奉仕しないと帰れない部屋に囚われた男の業務記録 作:dolph
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男を困らせるために言った事だ。生身の体を得て楽しみを増やしたいわけではない。エーリカの興味を引いたのはその過程。
「非接触で脳から遺伝子情報をスキャン? ナノマシンを突っ込むわけじゃないでしょうね?」
「エーリカ様の世界には存在しない技術でしょうから、そう思われるのは無理もありません。私は様々な世界から様々な方がいらっしゃると申しました。その方の世界はエーリカ様の世界より遥かに進んだ科学文明があるのですよ。宇宙を知るエーリカ様であれば、恒星間旅行を実現していると聞けばおわかりになるのではないでしょうか?」
「は? 巫山戯てるの?」
エーリカの世界は宇宙開拓を果たした。が、太陽系の外には未だ出られず。
外宇宙への進出は計画こそあったが、エーリカが属していた一派の活動により不可逆的な形で破壊された。それがなくても出来るとは思えない。
計画が順調に進んでいたとして、あれから二百年経った今でも間違いなく太陽系から出られていない。
太陽系のカイパーベルトの内側にある冥王星まで、宇宙船で地球から数ヶ月掛かる。エーリカはテレビドラマで得た情報なので本当に正しいかわからないが、それより短くなる事はないだろう。
カイパーベルトの向こうに広がるオールトの雲までは未達である。オールトの雲までは、内縁でも冥王星までの距離のざっと五十倍。
オールトの雲はとても広く、外縁までは更に五十倍。
冥王星まで一年で行けるとすれば、太陽系を抜けるまで2,500年。太陽系から脱出するだけで2,500年だ。
当然の事ながら、他の恒星は更に遠い。それを旅行すると言うなら行って帰って来るのだろうか。何万年掛かるか知れたものではない。
「巫山戯ておりませんよ。その方はエリダヌスループ*1まで旅行した事があるそうです。虚空に巨大な炎の橋が架かっているようだったと仰っておりました。エーリカ様がご存知のあらゆる技術の果てに到達している事でしょう」
しかしながら、「但し」と付け加えなければならない。
但し、種族として保守的と云うか懐古趣味的なところがあるので、突き抜けた発想が余り出てこない。いわゆる英国面*2が足りないのだ。
代わりに遊び好きである。少し苛立つだけでアウラが泣き出す者たちの遊びである。
彼ら彼女らの前では、性悪なエーリカであっても子猫同然かも知れない。
「そこまで出来るなら今の私がどうなってるか調べられる?」
「健康診断をお望みですか? 勿論可能でございます」
「……やって」
「たまわりました」
▼
海夢がインスタントカメラを忘れていったように、利用者が何かを持ち込んで置いていく事は可能である。
どんなものであれ、出しっぱなしはしない。特にこれから使おうとする物は、彼の利用者の世界であってもかなりの手間を掛けて作られた逸品であるらしい。間違って誰かが触れたりしないよう厳重に管理されている。
男が管理しているわけではない。件の品の機能である。
「まずは認証してもらいます。私がする事と同じ事をしてください。行動の前にすべき事をお話しますから、その通りにしてください」
「面倒ね」
「持ち主がいるなら不要な手続きなのですが、私たちは借りる立場でございますから。まずはこちらに。この棚の下から六段、左端から六十六冊の本を抜いてください。この本ですね。開かなくても構いません」
「これ? あっ、宇宙ムバディ読本だ」
宇宙ムバディとは、我らが主人公キャプテン・ムバディが頼りになる仲間たちと共に悪の科学者Dr.ヴァレスを壮大な冒険の果てに打倒する大人気テレビドラマシリーズである。
キャプテン・ムバディのモデルであるアガ・ムバディは実在の人物である。冥王星でのDr.ヴァレスとの戦いも史実だ。
ムバディはラダーの議長補佐でもあった。残念ながら故人となってしまったのはエーリカも聞き知るところ。それでもキャプテン・ムバディの輝きが消えるわけではない。
征け! 我らがキャプテン・ムバディ!
