※この作品はR-18です。

奉仕しないと帰れない部屋に囚われた男の業務記録   作:dolph

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15k字
かっこよく言うとバラライカの内在的論理を擦り合わせるのに時間が掛かりました


リピーター獲得のためのプレゼン

 クローゼットルームに案内され、バラライカは真に理解を投げ捨てた。考えても無駄だと心の底から悟ったのだ。

 

「準備致しますのでこちらに掛けて少々お待ちください。散策して下さっても構いません。準備が整いましたらお呼びします」

「……ええ」

 

 やたらと大きいドレッサーの前に座らされた。無数にある引き出しに何が入っているのか気にならなくもないが、クローゼットルーム自体に気をとられる。

 様々な服が並ぶ通路は果てがない。平坦らしく地平線は見えない代わりに遠くが霞んでいる。ここは本当に異界なのだと思い知った。魔法だか何だかがなければ不可能。地球上では絶対に有り得無い構造物だ。ロシアの大帝ですらこんなものは作らなかった。

 

 バラライカが呆然とクローゼットルームを眺める間に、男は早速動き始めた。アウラに言ってあれこれ取ってこさせ、自分はドレッサーの上にガラスのビーカーを並べる。それぞれに透明な液体を注ぎ、追加で別の液体やら粉末やらを比率を変えて投入しつつガラス棒でかき混ぜる。

 

「取ってきたわよ」

「それをハンカチサイズに切り裂いてくれ」

 

 アウラが持ってきたのは薄手のジャケットが数着。それぞれ素材が違う。

 男はガラス棒でかき混ぜた溶液を自分の手の甲に垂らし目を凝らす。

 

「これで行くか」

 

 一つを残してビーカーをアウラに片付けさせる。残ったビーカーにはまた別の粉末を入れる。今度はバラライカとアウラにも何をしているかわかった。色を付けているようだ。

 

「アウラ、袖を外して腕を出せ」

 

 今のアウラは付け袖装備。外して男へ腕を差し出すと、ビーカーの中身を塗り付けられた。

 

「何よこれ?」

「じっとしてろ」

 

 溶液は僅かに赤茶色が混じっている。男がガラス棒で塗り伸ばすと、そこだけ肌の色が変わったように見えた。

 

「今度は反対の腕を出せ」

 

 反対の腕にも溶液を塗る。こちらはガラス棒で塗り伸ばす代わりに、ジャケットを切って作った布きれを押し付けた。

 

「パターンは粗い方がいいな。バラライカ様、お待たせいたしました。用意が整いましたので、お顔から痕を再現いたします。よろしいでしょうか?」

「取れないんだけど?」

 

 アウラは、腕に塗りたくられた赤茶の溶液を爪で引っ掻いた。剥がれない。強めにすると痛いだけでやっぱり剥がれない。

 先に塗られた方は大きな痣のように見える。後に塗られた方は変色に加えて表面に微細な凹凸がランダムに付けられ、それこそ火傷の痕に見えた。

 

「簡単に取れたら困る。薄く塗ったから空気や水分もある程度通すはずだ。一週間付けたままでも大丈夫だよ」

「一週間も付けたまま!? すぐとってよ!」

「後で取ってやる。しばらく黙ってろ」

「う……」

 

 命令されたら逆らえないアウラである。唐辛子を酢で発酵させたものを飲まされたような顔をして男を睨み付けた。基本的に表情がない魔族だが、手も口も出せない時が多いので態度で不満を表すことを覚えつつあった。

 

「失礼いたしました。メイクは後ほど私がいたします」

「……お願いするわ」

 

 バラライカは素直に頷いた。ここで我を張ってもどうにもならない。自分たちの世界ではない異界で、挙句人間ではなく魔族と言われて、何が正しいのか全く分からない。自分への害意がないらしいのはわかる。それとて、どこまで彼方の常識に合わせていいものか。最低限の担保を得ようにも、角女があれだけ頑丈だと何の武装もない今の自分では殺し切れないかも知れない。男の方は紳士的なので何も知らない女なら信頼してしまうだろうが、バラライカはベビーフェイスの男が率いる組織と激しい抗争をして、一騎打ちの痛み分けに終わった事がある。上面だけで信じるのはただの馬鹿だ。しかし今は、口惜しいが任せるしかない。

 

「御髪を失礼いたします」

 

 バラライカの長い髪が落ちないようヘアピンで留める。

 

「お顔に触れます」

 

 熱すぎない蒸しタオルで顔を拭う。タオルの湿り気は単なる水分ではないようで、少々のメイクと唇に塗った紅が綺麗に落とされた。

 

「違和感がありましたら仰ってください」

 

 男はビーカーの中身を指で掬い取ると、バラライカの顔に塗り始めた。指だけで鋭角を描き、かつ均等な厚さに塗り伸ばす。右眉の下から頬の下部まで。塗り終わったら麻のジャケットを切り裂いたものを押し付け、微細な凹凸のパターンを付ける。

 

