※この作品はR-18です。

奉仕しないと帰れない部屋に囚われた男の業務記録   作:dolph

49 / 58
書き始める前は5kくらいで終わると思ってました。
きっと暑いのがいけない。
16.7k


SETSUMEI

 誤解する者が多く、特にこの男が自身の世界にて共に暮らす者たちはそんなわけがないと断言するであろうが。

 

 この男、生活能力はなくとも、一人で生きるだけなら何とでも出来たりする。

 

 幼少期に一年以上路上生活を送っていた過去があり、何もないところから衣食住を確保する能力を持っている。同年代の子供たちを指揮していたので、団体行動の適正もあったりする。そこから奪おうとしてきた年上の子供や大人たちへは適切に対処して邪魔を出来ないようにさせたのは道路清掃のようなものなので余談としてよい。

 しかし、それらは必要あってやって来た事であり、必要がなければ何もしない。

 

 招かれて、或いは拉致されて訪問する事になった魔族のお嫁さんのお家は、人間が生活する上で必要とする衣食住の全てが揃っていた。

 着の身着のままであるが、衣服はフェルンの「服の汚れをきれいさっぱり落とす魔法」で脱がずとも綺麗にしてもらえる。洗濯の間は素っ裸で、とはならないでいられた。寒くなければ素っ裸でも構わない男であるが。

 食事はアウラが森や海のお友達に「服従させる魔法」を掛けているのでいつだって新鮮なお肉がやってくる。穀類もアウラのおねだりによって得たものを過剰に貯蔵している。

 住居は言うまでもない。ソリテールの家はとても大きくて部屋数も相応に多く快適である。より快適にすべく、家主が居候のエルフと色々な相談をして日々改良中である。現在は家を大規模な結界で覆う事も検討しているようだ。出入りを禁じるようなものではなく、無関係な人類や魔族の目に触れ難くするものである。

 

 突然連れてこられた男が生活のために腕まくりする必要は全くなかった。

 男以外の住人たちとて生活の糧を得るために苦労する必要がないので、それぞれが好き勝手に魔法や格闘術の研鑽ばかりしているらしい。男は飽きないのだろうかと不思議であったが、口は出さない。娯楽の提供を求められるなら兎も角、何も言われないなら何もしない。

 直属の部下に自己完結するきらいがあると評されるくらいなので、必要がなければ他者へ干渉する事がない。何事もどうぞご自由に、である。

 

 この男の日常は、囚われた部屋であれ自身の世界であれ、している事はあまり変わらない。

 肉体を維持するための諸々を終えたら、読書するか思索するかのどちらかである。今まで意識して読んだものは全て頭の中に放り込んであるので、何もなくとも暇をする事がない。また、頭の中に放り込んでも必ずしも全てを理解しているわけでもないので、暇をしていられないとも言える。

 しかし残念なことに、思索に耽ったり頭の中に放り込んだ書物を読み直している時は、客観的にはぼうっとしているようにしか見えない。そのせいで暇人呼ばわりされたことが幾度となくあり、憤懣やる方ない思いを抱く事が多々あった。

 仮に、招かれた家の住人がソリテールだけであったら、そのように時間を過ごしていたと思われた。

 実際はそうではなく、他の住人或いは同居人がいる。

 

 お嫁さんのソリテールへは諸事情を説明して受け入れてもらえた。もう一人のお嫁さんとなったフェルンへも同様である。二人には全く問題も心配もない。

 アウラは立場がこちらと同じなので邪魔をしなければどうでもいい。朝食を食べたら早速何処かへ行ってしまったようだ。魔法の研鑽をするのだろう。折角海の近くにいるので、海面に出力を絞った爆裂術式を打ち込んでもらって鯨漁でもしたいところであるが、冬季に近海を回遊している種はいないと思われるのが残念である。

 シュタルクは非常に残念ながら件の話を認識出来なかった。リーニエに続いてフリーレンもシュタルクに話せなかったことから確定的である。しかし折角近くにいるのだから、シュタルクが旅立つ前に時間を合わせて一緒に風呂を使って大きさを比べたいと思っているところ。

 リーニエは一先ず後回しである。お肉たっぷりテリーヌを目を輝かせて食べていた事から、美味しいものがあれば釣れる。勝ち確とすべく、追撃予定である。

 残る一人。フリーレンに自身と異界の部屋の有用性を語って利用者となってもらうのが当面の課題である。

 

 ここには営業活動に来ているのだから。

 

 

 

 

 

 

 一度寝たら一定時間眠らないと起きない男は、初夜を共にしたフェルンより大分遅い起床となった。

 目を覚ましたら微笑むソリテールがいるのは良いとして、フェルンが頬を膨らませていたのが疑問である。何かあったかと聞いても何もないと言う。何もないのならわざわざ聞き返す男ではない。

 

 何かがあったから聞いて欲しいと言う典型的な態度であり、フェルンは内心に面白くないものを抱えてしまっているのだが、聞かせたくないのも確かである。話すよう強いられなかった事に安堵はしたものの、面白くないものは面白くない。しかし話せないものは話せない。何とか飲み込むか、兄様に甘えて解消するかのどちらかだ。

 フェルンがこんな事になっているのは、ソリテールにどちらが第一夫人であるか議論を持ち掛けて全く相手にされなかったからである。

 

