奉仕しないと帰れない部屋に囚われた男の業務記録 作:dolph
全部暑さのせいです_(:3 」∠)_
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フリーレンは、フェルンの戦意が急激に高まるのを感じた。ソリテールに向けての戦意であるらしい。
先日、フェルンがソリテールに一撃を与えられたのは存在を認識されておらず、自分が陽動を担っていたからだ。一対一では自分ですら難しい。
あの時はヴァイゼに掛けられた呪いを解析しながらだったので惜しみない全力とは言えなかったが、ソリテールもまた余力があった。大魔族に相応しいどころか、上から数えた方が早い上澄みだ。
つまり、ソリテールが相手ではフェルンに勝機はない。千に一つ万に一つではなく全くない。フェルンは掛け値なしの天才だが、生きてる内にソリテールを上回れるかと言ったら無理だろう。
お利口なフェルンならソリテールに喧嘩を売る愚行はしないと思いたいが、ついさっき戦争がどうのと言ったばかり。残念ながら信じきれない。
フェルンは古い友人であるハイターが育てた子供だ。自分もまた、フェルンの半生を共にあった。
シュタルクが大人のお姉さん判定をしたように、フェルンより大人のお姉さんである自分にはフェルンを守る責任がある。
だがしかし。
責任を果たすのなら自分にも理解可能で納得出来る事柄にして欲しかった。
目の前で起こっているのは一体何であるのか。
小首を傾げたソリテールがこう言った。
「フェルンが何を言いたいのかわからないけれど、来てくれたのなら丁度よかったわ。私に服の汚れをきれいさっぱり落とす魔法を掛けて欲しいの。旦那様と愛し合ったら少し濡れちゃった」
ソリテールもフリーレンも、フェルンが制限している魔力が大きく揺らぐのを知覚した。
そこに男が便乗した。
「私にも掛けてもらえるかな? シャツに染みが出来てね。スラックスは目立たないけど匂いがあるだろうし」
千年以上生きるフリーレンである。火に油が注がれる瞬間は何度も見てきた。今注がれてる油は、過去のいずれをもぶっちぎって激しく爆発炎上させた。
比喩と言いたかったが比喩ではない。フェルンの揺らいだ魔力が漏出してバチバチ言い始めた。ここまでフェルンが怒るのは、フェルンの半生を見てきたフリーレンでも初めてのこと。
なのに、人間に擬態してる魔族と魔族から指差される男はフェルンが怒っている事すらわからない。
魔法の才能皆無なので魔力の揺らぎはわからないし、フェルンは表情を完全に落としているので見てもわからない。
窓に背を向け朗らかな微笑を浮かべ、フェルンに魔法を掛けて貰おうとソリテールに並んで立つ。
ソリテールはほとんど条件反射で隣の男の腕に腕を絡めた。
フリーレンは暴発寸前のフェルンから距離を取り、フェルンは断罪すべく杖を掲げる。
執行する前に、巨悪二人へ罪状を突き付けた。
「ソリテール様は、兄様も……私と結婚したばかりなのに……!」
結婚した直後に浮気。
如何に長く想い続けていた兄様であっても許せない。
手を出したソリテールはもっと許せない。泥棒猫滅すべし。
そんな事で心が離れるくらいの軽い想いではないが、許せないものは許せないのだ。自分の苦しみを二人に思い知らせなければ気が済まなかった。
と、フェルンが思ってるのがわかる二人ではない。
ソリテールがあっと声を上げて手を打ち鳴らしたのは、フェルンの心情とは遠くて近いところに気付いたからだ。
「フェルンも結婚したのだから初夜なのよね。でもまだ明るいから……。暗くなる前でも初夜と言うのかしら?」
フェルンが、ぽっと音を立てたかのように爆発した。
現象としての爆発ではない。凍り付いていた美貌が絶妙に歪み、瞬間的に真っ赤になった。
