奉仕しないと帰れない部屋に囚われた男の業務記録 作:dolph
とりあえず分割投稿した前話に感想をくださった方々、誠にありがとうございますm(__)m
「魔力探知範囲外からの超長距離射撃。……素晴らしいわ。旦那様が言った通りをそのまましている」
地に倒れ空を見上げるソリテールに、フリーレンが近付いてきた。
胸の真ん中に大穴が空いている。血液の代わりに魔力が漏出して死の寸前にあっても、フリーレンは憐れみがなければ油断もない。
杖を構えてソリテールに向け、先端に魔力を集中させた。
「ソリテールが死ぬまで話してあげるよ」
「……嬉しいわ。やっとその気になってくれたのね。私はフリーレンとお話したかっただけなのに、フリーレンは私を殺すつもりだったの?」
「魔族と話しても無駄だ。お前たちの言葉は獣の鳴き声に過ぎない」
「そう……残念ね。だから旦那様が言ってた事がよくわかるわ」
「…………」
フリーレンは眉間に皺を刻む。ソリテールは何としてもここで殺しておかなければならない大魔族だ。生かしておけば必ずや人類の脅威となり続ける。しかし、すぐには殺せなかった。
ソリテールは度々旦那様と言っていた。大魔族であるソリテールに旦那様と呼ばれる存在がある事になる。
ソリテール自身が人類には全く知られていない無名の大魔族だった。必然的に件の旦那様も人類に知られていない。人間らしいが、魔族と分かり合った人間なんてフリーレンは一度も聞いた事がない。分かり合おうとしたヒンメルだって出来なかったことだ。
ソリテールが言ったように、人間に擬態した魔族である可能性が非常に高い。
もう一人の事も聞き捨てならない。旦那様を魔族と呼ぶのはソリテールだけでなく、アウラもであるらしい。ソリテールがアウラと呼ぶなら、七崩賢の断頭台のアウラしかいない。
アウラはここよりずっと南にあるグラナトを攻めていた。アウラの軍勢が物言わぬ躯に戻っていた事から死んだと思っていたが、生きているらしい。
あの時、アウラの配下らしき魔族を二体片付けた。その二体はアウラがどうなったか全く知らないようだった。
そのアウラを、ソリテールは知っている。ソリテールが死ぬ前に情報を引き出さなければならない。
「旦那様って誰? アウラは断頭台のアウラだね。生きてるならどこにいる?」
「ふふ……。ここはとても平和な世界」
「は?」
魔族の言葉は獣の鳴き声。いつだって意味がない戯言に過ぎない。しかし、ソリテールが最後に遺す言葉は、それ以上に意味がわからなかった。
「私たちは平和な世界の平和主義者。私は千年生きた大魔族で、人間をいっぱい殺してきたわ。アウラだってそうよ。そんな私たちを見て、旦那様は平和な世界の平和主義者って言うの。意味がわからなかったわ。でもね? フリーレンを見てたら少しわかってきたの」
「……何がわかった?」
「だってフリーレンは私を殺すつもりだったんでしょう? それなのにいつまで経っても殺さないで、こうしてお話してくれている。旦那様が見たら何て言うかしら? やっぱり遊んでるって思われるのかしら? それ以前に殺すならもっと違うやり方ね。だってね? 姿を見せて戦闘する事を決闘病なんて言うのよ? 私たちは一生懸命戦っていたのに、旦那様が見たらきっと遊びにしか見えないと思うの。だから、これは遊びなの」
手を下さずとも、ソリテールはすぐにも死ぬはずだった。だと云うのに口が回る。回せられる。
自分は何か大きな思い違いをしているのではないか。想像以上に拙い事態に陥っているのではないか。
フリーレンは顔には出さず、けども内心では大きな焦燥に駆られ、杖の先端から魔力を射出した。
死にゆくソリテールの止めに大きな魔法は必要ない。体を消滅させるだけの魔力の放出だったが、全く意外な方法で防がれた。
「いてーーーーーーーーーっ!?」
「シュタルク!?」
魔法はソリテールに届かず、射線に赤毛の青年が割り込んできた。
