奉仕しないと帰れない部屋に囚われた男の業務記録 作:dolph
「手がないのによくドアが開けられたわね」
さすがは魔族。なんとデリカシーのない言葉だろうか。散々デリカシーがないと言われてきた男であるが、アウラに比べたらマシと自己評価を高くした。
ちなみに男も疑問に思った。ソリテールにさして興味がないので聞かなかっただけである。
「私は私の魔法の応用で物体を操作出来る。でも鍵もドアも動かせなかった。だから鍵は口に咥えてドアノブは顎と肩で挟んだわ。一度目は失敗してドアが消えちゃった。何度も練習してやっと来れたの」
「大変なご苦労を為さったのですね」
人間が聞けば痛烈な侮辱になるところを、魔族のソリテールは素直に答えた。悪意がない故に純心なのが魔族の良いところである。
「そもそも何で手がないわけ? この前はあったじゃない」
さすがは魔族である。上がった評価を一瞬で元に戻した。
こちらも同じように男も疑問に感じていた。ソリテールに使った毒は痛いだけで、刺した箇所が溶けたり壊死したりすることはないはずなのだ。もしもそうだとしたら改良を提案しなければならない。
が、毒が直接の原因ではなかったらしい。
「狙いが外れたの。本当なら首を落とすつもりだったわ」
「へ?」
呆けた声はアウラのものである。
アウラも魔族であるからこそ、魔族が生に執着することを良く知っている。だからこそ、自分と同格以上の大魔族が自死を望むとは想像出来なかった。
「私は毒を打たれたのかしら? 凄く痛かった。本当に痛くて痛くて、何も考えられなかった。どれくらい時間が経ったのかもわからない。痛い以外に考えらえるようになって初めて思ったのが『楽になりたい』だった」
「へぇ」
大魔族のソリテールに死を選ばせるほどの痛みなら余程凄まじいものと察せられる。が、生憎魔族には共感性がない。アウラから出てきたのは感情が込められてなければ抑揚もない一言だった。
「私の魔法で剣を作って首に落とそうとしたのだけど、痛すぎたせいね。狙いが外れて右肩に落ちちゃった。腕が落ちるのは痛かったけど、あれに比べたら大した痛みじゃなかったわ。そうしたらね? あんなに痛かったのが楽になったの。痛むところを切り離せばいいと気付いて、すぐに左腕も落としたわ」
「さようでございましたか」
通常の毒なら血流に乗って体中を侵すが、あれでそうなってしまうとすぐにショック死してしまうのだ。男はスライムと一緒に不本意な結果に首を捻って改良を重ね、毒は注入箇所に留まるようにした。散らないので効果時間は長く、痛みのピークが70時間以上持続する。
逆を言えば、毒を打った場所を大きく除去すれば痛みから逃れられる。目的を達成するための効果がそのまま欠点になっていた。改善策は見つかってない。全身を回らせれば即死して、効力を弱めるのは本末転倒。彼方を立てれば此方が立たぬの典型である。
「お見舞い申し上げます。どうぞこちらへお掛けください」
「……ええ」
前回のソリテールが座っていた席へ案内する。
ソリテールが壊したテーブルも椅子も、応接間の全ては元通りだ。
「アウラに修復は出来ないわよね。あなたが直したの?」
「いいえ。どれほど荒れても無人になると元通りに復元するのですよ。ソリテール様は少々散らかしてくださいましたが、応接間の全てが完全に消滅した事もございます。それでも無人になった瞬間に復元しました。どのような力が働いているのか私にもわかりかねます。そのようなものと納得していただければ幸いです」
「……わかったわ」
ソリテールは部屋の不思議について考えるのを止めた。そんな事よりも、注意の全てが男に向かう。言葉の一つ一つ、一挙手一投足を見逃さない。
赤い液体の入った小瓶が目の前に置かれると、椅子に座ったソリテールは思わず腰を浮かしかけた。
「こちらをお飲みいただきます。体に掛けても良いのですが、経口摂取の方が望ましいのです」
