※この作品はR-18です。

奉仕しないと帰れない部屋に囚われた男の業務記録   作:dolph

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幼女戦記からターニャ・デグレチャフ


仕様説明

 帝国魔導大隊隊長ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐は、愛しき戦場から遠く離れ麗しの帝都に戻っていた。実に数ヶ月振りの休暇だった。

 幼くともターニャはエリート将校である。休暇であろうと気を抜きすぎる事はない。羽を伸ばす以外にも軍大学に顔を出して知識の更新に勤しむ。知己に出会えば情報を交換する。幸運なことに地位ある方々にお会い出来れば覚えを良くするために注力する。尤も、その末に魔導大隊を率いる事になったのはどのような巡り合せがあったものか。ターニャの希望は平和な後方勤務であって、自らの手で戦果を上げる事ではないのだ。

 

 休暇の最終日、自室に戻ったターニャは重い息を吐く。十分休んだばかりなのに、幼い顔には澱みのような深い疲れが滲んだ。

 

「明日からはまた仕事か。いつかのように編成で時間を稼げればよかったが」

 

 戦果を上げ続けるターニャ・フォン・デグレチャフであるが、先述した通り本当の希望は安全な後方でそこそこに過ごすことである。名誉も勲章もほどほどでいい。二階級特進なぞ御免こうむる。

 残念な事に、周囲からはそのように受け取ってもらえない。戦場が大好きな戦争狂と思われている節がある。誤解を解こうにも迂闊な事を口にして首脳部の意向に背こうものなら栄達は夢となる。選択の自由があるようで全くないのが実情だ。

 どうしてこうも自分の意思とは正反対の道ばかり選ばされるのかと思うが、答えが出てる問を再度問うのは愚か者のすることだ。そうとわかっていても、どうしてこうなったと思う事が何度あった事か。

 

 全ては呪いのせいである。 

 

 科学の他に魔導を行使する世界であるが、呪いは余りに非科学的で迷信の類と思われている。ターニャとて実際に自身の身で受けていなければ一笑に付していた。呪いの始まりはこの世界に生を受けた事である。

 ターニャはかつて、21世紀初頭の日本に生きるエリートサラリーマンだった。努力と実力で得た順風満帆な人生を送っていたところ、理不尽な逆恨みによって長くはない人生を終える羽目になった。

 それがどうして軍事大国で拡張主義である帝国に生きているかと言えば、忌むべき存在に転生させられたからだ。

 曰く、血も涙も信仰心もない前世を省みろ、だとか。

 転生した世界では前世とは性別が違う女子に。平和な日本とは違う周辺諸国と問題を抱えた帝国に。21世紀初頭の日本では標準装備だった様々な社会理念は萌芽が見られるかどうかであり。

 

 呪われて然るべき存在Xによって、ターニャは大変な問題に直面し続けてきた。ターニャの不幸は全て存在Xの呪いによると言って過言ではないだろう。故に、ターニャが呪いの存在を感じても呪いを齎した存在に感謝も信仰も祈りも捧げるわけがなく、事ある毎に呪詛を投げつけていた。

 日々の呪詛が効果を発揮したのか、或いはターニャへの呪いが余りにも重い事への救済措置か。

 

「前回から数か月は経っている。しかし鍵がある以上、訪問できない事はないはずだ」

 

 ターニャはロザリオを首に掛けている。ターニャが求めたものではない。気付かない内に身に着けていた。存在Xの呪いを感じて捨てようとしたことが何度もあるが、その都度手元に返ってきた。間違いなく悍ましき呪いの品である。

 そのロザリオに、いつしか小さな鍵があった。

 

「問題はなさそうだ」

 

 首からロザリオを外し、鍵を手に持つ。すると、空気が変わった。完全な無音になった。

 ターニャしかいない自室であってもターニャ個人の住宅ではなく宿舎であるため、耳を澄ませばドアの向こうから話し声や物音が聞こえる。窓の外では鳥が鳴くし、風が唸り、前世ほどではないが車の音もある。それらが完全に消え去った。

 窓の外は灰色の空。木々の葉は微動だにしない。鳥が飛んでいたら中空で静止しただろう。

 時間が止まった、としか思えない現象である。

 