フリーレンと旅を共にする戦士のシュタルクだ。師匠同様にとても頑丈な体で、魔法の直撃を受けても痛いと騒ぐだけで損傷らしい損傷は見当たらない。少々焦げてるが大したことではないだろう。
シュタルクの怪我はどうでもいい。どうでも良くないのは、明らかにソリテールを庇った事。
シュタルクは魔族が敵だとわかっているはず。例えソリテールが傷ついた少女に見えても、中身は全く別物の大魔族。シュタルクが庇うわけがない。なのに現実として、シュタルクは壁になってソリテールを守った。
「どういうつもり? そいつが魔族だってわかってるよね?」
「俺だってわかんねーよ! 体が勝手に動いたんだ! 庇うつもりはなかったしここに来るつもりだってなかったし、それよりフェルンを置いてきちまった!」
「フェルンは心配しなくていい。そいつはフェルンがやった。でもシュタルクは……。離れて!」
「え?」
フリーレンは慌てて飛び退く。少し遅れてシュタルクも距離を取った。
体に大穴が空いて、瀕死だったソリテールが何事もなく立ち上がった。穴は塞がっている。服に空いた穴はそのままで小さな胸が僅かに覗き、シュタルクが赤い顔をして目を逸らした。フリーレンが小突いてやったら背中に吊るす大きな斧を構えて、しかし何故かフリーレンに向いた。
「シュタルク? どうして私に斧を向ける?」
「いやいやいや! こんな事するつもりじゃ! 体が勝手に動くんだよ!」
「体が勝手に? ……まさか」
対象の自由を奪って意のままに従わせる魔法を、フリーレンは知っている。ソリテールに聞こうと思ったばかりだ。
その魔法が掛けられたのかと思ってシュタルクを見るが、わからない。注意深く見れば魔力らしきものは感じるが、フリーレンが知っているものと違っている。
いつの日か再び遭遇するかも知れないと考えて魔法を分析し解呪の方法を編み出したが、通用しそうにない。時間を掛ければ可能かも知れないが、今この場では不可能だ。
「意志を強く持って。そうすれば操られる事はない。シュタルクなら出来る」
「お、おう!」
出来るのは、シュタルクの意志の強さを信じて任せる事だけ。
シュタルク自身は自己評価が低いが、一流の戦士だ。服従させる魔法に抗う事は不可能ではない。
フリーレンの推測通りにシュタルクは斧をソリテールに向け、こちらも推測通りの者が姿を現した。
「あんたが死ぬのを見過ごしたらあいつに怒られるのよね。でも余計な世話だったかしら? 遊んでないでさっさと片付けて欲しいものね」
「私を心配してくれたのね。とっても嬉しいわ」
「はいはい」
「…………最悪だ」
姿を現すまで、全く魔力を感じなかった。それどころか、自身の目で見ても確信を得るまで数秒かかった。
魔族であるはずのその女は、魔族特有の角を生やしていなかったのだ。
魔族の女は妖艶に笑い掛けてきた。
「80年振りかしら? 久しぶりね、フリーレン」
「死んだと思ってた。生きてたんだ、アウラ」
「ええ、生きていたわ。死んだと思われてるのは癪だけど便利ね。誰も彼も油断しきって魔法が掛け放題だったわ。もう擬態は必要ないわね」
女の頭部に一対の湾曲した角が現れる。
明らかな魔族であって、事態の成り行きに動転していたシュタルクは気合を入れなおし、斧の柄を強く握った。無傷に戻ったソリテールから目を逸らすのは怖かったが、フリーレンの合図を受け、アウラ目掛けて斧を振り下ろした。
この距離なら、戦士であるシュタルクはアウラの不意を突ける。そう判断してフリーレン自身はソリテールを牽制する。
「あれ?」
しかし、シュタルクの斧が振り下ろされたのはアウラのずっと手前。渾身の斬撃は土砂を巻き散らしただけだった。
「……こんなに簡単なのね。あいつに言われるまでわからなかったわ」
「アウラも旦那様に色々教えてもらっているの?」
「便利な奴って言ったでしょ?」
魔族二人は軽口を交わす。空ぶったシュタルクは再度の斬撃を試みるが、空ぶるどころか自分の足に躓いてその場で転んだ。
アウラがした事は簡単だ。