「……毒かしら?」
「使用者の属性によっては毒にもなり得ます。ソリテール様なら問題ありません。アウラに使用した事もございますから」
「でも私、その容れ物知らないわ。中身が違うの?」
どうして魔族はこうも余計な口を利くのだろう。正直は悪徳だから魔族らしいと言えば魔族らしい。
魔族は人間を欺くために言葉を覚えた、と言う説は間違いだと男は確信している。アウラはグラナトなる土地と和睦を結び、果実を得たら裏切ろうとしていたらしい。しかし、本当のところは人間の策略で配下と分断されただけなのではないだろうか。
「容器が違うのは中身の効力を区別するためだ。アウラが使ったのより効果が高いんだよ」
「ふーん」
知りたいことを答えさせておきながら礼の言葉がないのが魔族である。但し、素の能力が高いので同じ事を聞かないのは魔族の数少ない長所である。代わりに、似たような事を何度も聞くのが長所を台無しにして余りある短所である。
「……それを飲むとどうなるの?」
「ソリテール様の腕が元通りになります」
治癒魔法はあっても、失った手が生える魔法は存在しない。それを薬で出来るわけがない。理性的に考えて、そんなものはあり得ないとソリテールは結論する。
もう一つのストーリーも考える。自分は彼に無力化された。おそらくは意識を失った時にアウラからアウラの魔法を掛けられた。自分の体にアウラの魔力が残留しているのを感知した。外部に協力を得るならともかく、自分一人で解く事は出来ない。完全に無力化した自分にこれ以上何かをするとは考えにくい。
これ以上はないと確認したいからこそ、この部屋を訪れた。
「お飲み頂けないのでしたら失礼をして」
「待って。飲むから、飲ませて」
「かしこまりました」
ソリテールは一瞬だけ物言いたげにアウラへ視線を飛ばす。しかし、アウラが視線だけで意を汲み取る事はあり得ない。
繊細な細工を施された小瓶の蓋を男が開け、細くなってる飲み口をソリテールの唇へ運んだ。瓶が傾くに合わせて細い喉が何度か上下する。
ソリテールが中身を全て飲み終え、唇から瓶の口が離れた瞬間である。赤い中級回復薬は即座に効果を発揮した。
靡いていた袖が膨らみ、袖からは傷一つない手が現れた。
肩から先の重みを取り戻し、且つそれが自分の意志のまま動く。ソリテールは呆然として失ったはずの手のひらを眺めた。あり得ないと断じた現象が起こった。理性が認めるのにしばしの時間を要した。
「お顔の色が良くなりました。肉体の不調は完全に回復したと存じます。睡眠不足による気怠さも解消したのではないでしょうか。ですが、空腹までは癒してくれません。何かお召し上がりになった方がよろしいかと」
「私も何か食べたいと思ってたわ。ソリテールの分も持ってくるわね」
「あっ」
という間に、アウラがパントリーへ駆け出した。
ソリテールから一切の死臭を感じない事から長く食事を取ってないと察したアウラであるが、まさか気を利かせたわけではない。魔族にそんな事は出来はしない。ソリテールの食事を取りに行ったのは自分のためである。無論、自分もお腹が空いてきたからついでに、と云うわけでもない。
利用者が来ると言葉に強制力を持たせてあれこれ命令される事が多々あった。ソリテールの食事を用意しろと言われるのは確実だ。それをされると、自分の魔法が逆転して男に服従している事をソリテールに知られる。そんな間抜けを晒せない。言わば見栄のためであった。
アウラを見送る男は少々残念そうである。ソリテールには、アウラには出来なかった腕一本の進呈をしようと思ったのだ。それこそソリテールがしたがった「体の端っこから食べる」を実践してくれても良いと思っていた。腕一本で次回の訪問に繋がるなら安いものである。
「私の腕を癒したのは同情や憐れみなの?」
「はい?」