「ご確認ください。よろしいようでしたら他の部位へも同様に処置いたします」

 

 ドレッサーの鏡に映るバラライカには、十数年付き合った火傷の痕が寸分違わず再現されていた。瞬きをしても違和感はない。

 

「写真もないのに。覚えたの?」

「記憶力には自信があります。お召し物をお預かりしてよろしいでしょうか?」

 

 見えるところの痕は再現しなければならない。顔にあるだけなら良かったが、首にも巻き付けるようにあった。加えてレディーススーツは胸の谷間を見せる着こなしで、そこにも火傷の痕が覗いていた。

 

「バラライカ様がシャツのボタンを二つ閉めるのなら必要ありません。如何いたしますか?」

「そんな恰好が出来るか」

 

 バラライカはそう言い捨てると、臙脂色のスーツを脱いで男に投げつけた。下に着るワイシャツのボタンを外し、躊躇なく前を開く。

 露わになった体は肩幅が広く、筋量も多い。そこだけ見れば男らしい体付きに思えるが、乳房の大きさが女であることを激しく主張する。大柄で上背もあるバラライカなので、ダクネス以上の数値がある。迫力もまた同等だ。

 

「これも外すか?」

「出来ましたら。お手伝いいたしましょうか?」

「要らん」

 

 背中に腕を回し、ストラップのホックを外す。筋量が多かろうと乳房まで固いわけがなく、解放された瞬間はぷるんと揺れた。

 黒いブラジャーを外しても、乳房がだらしなく垂れる事はない。全身を素晴らしく鍛え上げている。

 その様子を男の後ろから覗いていたアウラは、無言を命じられたので黙ったままだ。もしも口が開いたらこげ茶と言っていた。

 

 首に痕を付ける際はアウラに髪を持たせた。続いての乳房は男一人で可能であり、アウラは別所へ走らせた。

 

「そんなものを何に使う?」

「食べるためではありません。スキンケアの一種です。完全に乾いて固着するまで時間が掛かりますから、少々お付き合いください」

 

 バラライカは女であり続けているつもりはないが、生物的に女であることに変わりはない。立場がある者の義務として身形には気を払う必要があり、手間が掛かり過ぎない範囲で手入れをしている。精々が洗った後のひと手間だ。

 戻ってきたアウラが無言で差し出したのは、鳩麦を挽いた粉に蜂蜜とヨーグルト。美容にはそれなりなバラライカがわからないのも無理はない。

 男はそれぞれを適量ずつ手のひらに零して混ぜ合わせ、引き出しから取り出した小瓶の中身を一滴二滴。

 

「失礼いたします」

「……」

 

 真っ白になった粘液を乳房の先端に塗りたくられても、バラライカは何も言わない、表情も動かない。

 元軍属であり、現役のマフィアであるバラライカは、男に半裸を晒す程度では何とも思わない。

 男が自分に欲情してる様子もない。他意なく処置している。そこの角女を使ってすっきりしているのかも知れない。見た目も中身も随分とガキ臭いが。

 しかし、塗られたものを拭き取られると、頬の肉が引き攣った。

 

「これも魔法?」

「強力な溶解液を原料にしたものを使用しましたが、基本は広く使われるパックの一種です。溶解液を除けば簡単に用意出来ますので、バラライカ様の世界でも使用されているのではないでしょうか?」

 

 色素異常のアルビノでない限り、外部からの刺激や加齢によって特定部位に色素が沈着する。色白であっても避けられない運命だ。それを覆した。

 アウラが内心で思った茶褐色は、綺麗なピンク色に生まれ変わった。男が塗ったのは特製の色素吸着薬だったのだ。

 

 白い肌に相応しい色に思えるのに、バラライカは難しい顔で自分の胸を見下ろした。

 綺麗は綺麗だが、これではまるで子供の胸だ。恥ずかしくて見せられない。その予定がないのは良かったのかどうか。

 

「もう服を着てくださって構いません。但し応急処置ですので、そのままと云うわけにはいきません。一週間程度でしたら自然に剥がれる事も劣化する事もないでしょうが、肌への影響が読み切れません。次に訪問していただくまでにより良いものをご用意いたします」

「そう」

 

 バラライカは言葉少なく服を着る。年甲斐もなく胸を晒すのが恥ずかしくなった。熱くはないので頬は赤くならなかったはずだ。

 

「こちらの不手際でご面倒をお掛けしました。何かお飲みになりますか? ウォトカとキャビアをご用意出来ます」

「……要らないわ」

 

 名前から出身を察したか、とバラライカが思うのは誤解である。男が試して美味だったものを提案しただけだ。

 

 癒えてしまった火傷痕の再現が成った以上、バラライカはこの場に用がない。男にメイクを直されながら鍵の使用条件を詳しく聞かされ、白いドアを開くためにもう一度ノートにサインをして帰っていった。

 

 

 

 バラライカがドアの向こうに消えるなり、アウラは両腕を突き出しこう言った。

 

