奉仕しないと帰れない部屋に囚われた男の業務記録 作:dolph
男を物理的に真っ二つにしたエーリカは死んでしまった。ここにいるのは不貞腐れてやさぐれてる面倒臭いエーリカである。
裸を見られた。お漏らしも知られた。自分は自分でないと思っていたのに恥ずかしさはどこにも行かない。ならば恥ずかしい自分は自分なのか。
我恥ずかしい故に我あり。
こんな事で真理を感じたくなかった。
服装はジャージである。ゆっくり選ぶ時間を与えられず、時間があったとしてもお洒落を楽しむ気分になれなかった。
始めは以前着ていたのと同じ黒いボディスーツを提案され、試着してみた。体のラインが丸わかりだった。先端の色とか変なところに生えてきた毛は隠せたが、全裸に色を付けたようなもの。大きくなった胸にも尻にも慣れず、歯を食いしばってチェンジを要求した。
その際、腰の括れだとか体のバランスだとかを褒められ、恥ずかしさに拍車が掛かった。褒められ評価されるのは嬉しいはずだが、どうしてこんなにも恥ずかしいのか。得たばかりの生身だからか。得たばかりなのだから体を維持する努力は全くしてない。自分は一体何を褒められているのだろう。自分の遺伝子情報を元に培養したというのだから、遺伝子情報を褒められているのか。それはそれで嬉しいようで恥ずかしいようで何とも苦しい。
自分の目で確かめても悪くないと認めざるを得ないのが悔しい。どうして悔しいのか意味がわからない。
腰まで伸びていた髪はバッサリやらせた。肩上で真っ直ぐ切り揃えるボブカットは以前と同じ。毛先がちょっとだけ外側に跳ねる。
どうしてこの男はこんな事でも器用にこなすのか。前髪も完璧で文句の付けようがない。それでも言ってみたが作業に掛り切りなので聞き流された。
男はずっと喧しい作業をしている。ぶち壊すのもぶち殺すのも気力が湧いてこない。貝のようにずっと閉じこもっていたい。なのに同室にいる事を強いられる。一秒毎に心が死んでいった。宇宙ムバディ読本も頭に入ってこない。うるさいから頭に入らない。五回クレームを入れてようやく聞き入れられた。
なお、十分に一度の頻度でクレームを入れた。こんなにも退屈で居心地が悪いのに、まだ九十五時間以上残っている。
「音が気になるのでしたらこちらをご使用ください。音楽も映像作品も、エーリカ様の世界で公開されているものなら全て視聴出来るはずです。申し訳ございません。私は周囲の騒音が気になった事がないため、気が行き届きませんでした」
渡されたのは大型のヘッドフォン。付ければ耳を全て覆い、外部の音を完全に遮断した。そのくせ付け心地は柔らかい。
側面にあるスイッチを入れれば目の前にディスプレイが投影される。魔法があったりこんな物があったり、つくづく変な場所である。
ディスプレイに現れるUI*1はわかりやすく、直感的に操作出来た。検索性も高いようだ。
しかし肝心のコンテンツがいけない。少ないのではない。多過ぎる。映像作品の総時間を計算させると一京*2時間を優に超えた。
映像制作会社は無数にあり、個人でも簡単に映像制作が出来るとは言え、多過ぎである。自分はずっと戦争をしていたのに、一体どこの暇人が撮っているのか。馬鹿ではないだろうか。
さしあたって、宇宙ムバディ読本があるので宇宙ムバディ*3を一話から観る事にした。
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エーリカが大人しくなった。
男が作業する場所から一番遠い壁際に大きな座椅子を用意させ、その上で膝を抱えて何かしらの映像を視聴する。
傍らにはスナック菓子の山と種々のソフトドリンク。生身になったら甘々飲料はお腹に溜まり過ぎるらしい。
今のエーリカに既視感を覚えた男はどこで見たかと記憶を辿り、思い出した。海夢のために履修した漫画である。引きこもりの少女が自室で寛いでいる場面にそっくりだ。
エーリカの実年齢は最低でも二百八歳を超えてるようだが、再生した肉体の年齢は二十になるかならずなので、見た目であれば少女と言えなくもない。
どのように過ごそうと、眠らずにいてくれるなら何でも良い。同室を求めたのもそのためだ。時々様子見をして、起きてる事を確認する。眠そうだったら赤い回復薬を投げて目を醒ましてもらう。