『私は旦那様とずっと一緒にいられればそれでいいわ。第一とか第二とか意味があるの? フェルンがそうしたいならそうすればいいだけじゃないかしら?』

 

 自分の想いが酷く不純に思えて自己嫌悪に陥らされた。

 傍で聞いていたフリーレンは「魔族にそんな事言っても無駄」と言ってくれたが、それで気が済むのならソリテールに聞いていなかった。

 

 プンプンしてるフェルンにビクビクしているのはフリーレンだけである。

 魔族と、魔族みたいと評される男は全く気にしない。どちらも朝食を用意してくれた事については礼を言えている。

 フェルンとソリテールは男を待って朝食とし、一人でご飯の準備をしたくないフリーレンもそれに付き合って、一日が始まった。

 

 なお、早起きのシュタルクは昨夜のテリーヌの残りをパクパクして修行に出かけたのは良いのだが、同じくテリーヌを狙っていたリーニエを怒らせ追いかけられていたりするのは余談である。

 

 

 真っ当な人類二人だけがピリピリしてる朝食を終え、食後のお茶の時間になると、フェルンの頬は元通りになった。給仕係としてのレベルが高い男と一緒にお茶の準備をして、精神の安定を取り戻したのだ。

 ここには茶葉を始めとする嗜好品の備蓄も大量にあった。贅沢を覚えたアウラのおかげである。

 

 昨日の夕食を一緒に準備したのも楽しかったフェルンである。今日の食事も一緒に準備をしようと考え心躍らせていられたのは短い時間。ソリテールに逆襲された。

 

「旦那様はここでしたい事があるかしら? 私は旦那様と一緒にしたいことがいっぱいあるわ。一番最初にしたいのは、一緒に浜辺を歩いてみたいの」

「昨日申し上げたようにしばらく滞在させて頂きます。喜んでご一緒いたしますよ」

 

 インドア派を極めたみたいな男であるが、そこでしか出来ない事をしてみようと思う気持ちはあった。

 男の答えにソリテールが綺麗に微笑む一方、フェルンはドラゴンもとい破滅の雷を放つ魔法を脳髄に撃ち込まれたかの如き衝撃を受けた。

 ソリテールの提案は、フェルンも幼い頃にやってみたかった事の一つなのだ。それをどうして自分は提案出来ず、ソリテールは出来ているのか。凹んだ頬がまたもぷっくーと膨れたのは正面に座っているフリーレンにしか見えてない。

 

「ですがその前に、フリーレン様にお話ししておきたいことがあります。フェルンにも聞いてもらった方が良いかな?」

「私もお前に聞きたいことがある」

「私に話せる事でしたら何なりと。フェルンもいいかな?」

「もちろんでございます!」

 

 フェルンは男を挟んだ向こうに座るソリテールに視線を投げた。あちらは全くこちらを見ていない。ソリテールよりも自分の方が兄様に近しい存在であると教えてやりたいのだが、空回りしている気がしてならない。フリーレンの言う通り、こんな事で魔族と競っても意味がないのかも知れなかった。

 

「私も聞いていいかしら?」

「ソリテール様が直接関わる話ではありませんが構いませんよ」

「だったら聞いていたいわ。旦那様のお話はとっても面白いから、どんな話でも聞いていたいの」

「光栄です」

 

 フェルンの頬が膨れるだけでなく、眉間に皺を刻んだ。やはり気付いているのはフリーレンだけ。真面目な話をしたいので緊張するのは結構であるが、これとは違う緊張状態になって欲しかった。

 見てない男は平常通り。見ていてもきっと気にしない。話をしたいのはフェルンではなくフリーレンなのだ。

 

「フリーレン様のお話は魔法に関わるものと思われます」

「……そうだよ。アウラやソリテールが使った魔法は何? あんな魔法聞いた事ない」

「そちらについてもお話いたしますよ。その前に確認したいことがございます。フリーレン様はエルフです。フェルンは一級魔法使いの試験に合格したと言ったね。お二人ともゼーリエ女史をご存知でしょうか?」

「はい、知っております。一級魔法使いの最終試験はゼーリエ様との面接でございました。合格後に魔法を授与された際もお会いしております」

「ゼーリエとは古い仲だね。向こうがどう思ってるのかは知らないけど」

 

 フェルンの頬も眉間も、男から名を呼ばれただけで元通り。フリーレンは考えるのを止めた。

 

「私も少しだけ知ってるわ。エルフの大魔法使いね。マハトがヴァイゼに封じられたのはゼーリエがいたからだと思うの。マハトを封じた結界は人間たちの魔法だったけど、人間だけではマハトを抑えられないもの」

「黄金卿のマハトですね。ソリテール様はマハトに会いに行くと仰っておりましたが、再会は叶ったのでしょうか?」

「会えたけど、お話する前に人間の魔法使いに退治されちゃったわ。旦那様から聞いた話をいっぱいしてあげたかったのに」

「叶うならば私もお会いしたかったですね。人類との共存をどのような形で実現したかったのか興味がありました。惜しい方を亡くしたものです。黄金卿ほど平和利用が出来る魔法は稀有でしょうから」

「は?」

 