「取って」

「後にしろ」

「後って何よ。今すぐ取ってよ。とるって言ったじゃない」

「耐久性を見たいんだよ」

「いや! 今すぐ! こんなの付けてるのは絶対いや!」

「袖を付ければ見えないだろ?」

「絶対にいや!」

 

 社会性がないはずの魔族は何故かお洒落である。アウラのお洒落心は、痣と火傷を付けたままでいる事を許さなかった。男が何を言っても「今すぐ取れ!」としか言わない。何も言わなくても「すぐに取れ!」と叫び続ける。

 

 無視し続けるのは困難であった。仕方無しに溶解液を塗ってタオルで拭う。折角付けた痕は綺麗に消えてしまった。

 アウラの痕は消えたが、着色前の溶液を塗った男の手はそのままだ。こちらは自然に剥がれるか溶けるのに任せる予定である。

 

「帰ったんだから訓練するのよね」

「後でな」

「後で後で、あんたは後でばっかりじゃない」

「このままだとバラライカ様は遠からずいらっしゃらなくなる。続けて訪問してくださるように価値を高める必要があるんだよ」

「価値って何の?」

「アウラにも手伝わせるからすぐにわかるよ」

「え? いやよ」

「いや、じゃない。俺が後でばかりならお前はいやばかりじゃないか」

「あんたが嫌な事させるからよ」

「嫌でも手伝え。今日は頭を洗ってやるから」

「仕方ないわね」

 

 交渉が成ったようである。

 

 バラライカの訪問がいつになるかわからない。時間が狂っているため、明日になってもおかしくない。可及的速やかに再訪問を促す策を作らなければならない。数度はメイクを直すために来てくれるかも知れないが、火傷痕が消えたと周囲に知られたらそれで終わりだ。

 まずはバラライカがどのような世界から来たかの確認である。

 

 

 

 

 

 

「こちらをご覧ください」

「メイクを直すだけでいいわ」

 

 一週間後、バラライカは異界の部屋を再訪した。火傷痕の特殊メイクを直すためだ。

 胸に付けた痕は位置がずれ、糊付けして凌ぐ羽目になった。土台の柔らかさが悪かったらしい。頭目の胸元をじっくり観察する不届きな部下はいなかったので誰にも気付かれていない。会合がなかったのも幸いした。

 それでも顔と首は無事だった。応急処置で一週間持ったのだから、準備時間があれば耐久力の増したメイクをしてくれるだろう。それ以外は何も期待していない。ところが椅子に座ったと同時に数冊の冊子を差し出された。

 

「大した量ではございません。私がメイクの準備する間だけでも結構です」

「これは何?」

「企画書です」

「何の企画書? こんなところに引き籠ってるあなたに何が出来るの?」

「前回はお早いお帰りでしたので説明しきれませんでした。ここではバラライカ様がいらっしゃる世界の書籍を全て読むことが出来ます。様々な情報を読み取り統合して作成しました。内容は金融及び事業についてでございます。金の出所を入れ替える方法も幾つかまとめてございます」

 

 男がバラライカの再訪を促すために編み出した策とは、金稼ぎの指南であった。

 

 バラライカは質の良いスーツを身に着けていた。シガレットケースの造りも凝っていた。豪奢な応接間に驚きはしても物怖じしなかったことから、贅沢に慣れた人間と思われる。単なる富裕層にしては顔にまで付けられた火傷が余計である。躊躇なくアウラの顔面に皿を投げつけた事から、暴力に慣れているとも察せられる。と来れば、暴力を使う事で財を成した可能性が高い。

 男なりに犯罪者及び犯罪組織についての見識があった。暴力を振るう事が好きで罪を犯す者もいたが、金を稼ぐ手段に犯罪を選んだ者が大半だった。リスクが大きいがリターンも大きい事から、或いは手軽に手を出せるから犯罪行為に手を染める。逆から見ると、金があればその必要がない。

 バラライカは理性的な人間に見える。大きく金を稼ぐ手段があるならば耳を傾けてくれるのではと期待できた。

 

「本を読んで思い付いたですって? 悪いけど信じられないわね」

「補足資料はこちらに。私が書いた物ならばここからお持ちいただく事が出来ます。ご検討した上で価値がないと判断されるのでしたら知人に譲るのも良いでしょう。他の企画もございますから」

 

 異界の部屋では、どの言語でも読み書きが可能となる。実際に、男とアウラとバラライカが話すのはそれぞれ別の言語だ。にもかかわらず意思の疎通に問題はない。とは言え部屋から出たら別である。そのため、男はバラライカの世界で広く使われている英語で企画書を作成した。

 男が一番使い慣れている神聖語こと日本語では極々少数を除いて誰も読めない速記になる。しかし英語は始めから速記を念頭に置いた書体があった。筆記体である。英語を用いると必然的に字数が増えるが、紙面からペン先を離すことなく書き続けられる書体は男との相性が非常に良かった。どうして日本語には筆記体がないのかと嘆いたものだ。

 

