※この作品はR-18です。

奉仕しないと帰れない部屋に囚われた男の業務記録   作:dolph

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初夜の始まり

 魔族に性欲はない。繁殖しないのだからあるわけがない。

 魔族が自身に向ける興味関心は魔法や魔力が一番にくる。探求心に溢れたソリテールも例外ではない。

 そして二番に来るのがお洒落である。社会性がないのにとてもお洒落なのが魔族という種族なのだ。謎である。

 

「アウラが無限にあると言ったのは本当だったのね。いっぱいありすぎて目移りしちゃったわ。待たせちゃってごめんなさい」

「とてもよくお似合いですよ。どうぞこちらにお掛けください」

「ええ、ありがとう」

 

 ソリテールがソファーに座ってから、立ち上がって迎えた男も腰を落ち着ける。両者は隣り合っても密接せず、間に一人分の空間があった。

 食事と風呂を終え、寝室で待ち合わせる。それも新婚夫婦が、初夜の約束をした上で。

 ソリテールは不自然さに気付かないし、男も指摘しなかった。

 

「クローゼットルームがお気に召したようで嬉しく思います。機会がありましたら私も同行致しましょう」

「初夜でこの格好はおかしかったかしら?」

「そんな事はありませんよ。先ほど申し上げたようにとてもお似合いです。ソリテール様は大変良い趣味をしていらっしゃると存じますよ。実際にお使いになられましたのでお分かりと思いますが、クローゼットルームは利用者の意思に寄って並ぶ衣服が変わります。ですが、知らないところへは辿り着けません。ソリテール様が見た事も聞いた事もない衣服のところへご案内出来ます」

「それもそうね。その時が今から楽しみだな」

「ご期待に応える事をお約束致します」

「それで、この格好は本当におかしくないの? 人類の研究をずっとしてきたけどこんな事までは調べてこなかったから。あなたみたいなのが良かったのかしら?」

 

 ソリテールが選んだのは白のキャミソール。雰囲気はさっきまで着ていたワンピースドレスに近い。

 キャミソールは肩紐で吊るす衣服だ。アウター用もインナー用もある。ソリテールが選んだのは後者。肩紐は細く、襟と裾をレースが飾り、胸元でリボンを結ぶ。インナーなのだから下には何も着けてないし、裾は膝より大分上に来る。

 

「おかしくありません。相応しいとすら言えます。私は楽なのでこれを選んだ次第です」

 

 男が着るのはナイトガウン。裸身に羽織るだけなのでとても楽なのだ。

 

「そう仰るのでしたら、ソリテール様は初夜をご存知なのですね?」

「初夜だね、って言ったのは私だよ?」

「意味もご存知ですか?」

「結婚した夫婦が初めて同衾することね」

「同衾の意味もご存知でしょうか?」

「一緒に寝ること。夫婦なら性行為。繁殖活動のことでしょう?」

「その通りです。よくご存知でいらっしゃる」

「ちゃんと知ってるよ。人類についてわからない事は幾らでもあるけど、言葉の意味なら全部知ってるの」

「……さようでございますか」

 

 ソリテールは正しい知識を持っていた。その上で初夜を求めたのだから、そういう事だと思われた。男にはとても意外だった。

 知らずに言ったなら正しい知識を伝える。

 知っているが自身の望みではなくこちらの希望を先取りしたつもりなら止めさせる。この部屋では、部屋に囚われた男の方が部屋を訪れる利用者たちより立場が下になる。男は訪問者たちへ何かを強要するつもりはなく、訪問を重ねてノートにサインしてくれるだけでいい。それ以外は何も求めない。欲求不満の解消に彼女たちを、なんて以ての外だ。どうにもならなかったらアウラを使う。

 しかし、ソリテールは魔族。他者の、特に人間の希望を忖度して応える事なんて出来るとは思えない。むしろ相手の都合を考えずに自分の希望を押し通すだろう。

 