 ソリテールが口を挟んでフェルンの頬が膨らみ気味になった以上に、フリーレンは男の言葉を聞き逃せなかった。

 マハトの魔法は万物を黄金に変える魔法。生きてるものも生きてないものも問答無用で黄金に変えてしまう凶悪な魔法である。黄金に変えられた命は永遠に時を止める。魔族らしい残酷な魔法と思うのに、一体何が平和なのか。

 

「あんな魔法をどうやって平和利用する?」

 

 魔族の連れ合いで、その魔族たちから人間に擬態した魔族と言われる男だ。フェルンが懐いていようと価値観も魔族寄りなのかと考え、鋭く問いかけた。

 

「黄金卿の魔法は、万物を黄金に似たものに変化させた上で不変不壊の性質を与えます。これ以上建築に適した魔法は存在しないでしょう。柱として細い棒を立て、壁と屋根は紙を張る。形が出来たら魔法を掛ければそれだけで家が建ちます。もしも重量の関係で風に飛ばされそうなら、上から土砂を盛った上でもう一度黄金化すればいい。橋を架けるのも簡単ですね。魔族は飛べるのですから、ロープを渡して紙でも板でも張り付けてから魔法を掛ける。まともに作れば何年も掛かる工事が、黄金卿一人で一時間も掛ければ終わるのではないでしょうか。黄金卿は長くヴァイゼに仕えたと聞きました。そうして建てた建造物があるかも知れませんね」

「……フリーレン様。ヴァイゼでそのような崩壊が起こったとは聞いておりません」

「…………うん」

 

 そうして建てられた建物は、魔法が解除されれば物理法則に従って崩壊する。不変不壊の屋根なら重しの土砂を支えられても、ただの紙に戻ったら破けるに決まっているのだ。

 長く黄金に沈んでいたヴァイゼの街は、フリーレンが解呪した。フリーレンたちはソリテールを討伐したと虚偽の報告を行うために、短い間であったが元の姿を取り戻したヴァイゼを訪れている。その時、どこかの建物が崩壊したとは見ても聞いてもいない。

 

「黄金卿の事はいいでしょう。ゼーリエ女史の事です。ソリテール様は接点がないと考えましたので申しませんでしたが、二人の知己ならそうも行きませんね。私の話を女史に伝えるか否かはお任せします」

「……なに?」

 

 嫌な話を聞かされたばかりだ。嫌な話が続くのかとフリーレンが警戒したのは正解だった。

 

「いつになるかはわかりませんが、ゼーリエ女史はこのままだと必ずや人間に殺害されるでしょう。人類にとって大きな脅威であった魔王が討伐されたとする以上、次の矛が向かうのはゼーリエ女史です」

「どうして人間たちがゼーリエを殺す?」

 

 フェルンは頬を膨らませていられなかった。フリーレンの態度が許さない。反対にソリテールは楽しそうである。ゼーリエ憎しとは全く思わないが、人間同士が殺し合う仕組みには興味があった。

 

「まず、ゼーリエ女史はエルフです。この地ではエルフに敵意あるいは警戒心を持つ人間は少なくないと推測出来ます。フリーレン様は長く旅を続けていらっしゃるようですから感じることが少ないかも知れませんね」

「なんで?」

 

 ずっと旅の空にあるフリーレンだ。長寿の常で時間の捉え方が人間と異なり、少し気になる事があったり魔法の研究をしたくなったりすると、数年間は一つ所に留まる事が稀ではない。しかし、定住ではない。旅を再開すれば、再訪は数十年後となるのも稀ではなかった。

 

「大逆の魔女ミーヌスをご存知でしょうか。長く生きたエルフらしいので、フリーレン様ならご存知のはずです。ミーヌスが南方諸国に戦乱を齎した事も」

 

 その戦乱に巻き込まれ、フェルンは家も家族も失った。ソリテールへの嫉妬を忘れ、テーブルの下でぎゅっと手を握る。握った手を守るように、隣に座る男から手を重ねられた。

 幼かったフェルンが泣いていたのを覚えている男である。そのままにはしなかった。

 

「ミーヌスは討ち取られたらしいですが、エルフと言うのが問題です。エルフは数が少ない。人間たちに知られているエルフは数えられるほどでしょう。人間たちがエルフ全てをミーヌスの同類と捉えても不思議はありません」

「でもミーヌスとゼーリエは違うわ。どうして一緒にするの?」

「エルフと云う共通点があるからです。大多数の人間は、個々の人格を知ろうにも知れません。ですから、わかっている事だけで判断するのですよ。すなわち、エルフとはミーヌスのように恐ろしい魔女ばかりであると。調査の時間を惜しんで判断に要する時間を節約するわけですね」

「よくわからないわ。調べなければ間違った判断をするかも知れないのではないかしら?」

「その通りです。しかしそれでも、先に判断したいのが人間なのです。調査をしても判断は間違っていない可能性もありますから。魔族やエルフと違って無駄に思える時間を作りたくないのでしょう。ああ、フリーレン様なら問題ございませんよ。魔王を討伐した勇者一行の魔法使いとして知られておりますし、定住せずに旅を続ける隠者のような生活を送っておりますから」

「……ゼーリエはミーヌスとは違う」

「もちろん違うのでしょう。ですがそれは、わかる者がわかるだけではいけないのです。全員がわからないといけません」

「確かにゼーリエ様は誤解を招きやすい方だと思いました」

 