「情報の出所はバラライカ様のファンが捧げたとでもすれば良いでしょう。検証すればそちらでも十分作成可能な企画書とわかりますから」

「随分勧めるわね? そこまでして私に来て欲しい?」

「その通りでございます」

「ダメだな。信用できない」

 

 バラライカは葉巻の灰を皿に落とす。一刀両断された男は両手を上げた。頑張って作った企画書だが、相手が受け入れてくれなければどうにもならない。

 

「ノートを見れば他の連中の名がある。私に拘る必要はない。こんな事をしなくとも私にはここに来る理由がある。何故ここまでした?」

「そうよ。こんなのする事なかったじゃない。大体あんたはいつも手間を掛けすぎ。――様の時なんて毎回何千ページ読んでるのよ。新聞って言ったかしら? 重すぎなのよ、あれ」

 

 新聞が重いのは縮刷版だからだ。それを一度に何冊も運ばされたらアウラであっても大変だ。毎回書架と机を何往復もさせられる。さらには地図や地形図を広げるために机の移動も加わる。ターニャのための情報分析である。

 男はアウラに何も期待していなかったが、援護どころか背中を撃たれた。魔族に期待しても無駄なのだから、やはり黙らせておくべきだった。

 

「新聞? そんなものを何に使う?」

「戦時下の国家で将校をしていらっしゃる方が訪問なさいます。情勢を判断するための情報をまとめております」

「情報部か」

 

 情報部と一言で言えど、活動内容は多岐に渡る。情報を得る事と情報を漏らさない事。諜報と防諜だ。そのためなら手段を問わない。口先と裏切りが商売と言ってよい。バラライカが一番嫌いな連中だ。

 

「――様が私からの報告をどのように扱っているかは存じません。ですがご本人は何度も前線に駆り出される事を辟易しているようでした。優秀であることが当人にとって望ましい事態を招くとは限らないようです」

「ふん」

 

 情報部の将校が何度も前線に駆り出される事はない。バラライカが嫌いな人種ではなかったらしい。葉巻を咥えたまま鼻を鳴らし、冊子を手にした。

 それを見た男はガッツポーズ、をする前に重ねて問われた。

 

「それで? お前はどうしてここまでする? 情報部の真似事も楽ではないだろう?」

「楽ではありませんが得意ではあります。情報を並べて地図に置き、矛盾を弾いて結果から原因を探る。チェスのようなものです」

「得意なのはわかった。理由はなんだ?」

「バラライカ様が仰った通り、引き籠っているからです」

 

 冊子に目を落としていたバラライカは剣呑な視線で男を見た。アウラに皿を投げつけた時よりも鋭い。

 

「私の性質は隠者だと言われた事があります。何もなければ引き籠って本を読むだけでしょう」

「あんたって本当にずっと何か読んでるものね。飽きないの? 何が楽しいわけ? 頭おかしいんじゃない?」

「お前少し黙ってろ。……そんな私でも出来る事は多いようです。いらっしゃる方々の要求に応える事でその確認と、新たな可能性を開いて頂いております。課題が多い方の訪問は困難ではありますが、歓迎いたしておりますよ」

 

 無言を命じられたアウラはもの言いたげな目で男を睨む。アウラが利用者であった時は、要求や課題どころかサインを書くだけで帰らされた。扱いが悪すぎた事を忘れていない。今の話と違い過ぎる。

 とアウラが突き付けたところで、自分の世界に帰るためにしているのだから楽に越したことはないと返ってくる。

 

「つまり引き籠りのリハビリに付き合わされるわけか」

「質は高いと自負しております」

「わかった。これは貰っていく。使うかどうかは別だ」

「ありがとうございます」

 

 今日のバラライカはハンドバッグを持っていた。スーツの上にコートを羽織るなら兎も角、タイトなレディーススーツだと銃を吊るす場所がない。

 冊子は畳んでハンドバッグに放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 バラライカはそれからも異界の部屋への訪問を重ねた。

 基本は特殊メイクの調整である。何度も工夫を重ねたメイクは簡単に落ちない。肌への影響も皆無だ。見ても触れても違和感はない。実際にメイクをされているバラライカ自身も外から塗られたものなのを忘れそうになる。耐久性も増してきた。今や一か月以上塗ったままでも問題ない。それなのに、週に一度の訪問が続いている。メイク以上に必要なものが出来てしまった。

 

「これよ」

「拝見いたします。新しい企画書はこちらに。アウラ、バラライカ様にお飲み物を」

 

 バラライカは言葉少なくテーブルの上に綴じた紙束を投げ出した。男が差し出す冊子は読まずにハンドバッグへ。どうせ書いてある通りにすれば上手く行くに決まっている。

 男が読むのは帳簿である。金の動きにおかしいところはないか確認している。

 

「よくもまあ次から次へと考えるものね」

「恐れ入ります。ヒントは幾らでも転がっておりますし、世界中の情報を同時に閲覧できる強みもあります」

「そう」

 