エーリカが信頼出来るなら何処で何をしてくれようと構わないが、残念な事にエーリカへの信用は全くない。要は監視である。
余計な手間が掛からないようになるたけ刺激的な映像を観て興奮していて欲しい。
エーリカは放置して作業続行である。
作っているのは、サイボーグ体から生身の肉体となったエーリカが安全を確保するためのもの。
防具が一番望ましい。しかし、例えばサイボーグだったエーリカの攻撃を防げる物は急造だと難しい。
よって、大別するなら兵器の類。火器ではない。戦闘を回避するためのものである。
エーリカがバラバラになって再生した場所で作った物を持ち出せるなら楽なのだが、試すまでもなく異界の部屋からの持ち出し規制に引っかかる。可能であれば凄い物が出来た。
あそこには、エーリカをバラバラにした十万度のレーザー・ビームを防ぐ繊維があったりする。装甲ではなく繊維である。一万年経っても錆一つ浮かない金属もある。
そんな物をどうやって加工するのだろうか。熱心に学んでいるつもりだが、あの世界は蓄積が多過ぎてまだまだ手が届かない。
エーリカの世界に持ち込むのなら、エーリカのために作ったサイバネ医療設備で作った物なら可能である。
そして大きな抜け道が一つ。それら以外にも無制限に持ち出せるものがあるのだ。ターニャやバラライカには大いに有効活用してもらっている。
情報である。
敵情報告の方ではなく、今回はデータの方。
件のアンドロイドにエーリカのボディを解析してもらい、あちらの世界で通用するプログラムを組んで貰った。男が作っているのは、それを効率よく出力するための装置である。
素材は備え付けの物にエーリカの残骸を再利用する。
旧エーリカの腕から素材を取ろうと電鋸を走らせて、Peng! ゲッ!
切り分けられた前腕が爆発した。
男は知らなかったが、エーリカは体中のそこかしこに爆発物や銃弾を仕込んでいた。男の両手を吹っ飛ばしたのは、米粒大の指向性爆弾である。
両手が吹っ飛んだのはどうでもいいとして、工作中の物まで吹っ飛んだのは痛い。男は額を押さえたかったが両手がない。
手以外は無事なので、立ち上がって机を蹴る。並べてあった赤い回復薬が落っこちた。硬い床で割れる前に男は爪先で受け止め、軽く蹴上げる。飛んで来た瓶を口で受け止め、ぶんと頭を振れば蓋は咥えられたまま瓶の本体が宙を舞う。
蓋を吐き捨て瓶をキャッチ。砕けた両手が戻ってきた。
くすくすと笑う気配を感じて奥を見れば、エーリカがディスプレイから顔を上げ笑っていた。ヘッドフォンをつけていても空気の揺れと閃光で何が起こったか知ったらしい。
生身になってさっきは泣いていたのに、やはり性悪である。これで作業時間が八時間延びたと云うのに。
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始めの二十四時間を、エーリカは宇宙ムバディの視聴に費やした。二十四時間で観終わるものではないが、5倍速で流して頻繁に飛ばす。一度観た事があったので、ゆっくり丁寧に観る気にならなかった。観たのは単に知ってるタイトルだったからだ。
コンテンツは無限と言っていいくらいにあるので、何があるのか漁ってみる。
あろうことか、太陽系条約調停議会LADDERの議事録を発見。本当に何でもある。ついでにゾイレ*4ネットワーク内の情報もないかと探したが、こちらは見つからず。
ムバディが死んだにせよ、LADDERの議事録を閲覧出来るなら様々な面で他勢力の優位に立てる。が、止めた。
自分の世界に戻っても、元の組織に戻るつもりはない。あいつらは自分が屍人戦士にされている事を知っていたのにずっと黙っていた。二百年間も。
ぶち殺しはしても、協力なんて絶対にしてやらない。むしろあいつらが不利になる情報を集めたい。すぐに飽きてしまったが。
ずっと何かを視聴するのも飽きる。宇宙ムバディは意地と義務感で観ていた。
スナック菓子をポリポリして偶に甘々飲料を飲むのでお腹は全く空かない。きっかり八時間毎に赤い薬を飲まされるので眠気もやって来ない。