 フリーレンがフェルンをじろりと見ても、心を補強してもらったフェルンは少し苦い顔をするだけでいられた。

 

「ゼーリエ女史は外からどのように見られているか自覚するべきです。大陸魔法協会に属するフェルンと、女史と個人的に親しいフリーレン様からはわかりにくいかも知れません。外から見た女史は、魔法の素質ある人間たちを掻き集めて戦力を強化しているようにしか思えません。無論、ご自身が強力な魔法使いであるらしいので女史にそのつもりはないのでしょう。フェルンとフリーレン様も同じ意見の様子。ならば、その事を対外的に主張しなければなりません」

「どのように主張するのでございますか?」

「式典でも祭典でもパーティーでも何でも構わないよ。自分に野心はなく、魔法使いたちを束ねているのは魔法の発展のためだと知らしめるんだ。但し、定期的に行う必要がある。人間は忘れやすいし、心変わりを疑う事もあるだろう。それ以前にエルフや魔族ほど長く生きられない。最低でも十年に一度以上の頻度で行うべきだね」

「うっ……」

 

 今度は、フリーレンがフェルンから湿った目を向けられて呻いた。

 時間感覚が人間とはかけ離れてるフリーレンである。ちょっとのつもりで数年足を止めようとするし、ついこの前が数十年前だったりもする。勇者一行との旅を終えてから、再会するまでに五十年も時間を空けたのもそれである。

 それが面倒な式典ともなれば、百年前にやったばかりと言いかねない。百年も経てば、大抵の人間は死んでいるのに。

 

「ゼーリエ女史は優秀な魔法使いなのでしょう。ですが、政治には疎い様子。側近を魔法使いだけにするのではなく、そちら方面に長けた者も置くべきですね。女史についての話は以上です。お伝えするかどうかはご随意に」

 

 伝えてもゼーリエは絶対にやらないであろう確信がフリーレンにはあった。

 

 

 

 話が一段落ついたので、冷めたお茶を淹れなおす。

 お茶請けはドライフルーツだ。これもまたアウラの貢献である。甘いのが不得手な男は一つだけ口に放り込んだ。

 男が食べない分はフェルンがモグモグしている。食べた数がわからないよう菓子皿にいっぱい盛ってる。その程度で数を誤魔化せる相手ではないが、フェルンはそこまで知らなかった。

 

「フリーレン様はソリテール様とアウラが使った魔法についてお尋ねでしょうか? ですが、魔法を行使出来るようになるまでの詳細の開示はここでは不可能です。それぞれの魔法の原形から理解していただき、そこから使用可能とするための工夫が多々必要となるからです」

「でも旦那様だったら全部覚えているのではないかしら? 何も見ないで色々なものを書いてくれたわ」

 

 ソリテールは素朴な疑問を口にしただけであって、旦那様の計画を邪魔しようとは全く思っていない。

 

「覚えておりますよ。ソリテール様が口にした事が全てです。情報は膨大で、口頭だけでは伝えられません。自然言語だけでなく数式に図像も必要となったのを覚えていらっしゃいますか? 私が口にした言葉をフリーレン様たちが書き記すのは構いませんが、私自身はこの地にて文書を残すつもりがありません」

「どうして? それならどうやってフェルンとフリーレンに魔法を教えるの?」

「どうやって、からお話します。そこはソリテール様と同様に。あの部屋にいらして頂いた折にお伝えしますよ。フリーレン様もドアと鍵の話を認識できた以上、鍵が現れれば訪問が可能となりましょう。ソリテール様とフェルンと一緒にいらしてください。適正もあるでしょうからフリーレン様が全てを修得出来るとは限りませんが、あらゆる魔法がございますよ。フリーレン様が想像した事もない魔法もある事でしょう」

「魔法……」

 

 魔法はほどほどに好きと言ってるフリーレンであるが、魔法の収集はフリーレンの生き方と言って良い。魔法がなければフリーレンはとっくに生きていられなかったくらいにフリーレンと魔法は不可分であった。

 

「この地に存在するあらゆる書物を閲覧出来ます。書物が帯びた魔力までは伴えないようなので読んだだけで魔法を修得出来る魔導書はありませんが、それらとて中身は読めます。時間を掛ければ魔法の修得が叶いましょう。私には魔力がないために魔法を使用する事が出来ませんが、書物の解析であればお力になれます」

「旦那様って本当に凄いのよ? 私だったら解析に何年も掛かりそうな魔導書をあっという間に読み解いて教えてくれるの。旦那様にわからない暗号や謎かけはないのではないかしら?」

「流動性知能は優れていると仰っていただけた事がございます。そして、フリーレン様が気になったのはこの地の魔法ではなく、ソリテール様とアウラが使った魔法でございましょう? あれらはこの地の魔法ではありません。ここからは遠い世界に存在する魔法なのです。違う世界。異世界の魔法。如何です?」

「異世界の魔法……。そんなのがあるわけ――」

「ソリテール様とアウラは使いませんでしたか?」

「!?」

 

 使ったのを目の当たりにしたからこの男に色々聞きたかったのだ。

 

「いらしてくださいましたらフリーレン様のお望み通りに。あらゆる魔法の修得をお手伝い出来ます。あらゆる魔法、でございます。エルフの長い生でも覚えきれないほどに数多の魔法がございますよ」