これまでは一から十まで行動を支配していた。しかし意志が強い戦士には抗われる事があり、それをさせないよう意志を奪うべく、自身の首を刎ねさせていた。ゆえに、断頭台との二つ名を付けられた。
今しているのは違う。一から十ではなく、ほんの一瞬命令するだけ。意識の間隙を突く刹那の命令は、抗われる可能性がない。その一瞬さえあれば、攻撃を空ぶらせることもその場で転ばせることも可能である。やり用によっては不意打ちの同士討ちだってさせられる。
アウラ的には非常に気に喰わないが、あの男に教えられた戦術は非常に有効だった。
「その赤いのは黄金になってたからついでに魔法を掛けておいたのよ。殺さないであげるからそこで椅子になってなさい」
「くっ……くそっ!」
斧を落としたシュタルクは、その場で四つん這いになった。
椅子にしたのだから、アウラはその上に座る。異質な文化に触れておかしな事を覚えてしまったのだ。
そんな二人に、ソリテールは首を傾げた。
「……私の方がアウラよりお姉さんなのに、おっぱいもお尻もアウラの方が大きいわ。どうしてなのかしら? シュタルクと言うのよね? どう? アウラのお尻は柔らかい?」
「ななななななに言ってんだ!!」
「どうでも良いわ」
「…………」
シュタルクはフリーレンも認める一流の戦士である。シュタルクが強い意志を持てばアウラの命令に抗えるはずなのに、椅子になったまま座られている。
アウラのお尻が柔らかいからだろうか。それとも生死に直結しない命令だから強い意志を持てないのか。或いはアウラの魔法がかつてより優れているからか。
一番目ではないと思うが、フリーレンがシュタルクを見る目は冷めていた。
「それよりなんで穴が塞がってるの? 死んだと思ったわ」
「旦那様に教えてもらったの。ディレイと言うみたいね。回復魔法の遅延発動よ。絶対に覚えなさいって言われて一番初めに教えてもらったわ。女神の魔法以外にも回復の魔法っていっぱいあるのね」
「ふーん。私はまだ知らないわね。そんな事よりも、フリーレン。大分魔力を使ったみたいね」
アウラが天秤を取り出した。フリーレンは、来たと思った。
ソリテールだけでも手こずったのにアウラまで加わって、状況はほとんど詰みである。挙句に向こうではマハトがまだ残っている。合流されたら一縷の望みもない。今はまだある。
アウラの魔法は服従させる魔法。アウラと対象の魂を天秤に乗せ、魂が軽い方に重い方への絶対の服従を強制する。軽重を決めるのが魔力量だ。
ソリテールとの戦闘でかなり魔力を失ったのは確かでも、余力はある。
アウラは今になっても魔族らしからずに魔力を隠蔽し魔力量が測れない。80年前の記憶通りとしたら、まだこちらが上となる。80年の間に研鑽を積んだだろうから、五分と五分からやや不利。
だがしかし、完全な詰みに比べたら望みがある。
アウラに服従させられたら、詰みに近かったのが詰んだだけ。けれど、もしも魔法が逆転したらアウラを服従させられる。この場で魔族二体を仕留めるのは不可能でも、撤退くらいは出来るだろう。
そう思っていたのに、絶望を突き付けられた。
「魔力を集積させる魔法」
アウラが魔法を唱える。
魔法が発動したと同時に、隠蔽していたアウラの魔力が解放された。
「……凄いわ。私の魔力よりずっと大きい」
ソリテールが恍惚と呟いた。
ソリテールより上なのだから、ソリテールと同等のフリーレンも遥かに凌ぐ。戦闘で消耗していなくても、向こうが上。
「どうせ魔力を制限して隠してるんでしょう? でも、これならどうかしら?」
「…………」
フリーレンには、杖を強く握ってアウラを睨み付ける事しか出来なかった。
アウラが色々教えられてきた魔法の運用の一つである。
服従させる魔法が逆転する可能性があるのなら、させる可能性を減らせばよい。そのための魔力を集める魔法である。
熟練すれば集めた魔力を運用して他の魔法に使えるが、アウラには必要ない。瞬間的な魔力量を増やすためだけに使っている。服従させる魔法の成功率を上げるためだ。
