すると心が痛くなる。
でも笑顔を見せるなら、僕たちのことを知らないってことか?
緊張しながら入り口に向かい、焦りながら鞄から鍵を出した。
「……はい、大丈夫です……中、どうぞ」と言って部屋に招き入れる。
ん? 女王様はいつから待っていたんだ?
◇
テーブルを挟んで、エルフの女王様とクリエイター崩れの男が対峙している。
蒸し暑い部屋はエアコンの風が温くて居心地が悪い。
それでも女王様は爽やかな笑顔を見せていた。
何も用意してないことに気付き、急いで冷蔵庫に向かって冷えたお茶を用意する。
そしてペットボトルのお茶を女王様へ献上する。
「ど……どうぞ」
「ありがとうw優しいのねw」とお茶を手に取り、満面の笑みを向ける。
「あ、いえ……そんな物しかなくて……」
「ううんw暑かったから嬉しいわwありがとうw」
手に取ったお茶の蓋を開けて少しのむと、首筋にうっすらと汗が見える。
あれだけ暑い中にいたのに、少ししか汗かいてないなんて、やっぱり翠のお母さんなんだな……
僕のコミュ障は以前と……いや、以前以上にコミニュケーションを取ることが面倒になっていた。
そんな僕を見かねたのか女王が声を発する。
「橋田君ちょっと痩せたわね。ちゃんと食べてる?」
まさか女王の一撃目は、母親みたいな言葉で攻撃されるとは思わなかった。
「は、はぁ、あんまり……食べてない……です」
「あの子は勉強に集中しすぎると他のことに手を付けなくなるから。料理ももっと勉強するように伝えるわねw」と明るく答えている。
やっぱり別れたことを知らないんだ。何で言わないんだろう。わざわざ言うこともないってことかな……
「はぁ……」
僕から別れたことを伝えればいいんだろうけど、考えただけで涙腺が緩むから、言葉に出すと泣いてしまいそうだ。
「橋田君は部屋綺麗にしてるのねw男の子の部屋って掃除していないイメージがあるからw」
部屋が綺麗なのは翠がいつも掃除してくれたから。だからできるだけ部屋から離れて外にいたかったんだ。でもこれからは散らかる一方だろう。
「そう……ですね……み、翠さんが……掃除してくれたので……」
あぁ、こんな嘘までつかなきゃならないなんて……
「そうなのwあの子、自分の部屋は綺麗にしないのにwでもね、最近翠から連絡がなくて……元気にしているのかしら」
元気にしているのだろう。僕じゃない人ときっと幸せな生活を送っている。
「元気……にしています……」
目を逸らして部屋の壁を見ながら言った。
嘘なんて言わなくてもいいけど、目の前にいる女性をわざわざ悲しませることはないんだ。
「そう、それならいいの……」
さっきの疑問を投げかける。
「あのもしかして、ずっと待っていました?」
「ううん、チョットだけよ」
と手を出して親指と人差し指の間を詰める。
女王様が翠と同じ性格なら絶対に少しじゃないはず。もしかして今日だけじゃなく、昨日も一昨日も待っていたのか?