「そ……そんなに……!?」

 

 知らない魔法と聞いてソリテールは強い興味を覚えたし、フェルンもまたあの頃には感じなかった好奇心が湧いてきた。

 しかし、見た目通りの少女のように目を輝かせるフリーレンほどではない。

 魔法はほどほどというくせして、未知の魔導書を手に入れるためにミミックに食べられた事が数限りないフリーレンである。

 魔法と聞けば、どんなに些細な魔法であっても労を厭わないフリーレンである。

 そんな魔法のためにこんな大変な仕事を、とフェルンが驚愕した事が何度となくあった。

 そんなフリーレンにとって、覚えきれないほどいっぱいある未知の魔法とは、金銀財宝の山脈以上の価値があった。男は勝ちを確信した。

 

「あんな魔法やこんな魔法もございますよ? 魔法だけではありません。フリーレン様がお望みとなるあらゆる設備をご用意できます。ここでは冬季ですので海に入るのは難しいでしょうが、温かい水の中で存分に泳げる場所もございます」

「それは要らない」

 

 ぺかーと光ったフリーレンの顔が素に戻った。

 魔法の腕は卓越していても、怠惰のエルフを名乗りたいくらいにインドア派なフリーレンである。

 

「さ、さようでございますか」

 

 男はちょっと失敗してしまったが、フリーレンはそんなところに行けるなら絶対に行くと決意を固めた。

 そうと察したフェルンは冷めた目をフリーレンに送る。フリーレンは魔法の師であって尊敬も感謝もしているが、こうも即物的なところを見せられると評価がちょっと改まってしまうのはやむを得ない。

 

「兎も角そのような場所でございます。そしてソリテール様が仰った『どうして』に繋がるのですが、そこで覚えた魔法は広めないようお願い申し上げます」

「ソリテールとアウラに独占させたいだけならお断りだよ」

「ソリテール様の安全に配慮して頂きたいのはその通りでございますが、それだけではありません」

 

 アウラは兎も角として、ソリテールに魔法を独占させて安全を確保するのが至上命題である。フリーレンはそれに頷いてくれないようであるが、そこにこじつけられるものがあった

 

「では一つ伺いましょう。この地にて、最も人類を殺す事になる魔族は誰であるか?」

「……殺す事になる? 殺した、じゃなくて?」

「さようです」

 

 過去に完了した事ではなく、未来にも及ぶ事であるらしい。

 過去に限るなら魔王以外にないが、既に討伐した。ソリテールはそこの男から魔王生存の可能性を聞かされたようだが、魔王の最後を見たフリーレンは否定する。

 

「魔王ではありませんよ。魔王様生存は不確定でございますから」

「…………」

 

 フリーレンは人類に知られている大魔族を全て知っている。つい先日討伐されたマハトのように数を減らしているが、まだ残っている。そこに座るソリテールのように、人類に知られていない大魔族がいないとも限らない。

 これからも増え続けるらしいから存命の魔族であるのは確実。しかし、魔王以上となると見当も付かない。

 フリーレンには思い当たらず、フリーレンに教えられていてもフリーレン以下の知識しかないフェルンにもわからない。人類二人が首を捻る中で、大魔族が華やいだ声を上げた。

 

「あっ! もしかして旦那様は魔法と魔族を一緒にしているのね?」

「ソリテール様の仰る通りです。私が調べた限り、大半の魔族は魔法そのものと言って良いでしょう」

「私は違うわ。魔法は大切だけれど、旦那様と一緒にいる方がずっと大切だもの」

「ありがとうございます。その時間を得られ続けるよう、ソリテール様に覚えていただいた魔法は身を守るものが主でございました」

「ええ、旦那様に教えられていなければ死んでしまうところだったわ。フェルンに戦い方を教えたのは旦那様ね? フェルンに大きな穴を空けられてしまったの」

 

 フェルンはソリテールが人類と積極的に敵対しない魔族である事を知らず、男との関係も知らなかったとは言え、ソリテールが異界の回復魔法を修めていなかったら確実に命を奪っていた。

 居心地が悪くなり、兄様に何と思われるのかと体を固くしたのだが、

 

「戦い方と云うよりも戦闘における勝利条件の満たし方でしょうか。フェルンは俺が教えた事を覚えていてくれたのか。色々教えたと思うが、無駄にはならなかったようで良かったよ」

「は、はいっ! 兄様に教えて頂いた事は全て覚えております。兄様の教えに助けられた事は数えきれません」

 

 それはそれと割り切る男である。フェルンの返事に頷いて、褒められたそうなフェルンの頭を撫でてやった。

 フェルンに教えた事が役立ち、ソリテールも生きている以上、何も問題ないのだ。もしもどちらかが立たなかったらその時に考えるだけである。

 

「で、お二人は何か思いつきましたか?」

「ええと、はい。私が答えてもよろしいでしょうか?」

「……フェルンにはわかった?」

「…………はい。ソリテール様が魔族とは魔法であると仰いましたので。…………クヴァールです」

「クヴァール?」

 

 クヴァールは腐敗の賢老の異名を持つ魔族だ。人を殺す魔法を操り、フリーレンすら退けられた事がある。

 しかし、既に討伐済み。殺す手段がなく封印していたクヴァールは、フリーレンとフェルンが旅の途中でついでとばかりに止めを刺した。

 