 アウラが持ってきたのはダブルまで入るショットグラスに並々と注がれたウォトカだ。バラライカは零れるのを気にせず乱暴に引っ手繰って一息に煽った。喉と胃が灼け、熱い息を吐く。

 グラスを弾いて追加を所望するも注がれたウォトカには目をくれず、頬杖を突いて書類を捲る男を眺めた。強い酒を飲んだ直後なのに醒めた目だ。

 

「随分とつまらなそうね。こいつの話が上手く行ってないの?」

 

 アウラが空気を読まず立場も気にせず問いかける。

 頭が足りないし言葉も知らないが素直で嘘を吐かないアウラを、バラライカはそれなりに気に入っていた。ところが魔族とは人間を欺くために言葉を覚えた種族と聞かされ、これに騙されるのは白痴だけだと大いに呆れた。男も心の底から同意した。ターニャが平和主義者しかいない平和な世界と憧れるだけはあった。

 

「逆よ。ほとんど上手く行ってるわ。本業を忘れるくらいよ」

 

 事業を起こすとなれば人が要る。適切な人材が見つからず、眠ったままの企画や売り払った企画もある。しかし、既にある事業へは金を出すだけでいい。それらは例外なく上手く行った。短期の企画では投資資金が数倍になる程度だった。それが長期の企画になると、桁が三つほど上を見込めると言う。仮にそちらが潰れたとしても出した金は余剰資金だ。

 既に回収した金はマフィアの幹部が手に出来る次元を越えていた。組織からの完全な独立も視野に入る。綺麗な金であり資金洗浄も念が入っているため、今までの自分を捨てて生まれ変わる事すら可能である。

 それを成せたのは全て男からの企画書だった。

 

 勿論、種も仕掛けもある。

 情報分析が得手な男であり、一度目にしたものは自身の頭の中に構築した記憶の宮殿に放り込んでけっして忘れない。数字の処理の速さは、知謀で知られる者たちすら白旗を上げる。しかし、男が全く知らないバラライカの世界において、有効な事業企画を練るにはあらゆるものが不足していた。時間を掛ければそれなりの事業計画を立てられるかも知れないが、それとて全て当たる事は有り得ない。長期的に見れば有効だった、となるのが精々だろう。

 海夢の存在が助けとなった。

 男はバラライカの世界の歴史を調べ、すぐさま海夢の世界の歴史と同一である事に気が付いた。酷似どころではない。全くの同一である。バラライカの世界は海夢の世界の過去と非常に近しい。完全な同一と言い切れないのは、都市名に僅かな差異があったからだ。

 海夢の世界の過去を調べれば、金を稼ぐのに何をどうすればいいかの正解が書いてある。資金洗浄も同様だ。マネーロンダリングの指南書が幾らでもあった。但し、海夢の世界では通用しない。過去の人間がどのようにして資金洗浄したかについての書籍だ。と云う事は、バラライカの世界では十分通用すると云う事になる。

 バラライカが有効な手段を使い続けた結果、様々な法律が出来る時期が早まるかも知れないが些細な事である。有効であればポンジ・スキームであっても提案していただろう。

 

「上手く行ってるのに何が気に入らないわけ?」

「失敗しないからよ」

「それの何が悪いの?」

「わかりきった結果ほどつまらないものはないわ」

 

 つまらないだけではない。そのせいでここから離れられなくなった。

 人は一度覚えた贅沢を手放せないと言うように、増え続ける収入を落とせない。バラライカ一個人の事ならすぐにでも見切りを付けられるが、組織の一員となるとそうはいかない。全てバラライカの個人収入として隠していれば良かったが、一部は組織に上納していた。それが増え続ける事を期待されている。その期待を裏切ったとしても、水物だったとすることも出来た。

 

「この時期におかしな動きがあります。誰かが抜いていますね」

「……そう。調べさせるわ」

 

 この男は有能だった。数字の羅列から人の動きを読み、的確な判断を下す。バラライカの周囲に同等の働きが出来る者はいない。むしろ出来る者が様々な手段で金を抜く。男に指摘され、何人か処分した。クレムリンの負け犬どもを声高らかに処分出来たのは良かったが、この男から離れられなくなった。

 それがとても気に入らない。握られているのは財布の紐か、生殺与奪か。

 

「失敗しないってわかってるならいいじゃない」

 

 アウラの疑問は晴れてない。この魔族はしつこいのだ。

 ウォトカを舐めるバラライカは答えるつもりがないらしい。代わりに男が口を開く。

 

「退屈していらっしゃるのですね。安定した貴族に似たような」

 

 男はそれ以上言えなかった。喉が締まり声を出せない。足が床から浮く。天井が見えた。背中に強い衝撃があり、瞬間息が詰まった。甲高い音が鳴り響き、テーブルに飾られた皿が砕け散る。男は起きようにも起きられない。バラライカの右手が胸を押さえつけている。

 男が鍛え上げていると評したバラライカの肉体は伊達ではなく、片手で男の体を吊り上げテーブルの上に叩きつけた。

 

「私が肥え腐るだけの豚だと? よく言ってくれたな」

 