我ら死すとも大志は死なず!*3
「興味がおありでしたら後ほど。応接間に戻ります」
「後で読みたいから覚えといて」
「かしこまりました」
書斎から応接間に戻れば、エーリカが刻んだ破壊の跡はどこにもなかった。応接間以外に入った事がなかったエーリカは目を丸くした。
「次はこちらの部屋です」
クローゼットルームでも目を丸くする。陳列棚やらマネキンやらがが果てしなく並ぶ。
思わずふらふらと足を運びそうになってしまった。
「様々なドレスをご用意出来ます。今はこちらに。ドレッサーのこの引き出しを開いてください。……はい。次はこの引き出しを。それでは戻ります。これで認証は半分消化しました」
次はバスルームの脱衣所である。石鹸をよく泡立てて手を洗う。
汚い手で触るなと言われているようでエーリカは面白くなかったが、男の顔を見れば真面目そのもの。巫山戯てるわけではないらしい。
続く場所は、基本的に利用者を入れない部屋である。
男が自身の世界に住まうお屋敷のアトリエに似せた部屋だ。気が向くまま様々な工作を行い、応接間に置いた時計や、ソリテールを欺いた二重底のティーポットを作った。海夢のインスタントカメラの印画紙を複製したのもここである。
「へえ、凄い精度じゃん」
エーリカが目にしたのは砂粒大の小さな歯車。工作机の上に幾つも転がっている。
物は単なる金属製の歯車だが、五十もある小さな歯は分子五つ分の誤差もない。
「お褒めに預かり光栄です。何かに使えるかと思い、時間がある時に削り出してみました」
「手造りの削り出し!? これが!?」
「はい」
男は事も無げに頷いた。
エーリカの中で、こいつは人間ではなく生体アンドロイド疑惑が再燃した。
「ここではそのフラスコを持って左右に振ってください。……はい、結構です。次が最後です」
最後は始めにいた応接間。
「このテーブルの飾り皿を九十度回転させてから、もう一度回転させて元の正位置に戻してください。……はい、ではこちらに」
連れられたのは時計の前。見た目は金の円盤で、後ろからは機構が見える。幾つもの歯車が休むことなく回っている。
金の文字盤の上で三本の針が揃って真上を指していた。エーリカの記憶とは違う位置だ。
「何時になっていますか? ああ、まだ振り向かないでください。秒針が一周するまでお待ちを」
「零時丁度。さっきと違うわよね?」
「大変結構です。認証が終了しました。驚かないようゆっくり振り向いてください」
「何だってのよ……!!」
振り向くなり、エーリカは全力でその場から飛び退いた。爆風で男が吹き飛ばされたが、今度は怪我をする事なく受け身を取った。
部屋の出入り口となる白いドアの前まで下がったエーリカは、後ろ手にドアノブを掴んだ。どんなに力を入れてもビクともしない。
今日は気分が荒れてたので、ノートへの記帳がまだだった。条件を満たさない限り、ドアは絶対に開かない。
「驚かれましたか?」
「それ、なに?」
エーリカはそれから目を離さずそう聞いた。
細長い箱が応接間の中央にあった。こんな物があったら見逃すわけがない。時計を見て振り向いたら現れた。
台座付きの白い箱だ。縁は黄金が飾り、煌めく宝石が無数に散りばめられている。どこもかしこも繊細な彫刻が施されている。
美麗と言う他なく、気を抜いたら見入ってしまいそう。
しかし、あれは絶対に悪いものだ。
サイボーグとなって尚失わない本能が叫んでる。
「再三申し上げていますように、ここにいらっしゃる方の私物です。その方は部屋の設備よりもこちらを使用する事が多いのです。頻繁にいらっしゃる方ではありませんが。ではエーリカ様、どうぞこちらに」
男は涼しい笑みで手招きをした。
あんな物が傍にあるのに笑っている。エーリカには、悪魔が誘惑しているようにしか思えなかった。
得体が知れず間違いなく悪いものであるとの確信がある。しかし、悪くて怖いものだろうと、最悪でも死ぬだけだ。
自分は本当に死んだのか確かめるのだから、死を怖がるのは今更であるはず。
それに、あれだけ虐めてきた男は怖がる素振りを全く見せない。自分が怖がったりしたら馬鹿にされる。
エーリカは覚悟した。
「わかったわ」
「重畳です。では蓋を開ける前に、厳重に注意させて頂きます。中では破壊活動及び私への加害は絶対に控えてください」