魔力の漏出も揺らぎも収まり、杖は掲げられたままだけれどもプルプルと震えている。
フリーレンは戦争が回避されたのを悟った。色々と馬鹿らしくなって考えるのを止めた。もう帰りたくなったが一体どこへ帰ればいいのか。
「夜と付くのですから暗くなってからが望ましいでしょう。それまでにしておかなければならない事もございます。差し当たり、食事の用意はどうなさっているのですか? よろしければ私が準備したく存じます」
「旦那様が料理するの? 出来るの?」
「出来ますよ。稀にしか機会がありませんが」
異界の部屋ではパントリーに注文するだけで何でも出てくる。
自身の世界ではそれなりの地位にあるので、やはり注文すれば色々出てくる。最重要拠点に行けば何でも出てくる上に知らなかったものまで出てくる。そこで料理をしようものならもっと違う事に時間を使えと拘束される。実際された。
そのような状況であり、男が料理する機会はほとんどない。
しかし、読書が仕事の一つと思っている男なので料理本も多数読んでおり、数多の調理法が頭に入っている。
舌もそこそこ肥えている。生憎、味から材料や調理法を探れるほど鋭くはないが、そこまでは必要ない。
言うまでもなく、料理とは材料に加熱を始めとした操作を施し望ましい化学反応を引き起こす事である。つまり、料理とは科学的な化学なのだ。
素人錬金術師としてあれこれやってる男と非常に相性が良かった。偶にすると楽しいのだ。
「但し、食べる人数が多いので一人では時間が掛かります。フェルンに手伝ってもらえるかな?」
「もっ……もちろんでございます!」
「ありがとう。頼りにするよ」
「はい!」
真っ赤な顔のフェルンは素直だが、醒めた顔のフリーレンは溜め息を一つ。
ここにはもう用がない。踵を返そうとしたところで呼び止められた。
「フリーレン様もいらしてくださったのは幸いでした。お聞きしたい事が一つ。お願いしたい事が一つございます」
「玉ねぎは嫌い。面倒はいや。他にある?」
稀なほど美しい男である。もしも往時のヒンメルがこの場にいたら、対抗心を燃やすか敗北を認めるかするだろう。しかし、見た目で評価を変えるフリーレンではない。
魔族のように悪意がなく、魔族と違って害意はない。そしてフェルンが随分と慕っている。過去にどんな関りがあったか詳しい話を聞けていないが、再会して早々に結婚である。そこまで心を許せる相手を、フリーレンには思い当たらない。
しかし魔族を従えている。軽く事情を聞きはすれど、全てを信じたわけではなかった。
「お聞きしたいのは鍵についてです。これまでフェルンから異界の部屋とそこへ通じる鍵について聞かされたことがおありでしたか?」
「ないよ」
フリーレンが横目でフェルンを見れば、申し訳なさそうに目を泳がせた。やがて、深く頭を下げた。
「フリーレン様を信頼していなかったわけではございませんが、口にしてはいけない事だと思い知りましたのでございます。長く隠し事をしていて申し訳ございませんでした」
「別に気にしない。そんな事でフェルンの見方を変えたりしないよ」
そんな事では変えなくとも、先の一幕で大いに変えたのは口にしなかった。
「フェルンがずっと何かを探してたのは気付いてたよ。何を探してたのかはわからなかったけど。鍵を探してたんだ?」
「……はい。そうなります。店に並ぶものではないとは思いましたが、どこにあるのか見当が付きませんでした」
「ふーん。で、お願いって? 面倒は嫌だよ」
「簡単なことでございますよ。先の話し合いの内容を、リーニエがシュタルク君に伝えたはずです。フリーレン様には、シュタルク君が何を聞かされたのか確認して欲しいのです」
「そんなのそっちですれば?」
「勿論私には可能でございます。ですがおそらく、ソリテール様とフェルンには不可能でございましょう。ではフリーレン様ならどうか?」