 バラライカはハンドバッグを投げ捨てた。中身の愛銃を男の顔に突き付ける。

 バラライカは情報部の連中が嫌いだ。口だけを挟んで仕事をしたつもりでいる。裏切るのが商売のような奴らなのだからろくなものではない。肥え太った豚はもっと嫌いだ。銀だか金だかお綺麗なスプーンを咥えて生まれたあいつらは、国民から収奪して腐れ果てるしか能がない。それと同じと言われたのだ。

 

 が、バラライカが見せた激昂はそれだけでもない。バラライカは鬱屈していた。

 元軍人として戦場を搔い潜り、しかし祖国の崩壊によって帰る場所を失った。生まれ変わった祖国にバラライカたちの居場所は何処にもなかった。

 新しい立場と新しい場所を与えられ、かつてを思い出す瞬間もあった。燃え尽きずに燻り続ける思いがある。言わば死に損なった亡霊なのだ。自分たちの戦争で死すべき時に死ぬことを求めている。

 それはもう与えられない。力を持ちすぎてしまった。得ようとしても、圧勝が目に見えている。

 

 金のせいだ。金があり過ぎる。時間さえかければ戦闘機すら手に入る金がある。

 祖国を失った直後か、或いは現在根城を置く都市に入る直前か、どちらかの時に金を得ていたらこうはならなかった。その時であれば然るべき使い方をして、今とは違う立場を得ていただろう。

 しかし、今は駄目だ。わざわざ築いた犯罪都市の均衡を崩したくない。荒れた都市を制圧するのはそれなりに楽しいかも知れないが単純作業でもある。そうして利権を得たとしても、得られるのは犯罪行為による収益の増加。金はもう腐るほどある。

 会合にて、鎬を削る他組織の頭目から挑発されても何とも思えなくなった。子犬が吠えてるようなものだ。手で打ち払えば泣いて逃げる。それが持つ者の思考であると気付いた時、虫唾が走った。

 金は得たが何かを失って、自分が変えられていく。その自覚が、どうしようもなくバラライカを苛立たせた。

 

 原因となった男は、慌てず恐れず苦痛を見せることもなく、涼しい顔で両手を上げた。

 

「少々お待ちください」

「間抜けな命乞いだな?」

「殺されては困りますが、そういうわけではありません。試しに肩を撃ってもら」

 

 言葉の途中で、タタタと乾いた破裂音が響いた。

 バラライカの愛銃は全自動式拳銃だ。連射性能に優れている。

 バラライカは取引も交渉もするつもりがなく、挑発だとしたら乗らずにはいられず、希望通りに男の肩を撃ち抜いてやった。至近距離で撃ったのだから、撃ち抜けるはずだった。

 

「御覧の通りです」

 

 男は撃たれた場所を手で払う。弾頭が潰れた弾丸がパラパラと床に転がった。

 

「防御性能が非常に高い特製のジャケットなのです。脱ぎますので少々お待ちください」

 

 呆気にとられたバラライカを他所に、男はテーブルから降りるとジャケットを脱いだ。椅子の背もたれに掛ける前にバサバサ振ると、砕けた皿の欠片が舞い散る。続いてベストも脱ぎ、ジャケットとは別の椅子に掛けた。

 

「今度はちゃんと当たります」

「あなた馬鹿なの?」

 

 バラライカには、男が凄いバカにしか見えなかった。

 折角防御性能が高い服を着ているのに何故脱ぐのか。バラライカは銃を下ろしてない。

 

「首から上に当てられては困ります。これでしたら他の場所に当ててくださるのではと」

「あなた馬鹿なの?」

 

 バラライカは全く同じ言葉を繰り返した。

 

「即死しなければ、バラライカ様にもご使用いただいた回復薬で元通りに治せます。銃で撃たれるのは痛いでしょうがそれくらいなら。経験がありますし、溶かされるよりマシでしょう。両手両足を溶かされた事も体に風穴が空いたこともあります。強く主張したいのは、痛みには強くても好きではないと云う事です。痛い目に遭えば普通に痛いですから」

「あんた、不老不死って言ったものね。手足は勝手に生えてくるわけ?」

「不老は授かったが普通に死ぬよ。怪我はその都度回復してもらった」

「不老……」

 

 バラライカは呆と呟いた。老いぬ体とは、魔族や魔法よりも遥かにファンタジーだ。目の前の男は、見た目通りの男ではない可能性が高くなった。

 

「授かったのはそう昔の事ではありませんので、実際に生きた歳月は見た目と極端に違いません。それを言うならアウラです。バラライカ様はアウラが何年生きたと思われますか?」

「10年」

 

 バラライカから見れば、アウラは多少口が回って体が大きい十歳児だ。

 

「500年だそうです」

「500年!? 500年生きてこれ!?」

「魔族は社会性が皆無なため、生きる時間の大半を一人で過ごすのだそうです」

「500年も生きて何をしてたの?」

「魔力の研鑽よ」

 

