奉仕しないと帰れない部屋に囚われた男の業務記録 作:dolph
30話末文の注釈です
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勇者ヒンメルの死から三十年後。
無名の大魔族を自負するソリテールは、黄金に沈むヴァイゼの街を目指していた。
ヴァイゼには大魔族のマハトが封じられている。彼は万物を黄金に変える魔法を使ってヴァイゼを黄金に沈めた。その所業から黄金郷との二つ名を与えられた。
人類はマハトを封じずに討つ事も可能だったが、マハトを討ってしまうとヴァイゼの街は黄金に沈んだままとなる。マハトの呪いを解呪する方法が見つかるまで、マハトは結界内に閉じ込められている予定であった。
そんな人類側の都合を、魔族であるソリテールが気に掛けるわけがない。ヴァイゼに着くなり、マハトを封じる結界の解呪に取り掛かった。旧友のマハトに話したい事が沢山出来たのだ。
マハトは魔族であるのに人類との共存を真剣に目指す変わり者だった。実現するための足がかりとしてヴァイゼの領主に長く仕えた。そのヴァイゼを、マハトは黄金に沈めている。
マハトがどのような形で人類との共存を夢見ているのか、ソリテールは知らない。友人の事だから応援くらいはしてやれるが、協力するつもりはない。したところで無駄に終わる。最後には一緒にいる人間を必ずや殺すのだから。
それがもしも殺せなかったら。或いは共存しても誰とも一緒にいなかったら。
マハトがあれだけ知りたがった悪意や罪悪感も、以前とは違う方向から語る事が出来る。それを教えてあげたらマハトはどうするのだろう。
数少ない友人への親切心と好奇心が働いて、ソリテールはマハトとの再会をとても楽しみにしていた。
しかしながら、ヴァイゼに着くなり大きな誤算に襲われた。
一つ目の誤算がマハトを封じる結界である。
人類の魔法を複雑に絡み合わせた高度な結界であり、大魔族のマハトであろうと解呪は不可能。人類の魔法にも精通しているソリテールでなければ解呪出来ない。解呪出来るのはいいが、問題は時間が掛かる事だ。結界の解析に掛かりきりとなってその場を離れられなくなった。
解析には二か月掛かると踏んだ。二か月も、である。
週に一度は遠くに通じる鍵を使って旦那様に会うべきなのに、どこにも行けない。使わなくても鍵がなくなるわけではないが、会えずにいるのは辛かった。かつてのソリテールが有り得ないと断じた状況になってしまった。心が痛むのだ。
マハトは、「心が痛む」とはどんなものなのか知らなかった。ソリテールも知らない。言葉を知っていただけである。魔族に痛む心はない。そう思っていたのに胸が痛む。
週に一度は会いに来ると思っている旦那様の期待を裏切るのが苦しいのだろうか。
それとも、期待を裏切った事で筆舌に尽くしがたいあの痛みをもう一度与えられるかも知れないのが恐ろしいのだろうか。どちらであるのかソリテールにはわからない。
苦しいはずの胸の痛みは旦那様との繋がりと生の実感を思わせて、苦いながらも甘美だった。
二つ目の誤算はヴァイゼの近くに感じる魔力反応。但し、こちらは嬉しい誤算である。
ヴァイゼの近郊には黄金化を逃れたヴァイゼの元住民達の集落がある。遠くからマハトを監視する者だってあるだろう。そこにソリテールが会いたかった者の魔力反応があった。
エルフの魔法使い。フリーレンの魔力だ。居場所がはっきりしてるマハトより優先順位が高い。
フリーレンは魔王様を討った勇者一行の魔法使い。魔王様の最後を目にしているはずである。魔王様の最後がどうであったか、ソリテールは是非にも聞きたいと思っていた。