服従させる魔法が成功してからの運用は、先のシュタルクの操作で少しだけ披露した。
考え方を少し変えるだけで、これほど有用に使えるとはアウラ自身も思わなかった。軍勢を率いる不利をこれでもかと語られて色々気に喰わなくていつか支配してやると思っているが、やはりあれは便利な男である。
アウラの胸から黒い炎が浮かび上がって天秤の片側に乗り、フリーレンの胸からは白い炎が抜かれて反対に乗り、アウラの側に傾いたところだった。
「あっ!?」
と、叫んだのはシュタルクだけ。
フリーレンは全く反応できず、目の当たりにしたアウラは目を丸くした。
フリーレンの細首を刈るべく放たれた斬撃は、もっと細いソリテールの手が受け止めた。
「誰かしら? フリーレンとはお話したいの。殺されると困ってしまうわ」
「ずっと隙を狙ってました。私がフリーレンを殺せばリュグナー様とドラートより私が上になります」
「リュグナー? ドラート? 誰? 魔族なの?」
「はい。アウラ様も殺されたと思ってました。生きてるのは知らなかったです」
「アウラが知ってる子?」
服従させる魔法が完了してそれぞれの魂はそれぞれの体に戻った。
魔法の発動とは全く関係ない要因でアウラは目を丸くしている。動けないフリーレンに切りかかった魔族の少女は、それこそアウラは死んだと思っていた。
ソリテールから、グラナトにフリーレンが来たと聞かされている。アウラがグラナトに残した配下の三人はフリーレンたちに討ち取られたと思っていた。三人の内二人はその通りだったようだが、生き残りがいたらしい。
彼女は魔族としては若輩ながら魔力探知が群を抜いており、アウラの魔力が陣地から消えた事を知ってフリーレンたちに遭遇する事無くグラナトを離れたらしかった。
「リーニエ? 生きてたの?」
「はい。生きてました。フリーレンとその椅子は殺さなくていいんですか?」
闖入してきた魔族の少女はピンク色の髪を二つに括った可愛らしい少女に見えるが、頭部から生える角が台無しにする。
かつてアウラに仕えていた。アウラが服従させた者の首を落とすのが一番のお仕事。アウラの首切り役人としてグラナト近隣の者たちからは恐れられていた。
それがこんなところにいる。
言葉通りなら、アウラたちの仇を追ってここまで来たことになる。
目を輝かせて手を叩いたのはソリテールだ。
「魔族なのにアウラの仇討ちにやって来たの? リーニエと言うのね。どんな気持ちなのかしら? 復讐する魔族なんて初めて。どうして復讐したくなったのか、お姉さんに全部教えて欲しいわ」
「ふくしゅう? それは何ですか? 自分の強さをわかりやすく証明したかっただけです」
「…………そうなのね。……そうだわ。旦那様にどうして人間は復讐するのか聞いてみましょう。リーニエのおかげで知りたい事が増えたわ。ありがとう」
魔族が復讐する心を持ったのかと思ってソリテールは高揚したのだが、勘違いであった。復讐ではなく力の証明なら魔族らしいと言える。
「とりあえずフリーレンも椅子も殺さないで。するなら私のいないところでやって」
「アウラ様がいない所ならいいんですか?」
「どっちも殺しては駄目。アウラだってフリーレンとお話したいんじゃないの? 旦那様から聞いて、フリーレンから聞きたいことが出来たはずよ」
「どうせ出鱈目でしょ」
ソリテールとリーニエがフリーレンと椅子を殺すならご自由に。だけどもアウラにそのつもりはない。近くでもして欲しくない。まさか憐れみがあるわけでも残酷に思うわけでもない。死臭が移ったら困るのだ。
もしも死臭を漂わせてあの場所に戻り、神秘の双子に出くわしたら。
『臭いわね』
『姉様、アウラさんから臭ってるみたいです』
『そうなの? 汚物は消毒しないといけないわね』
『消毒なら焼却処分が一番です』
とかやられて死んでしまう。顔を青くして体を震わせた。
体が揺れた事で椅子に尻の柔らかさが伝わったが、椅子は何も反応出来ない。フリーレンにも出来なかった。詰みに近かったのが完全に詰んだ。
