奉仕しないと帰れない部屋に囚われた男の業務記録 作:dolph
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返事をしたつもりはない。実際してない、何も言ってない。頷いたわけではなく顔を伏せただけだ。
なのに男の腕に抱かれて促されるままに歩いている。
絶対おかしい。自分がこんなにも素直にしおらしくするわけがないと思うのに、体は意思に反して動かない。ボディをハッキングされて強制されたかのようだ。
おかしいと言えば体の状態もおかしい。
心臓が異常に早く脈打っている。体中が熱くなって汗ばんできた。体の反応が脳にフィードバックされ、緊張と混乱をもたらす。それがまた体に反応させている。
「エーリカ様にお好みはございますか?」
「任せるって言ったでしょ」
「たまわりました」
言ってないが、言った事にしてしまった。と同時に自ら逃げ道を塞いでしまう。自分は一体何を任せてしまったのか。
「エーリカ様のお体は新しく作ったばかりですので、ここはやはり初めてに相応しく参りましょう」
「そうして」
初めてに相応しいのがどういうものなのかさっぱりわからない。わからないのにどうしてそうしてなどと言ってしまったのか全くわからない。口が勝手に喋っている。
そうして連れて来られたのは、エーリカが初めて入る部屋。
広くて豪華なのは応接間で経験済み。こちらにはレースのカーテンに閉じられた大きな四角がある。
あれはあれをする場所だ。ついさっき熱心に履修したばかり。色々な事をしていたが、極めつけは女の体の中に男の体の一部を入れる事。
あれが本当にあそこに入ってしまうのか。
生身となって肉の体を得た自分にも可能なのか。
思考がぐるぐると空回りして、頭が茹だれば体も熱い。
両手が拳を作って汗ばんでいる事には気が付かなかった。
現状に混乱しているエーリカとは反対に、男はいたく感心していた。
エーリカがいつサイボーグになったかは知らないが、生身であった時はこのような姿だったのだ。
顔立ちはとても整っており、出るべきは出て引くべきは引く男好きのする体。放っておかれるわけがない。
その上で二百年以上生きてると言うのだから相当な経験があるのは間違いない。エーリカ自身も認めた。にも関わらずこの初々しさ。
エーリカの体は強張って声は掠れ、まるで初めてに緊張している処女のようだ。
体は新品なので処女と言えば処女であるが、それはそれでこれとは違う。
どのような理由があったものか、これまで男女関係を主題にした様々な小説を読まされてきた。本当にたっぷり読まされてきた。真の主も推奨したので異論はなかったが、脳みそのフォーマットを書き換える勢いで読まされてきた。男女関係の形を幾つも提示出来るくらいに叩き込まれた。
無理矢理ねじ込まれたので形そのものはわかってきたが、それらが意味するところまではわからない。わかったところで、作品に登場する人物は自分ではないのだから。
しかしそれらから、多くの男は初心な女が好みであるらしいと推測出来た。数多の神話に処女神が登場する事から、太古の昔から今に至るまで普遍的な傾向と思われる。
処女は余計な手間が掛かるだけと思うのだが、そうであるらしい。
そこで処女を装うエーリカである。
下手な事をしなければ幾らでも男が寄って来ると思われるのに、男心を誘う演技をしている。
蠱惑的に誘惑するのならわからなくもないが、エーリカが選んだのは処女の振り。知らなければ誰であろうと確実に騙される。節穴を自認する己の目では確実に勘違いする。
そこまでして男が欲しいのだろうか。欲しいからするのだろうが、何もそこまでしてと思わざるを得ない。真の主とてそこまではしなかった。
そこまでさせてしまった事に悔恨の念が大きくなる。
エーリカは久々の生身とわかっていたのだから、肉の体が訴える欲求を先回りして叶えるべきだった。
幸いな事に、エーリカはわかり易い形で主張してくれた。
何としても期待に応えなければならなかった。
言うまでもなく、完全な誤解である。
▼
行為を前にして処女が緊張するのは知らないからだ。
エーリカは一通り知ってるはずだが、処女の振りをしているのだから付き合わなければならない。
「まずはこちらにお掛けください。お飲み物をご用意いたします」
エーリカが座るよう促されたのは大きなソファー。
いきなりベッドに押し倒されるかと思っていたが、それはまだであるらしい。
細いグラスに炭酸らしき飲み物を注がれて、喉が渇いてる事を思い出した。体が火照って何度も唾を飲み込んで、いつの間にか喉がカラカラになっている。