 無表情で声の抑揚もないが、アウラはどこか得意げに見えた。

 バラライカの銃は既に床を向いている。想像を越えた話に毒気を抜かれたのもあるし、銃程度ではどうにも出来ないと悟ったのもある。向こうでは煩い奴らを子犬のように思ったバラライカだが、ここでは自分が子犬なのかも知れない。

 

「それで、バラライカが退屈してるって何なの?」

 

 空気を読まない魔族は、先の一幕を全く気にすることなく話を戻した。

 

「続けてもよろしいでしょうか?」

「好きにしなさい」

 

 バラライカは力なく椅子に座り直した。愛銃は散らかったテーブルの上に放り投げた。

 

「バラライカ様は贅沢に飽いているのでしょう。美味い食事に快適な住居、そして金で得られる娯楽。それらでは満足出来ないのではありませんか?」

「……その通りよ」

 

 バラライカが求めるのは失った戦場の続きだ。いくら金があっても得られるものではない。得れば得るだけ遠ざかると、得た後で気が付いた。

 

「全然わからないわ。美味しいご飯が食べれるならいいじゃない」

 

 しかし、社会性がなければ経済とも関わらず、おそらくは金を使った事すらないアウラには想像できない話だった。

 

「アウラにわかるように例えると、だな。アウラが究極の魔力と全ての魔法を得たとする。そうしたらどうする?」

「あんたを支配するわ」

「俺の事は忘れろ」

 

 バラライカは男が女を捨てる常套句のようだと思ったが口を挟まない。

 

「究極の魔力だから伸びしろはない。新しい魔法も開発できない。それはもう全部持ってる。さて、どうする?」

「………………どうしたらいいの?」

 

 魔力と魔法の研鑽が第一に来る魔族だ。それが完全に満たされた状態は考えた事がなく、考えても何をすればいいのかわからない。

 

「つまりそういう事だ。何でも出来るのは何も出来ないのと同じ。何をやっても意味がない。バラライカ様が退屈なさっているのはそのような状態だと愚考します」

「……そうね」

 

 そうなってしまったのはここに来たからだ。

 何もかもが全て完全に保証され、自分がすべきことは何もない。ならば戻ればいいだけではないかと気が付いた。

 耐久性が増した火傷痕だろうと、いつかは剥がれる。そうなったらなったで、部下たちには再生医療だとか移植しただとか言えばいい。

 増え続ける金は止まるかも知れないし、全て失うかも知れない。その方がよほど面白い。撃鉄を起こして同志たちと駆け抜ければいい。

 

 バラライカはポケットから取り出した小さな鍵をテーブルの上に放る。テーブルに散らばるガラス片を床に落としてから愛銃を左手に持ち、銃口を鍵に向けた。

 

「わーーーーーーーーーーーーーっ!!! 壊すならお返しください!!」

 

 その瞬間、男が大声を上げた。バラライカもアウラも目を丸くした。

 

「あんたがそんな顔するの初めて見たわ」

 

 アウラが初めてならバラライカも当然初めてだ。いつも澄ました涼しい顔をして、銃を向けられた時も苦笑が混じった程度だった。それが露骨に慌てふためいている。

 

「鍵を壊されるとあなたに不都合があるの?」

 

 バラライカは銃で鍵をつつく。その度に男は自分の神経を抉られたかのように顔を引き攣らせた。

 

「私にペナルティが付きます」

「どんな?」

「帰還が遠のく可能性と、何方かがいらっしゃるまでの時間が開く可能性があります」

 

 そこに加えて、元の世界にいられる時間も減る。10倍10倍10分の1とすると、合わせて千倍である。

 

「そう言えば、あなたたちは帰るためにしてるって言っていたわね」

「その通りでございます」

 

 男の顔は迷子のようだ。

 バラライカは異界の部屋に通い始めてから初めて、この男と向き合ったように思った。

 

「壊されたくなかったら何とかしなさい」

「……バラライカ様の退屈の解消でしょうか?」

「そうよ」

 

 バラライカは醒めた顔で銃を弄ぶ。

 男は真剣に考えた。

 

「バラライカ様に収集欲がありましたら美術品などを集めては如何でしょう? 戦争などで散逸した絵画などの所在をある程度絞る事が可能です」

 

 何かを収集するのは原始的な狩猟本能に近い。もしもそちらに可能性があれば、飽くことなく続けてくれると思われた。

 

「私にそんなものがあると思う? 思うのだったら目が腐ってるわね」

 

 しかし、即座に否定された。

 

「刺激的なスポーツは如何でしょう? 調べたところ様々なレースでスピードを追及したり、一般的ではない高峰でスキーを楽しむ者があるようです」

「話にならない」

 

 それよりも遥かに刺激的な戦場で自身の命を掛けてきた。今更そんな遊びで刺激は得られない。

 

「賭博などは」

「私が開く方ね」

 

 バラライカの本業の一つだ。自分が客になってどうするという話である。

 