生身の生理反応は油断せず処理する。特に風呂は十二時間に一度は入った。
男がついてきそうだったので断固拒否。代わりに、一時間以内に出てこなかったら様子を見に行くと言われた。
広い風呂で寛ぐのは、生身になって良かったと思えた事の一つ。
サイボーグ体になった理由の一つは、生身の体は臭いからだ。失った左目に付けていた眼帯が臭ってきたわけだが、いつでもこんな風呂に入れるなら臭くなる事はなかったはず。風呂に入ってる間に下着もジャージも洗濯済みになってるのは素晴らしい。
風呂から出たら軽く柔軟体操。座ってる時間が長いので体を動かしたくなる。例え凝り固まろうと赤い薬で元通り。気分の問題だ。
そのままあちこちの部屋を探索してみたくなるが、その頃になると男が探しに来てサイバネ部屋に連れ戻される。
部屋に戻ると、作業台の上に眼球を取り出された頭部があった。中身はディスポーザー行きできちんと破棄しただとか。どうしてこの男はそれをわざわざ口にするのか。
ローキックをお見舞いしてやった。よろめかせただけだった。
そして再度の暇潰し。
安っぽいドラマはうんざりだ。ノンフィクションがいいと思って探せばドキュメンタリーが盛り沢山。最近ので目に付くのはムバディの乱心。ZOTT*5の優勝チームを抹殺してノーコンテストにしようと企てた。その過程でLADDERの議長を殺害している。
そんな事よりもZOTT事態に興味を引かれる。本大会はリアルタイムで視聴していたので金星杯*6を視聴。遺伝子工学によって出場チームは怪獣ばかり。戦闘能力はさておき、怪獣大決戦は大迫力である。
続く二十四時間はこうして暇を潰す事に成功。次の二十四時間は、映像視聴にいい加減飽きてしまった。あちこち出歩きたいが男に止められる。
そこで利用者ノートの存在を思い出したのは良かったのか悪かったのか。
男に強く言われたので記帳済み。
毎回記帳するだけで何が書かれているのか読んだことは一度もない。一応、他の利用者が何かしらのメモを残しているのは知っている。それを読んでみるつもりになった。
今までのエーリカはサイボーグ体だった。いずれサイボーグ体に戻るつもりでいるが、今は生身だ。他の利用者は全て生身であるらしい。生身の利用者たちがどのように過ごしているか知れば、ここでどのように過ごせば楽しめるのかわかるのではないだろうか。
作業台に向かいっぱなしの男をチラチラと見ながらノートを読む。
「ねえ」
声を掛けても反応がない。騒音を気になった事がないと言うだけあって大した集中力である。
あれならこっちで何をしているか知られる事はないだろうし、そもそも反対側からではディスプレイが何を出力しているか見えないようになっている。
エーリカは緊張しながら、吟味した映像を再生した。
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エーリカが何を見ようとしようと、男は工作をひたすら続ける。
幸いなことに、手が吹っ飛んだのは一度だけで済んだ。いっぱい出てきた爆弾やら銃弾やらは頭部の中身と一緒にディスポーザーへ。
頭部には使いたいパーツが幾つもあるので、不慮の事態が起こらないよう少し離した場所に置いてある。手足はいい感じの骨格を穿りだしてフレームに使う。筋肉部は要らないのでこちらもディスポーザーに。
旧エーリカから使いたいパーツは取り終えた。苦労して持ってきたのに、胴体が丸々余ってしまった。すぐに捨てるのでは余りにも苦労が報われないので、残る作業中はきちんと並べて隣に置いておくことにする。
まだまだやる事はたっぷり残っている。
取り出したパーツを組めるように削らなければならない。組んでもらったプログラムを記憶素子に移すのはプロトコル*7が違うのでやや時間が掛かる。それを組み合わせる前のパーツに繋いで、設計通りに動くか入念に確認しなければならないのは言うまでもない。
演算はせずに指定通りに出力させるだけなので、プログラム自体の怪奇さに比べたら作業自体は簡単だ。簡単でも加工自体に時間が掛かる。出来合いのものを出すだけなら一瞬だが、違うところから持ってきたものを繋ぐので時間を取られるのはやむを得ない。