「性行為が具体的にどのような行為であるかもご存知なのですね?」

「生殖器を繋げるのよね? あなたと私なら、あなたの男性器を私の女性器に入れる事になるのかな?」

「……そうなります。アウラはそこまで知りませんでした」

「そうなの? 魔族は人の模倣で、生殖器も全く同じ。そう言ったのはあなたよ? だから私とあなたでも性行為は可能。でしょ?」

「まず問題はないかと。魔族は人類と生理が異なるため、不躾な確認をしてしまいました」

「ちゃんと聞いてくれて嬉しいわ。少し興味が出てきたの。夫婦なら当然するのよね?」

「するでしょう。ただ、ソリテール様と私では子を作る事は叶いません」

「出来ると思ってないし、欲しくもないかな」

「お分かり頂けていると知り安心しました」

 

 男から少し離れて座るソリテールは、ずっと微笑を浮かべている。無表情と微笑とでは大違いだが、表情の変わらなさはアウラと大差ない。魔族の心を表情から読むのは非常に難しかった。魔族でなくとも女が演技をしたら、この男ではまず見抜けない。見抜けるとも思ってない。節穴を自認する己の目である。

 故に言葉が全て。どんな心境の変化があったか知らないが、ソリテールが求めるなら応えなければならない。

 

「ソリテール様のお望みどおりに。始める前に、私から一つだけお願いがございます」

「なぁに?」

「ごく普通に行われる営みの一環ですから、俗語を使ってくださると助かります」

「……そういうものなの? でも、そうね。いつもの事に厳格な定義は必要ないかな」

「そうなります。時と場合によって使う言葉を変えるのですよ。例えば、魔族であっても緊急時には簡易な言葉を使うのではないですか?」

「一々長い言葉を使ってたら時間が掛かるものね。男性器はおちんちん、女性器はおまんこ、性行為はセックス、だね」

「合っています。その過程で様々な事をしますがよろしいですか?」

「……うん。したことはないけど、何となくは知ってるし見た事も何度かあるわ」

 

 幾ら何でも寝室を覗いたわけではない。屋外で情熱を燃え盛らせる男女が稀にいたのだ。

 見ても何とも思わなかった。獣の交尾と大差ないと思った。これまでそんな事に関心が向くことはなかった。

 それが男に初夜と言ったのは、初夜の準備をするために、男から離れてアウラと内緒話をしたかったのが大部分を占める。残念ながら目的は果たせなかった。想定していたので大きな落胆はない。

 本当に初夜を迎えるか否かはどちらでも良かった。先の問答から察するに、拒めば強要しないと思われた。

 しかし、興味が出てきたのは本当だ。

 

 男を待たせたのは、クローゼットルームで迷ったからではない。目移りしたのは本当でも、白いキャミソールワンピースを選ぶのに五分と掛からなかった。残りの時間は利用者ノートを読んでいたのだ。

 指で摘まめる程度の薄さなのに、ページを捲ってみると何百ページあるのか見当が付かない。一番新しいページにはソリテール自身のサインがあった。大半はサインばかりだ。名前は読めず、日時と滞在時間だけが読み取れる。日時がわかっても暦が違う。ソリテールには何の価値もない。

 時々メモがある。感想なのか希望なのか、そもそも何について誰に向けて書いてあるのかすらわからない。訪れる者が好き勝手に書き込んでいるように思えた。それでも流し読むにつれて何となくわかってくるものがある。自分のサインの少し前に決定的な言葉があった。

 

 セックスが最高であるらしい。

 

 魔族の体は人の模倣であり生殖器も同じ、らしい。件の感想は人間のものであるようだが、行為自体は自分にも可能である。

 最高とまで言うのなら、少しは試したくなる。

 

「私は魔族だけど、体は人類と同じと言ったのはあなたよ? 知識もあるわ。人類の女と同じように扱って大丈夫よ」

「……かしこまりました。それでは、もう少しこちらに近付いてください」

「そうね。これくらいが夫婦の距離よね」

 

 言って、空いた距離を詰めた。

 太ももが触れ合い、薄い生地越しにナイトガウンの感触がある。しばらくすると熱が移ってきた。今自分は、生きている人間と触れ合っている。

 

「ソリテール様」

「ひゃっ!」

「……何か?」

「な、何でもないわ……」

 

 思わず出てきた奇声は、ソリテール自身も驚いた。出そうと思った声ではない。勝手に出てきた。男から手を握られただけだったのに。

 声だけでなく、全身が硬直した。膝の上に置いた手は、開くことも閉じることも出来ない。

 