ソリテールにアウラ。そこにもう一体加わった。
その上、自分もシュタルクもアウラから服従させる魔法を掛けられた。解呪出来る可能性はあるが、今この場では絶対不可能。次の瞬間にも自死を命じられるかも知れない。
自分たちはここで終わってしまったが、次への望みは繋がっている。目を逸らさせようと口を開いた。
「アウラに私を殺すつもりがないならどうするつもり? アウラは魔法を掛けたら全員の首を刎ねてきた。私をそうしないのは何故?」
「しないわ。あんたにはそのまま帰ってもらうわよ。私が生きてるのは黙っててもらうけど、そのくらいね」
「…………なんて?」
意味がわからない。
魔族が対峙した人間を生かして逃がすのが理解出来なければ、アウラが固有魔法を掛けた上で逃がすのも理解出来ない。魔族はそんな事をしないはず。
「葬送のフリーレンを殺した魔族と、フリーレンから逃げ帰った魔族。どっちが人類に脅威か一目瞭然でしょう? あんたを殺して追手でも掛けられたら面倒よ」
「…………お前、本当にアウラ?」
「私の魔法を掛けられたばかりで何言ってるの?」
「私がお話したいってずっと言ってるのに除け者にしないで欲しいかな?」
「だったらさっさとしなさいよ」
「簡単に終わる話じゃないわ。それと……」
ソリテールが空を見上げた。
いつしか日が沈みかけ、空は藍色が濃くなってきた。
「二人が大変なのに私を撃った子は来ないのかしら? 見捨てて逃げた?」
「フェルンはそんな奴じゃねえ!」
椅子もといシュタルクが吠えるが、シュタルクよりフェルンを知るフリーレンは、あり得ると思っていた。但し見捨てたのではなく、応援を呼ぶためだ。
フェルンはフリーレンが初めて会った時から情に流されず合理的で、後衛の魔法使い向けの性格をしている。フェルンのする事なら間違いない。自分たちが無事な内に応援が来るかどうかは別の話であるが。
「出て来ないならこいつらを殺すとか言えばいいんじゃない?」
「殺さないって言ったばかりよ? 聞こえるところにいるならそれも聞かれてるわ」
「じゃあ好きにしなさいよ」
「そうね……。そうだわ!」
「あっ!?」
ソリテールは、フリーレンが握り締める杖をひょいと取り上げた。
「出て来ないならフリーレンの杖をへし折るわ」
「フェルン! 出て来ても大丈夫だから!」
「フリーレン……」
シュタルクがフリーレンを見る目は、アウラの尻を堪能していたシュタルクをフリーレンが見る目より白かった。
なお、まだ椅子にされている。
「来ないわね」
「あ゛ーーーー!!」
見た目は白い美少女なのに、エルフは汚い声で鳴いた。
ソリテールの細腕は、フリーレンの杖をポキっとやってしまったのだ。
長く使っている大切な杖なのに、魔法使いにとって杖は体の一部と言って過言ではないのに、残酷で無慈悲な魔族は容赦しなかった。
「……来ないわね」
「あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!」
フリーレンが更に汚い声で泣く。
二つに折れただけだったら修復出来たのに、ソリテールは折った杖を宙に放ると魔力を放出して、跡形もなく木っ端微塵に消滅させた。
フリーレンはその場に膝を突いた。大きく見開かれた双眸からは、久しく流していなかった涙が溢れた。
「あ……」
シュタルク以外の魔力を感知出来る面々は異口同音に呆けた声を出し、それぞれの方向に視線を向けた。
フリーレンの涙が誘ったわけではないだろうが、遠くで魔力が現れ、消えた。方や現れ、方や消える。
消えた魔力に、ソリテールは目を閉じた。人類をよく知るソリテールは、死を悼む振りくらい出来るのだ。
「マハトが死んじゃったみたい。残念だわ。話したい事がいっぱいあったのに。私とすれ違った魔法使いがやったのかしら。それともフリーレンが何かした?」
「……私がしたのは黄金郷の解呪だけ。アドバイスはしたけどそれくらいだね」