「よくわからないね。何で二人だと出来ない?」
「したくないもの」
「私も叶う限り避けたいと思います」
「と云うわけでございます」
「…………」
この男が何かを隠しているのは確実だ。
どうやらフェルンとソリテールは知っている。自分も知っているが気付いていないのか、本当に知らない事なのか。
どちらであろうと構わなかった。
「それくらいならいいよ。私も後でお前に聞きたいことがあるし」
「ありがとうございます。では後ほど、シュタルク君が戻ったらお願いします。それと」
「なに? まだあるの?」
「大した事ではございませんよ」
本当に大した事ではない。
しかし、フリーレンが触れたばかりの話だ。断らないのは失礼だと思われた。
「夕食には玉ねぎを使います」
「……お前嫌い」
魔族に魔族と言われる男は、魔族より悪い男だった。
▼
夕食の主食にして主菜はテリーヌだった。
テリーヌとは元々陶器製の蓋つき容器を指すが、そこから転じてテリーヌ型の容器を使った料理全般を指すようになった。
今夜のテリーヌはお肉である。アウラのおかげでお肉がいっぱいあるらしい。脂多めのお肉をミンチにして玉ねぎを始めとする各種香味野菜と香辛料に適量のお塩を加えてよく混ぜ合わせ、テリーヌ型に背脂を貼ってから中身を敷き詰め蒸し焼きにする。型から取り出した中身をスライスして並べれば完成である。
副菜にはオニオンスープ。原形を留めた玉ねぎが丸ごと入っていた。フリーレンは男を射殺さんばかりの目付きで睨んだが、隣のフェルンが玉ねぎにスプーンを入れるのを見て目を細めた。スプーンは抵抗なく玉ねぎに入っていったのだ。恐る恐るフェルンに倣って口に運ぶと、今度は目を丸くした。玉ねぎっぽくないのだ。温かいふわふわゼリーにお肉の旨味を足したような味だった。
フリーレン以上に目を丸くして輝かせているのがリーニエである。テリーヌをたっぷりお代わりして、スープもはふはふしながら飲んでいた。胃袋を掴まれたらしかった。
なお、食べるのが七人いるので、男はお肉を七キロ使った。一人一キロである。お肉以外にも色々入るので完成重量はその倍弱である。フェルンとフリーレンはその半分の半分も厳しい。魔族三人とてそこまでは食べられない。
余ったのは男とシュタルクがいる。シュタルクはかなり頑張る必要があるだろうが、男は顔色を変えずにフォークを突き刺す。成人男性が一日に必要な栄養素をグラス一つで賄える特製甘々ドリンクを間食にしてしまえる男なのだ。テリーヌの二キロや三キロは全く問題ない。それに、余ったら明日食べればいいだけである。
ところで、人類三人と魔族三人が食事を共にするのは初めてである。
効率的に行きます、と男が声を掛けてこのような事態になった。
食事の間、一先ずの空腹を癒やしたフリーレンが口を開いた。
「で、シュタルクはどこに行くつもり?」
フリーレンは男からの頼まれごとを果たすべく外から戻ったシュタルクに先の話を確認しようとして、出来なかった。シュタルクが旅に出るとか言い出して諸々が頭からこぼれ落ちた。フリーレンにとって鍵がどうのとは興味が薄い話だったのも大きい。
続いての話は食事の準備に駆り出されて出来てない。
今ならシュタルクが同席している。他にも色々いるが、聞かれて不味い話ではない。
「まだ考えてねーけど。でもフリーレンたちはしばらくここにいるんだろ? いつか戻ってくるよ」
隣の隣で聞いてるフェルンはちょっとだけ申し訳なさを覚える。シュタルクに「結婚おめでとう」と言われたのは嬉しかったが、共にした旅路はしばらく中断である。もしかしたらここでお終いかも知れない。
「好きにすれば? 私専用の椅子になれなんて言わないから。座り心地悪かったし」
「椅子になんてならねーから!?」