「緊張為さっているのですか? 何かお飲みになりますか? 様々なものをご用意できます」

「要らないわ。大丈夫よ」

 

 膝上の手に、男の手が重なっている。熱が交わるに連れて、固まっていたものが溶けてくるように、強張りがほどけてきた。手のひらを開けば、指の股に男の指が入ってくる。

 

「でしたら、ソリテール様が仰ってくださった通りに。ここからは私の妻として扱いましょう」

「……ええ」

 

 隣の男が顔を向けてくる。ソリテールは真っすぐ見返した。距離が段々近くなり、顔が触れる前に頬を撫でられた。触れられた瞬間、ピクリと震えた。今度は硬直しなかった。

 

「私の妻となったからには、あなたの全ては私のものです。頬も、髪も、唇も」

 

 手櫛で髪を梳かれ、指先が唇をなぞる。その度にピクンと体が震える。体は強張らない。むしろ力が抜けるのを感じた。

 

「セックスではあなたの全てを犯します。ソリテール様は通常のセックスはご存知のようでしたが、尻の穴も、口も使いますよ?」

「そ、そんなところも、するの?」

 

 体が震えない代わりに声が震えた。少し興味が出てきたのは本当でも、そんなところは考えた事もない。ソリテールの知識には存在しない行為だ。

 

「勿論です。あなたは私のものだと言ったでしょう? あなたの体で、私の指と唇が触れないところはないとお考え下さい」

「全部に、触っちゃうの?」

「そうですよ」

 

 吐息が頬を撫でる距離になった。

 頬を撫でていた手は顎の下に添えられ、上を向かされる。

 

「代わりに、私はあなたに尽くします。万難を排してあなたを守りましょう」

「それは無理よ」

 

 即座に否定した。歓心を買うためだけの虚言と思った。

 

「君は頭が良くて意外に強いのは知ってる。でもここから出られない。私を守るために何が出来るって言うの?」

 

 今度は男が呆気にとられた。ソリテールはアウラより頭を使えても、やはり魔族。或いは平和主義者ばかりの世界に生きているからか。

 ふっと鼻で笑い、無知は罪ですねと呟いた。

 

 ソリテールは、かっと体が熱くなった。馬鹿にされて怒りを覚えた、にしては不快感がない。男に抱き寄せられ動転したわけでもない。誰かの腕に抱かれるのが初めてでも、千年生きた魔族の精神はそんな事で平常心を失わない。

 どういうわけか、始めからこうだった。男に触れられた箇所が焼けるように熱い。火傷では済まない熱さと思うのに苦痛はない。ただただ体を炙ってくる。

 

「それは私を過小評価しています。ソリテール様なら知が力を持つのをご存知でしょう? ソリテール様を次代の魔王にする事も可能でございますよ」

「……ほんとう?」

 

 男の両腕が背中に回っている。素肌には触れてないのに背中が熱い。押し付けられる胸も熱い。強く抱き締められて息苦しくなり、声が掠れた。

 またも上を向かされ、目が合った。

 赤と青の目に自分の顔が映っている。

 映った顔が大きくなり、目の色さえ見えるようになり、

 

「っ!」

 

 耳を撫でられ体が震えた。

 鼻先がぶつかって男が少し首を傾げ、温かい吐息が唇を舐めた。

 

「口を開いて」

 

 言われた通りにした時、突然何の脈絡もなく、ソリテールは空腹を感じた。

 前回返り討ちにあう前、思ったより食べ応えがありそうな男だと思った。今はアウラの魔法で封じられ、そんな事は思っても行動に移せない。移せても移さなかった。

 とても美味しいステーキを食べたばかりだ。香ばしい匂いは食欲をそそり、肉は柔らかいだけでなく適度な歯応えがあって、噛む度にたっぷりの肉汁と旨味が溢れ、ソースは主張が弱いながらも甘いとも辛いとも言い難い玄妙な味で肉の旨さを引き出し、ついてきたサラダは始めこそ要らないと思ったがアウラを真似て口に運べば口内をさっぱりさせて次の一口に新鮮さを取り戻させる。長く生きても料理の研究はしたことがないので、どんな工夫がされているのかはわからない。