 ターニャが鍵の使い方を知ったのは、この現象に遭遇して五度目の事だ。

 始めは大いに警戒した。存在Xの呪いが進行し、気が狂ったのかとも思った。しかし、異常な現象は数分で終わり、世界は営みを取り戻した。疲れが見せた幻覚だと思った。

 しかし同じ事が起きれば疲れでは済ませられない。自分では正常でいたつもりだが、いつの間にか精神を病んでいたとしたら。

 ターニャの恐れを他所に、現象は前回と同じく数分で終えた。

 三度目となれば現象の切欠に気が付く。一度目も二度目も三度目も、ロザリオに吊り下がっていた鍵型のアクセサリを手に持った時に発生した。現象と現象が発生する間に何度も手にしていたが、現象は発生しなかった。発生条件には期間があったのだ。一度現象が発生してから一週間置かないと再度の現象は発生しない。

 四度目になると、現象の意味を考察する余裕が出来た。鍵に触れると時間が止まる。何のために?

 鍵なのだから何かを開けるのだろうと安直に考え、鍵の持ち手を持って先端を宙に突き出した。驚くべきことに、感触があった。鍵は何も触れていないのに、狭い鍵穴を通る感触だ。一定以上押し込めないところも、鍵を鍵穴に差し込んだ時によく似ている。そのまま捻れば、カチャと何かが外れる音がした。

 そこで突然現れた扉を警戒するのは当然だろう。何もなかったところに、白く大きなドアが現れた。それもただのドアではなく、曲線を金細工で強調した優美なドアだ。前世の知識から、バロック様式と似ているように感じた。

 軍の宿舎ではなく皇族が住まう宮殿に相応しいドアは、ターニャが離れた所から観察している内に消えてしまった。

 意を決してドアを開いたのが五度目である。

 以降、ドアを潜った回数は両手両足の指で数えきれない。

 鍵の使用条件も完全に把握した。

 閉じた空間で鍵を手にし、空間の外の時間が止まっている間に鍵を見えない鍵穴に差し込み捻る。現象が発生している間に現れたドアを潜る。行動しなければ現象は五分程度で収まり、現れたドアも消える。

 鍵の使用は週に一度。存在Xが定めた安息日のようでターニャは気に食わないが、それだけで実利を投げることはない。

 

「戦場では使う場所がないからな。天幕の中なら使用できるのは確認したが調子が狂いかねん」

 

 鍵を宙に突き出し捻れば、記憶の通り白いドアが現れる。

 いつ見ても隅々まで完璧に磨き上げられ、出来たばかりと見まがう程なのに歴史から来る重厚さを感じさせる。このドアだけで芸術的な価値がある。この世界とは異なる歴史を持つだろうから、歴史的価値には疑問符が付くが。

 

「おっと。消えられる前に開けなければ」

 

 誰に聞かせるわけでもなく、言葉を漏らす口元は微妙に弧を描いている。戦場で見せる裂けたような笑みとは違って楽しそうに見えるのは、目元も緩んでいるからだろう。

 ターニャの小さな手がドアノブのハンドルを握り軽く押せば、ドアは重厚さに相応しくゆっくりと開く。ドアの向こうは、異世界と評したくなる光景が広がっていた。

 

 

 

 広い空間に高い天井。壁は繊細な模様で飾られ、柱には隙間なく彫刻が施されている。ところどころに金色が目立つが、全体は白でまとまっている。

 天井から吊るされる大きなシャンデリアは蝋燭の炎が揺らめいているのに光の色は白。それだけで違う場所なのだと痛感する。

 目を落とせば絨毯の毛足が踝までが届く。歩き心地はとても柔らかく、寝転べばターニャの自室のベッドより快適なのは間違いなしだ。

 壁と床と天井でこれだけ豪奢なのだから調度は言うまでもなく、重厚なテーブルには飾り皿や色とりどりの花が差された花瓶が並び、椅子やソファーは座ってよし、寝転んでよし。何度も使ってきたので快適さは自分の体で証明済みだ。