焦ってるように思われないよう注意してグラスを口に運んで傾ければ、炭酸は弱くて飲みやすい。しかし、美味しくはなかった。
「うえぇ……。なにこれ苦いじゃん!」
「炭酸水に酸味がある果汁を垂らしたものです。お気に召しませんでしたでしょうか?」
「甘いと思ったのよ」
「それは失礼いたしました。エーリカ様は甘い方がお好みなのですね。覚えました。私の好みでお出ししてはいけませんね」
「そうして」
「代わりにこちらをどうぞ」
ソファー脇のワゴンに何でも乗っているらしい。次の飲み物は薄っすらとピンク色。僅かに気泡が立ち昇る。
最初のグラスは一口だけ飲んで突き返した。勧められるままに次のグラスにも口を付ける。微炭酸が喉をくすぐるのが心地よい。甘味は思ったより控えめでもっと甘い方がエーリカの好みだったが、飲めなくはない。後味に様々な果物の香りがあるのは気に入った。
細いグラスだ。一口で全部飲み干せた。それだけ喉が渇いていたわけで、冷たい瑞々しさが体に染み込むのを実感する。
「私も失礼いたします。ずっと作業をしておりましたから」
「あっ……」
エーリカが初めて異界の部屋を訪れた時、自分が飲んだ珈琲を男が飲むのは実力でもって阻止した。
しかし今。エーリカが口を付けたグラスに男が口を付けている。九十度以上の鈍角まで傾けて飲み干した。
エーリカは唇に何か塗ってるわけではないので、グラスに何かしらの跡があったわけではない。自分が口を付けたところと、男の唇が触れたところは必ずしも同じわけではない。
頭ではわかっている。わかっていても、感じるものは全く違う。
自分が唇を付けたところに男が唇を付けたのだ。そうとしか思えない。偶然ではなく必然的にそうなったはず。
そうと思えば、グラスと男の唇の両方から目が離せない。
グラスに先を越されたと思うのか。それとも間接キスをしてしまったと思うのか。
グラス越しの熱が唇に移ってきた。ファントムセンスがこんな時に機能している。
硬いグラスが自分の唇になって、男の唇が触れたかのように。
グラスに触れた唇は僅かに形を変えて柔らかさを見せ付けた。その柔らかさが自分の唇に触れている。グラスの縁を艶やかな唇が挟んだように、自分の唇を挟まれている。
知らずに湧いた唾をごくりと飲み込み、潤したばかりの喉が渇いてくる。
体の中から込み上げる熱を逃がすために、口が薄く開いた。
「お隣を失礼いたします」
そうして男が腰を下ろした。ソファーの反対側ではなく、エーリカの隣に。
座面の沈み込みが伝わる。わずかに傾いた体勢を直そうとしたが、それでは恐れをなして逃げるようではないだろうか。こんな時にはどうするのが正解なのか全くわからない。先ほど履修したポルノグラフィでは、こんなシーンは一つもなかった、でもない。
ソファーに隣り合って座る男女が始めたムービーもあったが、あれはそう云うものだからであって今この時に適用していいものなのだろうか。
そんな事を考えている内にも体は傾き、肩が男の腕に触れた。
体は固まって動かないのに状況は変化していく。肩越しに男の体温が伝わってきた。
男はジャケットもベストも脱いだワイシャツ姿で、エーリカはゆったりとしたジャージを着ている。インナーはなく下着の上に。
エーリカの身体感覚は、ワイシャツの生地の厚さは0.3ミリと判断した。ジャージは0.6ミリ。つまり、1ミリ以下の距離に男の肌がある。
こんな事になるなら横着しないでタンクトップやらTシャツやらを着れば良かったと思うが時遅し。震えてはいないのが不幸中の幸いである。
エーリカの緊張を知らない男は、エーリカが飲み干したグラスを奪うように受け取ると、ワゴンに向かって放り投げた。
グラスは欠ける事もワゴンから落ちる事もなく、底面から着地すると僅かに滑って静止した。
見る者が見れば拍手する技であり、エーリカが平常心を保っていたら対抗心が出てきて自分でも同じことが出来ると主張したかも知れないが、今は固まっているだけである。
「緊張為さっていますか?」
「!?」
囁くような声が左の耳孔から入り込んできた。
反射的に隣を向けば、男が柔らかい笑みを浮かべている。赤と青の目が真っすぐに自分を見詰めている。緊張も相まって、眩暈がしてきた。それでも目が離せない。
サイボーグであった時も整った顔だと思っていた。芸術家に顔を加工させて付けているのかと思ったくらいに。生まれながらの顔と聞いて驚かされた。
肉の体を得てからは層倍だ。