突如として、ソリテールが意味不明な事を言いだした。
多数の人間と言葉を交わしてきたソリテールは、人間には同情や憐れみと云う感情があるのを知っている。知っているだけで、ソリテール自身は持ち得ない。男はそれを発揮したのかと考えた。
口に上らせたのは、これまでの習いと安全の確認である。
他方、聞かれた男は意味がわからなかった。
人並みに同情心を持っていると自負する男である。発揮される事が非常に稀なだけできちんと持っている。魔族とは違うのだ。その証拠に、自身がそうであったため孤児には優しい。
それをソリテール相手に発揮するかと言えば否である。両腕を落としたソリテールに同情したわけでなければ、同情する理由もない。「あなたは瓶に欲情するの?」と聞かれるくらいに意味不明である。勿論しない。何でそんな事を聞くのかわけがわからない。
「ソリテール様に憐れみを抱いたわけではありません。そのように考えた経緯をお聞かせ願えますか?」
「私を憐れんだから腕を癒してくれたと思ったのだけど、違うの?」
微笑が消えた問いかけに、男は目を瞬かせた。
「違います。あのままではノートにサインが頂けませんでしたから」
今度は、ソリテールがきょとんと目を瞬かせた。何を言われたのかが頭に染み込むと、ふふっと声を出して笑った。
「そうね。ペンを口に咥えてサインする練習はしてこなかったわ」
「持ってきたわよ」
ソリテールが笑いだしたところで、アウラが両手にトレイを乗せて戻ってきた。一つはソリテールの前に置き、もう一つはテーブルの向かいに置く。ソリテールと同じテーブルで食事にするつもりらしい。
他の利用者の前で同じことをするようなら男が注意するが、今回はアウラの知己であり魔族であるソリテールだ。あちらもこちらも気にしないだろうから、男も気にしない事にした。余計な気を遣わなくて済むのは、魔族の数少ない長所である。同時に魔族が気を遣うこともないが、男はそんな事を期待してないのでこれは短所にならなかった。
メニューはサイコロステーキとサラダである。
アウラの先端恐怖症は未だ克服されておらず、ナイフやフォークを使わない。ナイフを使わないのだから、お肉は予めカットしてあるのが望ましい。
食べるのに使うのはスプーンと古式の箸である。棒二本の箸をアウラが自在に操るのは難しく、トング或いはピンセットのような箸を使う。*1これなら箸が初心者のアウラでも簡単に食べ物を挟むことが出来た。
ソリテールのメニューも同じもの。アウラが食べるのを確認してから口に運んだ。思わぬ美味に目を見張るのはとても可愛らしい。しかし、食後のお茶には警戒を強くした。アウラに注がれたお茶と交換することを要求し、男を苦笑させた。
「こうすればソリテール様のご懸念も晴れる事でしょう」
男は二つのカップに注いだお茶をティーポットに戻す。淹れるのに使ったのとは別の物で、容器が透明だ。容器の中で戻されたお茶が混じり合い、再びカップに注がれる。
それでもソリテールの警戒は消えず、アウラがカップに口を付けてから唇を湿らせた。爽やかなハーブティーが口中の脂を洗い流し、
「予め解毒剤を服用するのなら同じものを飲食しても問題ありません」
「ブフォォッ!!」
「やだ! 汚いじゃない!」
「ゲホゲホッ!」
ソリテールは口内のお茶を吐き出した。鼻からも噴き出た。激しく咳き込み、生理反応で涙が浮かぶ。
ソリテールの飛沫は対面に座っていたアウラにまで届いた。アウラは嫌悪に顔を歪めてソリテール汁をハンカチで拭き取る。ソリテールへは男がハンカチを差し出した。
「失礼を致しました。勿論、毒も薬も混ぜてありません。毒を盛るのなら様々な手法があるとお伝えしたかったのです」
「……そう……。けほっ……」
男の言葉に揶揄の響きはない。ソリテールは、この男がさっぱりわからなかった。
ソリテール回が続きますが大目に見てください