僕は2週間まともに家に帰ってなかったからもしかしたら毎日通っていたのかもしれない。
「長く待たせてすいませんでした」と頭を下げた。
でも、彼女と別れろと言われるなら良いタイミングなんだろう。もともと4年間限定だったんだ。
「いいのよwただどうしても話しておきたいことがあったから」と微笑んでいた目が伏目がちになる。
「はぁ……」
女王様は崩していた足を正座にして前のめりになった。
どうせ別れることがきまっているんだから、言いに来なくてもよかったのに。
「去年……言ったでしょ。大学卒業したら……別れてほしいって。でもそれを撤回したいの」
「……はぁ…………え?」
別れることを撤回したいって言ったよな。
そして女王様は続ける。
「実は……前に話していたお見合い結婚の話なんだけど……」
大学卒業とともにお見合いを経て結婚する予定だったけどそれがなくなった。
婚約者の浮気癖で他人の女性を妊娠させてしまったため、結婚どころかお見合いすら出来なくなり、会社統合の話もなくなってしまった。
そして数か月前に経営は諦めて、破産宣告を受けたあとに譲渡した。
「だからね、翠とは今まで通り付き合ってあげてほしいの……でも……」
「でも?」
「破産……したから大学には通うことは出来なくなってしまったわ。まだ翠には言ってないけど今期で大学は休学させるのよ」
テーブルに乗せた手をギュッ強く握りしめている。女王様は、彼女が自分の意思で決めた大学に行くのをすごく喜んでいたはずだ。
僕も腰を浮かせ、テーブルに手をついて聞き返した。
「え? でも……彼女の夢が……医学療法士になる夢は……」
「橋田君。その夢はあなたが与えてくれたのよね。あなたと出会ってすごく生き生きしてて本当に嬉しかった。だから二人で夢を叶えてほしいけど……もうお金がないのよ……」
「それじゃぁ……どうにも……ならないんですか?」
彼女がやっと見つけた目標が、自分の意思とは関係なく壊されてしまう。
「本当にごめんなさい。お金を貸してくれるところも無いし、私たちだけで生きるのも精いっぱいなの。本当にごめんなさい」
下を向き、握った拳がプルプルと震えている。
女王様も本当に辛いんだ……
彼女が”スポーツ療法士になる”と言った時の姿を思い出す。心が前を向いて凄く輝いていた。
「そう……ですか……」
何か力になれることは……ないのか……。
「でも翠には橋田君がいるからw前向きで、アイデアが豊富で、夢を与えてくれるあなたがいれば、翠は挫折しても立ち上がれると思うの」
顔を上げて僕を見つめ、笑顔を作ろうとしていた。自分で子供を支えられない苦しさを、無理に抑えようとしているんだ。
「僕が……翠を……支える……」
もう支えられないんだよ。もう2度と会うこともないんだ。それなのにどうやって支えられるんだ……
何かしてあげたくても何もできない。それどころか僕が目の前に現れたら迷惑だろう。
「わがまま言うようだけど、本当に翠をよろしくお願いします」と言って座りながら後ろに下がった。
僕に後頭部を見せて、ゆっくり頭を下げる。
1年前も同じように僕に頭を下げていた。僕みたいな何もできない、存在価値すらないオタクに……
お金……お金があれば……
「あ、頭を上げてください。僕にできることは何も……お金……もし、お金が用意出来たら、卒業まで大学にいられるんですよね」
頭を少し上げたけど、目は伏せたままだった。
「じゃぁ、お金用意します。だから、ひ……翠さんを大学に通わせてください」
そう言うと顔を上げて、涙で潤んだ青い目を僕に向ける。
「本当に優しいのね。でも……それはだめよ。まだ学生なのに数百万円も用意させるわけにはいかない」
「僕にできる……かわからないですけど、彼女の夢を壊したくないんです。せっかく見つけた夢を叶えてほしい……です」
エルフの女王は”気持ちだけ頂くわ”と言って帰っていった。
翠を恨もうと何度も思ったけど、1ミリも恨むことはできずにいた。
僕が彼女に寝取られのフリなんてさせなければ、心が離れることもなかったろうし、別れることもなかっただろう。
自業自得なんだ。
僕が傷ついているのだって、僕自身が悪いんだから。
PCの前に座り電源を入れる。
国立大学の学費は年間で100万円はしないはず。だったら200万円用意すれば卒業までの学費は賄える。
と言っても僕にお金のつてがあるわけじゃない。
彼女の大学の学費を調べると、学費だけなら60万円程度だった。
この金額なら両親に借りられるだろうか。
「よし! 明日は実家に帰ろう!」
独り言のように大声で叫ぶと少し気持ちよかった。
演劇の時だって、僕は彼女を輝かせるために頑張っていた。
僕のエゴで彼女と別れることになったけど、僕は彼女に幸せになってほしかったんだ。
居心地が悪かった部屋が、ほんの少しだけ、自分の居場所に戻ってくる。
翠と付き合って、自分のことしか考えていなかった。
彼女が横にいることが当たり前に感じていた。
彼女で僕の欲望を満たしていた。
後悔しても何も始まらない。僕が彼女にしてあげる最後のことは、彼女を大学に通ってもらうこと。
その姿を見ることができなくても、彼女なら絶対に夢を叶えてくれるはずだ。