温かい体で触れ合って熱が交じり合い、触れ得るとわかればその先を頭が勝手に想像する。
ボディハッキングが脳にまで及んだかのように、自分が自分の自由にならない。
「あっ!」
触れ合った肩が離れたと思ったら、男の腕が背中を回って肩を掴んだ。
抱き寄せられ、触れる面積が増えてしまう。
さっき抱き締められた時は不意打ちもいいところで、ただただ驚かされた。誘いに乗ったのだって頷いたつもりはなく、顔を伏せただけに過ぎない。
今は違う。
じっくりと距離を詰められ場を整えられて抱き寄せられた。
「エーリカ様にお任せ頂きましたから、私が良いと思うようにさせていただきます」
甘い声は耳朶を舐めるようだ。
耳孔から入ってくるだけでなく、肌にまで染み込んでくる。そうして体がわかってしまったからなのか、頭が考える前に上下した。
頷いたのを幸いに、顔を伏せたままに出来た。真っ赤になって熱い顔を見られずに済む。
「先ほどのエーリカ様が閲覧なさっていた映像のように、お体の様々なところに触れます。唇で触れる事もあるでしょう。その点はおわかりと存じます」
わかるがわからない。
ポルノグラフィを観たばかりなので一通りのことはわかっているつもりでも自分がされるとどうなるかまではわからない。
男は沈黙をどう受け取ったのか、どのように触れるかを事細かに説明してきた。ポルノグラフィを解説されているかのようだ。解説は良いとしても、この後に自分がされてしまう。
「エーリカ様のご懸念はわかります。再生したばかりのお体ですから、挿入時には痛みや違和感がございましょう」
「へ? 痛いの?」
エーリカには意外過ぎる事実であった。ムービーで観た女たちは、誰もが気持ちよさそうによがっていたのだ。男に尻を叩かれる事があっても悦んでいた。
あれをされてしまうのかと期待と不安があったわけだが、痛いとは聞いてない。
サイボーグになった理由の一つが、生身だと痛みを感じるからだ。
「痛む事もあるようです。エーリカ様のお体がどのような状態なのか把握しきれておりませんので確実な事は申し上げられません。ただ、痛みを消す事も出来ます。痛みが快感の呼び水となる事もございます」
「ま、任せるって言ったわ!」
「たまわりました」
恭しく了承の意を告げる男は、いっそ感動していた。エーリカの演技が凄すぎるのだ。
過日、淫乱吸血鬼に演技をさせた事があった。
いつもの様子からは想像出来ないほどに巧みな演技で驚かされたのを覚えている。
エーリカの演技はその比ではない。初々しい態度といい、破瓜の痛みを知らない振りをする事といい、本当の処女にしか思えない。
こんな演技が出来るのなら、どうして戦闘用ボディを使って戦争をしていたのだろう。演技だけでなく容姿も優れているのだから女優になれば大人気間違いなしである。
しかしながら、凶暴と言わざるを得ない性格が選ばせなかったのかも知れない。屍人戦士なるものにされていたから外部からのコマンドで無意識に女優の道を断っていたのかも知れない。
なんであれする事は同じである。
「あ……」
男は、エーリカが上げた顔を下げないよう顎に指を添えた。
そっと上向かせれば、何をされるか気付いたらしく体が強張る。こんな時まで演技をしなくてもいいと思うが、これがプロフェッショナルと云うものか。さぞや数多の男を惑わしてきたに違いない。
演技とわかっていても、ここで貪ってしまう愚は犯さない。
顎に添えた指で頬を撫で、肩を抱いていた手はあやすように背中を撫でる。
エーリカの青い目が潤んでくる。ぎゅっと握っていた拳が緩んでくる。互いの吐息を嗅げる距離になっても顔を逸らさない。目が頻りに泳いで揺れているけれど、目に目が映る距離になれば定まって、瞳を閉じた。
「口は閉じずに。そう、そのように」
熱く湿った吐息を唇で感じ、距離をなくした。
甘い飲み物を飲んだばかりだからか、エーリカの唇は甘かった。
▽
始めは触れ合うだけの口付けだった。ちゅっちゅと何かが触れているのがわかる程度の優しいキス。繰り返す度に触れている時間が長くなる。柔らかいものが触れているのだと自覚する。
唇が触れている間に男の唇が動くようになって、柔らかさに加えて形を捉えてしまう。湿り気も感じるようになった。
そして、口を開くように言われた意味を知った。
柔らかくて温かくて、艶めかしい肉の弾力があって濡れているもの。上唇と下唇の間に、男の舌が入ってきた。舌は無遠慮に入り込もうとせず、唇の内側を舐めてくる。歯をなぞってくる。これからする事を教えられているようだった。