 例えに上げるのは不快だが前世の世界における琥珀の間に匹敵、或いは凌駕するだろう。帝国の宮殿にさえここまで豪奢な部屋は存在しない。

 しかし、単に豪奢だから喜ぶターニャではない。豊かな人生のために少々の贅沢は必要と思っても、琥珀の間は行き過ぎだ。琥珀の間を作った国は革命で滅んだ。受け継いだ国は戦争で琥珀の間を奪われた。所有者が転々とした琥珀の間は、最後には空襲で跡形もなく消滅した。我が帝国が同じ道を辿らない事を願うばかりである。

 

 ドアの向こうとこちらでは空気の色さえ違うようだ。

 美しい空気を揺るがすのは、懐かしくも感じる声だった。

 

「ターニャ・フォン・デグレチャフ様、お久し振りでございます。お越しになるのを心よりお待ちしておりました」

「ああ、世話になる。まず風呂を使わせてくれ。その間にいつもの用意を頼む。私が来なかった間だ。食事は要らない。珈琲と軽く摘まめるものを」

「かしこまりました」

 

 黒の三つ揃えできめた男が出迎えた。身なりも雰囲気も部屋と調和している。ここでは軍服のターニャは異物そのものだ。しかし女主人のように振舞うターニャに、恭しく頭を下げた。

 

 ターニャは、内心でこの部屋を「レジャールーム」と名付けている。正式名称はないので、利用者はそれぞれが好きに呼んでいるようだ。

 琥珀の間を凌駕する豪奢な応接間に、十人が同時に使ってなお広く感じる浴室は前世のスパリゾート以上の設備が備わり、寝室のベッドは豪華さや広さよりも重力を発しているがごとく眠りに誘い、書斎に並ぶ本は有限であるはずなのに限度が見えない。今生きる世界で未来に出版される書籍はないが、前世で読んだ日本語の本がある事には心の底から驚愕した。それも、出版が二千年代。

 体を動かす施設こそないものの、最上の贅沢を味わうことが出来る。しかし、ターニャは過度な贅沢を楽しむ人種ではない。ほどほどで十分だ。このレジャールームの肝は管理者である。

 広い浴槽で脚を伸ばし、そんな事を思った。

 

 レジャールームは何から何まで超常である。存在Xの関与が強く疑われる。そのため、管理者の男が存在Xに由来すると考えるのが道理だった。

 まず、見た目からして怪しい。精緻な彫像が動き出したかのようだ。銀髪に異色光彩は何の冗談か。立ち居振る舞いは洗練され知識が豊富で頭の回転が異常に速い。

 人間ではなく悪魔のシモベに違いない。と思ったのだが、本人の言葉によれば正真正銘の人間であるらしい。死んだことはあっても存在Xと遭遇したことは一度もないのだとか。死んでいるのに何故生きていると聞きたかったが、それはターニャも同じである。自身の経験で測れぬものばかりであったため、脳みそが思考を放棄したがっていた。

 

 レジャールームの利用者であるターニャと違って管理者である彼は、何の前兆もなくレジャールームに飛ばされた。

 利用者に奉仕しなければ帰ることが出来ない。ある程度の期間を勤め上げれば元居た場所に帰ることが出来るのだが、そちらで一週間過ごすとまたもレジャールームに飛ばされる。以降、延々と繰り返しである。

 

 彼は苦笑して己の境遇を嘆いてみせたが、ターニャには察するものがあった。

 レジャールームに初めて足を踏み入れ利用時の注意点を聞いた時の言葉が酷過ぎた。

 

『飲尿の強要はご遠慮ください』

 

 そんなものを一体誰が強いるのか。まさかここはそのような場所なのかと怖気づいたのは否めない。それにその言い方だと、強要すれば応えるのか。

 深くは聞いていないし興味もないが、異性と何かしらの問題があって呪われたのだろう。

 

 

 

 ゆっくりと風呂を楽しみ、良い匂いがする石鹸で体を洗い、髪はシャンプーでリンスとコンディショナーも選り取り見取り。泡を流すシャワーの水流も様々な調整が可能。

 頼めば洗ってくれるらしいが、ターニャはまださせた事がない。

 風呂から出たら体を拭いて、髪は大雑把に水気をとってからドライヤーを使用。髪を乾かすのだけはさせた事がある。

 着ていた軍服は下着もろとも綺麗に洗濯済みになっている。何度見ても不思議だが、魔法か何かと思って考えるのを止めて久しい。

 しかし、軍服にはまだ袖を通さない。出る時に着れば十分だ。レジャールームは24時間の利用が出来るため、出る前に一度眠るつもりでいる。周囲からは軍人の鑑と思われているターニャでも、ベッドで寝る時は軍服を脱ぐ。