「中!? これに入るの!?」
「入ります。迷わないように私が良いと言うまで手繋ぎをさせて頂きます」
「手をつなぐ? 私と? あんたが?」
「はい。はぐれたら絶対に戻れません。尤も、一定時間を経過した後に意識を失えばこの部屋から強制的に元の世界へ戻されますので、エーリカ様が内部で永久に迷うことはございません」
なんとも細やかな希望である。
エーリカが硬い顔で頷いたので、男は白い箱の蓋をずらした。中から白い靄が湧き出てきた。
「ひっ!」
アウラを身震いさせた霧である。エーリカは思わず声を上げて一歩下がり、男が差し出す手を取った。
蓋は箱に立て掛ける。
白い靄が幾らでも湧き出る箱の内部は真っ暗だった。エーリカの電磁感覚でも何もわからない。
「さあ、参りましょう」
男が箱の中に足を踏み入れた。
エーリカは今更ながらに後悔した。
▼
箱の中は真っ暗な下り階段で始まった。それがいつの間にか上り階段になっている。
一歩一歩確かめていたはずなのに、エーリカにはいつ変わったのか全くわからなかった。
上り階段が終わると、周囲が明るくなってきた。見通しは悪いを通り越して全くない。白い霧に包まれている。ミルクの中を泳いでいるようだ。
電磁感覚で何も捉えられなければ、強く踏み出し返ってきた振動で環境を調べるアクティブソナーも完全に無効。
男の手を握っていなければ、そこにいる事すらわからなくなる。
不安になったつもりはないが、本当にそこにいるか確かめたくなった。
「あんたは道がわかってるの?」
「ここに道なんてありませんよ。ただ進むだけです。私は使用許可が出ておりますから、遠からず辿り着くはずです。エーリカ様は違いますから、何があっても私が良いと言うまで手を離さないでください。私からも握りますから」
「……わかった」
男の声に変わりはない。霧の中で得体の知れない何かにすり替わってはいないようだ。
この霧には電磁波を始めとするあらゆる通信を妨害する何かが含まれている。電磁波だけでなく音も光も通さない。物音一つない白の世界。
なのに匂いはそうでもないようだ。ずっと漂っているので麻痺しそうになるが、注意深く嗅げばわかる。エーリカの慣れ親しんだ匂い。鉄でも油でも火薬でもないこの匂いは、
「誰かいる!?」
匂いの正体を突き止める前に、白い世界に変化があった。人間大の影だ。
これが岩や何かだったら恥の上塗りだったが、本当に誰かであったらしい。
(ご案内いたします)
男にも女にも聞こえる声は合成音声。
影は言葉少なく移動を始めた。同時に霧が晴れていく。
エーリカは男の手を離しそうになったが、強く握られ慌てて握り返した。
「出迎えです。私たちが入ったので起動したようです。本来は人格のあるアンドロイドらしいのですが、所有者が元の世界にお戻りになったと同時に沈黙してしまいました。ここも異界の部屋の中である事に変わりはありませんから、人格ある者が居続ける事を許さないのでしょう」
エーリカは男の話を聞いていなかった。
あんぐりと口を開き、周囲の光景に見入っていた。
そこは大きな湖のほとりだった。湖には白い船が幾つも浮かんでいる。
妙に明るいと思って見上げれば、天上には青白い満月。
石畳で舗装された道は月光に照らされる荘厳な城に続く。
わけがわからない。
ここは白い箱の中だったはず。
「空間拡張装置の効果だそうです。月面ほどの広さがあると聞きました。頭上の月はさすがに映像でしょう。月光の成分は本物の月と同じらしいです」
「空間拡張装置?」
「科学技術で壺中天を実現したわけですね」
「…………」
「お爺様からの贈り物であると伺いました。製造には最先端技術を使って百年以上掛ったそうです。数百体のアンドロイドを作業に従事させたとか。放っておけば出来るのですから羨ましい限りですね」
「…………」
最早言葉もない。
恒星間旅行ならエーリカの知識と常識の延長でわからなくもなかった。しかしこれは、想像出来る範囲を越えた。得体の知れない魔法と思いたいが、科学技術だと言う。
男が手を離さないので、手を繋いだまま黙ってついていく。
案内役のアンドロイドは男性型に思えて顔は女性的だ。但し目鼻口がない。穴のない白いマスクを被ったようでもある。
「上層部にはお連れ出来ません。お望みでしたら同等の設備をご用意出来ます。それらは後ほど。私たちが向かうのは地下の生産施設です」