「フェルン正解」

「……はい」

 

 正解と言われても、フェルンは喜べなかった。フリーレンにとって残酷な事実を告げられるのだから。

 

「なんでクヴァール? あいつは私がこの手で倒したよ」

「私の知識は書物で得たものが全てです。クヴァールは封印されたと読みましたが、フリーレン様が討伐為さったのですね。ならばクヴァールがその手で人を殺める事はもうありません。ですが、魔族とは魔法であると申し上げました。クヴァールの魔法は残り続けます」

「………………あっ」

 

 そこまで言われたらフリーレンにもわかる。

 クヴァールが操った魔法は「人を殺す魔法(ゾルトラーク)」。ゾルトラークは対象を害するあらゆる性能に優れた貫通魔法であった。クヴァールがゾルトラークで屠った人類は数知れず。

 しかし余りにも有用な魔法であったため、人類はこの魔法を解析。人類が操れるように改良して一般攻撃魔法と呼ばれるほどに普及した。

 一般攻撃魔法は有用過ぎた。人類同士の争いでも多用され、皮肉にも最も人を殺した魔法となった。

 人を殺す魔法(ゾルトラーク)だろうと魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)だろうと一般攻撃魔法(ゾルトラーク)であろうと、ゾルトラークは人を殺し続ける。

 そして、ゾルトラークの解析に最も貢献したのがフリーレンである。

 

「クヴァール死すともゾルトラークは死せず、でしょうか。手を出したが最後、不利益があるとわかっていても決して手放せないものがあるのです。ゾルトラークはその一つ。ゾルトラーク以上に便利な人を殺す魔法が開発されるまで、ゾルトラークは人を殺し続ける事でしょう」

「でも……。でも魔族と戦うために有効な魔法が必要だった」

「それも仰る通りです。そして現状はフリーレン様もご存知の通り。そこに新たな火種を落とす必要はありません。害しかもたらさないと思いますよ」

「それなら私が教えてもらった回復魔法は? あれなら誰も傷付けないわ」

「ソリテール様はお優しいのですね」

「……旦那様の意地悪」

 

 そう言われた直後に大変な目に遭った事を鮮やかに覚えているソリテールだ。ちょっぴり唇を尖らせたが、男に微笑みかけられ、微笑を返した。

 

「ソリテール様が仰る通りではありますが、回復魔法を最も必要とするのは戦場です。回復された戦士は速やかに戦場へ再投入され、双方の被害を広げる事になります。また、この地に於いて回復魔法は女神の魔法以外に存在しないとか。そこに別種の回復魔法が現れれば既存宗教との対立は必至。宗教戦争を引き起こしかねません」

「ふぅん……。魔法一つで人類は随分と面倒なのね」

「面倒なのですよ。私からもう一つフリーレン様にお伺いしたいのですが、アウラの魔法と仰いましたね。アウラはどのような魔法を使いましたか?」

「…………爆発する魔法。光の弾を撃って、それが大爆発した」

「あれですか」

 

 アウラは小さな化け物がどんな魔法を使うのかといたく興味を持ち、男に術式の解析と再構築を手伝わせて自分のものとした。

 魔法が使えない男であるが、アウラが手にした魔法がどのようなものであるかはよく知っている。

 

「あれは人間が効率よく人間を殺すためだけに開発された魔法です。そのような魔法を普及させてはならないと、フリーレン様にはおわかりになりませんか?」

 

 言葉が出ない。フリーレンは男を睨み付ける事しか出来なかった。

 フェルンは大きくなった話についていけない、焦燥を浮かべて男とフリーレンを交互に見るばかり。

 ソリテールだけは楽しそうである。

 

「人間が人間を殺すためだけの魔法……。そんなものがあるのね」

「無数にございますよ。この世界では魔族が存在する事によって人間が増えすぎる事を防いでいるようですが、もしもいなくなったらどうなる事やら」

「どうなるの?」

 

 自身も魔族であるのに、ソリテールは目を輝かせた。

 こんな話が幾らでも出てくるから、旦那様のお話が大好きなのだ。

 

「人間の子供は弱いために死に易いものです。ですが、この世界ではフェルンやシュタルク君のように丈夫な体で生まれる人間は少なくないようです。また民間魔法の普及により、傷病で命を失う事が少ない。生まれた子供たちは魔族や魔物に襲われない限り、無事に成人するようです。そこで魔族がいなくなったらどうなるか。人間は順調に数を増やします。一世代で倍にはなるでしょう。一世代を二十五年とすれば百年で十六倍。もう百年経てば二百五十六倍となります。そうなるとどこもかしこも人間だらけ。確実に土地が足りなくなります」

「わかったわ! 人間同士が土地を奪い合うのね?」

「そうなる可能性は非常に高いです。どこかで人口抑制するか、或いは争いに疲れるかも知れません。しかしそれは、たっぷり殺し合った後になります。その過程で人間を殺すためだけの魔法が無数に開発されると思いますよ。長寿のエルフであるフリーレン様はそれらを見る事になるでしょう」

「…………お前の言ってる事は出鱈目だ」

「そう思っていただいて構いませんよ。今のは魔族が滅んだという荒唐無稽な前提の上で推測したものですから。私が申し上げたいのは始めから変わっておりません。フリーレン様にお伝えする魔法を広めない事です」