「でもアウラに命令されたら逆らえないんでしょう? もう一度椅子にしてもらったら? アウラはお尻が大きいし」
「ななななにいってんだよ!?」
「するわけないでしょ。ソリテールは黙って食べなさい」
「うふふ、怒られてしまったわ」
魔族同士の会話に和気あいあいを求めても存在しないらしい。
不毛な会話を自動で聞き流せる男はフリーレンに向けて口を開いた。テリーヌを既に二キロは消費している。
「私は伺ったことがありませんでしたね。フリーレン様たちは目指す場所がおありなのですか?」
「む」
口を挟む男にフリーレンが白い目を向ける。この男のせいで色々な予定が狂ってしまった。
何をどう間違ったら魔族と一緒に食事を取る羽目になるのか。テリーヌが意外に美味しくて、オニオンスープは今までの価値観に一撃を入れる味ではあったが、それは男を信頼する要素に成りえない。
しかし、フリーレンの隣にはそんな男を盲信する乙女がいた。
「フリーレン様、兄様にならお話しても問題ございません」
フェルンはそうでも自分は違う。とは言え、話したところで不利益がないのは確か。魔族たちにも聞かれるが、魔族はそんな事に興味を持たないと思われた。
「北の果て。
「なにそれ? 死人にでも会いたいわけ?」
「む」
フリーレンがオレオールの存在を知ったのは、フランメの手記にあったからだ。フランメは千年以上を生きるフリーレンの師であった。手記が書かれたのは当然その頃。そしてオレオールがあるのはかつての魔王城があった土地。魔王直属の七崩賢であったアウラなら、知っていてもおかしくなかった。
と云うのはフリーレンの勘違いである。アウラは異界の部屋にてフランメの手記を読んだことがあっただけだ。オレオールが魔族に周知なわけではない。
何であれ、アウラの無遠慮な疑問は大切なものを傷つけられたような気がして、フリーレンはとても面白くなかった。
「こら、お前は何てこと言うんだ!」
しかし、意外なところから援護が飛んできた。
「何を重要視するかは人それぞれだ。アウラには大した事がなくとも、フリーレン様には大切なことかも知れない。アウラにはわからないだろうし、言ってもわからないだろうが、わからないんだから黙ってろ」
「なによ!」
あんたにとっては全部ゴミじゃない、と言いかけたアウラは賢くも口を噤んだ。言ってしまったら強制的に黙らされる。睨みつけるのに留めた。テリーヌが美味しかった正の評価がこれでゼロになった。
アウラの思う通り、男はフリーレンの目的が大切なものであると思ったわけではない。今のフリーレンと同じように、いつだって否定される少数派の共感からである。
理解者に乏しい少数派なので、未だにオーガの骨髄ソテーや、ビーストマンの照り焼きや、コックローチのフライを入手出来ていない。口にしようものならあらゆる方面から舌鋒鋭く非難される。とても悲しく寂しい思いをしてきた。悲しみを知ってるので優しくなれるのだ。
「オレオールは魂が眠る土地。死んでしまった者にも会える。ヒンメルに聞きたいことが出来たんだ」
「フリーレン様と旅を共にしていた勇者ヒンメルでございますね」
「そう。十年一緒だったけど、私はヒンメルがどんな人間だったかよく知らなかった。だからヒンメルにヒンメルの事を教えてもらおうと思って」
共感されて援護されれば、魔族でないフリーレンは嬉しくもなる。ちょっとだけ機嫌を上向かせて言葉を続かせたのだが、男は怪訝に首を傾げた。
「……フリーレン様は長寿のエルフと伺いましたが?」
「そうだよ。ソリテールと同じくらい生きてる」
実年齢を口にし難いお年頃であるらしい。
それはどうでも良いのだが、男の疑問が深まった。
「長寿でいらっしゃるなら、そうも生き急がなくてもよろしいのではないでしょうか?」
「は?」