エーリカに応えはない。
頻りに周囲へ視線を配る。男に握られていない手はギュッと拳を作り、盾のように自分の胸に置いた。
科学技術を抜きにしても、エーリカは確信した。これは人間が作ったものではない、と。
果たしてその通りであった。
▼
(こちらでございます)
アンドロイドに連れられたのは石造りの薄暗いホール。天井が高ければホール自体もとても広い。
黒い石と金色の金属が有機的な曲線で絡み合い、数々の装置を構成している。時代がかった大釜があれば、人が入りそうな大きなシリンダーもある。
壁際に並ぶ棚には何が乗っているのか、エーリカは見たくなかった。
エーリカの不安を知らず、知ったとしても意に介さない男は鋼の手を引っ張った。
「今日はこちらの女性、エーリカ様の健康診断をしたい。生体は脳だけだそうだから体については不要。異常があったら教えて欲しい」
(承知しました。テスターを起動します。こちらにお掛けください)
「さ、エーリカ様。こちらの椅子に座ってください。手は離してくださって構いません」
「私を置いて行かないわよね?」
「そんな事をしたら怒られてしまいます。終わるまでずっとここにおりますよ」
「……わかったわ」
手を離したのは男から。
エーリカは、白いアンドロイドが運んできた金色の椅子に座るよう促された。
進んだ科学技術と聞いて、疑ってかかる気持ちは間違いなくあった。わかるものならわかってみろとも思った。
しかしこれは、想像を越えていた。
どれもこれも古臭い機械に見えるのに、案内したアンドロイドは非常に精巧だ。城は石造りで古めかしいのに、エーリカの知識にない金属がところどころに使われている。ちぐはぐで、アンバランスだ。一言で言えば得体が知れない。
人間ではない者が作った異常な機械。
抵抗はとても大きかったが、死ぬより酷い事はない。自分は死んではいないと信じて、それを証明するために来たのだ。
意を決し、腰を下ろした。
(検査結果が出ました)
「早いね」
エーリカの尻が椅子の座面に触れたのとほぼ同時にアンドロイドが告げた。
テスターでスキャンと言っても、何をどうしたのかエーリカには全くわからない。見てる男も全くわからない。装置の操作は全てアンドロイド任せである。如何に器用な男でも、利用者の私物の使い方を熟知しているわけがなかった。
(口頭で報告します。脳全体に樹脂状の物質が浸透しています。外部からの衝撃によって硬化し、脳を保護する機能を期待出来ます。熱に依る脳組織の変性も防ぐことを期待できます)
「それは知ってる。他には? 他にはもう何もない? 外部から電波を受信するような機能は?」
(…………)
「通常の人間の脳を基準として、そこから外れるものは全て報告して欲しい」
(続けて報告します)
エーリカの言葉は無視したが、男の言葉にはきちんと従う。エーリカはあくまで男の付属物に過ぎない。
(脳に化学処理が施され電気的な回路となっています。エーリカの記憶と人格は演算装置となった脳がシミュレーションした結果です。電気回路ですから外部からのコマンドによって操作が可能です、エーリカの人格が意識出来ないレベルで行動の操作が可能です)
「へー」
魔法で似たような事が出来ると男は知っていたが、科学技術でそこまで出来るのかと感心した。
しかしそうすると、エーリカが性悪なのは外部から操作された結果なのだろうか。余程性格が悪い奴がいるに違いない。
そのように男は呑気だったが、診断結果を聞いたエーリカはそうでもなかった。強気に幾分の怯えを滲ませていた顔が虚ろになった。
どこにいるのかわからなくなった。それどころか自分が誰なのかもわからない。
心の防衛反応が、現実を認めず乾いた笑いを漏らさせた。
「は……はははっ…………。シミュレーションした結果? それじゃ私は何なの? エーリカよ。エーリカ・ヴァルト! それ以外の何者でもないわ! 外部からの操作ってなに!! 私は私よ!」
「その通りでございますね」
「うるさい!!」
男はエーリカの言葉を肯定したのに、何故か激した声で怒鳴られた。とても心外である。
「それじゃなに? 私は死んだの? 生きてるでしょ? 生きてるわよね?」
「生きていらっしゃいますよ。だからドアの鍵を得て、この部屋にいらしてくださったのです。死んだかどうかはわかりませんが」