「でも…………」

 

 フリーレンは男の言葉を出鱈目と口にしたが、頭の中にこびりついて消えなかった。

 有用な魔法を広めれば人類の力になる。魔族に抗う力となる。しかしそれで魔族が数を減らすと、人類同士の争いが待っている。広めた魔法は人類に牙を剥く。嘘だとは思えなかった。ゾルトラークは、まさにその通りになっているのだから。

 フェルンが思わし気な視線を向けるのも気付かない。気付けないほどに思考が空回りしている。

 

 感情の機微が未だにいまいちわからず頻繁に痛い目を見させられる男にも、フリーレンが考え込んでしまったのはわかった。フリーレンが考える必要がない事であるのに。

 

「フリーレン様が何をお考えなのかわかりかねますが、それはフリーレン様が考える事ではありません。為政者が判断すべき事柄ですよ」

「……知ってしまったら知らない振りは出来ない」

「それはゼーリエ女史に言ってやってください」

「うるさい」

 

 男は両手を上げた。

 

 この男が来てからと云うもの、フリーレンは調子を崩されてばかりだった。

 オレオールへの旅を否定され、愛弟子のフェルンがおかしくなって結婚してケダモノになる魔法を掛けられた。見てしまったせいで昨夜はほとんど眠れなかった。ケダモノになったはずのフェルンが朝になったらいつも通りだったのも怖い。ケダモノがフェルンの皮を被っているだけではないだろうか。

 寝不足で辛くて困惑しているところへ追い打ちのように酷い話を叩き込まれた。

 黄金に沈んだヴァイゼを解呪しても建物の崩壊があったとは聞いてない。聞いてないだけであったかも知れない。

 ゼーリエがいつか殺されると言われても出来る事は何もない。ゼーリエに伝えたところで一笑に付されるのが目に見えている。

 ゾルトラークを解析したのはあの時に絶対必要と思ったからだ。それが人を殺し続けるとは思ってもみなかった。

 人類同士が争わないのは魔族のおかげだとは絶対に思いたくない。魔族がいなくなったら人類同士が争うなんて考えたくもない。

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 自分が何を考えているのかすらわからない。嫌な考えだけがぐるぐると頭の中を回っている。

 平和でいて欲しいだけなのに、どうしてこうなってしまったのか。

 

「フリーレンはどうしちゃったのかしら?」

「不要な事を考えているのでしょう」

「フリーレン様……。兄様、どうにかならないでしょうか?」

「ふむ…………」

 

 フェルンのおねだりがなくても、フリーレンは異界の部屋の見込み客である。このままにはしておけない。

 自分は考えても仕方ない事は考えないでいられるが、フリーレンはそうではない様子。

 幸いなことに、こうなってしまった時の対処法を知っていた。

 

 

 

 

 

 太陽が中天に差し掛かる頃、シュタルクは満身創痍で臨時の拠点に戻った。命からがらリーニエの説得に成功したのだ。

 

 しかしながら不公平である、とシュタルクは考えた。

 リーニエは仲間とは言い難く、さりとて敵とも言い切れない。魔族であっても旅を共にして同じ拠点で過ごしているのだから、湧かせたくない情が湧いてくる。襲い掛かられても殺そうとは思えなくなってしまった。

 自身に魔法を掛けたアウラの部下であるらしく、そんな事をしてしまったらどうなってしまうのか割とかなり怖く感じている。きっと椅子では済まされない。

 なのにリーニエは容赦なくこちらを殺しに掛かるのだ。

 絶対に不公平だ。フリーレンとフェルンが狙われないのも狡いと思う。決して狙って欲しいわけではないし、そんな事になったら全力でリーニエに対峙するだろうが、やっぱり何だか不公平である。

 

 リーニエが怒ったのは昨夜のテリーヌをシュタルクが全部食べてしまったからのようで、もう一度作ってもらえるよう頼むからと、何とか怒りを収める事に成功した。

 それくらいだったらリーニエが自分で言えばいいだろうが、初対面時に返り討ちにあったせいで苦手意識があるらしかった。

 

 シュタルクにとって、件の男はリーニエ以上に謎である。いつの間にかアウラが連れてきた以上の事を知らないでいる。なのにフェルンが突然お嫁さんになってしまってわけがわからない。

 人当たりが柔らかく、美味しい料理を作ってくれたので悪い人ではないと思いたい。もう一度同じ料理を、と頼むくらいなら引き受けてくれると思われた。

 あちこち痛む体を引きずって件の男はどこにいるかと探し始めたその時。

 

(やめろーーーーーーーッ!!)