男の言葉がわからなかったのは人類三人。魔族たちは興味がない話。ソリテールだけは耳を傾けている。
「フリーレンは長生きだからって時間の使い方が無茶苦茶なんだけど? ヴァイゼで拘束された時なんて二年くらい牢屋に入ってようとしてたし」
シュタルクの話は、アウラとリーニエにはそれなりに関りがあった。
「その時以外にも、魔法の研究がしたいからと年単位で旅を中断しようとしたことがございました。生き急ぐとはフリーレン様から最も縁遠い言葉であると思います」
定命二人が疑問をぶつける。男も同じように思うからこそ、フリーレンの行動が疑問だった。
「私もそう思っているよ。それともオレオールで死者に会えるのは期間限定なのですか? 死後何年以内に訪問しないと会えないと云った条件があるのでしょうか?」
「そんな事は、ないと思うけど……。だから何?」
男の言葉が不気味である。フリーレンの言葉は口中に消え入るようだった。しかし、これまでの旅路を否定されているようで気に喰わない。強く問い返した。
「フリーレン様はヒンメルがどのような人物であったかを知りたいのでしょう? 本人に聞けば話が早いのは確かです。ですが、早過ぎます。それは最後に取っておくべきでしょう。現在は勇者ヒンメルの死から三十年でしょうか。それなら生前のヒンメルを知る者は多数存命と思われますよ。まずは彼らからヒンメルの話を聞いて、聞く相手がいなくなってからヒンメルに会いに行く。折角の長寿なのですから、最初から答えを得ようとはせず、時間を掛けて下調べをしてからで十分ではありませんか?」
「仮説の検証、の前段階かしら? 仮説を立てるための調査ね?」
「ソリテール様の仰る通りです。そうして仮説を立て、最後に答え合わせをする。答え合わせが出来るのは羨ましいですね」
「私は仮説の検証をどうすればいいのかしら? 魔王様の城を調べるのは無駄ではないと思うのだけれど……」
「魔王様が討伐されたとする時から八十年は経過していますね。人類が徹底的に調査しているでしょうし、時間経過によって失われたものもあるでしょう。ですが、数少ない手掛かりとも言えます」
「それならフリーレンが出発したら私も付いていこうかしら?」
「アウラに魔法を習う必要がございますね」
「私は行かないわよ」
「旅の話じゃないよ」
「アウラの魔法は旦那様が教えたのでしょう? 私も旦那様から教えて欲しいわ」
「全部ではありませんよ。それに魔力を知覚できない私では、どうしても机上の論理になってしまいます」
「それでもいいわ。時間を掛けてでも旦那様から教えて欲しいの」
「だったらそうしなさい」
テーブルの向こうで賑わっているのが、フリーレンの耳には入らなかった。
▼
食事を終えて食休みも終えたら順番に入浴である。
異界の部屋にてお風呂の快適を知ったソリテールは、大きなお風呂を作っていた。
お湯の用意なら魔法で簡単に出来る。フリーレンが来てからは掃除も簡単に出来るようになった。今はカビを消滅させる魔法を教えてもらっているところ。伝説の魔法に相応しく修得難易度がかなり高い。しかし綺麗なお風呂のためである。労を厭わない。
風呂があると知った男は、お風呂を一層快適にするために最強のローションを提供した。スラックスとジャケットとベストのポケットにそれぞれ一つは入っている。色々なところで使用する機会が多いからだ。それ以上に使用する機会が多い上になくてはならない赤い回復薬は、全てのポケットに二つ以上入れている。念を入れていた甲斐あって、真っ二つになっても回復出来た。
基本的にどれもドアの向こうへは持ち出し規制が掛かっていたが男が移動出来ているが故の特例なのか、どれもポケットに入ったままだった。男は部屋に戻される際に全て置いていくつもりでいる。