エーリカと同じように、こちらも甘々飲料で十秒チャージ。二十四時間に一度は風呂に行く。そして十分で戻ってくる。
作業開始から六十時間が経過し、折り返し地点を越えて終わりが見えてきた。記憶素子へのデータ移送は待つだけで、少しだけ空き時間が出来てしまった。
眠気覚ましで八時間ごとに赤い回復薬を服用して体調は万全でも気分は別である。立ち上がって大きく伸びをし、座り直した。
ディスプレイに表示されるデータ移送の進捗を、ぼけーっとしながら眺める。出来る事は他になくもないが、六十時間も連続して作業すれば気疲れもする。折角なので、移送中は休憩する事にした。
数字が増えていくのを漫然と眺めていた時である。
「あんた何触ってんのよ!!」
「いてっ!」
突如、後頭部に強い衝撃が襲い掛かった。
痛みには滅法強い男でも、驚かせる要領でやればきちんと痛がる。遠い壁際にいたエーリカが何かしらを投げつけたのだ。エーリカ的に正当な行為である。
エーリカのボディは、男のすぐ隣に置いてあった。バストトップ・ウエスト・ヒップトップで切断されたボディであるが、中身が零れる事はなかった。切断面をぴったり合わせて並べてあるので、外形は稼働時のままである。
立ち上がって椅子に座り直した男は、右手をエーリカのボディの上に置いたのだ。それも、バストの上に。置くだけのみならず撫で回す。
映像を見ながらチラチラと男を盗み見ていたエーリカの目に留まり、反射的に投げやすいものを投げつけた。
ついこの前まで、あれが自分の体だったのだ。
今や廃棄寸前のガラクタだが、どのようにされてもいいわけではない。加工したり廃棄するなら兎も角、あんな卑猥な手つきで触られたら堪ったものではない。瞬間的に頭が沸騰した。
何を投げつけたのかエーリカにもわからない。固形物で重さがあって投げやすいものを無意識に選んでいた。
男の頭にぶち当たったそれはポーンと弾んで男の手に落ちてきた。
その拍子にどこかぶつかったのか、ヘッドフォンから流れていた音声がスピーカーから流れてきた。
『あんっ♡ そんなにされると切なくなっちゃう♡ あなたの大きいのでわたしの中に入ってきて?』
「………………」
「………………」
エーリカの心情的に、地獄のような沈黙が降りた。
にもかかわらず、スピーカーからは音声が流れ続ける。
『あんっあんっあんっ♡ すごいわ、奥まで来ちゃってる♡ あぁんっ♡』
真っ赤になっていたエーリカは、真っ青になった。
ヘッドフォンが手元にある男の前には映像が投影され、一対の男女が淫らに交じり合っている。
男はピッと映像を止めた。
けどもヘッドフォンをエーリカに返すでもなく、視聴履歴を確認する。ちなみに先ほど現れた映像のタイトルは『快楽のアトリエ』である。
エーリカが見ていた映像は、『内なる悦び』だとか『快楽を探す旅』だとか『快楽プロトコル』だとかのハウツーオナニー*8があり、『二人の快楽学』だとか『つながるってなに?』だとか『二体間接続プログラム』だとかのハウツーセックスが並んでいた。
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異界の部屋では、眠れば何もかも元通り。部屋を認識する者がいなくなるため、廃墟になった応接間で眠っても、起きれば元通りになっている。
囚われた男も同じである。怪我をしたまま寝た事がなかったので気付かなかったが、寝て起きれば瀕死でも元通り。そのため、禁欲が何日続いても溢れる事は一度たりともなかった。
それを眠らず過ごせばどうなるか。溜まるものは溜まる一方である。
かつて。
この男は出来もしないのに禁セックス宣言をした事があった。四日目に敗北しメイド長に命を握られたのは別の話である。
問題はその前日。
完全に無意識で女の尻に手が伸びるようになった。それだけなら男の中だけで完結する事であるが、外部への影響もあったのだ。当時は十に満たない幼子をわけの分からない熱で浮かさせた。
再生したエーリカの体は生身の成熟した女性のもの。それも、ずっと男と同じ部屋にいた。エーリカはポルノグラフィを見ながら何度も男の後姿を盗み見していた。