 久し振りにお腹いっぱいになったのだから、何かを食べたくなるわけがない、はずだった。それなのに食欲が出てきた。

 食べたくないのに食べたくなる矛盾。

 目の前の男を食べれば美味しいだろうが、出来ない。本当に食べたいのかどうかもわからない。

 

「ん……」

 

 薄く開いた唇に、男の唇が重なった。

 柔らかさを感じ、下唇が柔らかな唇で挟まれて、上唇も同じようにされ、熱い吐息と唾液で唇が湿ってくる。

 柔らかくて温かく、形があるもの。唾液ではなく男の一部。舌が入って来た時も、ソリテールの体は震えた。

 舌と舌が触れ合った。自分の体の内側を舐められている。

 強く吸われると自分の舌が吸い出され、彼の口の中へ入ってしまう。それを硬い歯で挟まれた時もソリテールの体は大きく震え、舌先を舐められて力が抜けた。

 

 長く生きたソリテールは、連れ合いを持った魔族を一人も知らない。ソリテール自身も持ったことがない。

 性行為どころかキスも初めて。

 初めてのキスは、緊張と熱さと、弛緩をもたらした。

 体が強張って熱を持ちながら力が抜けていく。

 舌に触れる柔らかさと温かさは、悪くない。食事の良し悪しには食感がとても重要だ。その延長で、舌に触れるものでも気持ち良さを感じるのかも知れない。

 

「ソリテール様も同じように舌を動かしてください」

「わかったわ……。んっ……れろ……」

 

 ソリテールも舌を伸ばし、男の口内を舐め始めた。

 舌と舌が触れ合って絡み合って、口内に湧いてきた唾を混ぜ合わせて攪拌する。

 男が吸えばソリテールも吸って、混じり合った唾を飲み込んだ。

 体の内側から熱くなってきた。

 

 

 

 ソリテールが処女であり、繁殖の必要がないため性欲がない魔族であると、男は重々承知である。

 アウラとの経験から肉体は人とほぼ同一とわかっているが、アウラと違って完全に未開発だ。どこまで出来るのか、そもそも反応するのかと手探り状態である。

 いつも以上に慎重に、そして丁寧に事を進める。

 

 しかし、男の懸念は的外れである。

 性欲がなくとも、快感を得る機能がないわけではない。ソリテールは経験がないために反応が薄いかも知れないが、何も感じないではない。

 そして男自身に自覚はなくとも、肉体を越えた形而上の領域で快感を伝えられる。幼くもあるターニャの快感を引き出したどころか、肉欲とは全く無縁の人形すら欲情させた。

 魔族だからと言って時間を掛けた開発は不要であり、ソリテールが口にした通り人類の女と同じように扱うだけでいい。

 

 そして、この場の二人とも全く失念している事実があった。

 山が高ければ谷が深くなるように、谷が深ければ深いほど頂までの距離は遠くなる。

 

 ソリテールは男の手で、非常な苦痛を与えられた。死んだ方がマシどころか、可能性があるだけで死にたくなる痛み。

 アウラの魔法で荒事が出来なくなり、そのアウラの言葉から下手な事をしなければそんな事はもうないと確信を得た。こちらに手段がない以上、あちらが同じことをする可能性はない。頭ではわかっているからこそ、男に触れられることを自分に許した。

 しかし、体は別である。

 ソリテールの体は痛みを覚えていた。男から触れられる度に死すら生ぬるい苦痛を覚悟する。けども痛みはいつまで経っても訪れず、優しく撫でられるだけ。痛みが来ない事に安堵して力が抜ける。

 触られる度に無意識に緊張して、安堵のあまり力が抜ける。その繰り返し。

 繰り返される度に安らぎを得られる。体が弛緩して開いていく。

 この男に触れられても痛くない。むしろ安心できる。安らぎがある。

 もっと触れて欲しい、自分からも触りたい。

 

 キスの間にキャミソールの肩紐を外されて、ソリテールは目を潤ませて男を見つめた。




書き直してる内に忙しくなって気付いたら年の瀬
このままでは年内投稿無理と悟りきりが良いとこで投稿
出来ない事は書くもんじゃないですね
良いお年を
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