「ちょっと教えられただけでマハトが人間に負けるのね……。私も旦那様に教えて貰ってなければフリーレンの弟子に殺されるところだったし」
「その弟子がさっきの魔力ね?」
現れた魔力はすぐに隠れた。しかし気の所為などではなく、魔力を操るこの場の全員が感知した。
「これだけ距離があるなら私に死臭が移る事もないわね。当たるかはわからないけど」
アウラがようやっと立ち上がった。シュタルクがほっと息を吐いたのは安堵であって、惜しんだわけではない。
「あっちね。私が撃つからソリテールが射線を開きなさいよ」
「何をするのかしら?」
「見てればわかるわ。目立つから使ってこなかったけど、ここならあんたたちが散々荒らしたから大丈夫でしょ」
撃つと聞かされ、人類二人は剣呑な目でアウラを見るも、出来る事は何もない。
ソリテールはアウラの言葉通りに魔力が現れ消えた方角へ魔力を放出し、木々を薙ぎ倒す。アウラの前に、真っ直ぐ森が開かれた。
アウラは五歩進んでその場に佇む。
空の向こうを見て距離を測り、右手を上げた。
アウラを幾つもの魔法円が囲むのを、フリーレンはじっと見ていた。どんな魔法を使うのか、いつか来たるかも知れない日のために観察して解析して対策を練る。
が、何もわからない。魔法円はどれも発光して何も読み取れない。アウラの魔力は高まっているのだろうが、それすら曖昧だ。
それもそのはずで、リソースの過半を術式と魔力の隠蔽に費やしている。
便利な男に解析させ工夫して再構築した魔法である。
伸ばした腕は砲身で、立てた人差し指が砲口となる。
術式は魔法円が構築して完成させ、長ったらしい詠唱も魔法名も必要ない。
「撃つわ」
細やかな宣言と共に、アウラの指先から白い光弾が放たれた。
弾速は一般攻撃魔法より速い。が、暗くなりつつある空に緩やかな弧を描いて飛ぶ様は、ふわりと綿毛が飛ぶようだった。やがて木々の向こうに消えて見えなくなった。
一つ二つと数えても何も起こらない。もしかして失敗と思うのはシュタルクだけで、魔力を扱える三者は光弾が消えた空を見詰めている。
更に三つ数えて、夕日が落ちたように光が爆ぜた。
風が逆流して諸共を巻き込んだ爆炎が舞い上がる。
爆音が届いたのはずっと後。重く響く轟音は体の芯まで揺らした。
「凄いわ……。こんな魔法もあるのね。旦那様にお願いしたら教えてもらえるかしら?」
「こんな魔法……、あっていい訳がない」
仲良く遊んでいた魔族とエルフは、やはり仲良く飛んで着弾地点を観測する。森の木々は炎に巻かれる前に吹き飛んで、爆心地には何もなくなっていた。
フリーレンが顔を青くするのは当然としても、アウラも訓練以外で初めて使う魔法に顔を青くした。
今しがたの魔法は、小さな化け物が使う魔術を再構築した空間爆裂術式である。
あの化け物はこんな魔法を自分より遠く早く速く正確に行使するのだ。そしてこんな魔法が飛び交う空を舞っているらしい。そんな世界には絶対行きたくないと強く思った。
「……派手だけど使い道がないでしょ。狙ったところからかなりずれたし、発動に時間が掛かり過ぎる」
そもそも対軍とか対陣地に使う術式であり、行使する際は別に観測班を用意してからとなる。
逆を言えば、目標が動かないなら最適である。今の術式に貫通術式を組み込めば、グラナトの結界すら破って数発で街を灰燼に帰せる。
しかしそれをしたが最後、エルフの大魔法使いに目を付けられて最優先駆除対象とされる事だろう。
「でもいいのかしら? アウラの魔法は凄かったけど、私たちの戦闘跡とは全然違うわ。アウラだとはわからないでしょうけど、私たち以外の誰かがいたのはすぐにわかると思うわ」
「…………えっ?」
「爆発が凄かったからヴァイゼからも見えたと思うわ。フリーレンが解呪したから住民は起きたのでしょう? 目撃されたはずよ」
「えっ…………」
アウラは撃ってみたかっただけで、何も考えていなかった。
葬送のフリーレンすら下し、人類の魔法使いに負けるとは思わないが、人間の悪辣さをこれでもかと叩き込まれている。追っ手だとか討伐隊だとかは絶対に御免だった。