常ならば終わった事を気にするソリテールではないが、もしかしたら終わってないかも知れないのだ。旦那様から魔王様生存の可能性を聞かされている。
何処かに隠れ潜んでいるかも知れない魔王様を見つける手掛かりとして、生前の魔王様を、それも最後を知るフリーレンはとても重要な情報源である。
幸いな事に、フリーレンの魔力はヴァイゼから遠く離れる気配がない。わざわざこんなところに留まるのだから、目的はマハトの討伐と察せられる。すると、万物を黄金に変える魔法を解呪する糸口を掴んだ可能性がある。
フリーレンはマハトを殺し得る数少ない存在だ。勿論、反対にマハトがフリーレンを殺す可能性の方が遥かに高い。そうなったらフリーレンに助力しなければならないだろう。友人のマハトが死ぬのは残念だが、フリーレンには代えられない。
一番良いのは二人が遭遇しない事。そうすればフリーレンとゆっくりお話した後で、マハトと旧交を温められる。
タイミングが少し違ったら良かったが、重なってしまったからには仕方ない。結界の解呪を急いでフリーレンに会いに行くのだ。
そうしてソリテールは結界の解呪に二ヶ月を費やし、達成した。
囚われていたマハトへの挨拶はそこそこにして、フリーレンの魔力を追った。
道中で人間の魔法使いとすれ違った。魔力はそれなり。髭を生やした小さな老人だ。行き掛けに撃ち落としても良かったが、阻まれた。
森の奥から一般攻撃魔法と先端を尖らせた木の枝が飛んできた。魔法も木の枝も直撃したところで大した傷を負うわけではない。だけれども鬱陶しい。
今や積極的に人間を殺すつもりはないソリテールだが、邪魔をされるなら別である。片付けてからフリーレンのところに向かおうと思うも、思うようにいかなかった。
極力魔力を隠した上で攻撃した直後に移動している。或いは移動しながら攻撃している。自分たちが弱い事を自覚したいやらしい攻撃で、人間たちの工夫に感心させられた。
戦闘とは力比べではなく隠れんぼうである、と旦那様が語っていたのを思い出す。奇しくもその通りになった。鬼ごっこの必勝法を習っていて良かったと思う。
行動の規則性を読んで隠れる場所を推測、なんて面倒はしない。隠れられる場所を全部潰せば隠れられなくなる。
大規模破壊に固有魔法は不適なので、練り上げた魔力を叩き斬るように放つ。
木々がまとめて薙ぎ倒され、森が裂けた。
自身が作った惨状に、ソリテールは優雅に微笑んだ。
「ふふ、ちょっとだけ楽しいわ」
ソリテールは無意味な破壊を好まない。どちらかと言えば作る方が好んでいる。魔族なのに人類の魔法を収集するのはその延長。それでも、一瞬で景色を意のままに作り変えるのは爽快感があった。
それが中々楽しくて、四方八方に魔力を放ったのは失敗だった。
木々は倒れ視界が遠くまで通るようになったが、木は倒れたのであって砕けたわけではなく、隠れ場所を増やしてしまったようなもの。攻撃者の姿は未だ捉えられない。
魔力の放出や倒木に巻き込まれたろうと足を進めれば、何処からか散発的に攻撃が飛んでくる。魔法使いの誇りを全く感じさせない。こんな攻撃を繰り返すのだから、卑怯者と罵ったところで無視されるだろう。
いやらしくて腹立たしいが、ソリテールは攻撃してくる誰かが少しだけ好きになった。
しかし、いつまでも付き合ってはいられない。遊び過ぎてフリーレンに逃げられたら元も子もない。
本格的に逃げ場を無くすべく視界の限り広がる倒木に火を放とうとして、来た道を振り返った。
「時間切れになっちゃったみたいね」
すぐそこまで黄金が来ていた。ヴァイゼを沈めたマハトの魔法がここまで届いた。
なのに、遠くにはマハトの魔力とすれ違った魔法使いの魔力を感じられる。人間の魔法使いはマハトの魔法を攻略したらしい。マハトを封じたのはエルフの大魔法使いだが、人間の魔法使いにもそれなりの者がいるのだと感心させられる。