 パジャマはまだ早い。注文すればどのようなドレスでも用意出来るらしいが、ターニャは興味がない。いっそジャージでも構わないところだが、部屋の雰囲気に合わない。着脱が簡単で雰囲気を崩さず、と云う事でいつも選ぶのはバスローブである。

 

 レジャールームを利用して間もない頃のターニャは男への警戒が抜けきらなかった。が、何度も利用すれば信用が積み重なる。自分に害を及ぼすことはないと信頼している。自分の体が異性受けしない自覚もある。いざとなれば魔導を行使すればいい。

 様々な理由を連ねられるが、一番は彼方と此方が完全に断絶しているからだ。ここで何をしようと、部下や上司に伝わる事はない。日本風に言えば、旅の恥は掻き捨て、である。

 

「こちらになります」

「ご苦労、セバスチャン」

 

 ターニャは応接間に戻って、ローテーブルかテーブルか迷って前者を選ぶ。ソファにふわりと腰を沈め、差し出されたのは三枚のレポートである。

 彼方でターニャが住み暮らす帝国及び主要な近隣諸国の代表的な新聞内容を要約したものだ。ターニャが前回訪問してから今回までの数か月間を。対象となる新聞は千部を超える。単に要約するのではなく、帝国軍に属するターニャが重要と思える記事だけを拾っている。やっている事は公開情報から重要な動きを探るオシントそのもので、是非にも情報部に誘いたい。残念ながら彼はターニャが出入りするドアを使えないが。

 明らかに人間業を越えて脳みそにコンピューターでも積んでるとしか思えないのだから、人間であるのが疑わしく思えるのも仕方ない事だろう。

 

「どうした? 変な顔をして」

「失礼いたしました。ターニャ様が口にしたお名前が、私が尊敬する方と似ておりましたので」

「セバスチャンがか? そいつはスイスの傭兵に知り合いでもいるのかも知れないな」

「傭兵の知人の名が知れ渡っているのですか?」

「大分違う。おそらく偶然だろう」

 

 軽く言葉を交わしながら読み進める。戦火が遠のく日は遠そうで顔をしかめた。

 時折珈琲で意識を鋭くさせ、甘い焼き菓子で脳みそに糖分を補給する。

 レポートは短くまとまっていたのもあって、読み終えるのに大した時間は掛からなかった。彼方でのしがらみはここまでだ。ここからは時間いっぱい休暇を満喫する。

 

 ここで幾ら時間を過ごしてもあちらでは時間が進まない。現時点では、利用時間は合わせて一か月もない。よって、ここで過ごしただけ成長や老化が進むかどうかはわからない。ターニャの感触としては、おそらく余計に年を取る事はない。

 いつだったか怪我をしてレジャールームを訪れた際、赤い飲み薬を飲んだだけで完全に治癒した事があった。有難くはあったが、軍医を誤魔化すのに苦労した覚えがある。

 そんな部屋で幾ら時を過ごしても、年を取るとは思えなかった。年齢的には早く取りたいくらいだが。

 

「よろしければ、こちらに記帳をお願いいたします」

「わかった」

 

 A4判の皮張りのノートを開く。見た目の厚さに反してページ数が多い。1ページ目から数百は捲らないと新しいページに辿り着けない。その1ページ目にターニャの名前があるのは、彼女にそこはかとない優越感を覚えさせた。

 使用ページが多いのは利用者数が多いのもあるが、ターニャ以外の利用者で日記代わりに使っている者がいるからだ。

 不思議な力で知らない言語も難なく読める。しかし、利用者の個人情報に関わる記述は認識出来ない。情報リテラシーがわかっているノートである。ノートだけでなく、彼が発する個人名も聞き取れない。不思議であるが、ターニャはとうに考えることを止めていた。

 

 ターニャは真っ新なページに今日の日時と自分の名前を書く。

 ようやく本当の休暇が始まった気がした。




名もなき男は流用
需要があるのか全く分からないのに何で書いたかと言われたらきっと気の迷い
ラム・レム・ダクネスを予定
後は未定
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