それだけではなく、利用者ノートを熟読したのも良くなかった。
エーリカとしては、生身だったらどう楽しめるのか知るためのつもりだったが、特定の傾向が強く見受けられたのだ。
曰く、セックスがとても良いらしい。
エーリカには未知の世界である。サイボーグとなったのは女未満どころか少女以前の幼女の頃。見聞きした事はあっても、全く興味を引かれなかった。
しかし、そのような事を出来る肉体を得てしまった。興味本位で関連する映像を探せば山のように出てくる。
始めこそ馬鹿馬鹿しいと思いながら見ていたが、何故か視聴が止められない。何故か体が熱くなる。気付かない内に呼吸が止まる。気付けば唇を噛んでいる。
次第次第に見入ってしまい、初心者向けの映像を探してしまった。こちらも無限にあった。
セックスレッスンも見てしまったがそれはハードルが高いので、まずはオナニー。次の風呂で試してみようと思った。
あと十分もすれば時間になるはずだった。
「エーリカ様……」
「なっ…………なに、よ?」
ヘッドフォンを置き、エーリカに向き直る男には、深い悔恨があった。
エーリカの安全を保つための装備を作っているとは言え、エーリカを無視して良い道理はない。そこに加えて、サイボーグであったエーリカは久し振りの生身の体なのだ。肉の体でなければ出来ない事に思いを馳せるのは自然である。
「お綺麗なエーリカ様ですから、言い寄る男は無数にいた事でしょう」
「まあね!」
凄まじい現状が手伝い、エーリカは反射的に嘘を吐いた。本当は、言い寄られた事どころか恋人がいた事すらない。
サイボーグになった時は幼女だったので出来るわけがない。サイボーグになっても連れ合いを得る者は多くいたが、性格が終わってるエーリカに得られるわけがない。
一応、初恋はあった。大自然の法則の如く、当然のように散った。
相手は、当時のエーリカの庇護者が捕虜としていた者だった。初めて接する若い男にエーリカは惹かれ、「私と結婚して」とまで言っている。しかし、件の捕虜は庇護者を害するために潜り込んだ刺客であり、エーリカは手酷く裏切られた。
仮に刺客でなくとも応えてもらえるわけがなかった。エーリカが命を握った捕虜なので、それはもう自由気ままに扱った。四つん這いにさせて手綱を付けて、お馬さんにするのが基本だったのだ。それで心を得られるわけがない。エーリカにはそんな事もわからなかった。
「多くの経験があると存じますが、今のお体は作られたばかりです。馴らしが必要でございましょう」
「ま、まあ、ね?」
経験はない。全くない。幼女時代にそんな事は考えた事すらなく、サイボーグになってからのボディはそんな機能を備えていない。
今も昔もずっと処女で、再生されたばかりの体は当然処女だ。
「馴らしをお手伝いいたしたく存じます」
「な、なに……、言ってるの?」
エーリカがいたのは男から一番遠い壁際とは言え、元が広い部屋ではない。エーリカのボディをメンテナンスするためだけの部屋なのだから、狭いと言って良い。狭い部屋を色々な機器が埋めるため、一層狭い。
壁際にいたのも良くなかった。後ろに下がれないのに男は近付いてくる。
逃げ出したいとは確実に思っているのに、足が縫い留められたように動かない。
壁に貼り付いたまま動けない間に、目の前に立たれた。
「ひゃっ!?」
「ご安心ください。得手である自負がございます。エーリカ様がお望みの通りに」
「あ……ぅ…………」
ゆっくりと伸びてきた手が、エーリカの体に触れた。
腰へ回り背へ回り、抱き寄せられる。
誰かに抱き締められるのは、本当に久し振りだった。最後に抱き締めてくれたのは、行ったきり帰って来なかったサイボーグ。
今は生身の体で、生身の男に抱き締められている。
直前まで観ていた映像とノートの記述が、頭の中で幾つも同時に自動再生した。
女の顔はどれも自分の顔になって、男の顔はどれも目の前の顔になっている。
「新しい体に戸惑うことも多いでしょう。私にお任せください」
甘い言葉が甘い声で降ってくる。
男の胸の中で、エーリカは小さく頷いた。
全く関係ない話なんですが、バソリー夫人の伝説が全て冤罪と知りさもありなんと思いました。
(バソリー夫人のアリアを聞きながら)