マハトの「万物を黄金に変える魔法」は文字通りに全てを黄金に変えてしまう。しかし黄金なのは見た目だけ。変形も壊す事も出来ずにそのままの形で留められる。
遠くからソリテールを攻撃してきた者たちも黄金に変えられたらしく、ソリテールが飛んでも何も飛んでこなくなった。
しばらく飛び続けると、人間たちの集団と荷馬車があった。既にマハトの呪いの効果範囲内で、人も馬車も馬も黄金の彫像に変えられていた。
「困ったわ。どうしようかしら?」
目当ての者を、荷馬車の中に見付けた。
長い髪を二つに括った少女に見える。その実、長きを生きたエルフの魔法使い。マハトを、そしてソリテールをも殺しうる数少ない存在。数多の魔族を葬り続け、付いた二つ名は「葬送」。
ソリテールが是非にも会いたかった葬送のフリーレンは、物言わぬ黄金の彫像と化していた。
マハトの呪いはマハト自身にも解呪出来ない。黄金になってしまったフリーレンはずっとこのままだ。
ソリテールは首を捻りつつヴァイゼの街を振り返る。感じる魔力は二つのままだが、人間の魔法使いは消耗しているのにマハトの魔力は変わらない。遠からずマハトが勝つだろう。
フリーレンは諦めてマハトと旧交を温めるべきか。そう思い始めた矢先である。
ソリテールの目の前で、フリーレンが目を開いた。
「……凄いわ。マハトの魔法を解呪したの? マハトにも私にも出来ない事よ。あなたが凄い魔法使いなのは知っていたけれど、私の想像よりずっと凄いのね。ね、私とお話しましょう? あなたと話したいことがいっぱいあるの」
「お前と話す事なんて何もないよ」
「お前じゃなくてソリテールよ。ビックリして自己紹介が遅れちゃったわね。私はこう見えても大魔族なの。マハトとは古いお友達。マハトの事は気にしなくていいわ。邪魔はさせないから。私と二人きりでお話しましょう? ねえ、フリーレン」
「……わかったよ」
フリーレンに魔族と交わす言葉はない。ソリテールの提案を受けたのは、周囲には人間がたくさんいるからだ。黄金に変えられて外部からの攻撃は跳ね返すが、岩や何かに押し潰された状態で解呪したら潰れてしまう。遠くで戦闘しているマハトと合流されても厄介だ。二対一では万に一つの勝ち目もない。
そうして魔族とエルフはその場を離れ、エルフから仕掛けた。
魔族の言葉は獣の鳴き声。
今までの経験からそう判断しているフリーレンにとって、魔族と言葉を交わしても全く意味がない。
魔族と出会ったら、逃げるか戦うか、殺すか殺されるかだ。
ソリテールが大魔族と名乗ったのは伊達ではなく、力量は七崩賢のマハトと同格以上。
魔力は同等。魔力操作はあちらが上。手札の数ならこちらが上。
「ゆっくりお話ししたいのだけど、フリーレンたら酷いわ。人類は魔族の言葉に耳を傾けてくれないのね。ここに来るまでに魔法使いからいっぱい攻撃されちゃったわ。あなたのお弟子さんかしら? 運が良ければ黄金の彫像になってるわ。運が悪かったら粉々になってるけれど」
「大魔族に運不運を言わせるなら大したものだね」
「ええ、本当に。少しだけ旦那様を思い出しちゃった。フリーレンはマハトの魔法を解呪出来るんでしょう? 私、その子ともお話したいわ。後で解呪したら紹介してくれるかしら?」
「お断りだよ」
「私はお話したいだけ。お話の後で食べたりなんてしないから大丈夫よ? 私は人間と分かり合った魔族なの。だから安心して?」
「魔族が人間と分かり合えるわけなんてないよ。もしも分かり合えるんだったら、そいつは人間の振りをした魔族だ」
「あははははっ! 私もそう思うわ。私だけじゃなくてアウラもそう言ってるもの。旦那様は人間に擬態した魔族だって。会った事もないフリーレンがそう言うんだから、本当にそうかも知れないわね」