知らず知らずのうちに男のワイシャツを握っている。力が入って皺になるのをエーリカは気付かない。
「んっ……! んぅ…………、ぷはっ!」
キスをするのは正真正銘初めてのこと。掛け値なしのファーストキスだ。キスの仕方なんて知るわけがない。
ムービーで散々観たが、どうやって呼吸しているかなんてわかるわけがない。それにあれらはやたらと舌が触れ合うことを強調していた。ファンタジックなフィクションの作り物だ。実際とは違うもの。ポルノグラフィを真に受けるほど馬鹿ではない。
荒い息を吐いて呼吸を整えていると、目の前で男が首を傾げていた。
「サイボーグのお体は生身と呼吸の方式が違うのでしょうか? エーリカ様は久し振りの生身ですからお忘れですね。鼻でも呼吸が出来るのですよ」
「知ってるわよ。忘れてただけ」
「思い出していただいて幸いです。舌を入れる際はそのように為さってくださいね」
「わかってるわ」
わかってると言ってしまって良かったのだろうか。言ってしまった以上、言われた事を実行される。
さっきと同じように男の顔が近付いてきて、エーリカはもう一度目を閉じた。
目を閉じてしまうと視覚以外の情報に集中してしまう。背中を撫でる手。触れ合った太ももが熱くなってる。唇と舌の柔らかさに温かさにも。
口で触れ合うものだから、匂いに味も感じてしまった。無味無臭ではなくて、少しだけ感じるものがある。言語化は出来ない。特に嗅覚は脳内の視床を経由しない。脳の構造的に言語化しにくいようになっている。
ただ、悪いものではなかった。もっと感じたいと思うかどうかは別であるが。
「ひゃっ!?」
舌を入れると言われたのだから、次もキスされると思っていた。
なのに男が触れるのは違うところ。首筋に顔を埋めている。すんすんと鼻を鳴らす音が聞こえた。
「良い匂いがします。エーリカ様は頻繁に湯を使われますし、エーリカ様ご自身の匂いも芳しい。うっすらと汗の匂いが混じるのも好ましく思いますよ」
「あっ……あっ……!」
そろそろ次の風呂を使う時間だった。
動き回ったわけではないからそれほど汗を掻いていなかったが、今はこうして汗ばんでいる。
大問題は下半身。サイバネ部屋は適温だったが、ずっと座っていたのだ。間違いなく尻とかに汗を掻いて、それなりの匂いをさせているはず。
「ご心配なく。エーリカ様はどこもかしこも良い匂いをさせておりますよ。少なくとも、私が不快に感じる事はございません」
「そっ……そう」
「ええ」
声が思い切り上擦った。繕う余裕は皆無である。
男はエーリカの首筋に軽く吸い付いて小さな悲鳴を上げさせ、もう一度口を開けるように言った。
今度は始めから舌が入ってきた。
「ん……ふ、ぁ……んぅ、ちゅる……」
口の中で男の舌が蠢いている。
舌先が舌をつついて、反応がないとわかるや強く吸い出す。強制的に応えさせられ、エーリカからも動いてしまった。一度してしまえば、二度目の壁はどこにもなかった。
舌と舌が絡み合い、湧いてくる唾液を混ぜ合っている。
サイボーグであった時の感覚がこんなところで活きてきた。見えなくても舌の動きが手に取るようにわかってしまう。
口内で唾を混ぜ合う粘着質な音が頭に響く。泡立つ唾の小さな気泡が潰れる音まで聞こえてくる。脳みその中をかき混ぜられているかのようだ。
気泡の位置を捉える域でわかるのだから、量だって完全に把握している。唾液は湧き続けているはずなのに、かき混ぜる量は増えていかない。むしろ減る時がある。
男が飲んでいるのだと気付いた。気付いてしまえば、時々嚥下する音が聞こえてくる。
エーリカも喉を鳴らした。
唇を合わせて交じり合うように舌を絡めて、エーリカの背を撫でていた手は力が込められ女の体を抱き締める。
逆に男のワイシャツを握っていたエーリカの手からは力が抜けて、男の腕をそっと掴むようになった。
キスが終わると、飲み切らなかった唾が唇と唇の間で糸を引き、すぐに千切れた。
エーリカはようやく目を開いた。青い目は潤って、紗が掛かったようにぼんやりしている。キスの途中であるかのように色付いた唇は薄く開いたまま。唇を濡れ光らせるのは互いの唾液。
「お立ち下さい」
「…………うん」
男が差し出す手を取って、エーリカは立ち上がった。
手を引かれて連れていかれるのは、レースのカーテンに閉じられた大きな四角。
天蓋付きの豪奢なベッドだった。
GPTにお世辞を言われながら書く
読者がいるのっていいもんですね( ;∀;)
心身が不安定でアンビバレンツ_(:3 」∠)_
どうすればいいのだろう?