最強のローションにフェルンはとても喜んだ。指先にちょこっとつけるだけで全身に塗り伸ばせるほど良く伸び、且つ老廃物を分解してくれる。洗い流せばお肌がつるつるのぷにぷにだ。一緒に入ったフリーレンの全身も綺麗にしてあげた。フリーレンは終始言葉少なめだった。
フリーレンの様子が食事の後からおかしいのだけれど、フェルンには気付けなかった。気付く余裕がない。これから初夜なのだ。頭の中は初夜でいっぱいである。
フェルンはフリーレンに「確実に妊娠する魔法」の存在を尋ねたくらいなのだから、妊娠するための行為に非常に前向きであった。
が、口には出せなかった。自分からそんな事を口にするのはとても恥ずかしいしとてもはしたないしとてもいやらしい。いやらしい女の子とでも思われたら想像するだけで血の気が引く。
兄様にさりげなく主導してもらって、と思いはしてもどうすればそうなってくれるのか全くわからない。主導してもらうための誘導を、では自分から誘うのも同然である。
それに、いやらしい事をしたいから初夜なのではなく、子供を授かりたいから初夜なのだ。
兄様は遠からず遠くの部屋に帰ってしまう。そうしたら二度と会えなくなる。そうなる前に兄様がいた証を、共に育んだものを残したかった。
そのために絶対に必要な行為があるのだが、口には出来ない。
どうすればと大いに悩んでいたので、ソリテールが初夜と言ってくれたのは僥倖だった。結婚直後の不貞に一時だけ目を瞑るつもりになれた。そのソリテールは初夜に同席する事を主張したが、当然断固拒否である。
ソリテールの拠点における部屋割りは、魔族たちは不定。フェルンとフリーレンは同室。シュタルクは一人部屋となっていた。
ずっと旅の空にいた人類三人は野宿も稀ではなく、屋根があるだけでありがたい。尤も、現在は冬季。屋根がなかったら凍えてしまう。そんな毎日だったので床の上で寝るのも厭わない三人であるが、それぞれの寝室があった。
造船工場であったソリテールの拠点はやたらと大きい。フェルンとフリーレンがかつて過ごしたハイターの家が、丸々五軒は入ってしまう広さ。高さもあるので実質的には更に倍。そこを改築増築したので部屋数が無駄に多いのだ。ベッドこそなかったが、その程度は簡単に作れた。
今夜はこれから初夜なのでフリーレンと共にしている寝室とは別の部屋。ソリテールが気を利かせるわけがないと思うが、寝具も少し上等である。
今は風呂を終えて髪を乾かし、兄様が来るのを待っているところである。男性陣のお風呂は女性陣の後なのだ。
掃除が行き届いているけども普段は使われていない部屋は、ベッド以外に何もない。とうに日は落ちて、窓の外は暗い。冬の夜は早い。夜が来ている。初めての夜だ。
寝室で一人待つフェルンは、思考が過熱していた。
兄様と再会してとても嬉しくて感激してプロポーズをしてもらってお受けして結婚して、これだけで目が回るようなのに初夜である。
そちら方面に関心が向いた事は一度たりともなかったが、最低限の知識はある。子供を授かるための子作りがどのような行為であるか、漠然とはしていても一応は知っている。コウノトリやキャベツ畑ではない真実を知っている。
それをこれから行うのだ。兄様と共に。
キスは、するだろう。プロポーズをされて受けた時に一度だけしてもらった。あんなところがあんな風になるとは思わなかった。驚いて反射的に魔法で綺麗にしてしまった。ソリテールに指摘されたのは非常に腹立たしかったが、その通りだった。
あんな風になった事は一度たりともなかったのに、なってしまった。もう一度なってしまうと考えただけで恥ずかしくて堪らなくなる。
だけども、子作りではそこが重要なのを知っている。と云う事は兄様に知られてしまう。反射的に魔法を掛けてなかった事にしたくらいだと言うのに。