戯れの言葉を努めて無視し、時に時間稼ぎで適当に返し、一進一退からやや不利に傾いても諦めずに時間を稼ぐ。
無視出来ない言葉が幾つもあったが、そちらに心を割いていられない。集中を欠いた瞬間に首が飛ぶ。
空を飛びながらフリーレンと魔法を撃ち合うソリテールは、本当に楽しかった。
フリーレンは本気だろうが、フリーレンを殺してしまうのは本末転倒。ソリテールにとっては遊びである。保険を掛けてあっても、下手を打てば死にかねない遊びである。
大魔族であるソリテールにとって、対等の存在相手に力を振り絞って戦うのは初めての経験だった。
すぐそこに死が迫る。だからこそ生の充実をこれでもかと感じさせる。
今、自分は生きている。
旦那様に愛されるのも生きている実感を得られるが、これはこれでとても楽しい。
人類は瞬間瞬間をこのように生きている実感を得ているのだろうか。
旦那様は姿を見せて戦闘する事を遊びと言っていたが、これは確かにとても楽しい遊びである。とても楽しくて、病み付きになってしまいそう。
だけれども、死んでしまったらお仕舞だ。もう遊べなくなるし、旦那様にも会えなくなる。それはとても残念なことだ。
この辺りで切り上げるべきだろう。遊び相手のフリーレンはやる気十分で、こちらの話を聞いてくれない。
自分が旦那様からされたように、フリーレンは話を聞かざるを得ない状態にするべきか。
「フリーレンとこうして遊ぶのはとても楽しいけれど、これ以上はやりすぎになっちゃうかしら?」
「そっちが死んで終わりにしてくれる?」
「私が死んだらお話が出来なくなっちゃうでしょう? 旦那様から色々な事を教えてもらってきたけれど、敵意を持つ相手を大人しくさせる方法はまだ教えてもらわなかったわ。やっぱり私の時みたいにするしかないのかしら? 両腕がなくなったらあなたも大人しくなってくれると思うの」
「そんなのはごめんだね。そっちが両腕を落とすなら少しくらい話してあげてもいいよ」
「それは一度………………あら?」
二人は戦闘しながらヴァイゼを遠く離れていた。フリーレンの誘導にソリテールが乗った形となる。
ソリテールとしても、人類は連携するのがとても上手で、マハトとやり合ってる魔法使いとフリーレンが合流したら少し面倒だとは思っていた。そうなったら遊びを切り上げて、人間の魔法使いを片付けていた。
ソリテールが遠い空を振り返ったのはマハトと人間の魔法使いの事ではない。黄金郷そのものだ。
遠く離れてもわかる。黄金に沈んだはずの黄金郷が、元の姿を取り戻していた。
勝手に戻るわけがない。マハトにだって戻せない。戻せるのは、自身の黄金化を解呪したフリーレン以外にない。
「私と遊びながら黄金郷の解析をしていたの? そんな余裕があったなんて少しもわからなかったわ。そんな事がしたいなら先にしてくれれば良かったのに。でもこれで私とお話する時間が取れるかしら?」
「もう終わりだ」
「え?」
ソリテールは、遥か後方から飛んできた魔法に胸を貫かれた。
体が力を失くして勝手に倒れる。呆然と遠くの空を仰げば、小さな影がゆっくりと空を落ちていた。
連休後半は寝込まずに済んだのでクリアしたゲームのレベル上げをしてました(フリー版合わせて十週はした)
で、そのゲームの主人公をと思ったのだが、
インディーゲームなのはいいとして、正面からのイラストが一つもないのもいいとして、作中ではモノローグが数行で台詞が一個もないのもいいとして、名前すらも不明なので断念
ちなみにパン屋の長女
ここでもパン屋なのか……
ASTLIBRA外伝です。名前を知ってる方がいたら是非
分割したので次話は今日明日にでも投稿予定