(エーリカの主観時間で二百八年前に脳を加工された際に脳機能の全てが停止した痕跡があります。機能停止をもって死と呼ぶのは適当です)
聞いたつもりはないのに答えてくれた。どうやらエーリカは死んだことがあるらしい。
それを言ったら男も死んだことがある。生き返った方式と現在の活動の仕方は違うようだが、今はきちんと生きている。何の問題もない。エーリカが何に戸惑っているのか、男にはよくわからない。目一杯想像して、外部からの操作が気になっているのではないかと推測した。
それとて支配の魔法だとか服従させる魔法だとかを知っているので、やはり大した事には思えないのだ。
「別にいいじゃないですか、外部から操作されていても。エーリカ様に自意識はあるのでしょう? 何にお困りなのですか?」
「……操作されてもいいって言うの? 知らない内に奴隷になって、いいように使われてもいいって言うの? 死人に屍人のままでいろって言うわけ?」
「生きてるではないですか」
「違う! 私は死んでない! 私は
先日再会した幼馴染に聞かされた。
お前は屍人戦士である、と。
屍人戦士が何であるかは、そこのアンドロイドが説明した通りだ。人間の脳を化学処理によって電気回路化し、当人の記憶・人格・能力を再現した上で遠隔操作するシステムのこと。
屍人戦士であるとは、死人が自分は生者だと勘違いしてるも同じである。
生きてると思っていたのに、自分は自分だと思っていたのに、それは再現されただけの勘違いに過ぎないのだ。
エーリカには受け入れられなかった。
「エーリカ様は生きてらっしゃいますよ。屍人戦士が何か知りませんが、自由意志があって思うように出来るのならそれでいいではないですか」
「自由意志? 操作されてるのに自由意志って言うわけ?」
「腹が減ったら何かを食べなければならず、溜まったら出さなければならない。自由のようでも人は所詮環境の奴隷です。似たようなものでしょう?」
頭を抱えたエーリカの指が、頭蓋に食い込む。
指よりも頭蓋の方が強度が高いらしく、鋼の指が自壊を始めた。しかし、顔の部分は男が感じた通りに柔らかい。顔面の皮膚組織が破れ、鋼の内側を覗かせる。漏れ出る液体はオイルなのだろうか。
「指と顔が壊れていますよ。折角ですから私に修理させて頂けませんか? サイバネ医療を折角修めたのですから」
俯き頭を抱えるエーリカが、ギラリと男を睨み付けた。
自壊しかけた精神が、自傷以外の獲物を見付けた。
この男には、自分の苦しみが全く伝わっていない。
自分が自分ではなく自分の模倣に過ぎない紛い物であると言われた気持ちがわかってない。
本当の自分はとっくに死んでいた。ここにいるのは自由意志を持ったつもりの操り人形と言われた怒りをわかってない。
二百年以上も知らずに道化を演じてきた悔しさをわかってない。
人ではなく意思なき物と扱われる悔しさと怒りは空虚なエーリカを破裂させた。
「私を物扱いするな!!」
「あっ」
と、男が発言する遥か以前に防御機構はレーザー・ビームの照射を終えた。
エーリカは100Gを超える加速を生み出し、音速を越えた動きを可能とする。男に飛びかかろうとしたエーリカは、椅子から1センチと動かない内に足首が切断された。
足首の次は膝、膝の次は脚の付け根。腕は手首と肘と肩。胴体はウエスト・ヒップ・バストの三か所で輪切りになる。
当然頭部は胴体から分かたれて、トランスアキシャル面*4・サジタル面*5・コロナル面*6で切断され、八分割された。
宇宙船の外郭すら貫く十万度のレーザー・ビームである。速度はレールガンの比ではない光速。
エーリカのボディがなんであれ防げるわけがなかったし、五分先の未来すら予測して照射される光速を避けられるわけがない。
(外敵の排除を完了しました)
「…………………………ご苦労様」
男の目には、立ち上がりかけたエーリカがそのままバラバラになったようにしか見えなかった。
完全に沈黙したエーリカの残骸を前に、男は頭を抱えた。
生体ユニットを使った二重生活ルートもありましたが、エーリカが暴れたので死んでしまいました。
銃夢シリーズでは割とよくある事です。
で、もうお一方は宣言通りにかなり盛っています。
ピンときた方もいらっしゃるかと。