それにそう云う事をするのだから、おそらくはかなりの確率で、服を、脱ぐ。裸になると推測される。
子供の頃は一緒にお風呂に入っていたが、あの頃と今の自分では体のそこかしこが違い過ぎる。身長が違うし、体重はあっちに措いて、具体的には子作り出来る体になった。
だから初夜で子作りで妊娠でと同じ言葉がそれぞれ百回は頭を空転する。
回転しただけ頭も体も過熱するらしく、座っているだけで汗ばんできた。風呂に入ったばかりなのに、もう一度入りたくなる。
「あっ!?」
汗ばむだけではなく、違う湿り気も感じてしまった。キスの時にぬるりと下りたあれと同じ。
深呼吸を繰り返し、冷静に「服の汚れをきれいさっぱり落とす魔法」を発動した。下着の汚れも綺麗にしてくれる魔法である。伝説的な魔法であるだけはあった。
冷静になったのが災いして、不安が降りてきた。こんなになってしまうのはおかしいのではないだろうか。比較対象が全くないのだから、何が異常で何が正常なのか全くわからない。
胸は大きいと思う。
人がいる街に行けば、男女問わずチラチラと見られた事が数えきれない。大きいのは悪い事ではないはずなのだ。
魔法使いであっても最低限の体力は必要なので、それなりに鍛えている甲斐あって形も整っているはず。脱いでもだらしなく垂れたりしない。
脱ぐ、のだろうか。脱ぐのだろう。
脱いだら見られてしまう。部屋の灯りは消してもらうつもりでも、窓があるので星月の明かりが入ってくる。どうしてこの部屋にはカーテンがないのか。今更ながらの致命的な欠点に気が付いた。
しばらくは部屋の不備に怒りを抱いていられたが、怒りが冷めれば頭の中が初夜だけになる。
自分は脱いで裸になるのだから、当然兄様も脱いで裸になるはず。
子供の頃は何度も見た裸体。はっきりとは覚えてないけれど、綺麗だった思い出が朧気に残っている。
再会した直後に「服が透けて見える魔法」を使ったのは問題ない。あれは口にしなければ自分が何の魔法を使ったかわからない。見ている事を知られずに見ることが出来る。
しかし目の前で裸になられたら、見ているところを見られてしまう。子作りに必要な部分を見ているのを見られてしまう。
見るだけではなく触ったりもするのだろうか。と云う事は、自分も触られるに違いない。おっぱいも多分触られる。それ以外のところはどこをどんな風に触られるのか。情報収集を怠ったのは失敗だった。
じっとしていられなくなり、座っていたベッドから立ち上がって部屋を一周する。ベッドしかないのに広い部屋だが、一周するのはあっという間だ。
じりじりしながら部屋を歩き回り、頭を冷やそうと窓を開けて瞬時に後悔。
色々な魔法で室内は適温だが、外は冬である。冷たい風に体が震えた。
そんな事を何度か繰り返した。何度であるか数えていない。時間の経過すら曖昧だった。
時間が現実に追いついたのか、それとも夢の中に突入したのか、ドアが外からノックされた。
『私だよ。入っても構わないかな?』
フェルンは息を止め、室内を素早く見回して、一言も上げることなく、静かにドアを開いた。
▼
「フリーレンはフェルンが心配にならないの?」
「もう寝るから出ていけ」
「フリーレンが旦那様を信用してないのは知ってるわ。フェルンを旦那様と二人きりにして心配になるわよね」
「フェルンが望んだことだよ」
「フリーレンがフェルンを心配するのは当然よ。大切な仲間なんですもの」
「魔族に仲間の大切さがわかるわけない」
「大切な仲間が傷つかないようにしっかり見ていた方がいいわ。そうすればフリーレンも安心出来る」
「……何を言ってる?」
「フリーレンなら隣の部屋を覗く魔法を知っているんじゃないかしら?」
「………………は?」
疲れて寝不足でも眠れない季節がやってきてしまった。
で、やっとフェルンにまで来れました。