「私はこの場を離れるわ。フリーレンは適当に誤魔化しなさい。大魔族と戦闘したとでも言えばどうとでもなるでしょ」
「ダメよ。フリーレンは私とお話するんだから」
「私には関係ないわ」
「魔王様の事なのよ? 関係ない事ないわ」
「どうせあいつの出鱈目よ」
「旦那様を悪く言わないで」
魔族にチームワークとか連携は無理である。
大魔族二人が言い争って、残る面々は動こうにも動けない。
それが中断したのは、先ほど感じた魔力がすぐそこに現れたからだ。
「フェルン!」
フリーレンとシュタルクからフェルンと呼ばれた魔法使いは、二人を素通りして大魔族二体の前に降り立った。
アウラは知らない女だ。何の用かと鼻白む。
ソリテールはさっき胸を撃ち抜かれた相手。その前は遠くから嫌がらせをしてくれた。少しだけ好きになった魔法使いでもある。
長い髪をなびかせるフェルンは、アウラの魔法の余波を浴びたらしく顔が少し煤けていた。けども怜悧な美貌に翳りはない。むしろある種の凄みを帯びて、常のフェルンを知る二人は思わず息を飲んだ。
フェルンはポケットから一枚のカードを取り出し、ソリテールに突き付けた。
「ここにあるのはあなたでございますね?」
「そうよ。落としちゃったのね。拾ってくれてありがとう。私を撃ち抜いたのはあなたなのよね? 凄かったわ。あなたとお話したくなって、フリーレンに紹介してってお願いしたの。私は大魔族のソリテールよ。あなたはフェルンと言うのね?」
フェルンが差し出したカードには、白いドレスをまとったソリテールの精緻な絵が描かれていた。正しくは写真である。忘れ物を借用して、記念撮影したものをソリテールが肌身離さず持っていたのだ。
残念ながら写真は一部損傷し、ソリテールと一緒に映っているらしき誰かの顔はわからない。黒い服を着た男性らしき人物、と察せられるだけだ。
ここでは見る事がない形の男性用礼服。背景に映る豪奢な部屋。フェルンにはそれだけで十分だった。
あえて聞いたのは、確認でも何でもない。ただの前置きである。
「ではソリテール様がお持ちなのですね? お願いがございます」
「何かしら?」
何を持っていると言うのか。お願いとは何なのか。ソリテールは微笑を浮かべて可愛らしく小首を傾げ、続く言葉に固まった。
「白いドアの鍵をお持ちでございますね。私にお譲りください」
「え…………」
ソリテールは、遠くに通じるドアの鍵をネックレスのチェーンに吊るしてワンピースドレスの内側に入れていた。
フェルンに撃ち抜かれてネックレスはどこかへ行ってしまったが、鍵は壊れる事も無くなる事もなく、違うポケットに移っていた。旦那様が言っていたように、所有者が意図的に手放さない限りどこにも行かない鍵である。
そのはずだったが、フェルンに譲れと言われた瞬間に、ポケットが軽くなった。
慌てて全てのポケットを探してみたがどこにもない。
「なにを、したの?」
「何のことでございますか? お持ちでございますね? その絵はあの部屋で作って頂いたものなのでございますね? 千切れてしまいましたが、ここに描かれている方は赤と青の目をしていらっしゃいますね?」
「なんで知ってるの?」
「伺っているのは私でございます。ご存知ならやはりお持ちでございますね。私にお譲りください。この十年間、ずっと探しておりました」
「駄目よ。そんな事は出来ないって旦那様は仰っていたわ」
「試してみればわかります」
「もう試せないわ。フェルンに聞かれた途端になくなっちゃったんですもの」
「は?」
とても迫力がある「は?」であった。
感受性が死んでる魔族はさておき、人類の二人は一歩も二歩も下がった。
アウラは何だか頭痛が痛くなった。
混沌としているのに話をまとめられる者が一人もいない。
二人がやり合う間にも日は沈み、あたりに夕闇が降りてきた。
38話最後に繋がるようでまだ繋がってない
次でたぶんおそらく
そこらをどうしようと迷っております_(:3 」∠)_