「そうすると酒色に耽るのが定番になるのでしょうが」

「ここのウォトカは不味くはないが美味くもない。これは寒い土地で飲む酒だ」

「ワインなどは」

「色水を飲めって?」

 

 もしもワインに食指が動くなら深い世界を案内出来るのだが、ウォトカを常飲するロシア女にとっては色がついた水に過ぎなかった。もちろんビールも水である。

 

「それならば、他には……」

 

 男の言葉が段々苦しくなってくる。

 バラライカが求めるのが、まさか戦場だとは夢にも思わない。男の中に正解はないのだ。

 

「待ちなさい。ノートを取って」

「直ちに」

 

 男は冷たい汗を掻きながら利用者ノートを差し出す。

 帰還に拘らないアウラは、男に全く共感できない。バラライカが来ないならそれでいいと思ってる。

 

 ノートをパラパラ捲るバラライカの目は、幾つかの記述を拾った。色事を楽しむ女がいると、初めて訪問した時に思ったものだ。

 

「あなたは他の客をどう持て成してるの?」

「申し訳ございませんがお答えできません。お話ししようにも、――様は――を為さって、――でお帰りになります。このようにバラライカ様では聞き取れない言葉になってしまうのです」

「そう。セックスしてやってる女が多いようだけれど?」

 

 アウラは小首を傾げた。言葉の意味がわからない。

 

「――です。お聞き取りになられましたか?」

「聞こえなかったわ」

 

 気まぐれで聞いただけだ。どちらであろうと構わない。

 

 バラライカは男の話を聞いてノートを読んで、思い付いた事があった。

 彼は酒色と言った。酒はそのままだ。色とはセックスだ。

 酒は嗜んでも、色には遠ざかったままでいる。焼かれた体を晒す気になれなかったのか、忙しかったのか、元から興味が薄かったのか、立場があるからか。どれであるかわからず、おそらくはどれもが絡み合った結果であり、色に溺れた事は一度もない。試してすらいない。

 それがこの場でこの男なら。

 

「あなたたちは私がいる世界に来られない。確かね?」

「その通りでございます。出入口はそこのドアだけです。私はバラライカ様と一緒にドアを通り抜けることが出来ません。私が開くと、通じるのは私の世界だけとなります」

「私のところには干渉できないのね?」

「そうとも限りません。バラライカ様にお渡しする文書はそれなりの影響があるのではと考えております」

「ああ、その程度ね」

 

 つまり、ここでする事は秘される事が確定している。

 バラライカが余程間抜けで男に悪意があれば、持たせた文書に秘密を忍ばせることが可能かも知れない。しかしバラライカは間抜けから程遠く、男はそんな悪意を持たない。仮に成ったとしても得体の知れない文書を信じる者は何処にもいない。そもそもバラライカは男からの企画書を誰にも見せていない。教える時は自分の手で書き写す。

 

「アウラはどう思ってるの?」

「私? 何のことよ?」

「アウラは魔族ですから、人間のような感情を持ちません。先にお聞きになった通り、魔力と魔法が一番に来る種族ですから」

「そっちの方が私には理解出来ないわ」

「私にも出来ません」

「魔法の素晴らしさがわからないなんて。人間て可哀そうな種族ね」

 

 可哀そうなのはお前の頭とバラライカは思ったが口にはしない。

 

「可哀そうなのはお前の頭だ」

 

 しかし男は口にする。

 

「だから何? 私は私を知っているわ」

 

 しかし魔族は自己完結する種族である。他者からの評価には興味がない。

 

 ノートを読む限りそんな女が多いらしいので、そうではないと思ったがその通りらしい。

 バラライカは淑女なのだ。男を奪う趣味はない。

 

「一先ず保留にしてあげるわ」

「ありがとうございます!」

 

 バラライカはハンドバッグを取ってこさせ愛銃のASPを仕舞う。そして椅子から立ち上がった。

 

「アウラはいいわ。あなただけついてきなさい」

 

 足が向かうのはクローゼットルームである。最初の数度はアウラがメイクの助手をした。メイクが完全に確立してからは男一人でこなしてきた。わざわざ口にしなくとも、アウラはクローゼットルームまでついて来ない。

 

「たまわりました。アウラは部屋に戻れ。応接間にいられるとこのままだ」

 

 散らかった部屋が片付く瞬間は、誰の目にも留まらない。ずっと見ていると散らかったままになる。片付いてもらうには無人にするのが手っ取り早い。

 

「寝てればいいのね」

「起きてろ」

「寝ててもいいわ」

「……寝ててもいいそうだ」

 

 アウラは男の言葉に逆らえず、男は利用者の言葉を最大限に尊重する必要がある。アウラは昼寝の時間を手に入れた。

 

 別室に向かうアウラを見送り、バラライカは口角を上げた。まさか拒否はすまい。久し振りのセックスをどう楽しませてくれるのか、期待だけならしても悪くない。




前書きを言い換えると、思い付きで書いたものだから続きがどうなるのか全くわかりませんでした_(:3 」∠)_
常に一話先が闇
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