「!?」

 

 絹を裂くような悲鳴が響き渡った。

 

 初めて聞く声でも、シュタルクは仲間の声を聞き違えない。

 今の悲鳴はフリーレンだ。

 

 拠点にはソリテールが残っていた。人類に友好的とまではいかないが、積極的に敵対してくる気配はなかった。フェルンが度々火花を散らしているものの、人類への害意を見せない稀な魔族。シュタルクが知る限り、ソリテールが誰かを傷つけた事は一度もない。

 それが、旦那様と呼ぶあの男がやって来た事で変わってしまったのだろうか。そうなると、フェルンも危ない。

 断続的に続く悲鳴はフリーレンのものだけで、フェルンの悲鳴はなかった。もしかしたら、既に悲鳴を上げられない体にされているのかも知れない。

 

 シュタルクは嫌な想像を振り払い、悲鳴の発生源へ駆け出そうとして、

 

「シュタルク様、丁度良いところに。そろそろ昼食の準備が出来ますから、兄様たちを呼んで来てください」

「……あれ?」

 

 フェルンが何食わぬ顔で厨房のドアから現れた。

 

「フェルンだけ? フリーレンは? なんだかフリーレンぽい悲鳴が聞こえるんだけど……」

「フリーレン様には怠惰の二つ名を返上して頂きます」

「怠惰?」

 

 フリーレンの二つ名は「葬送」だったのではなかったか。

 そんな事を話している間にもフリーレンのものらしき悲鳴が響き渡る。シュタルクに聞こえるのだからフェルンにも聞こえているはず。なのにフェルンは通常運転。

 

「フリーレン様は兄様と一緒に階上にいます。ソリテール様もいるはずです」

「……とりあえずご飯が出来たって言ってくるよ」

「お願いいたします」

 

 

 

 ソリテールの家は造船工場を改造したもの。

 一階部分は改築に増築を重ねて生活空間となっている。敷地面積が広いために二階以上は部屋を増築する必要がなく、開けた板間が広がって造船工場時代の名残を感じさせた。

 階段を登るに連れてフリーレンの悲鳴が大きくなる。そこにソリテールの声も聞こえるようになってきた。

 

『ふふふ……。旦那様なら優しくしてくれるわ。フリーレンは体を任せるだけでいいのよ?』

『やめ……! もうむりぃ……! あっ、だめ、ダメって言ってるのに!?』

『ご心配なく。フリーレン様なら大丈夫でございますよ。もう少し行けそうですね』

『ひぐぅっ!? あっあっ、ダメ! いっ……たぁ……! あっやっ……あぁっ!? ヒギイィィィいいいぃぃいいいいいいぃい!!』

 

 おかしな声に聞こえなくもないがフェルンが知ってるはずなのでそんな事はないと頭に浮かんだ想像は気付かない振りをして、シュタルクは階段を登り切った。

 

「やめろよぉ……。できないっていってるだろぉ……! もおやらあ…………」

 

 なんなんこれ。

 シュタルクは言うべきことを忘れて、目の前の光景に呆然と見入ってしまった。

 

 とりあえず、想像とは掠りもしない状況だった。

 フリーレンは上着を脱いだ黒いハイネックのシャツと同色のレギンスだけの姿で、床の上に脚を伸ばして座らされていた。

 それだけであんな悲鳴が出てくるわけがなく、フリーレンが真っすぐ伸ばした両手をソリテールが掴んでいる。どうやらソリテールがフリーレンの両手を引っ張りつつ、フリーレンの背中を男が後ろから押しているらしい。

 いわゆる前屈である。

 フリーレンの両手首が、伸ばしたつま先のちょっと先まで来ていた。

 

「えぇ? これ何してるんだ?」

「シュタルク! こいつらどっかやって私を助けて!」

「シュタルク君、丁度いいところに。次は開脚前屈をさせたいんだが、ソリテール様だけだとフリーレン様の脚を広げられないんだ。フリーレン様の片足を押さえてもらえるかな?」

「それくらいいいけど。ホントに何やってんだ?」

「シュタルク!? 裏切るつもり!?」

「フリーレン様は運動不足と思ってね。適切な運動を提案したんだが断られてしまった。だったらフリーレン様は動かなくてもいいようにストレッチを手伝ってるところなんだ」

「むりだめしぬさけるさけるさけちゃうぅぅううぅ!!」

 

 シュタルクがフリーレンの片足を押さえると、もう一方の足をソリテールが押さえる。指定の位置まで開脚させたら、男がフリーレンの背中に負荷を掛ける。

 フリーレンは余程痛いのか、ぽろぽろと涙をこぼすのだが誰も同情しなかった。

 

「あう…………。はうぅ………………。ぐす……」

 

 解放されたフリーレンは、床の上にばったり倒れた。

 ぐすぐすと涙を流す姿にシュタルクだけは少し可哀そうと思うものの、残る二人は何とも思わない。情け容赦なく続きが再開された。

 

 力尽きて体を起こす元気もないフリーレンを、男はうつ伏せにひっくり返した。

 腰の上に馬乗りとなり、フリーレンの両手を上げさせ向き合うように両肘を曲げさせて、

 

「やめろよぉ……。そっちに曲がるわけないだろぉ……」

「ですから、曲がるところまで曲げます」

「やめっ……。あっ、ぎっ! ぎぎ! あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

 背骨を曲がらない方に曲げられて、汚い声で鳴いた。

 

 フリーレンがこんな事になってるのは、考え過ぎ防止のために男が一計を案じたからだ。

 余計な事を考えられるのは、考えられる余裕があるからである。考えたくなければ余裕をなくせば良い。そのためにはたっぷり運動をして疲れ果てるのが一番である。

 男はそうと提案したのだが、フリーレンに拒否された。

 ならばと云う事で、シュタルクに話した通りストレッチになった次第である。

 適切にストレッチを行えば、体が柔らかくなって怪我をしにくくなるし、血行も良くなる。筋肉の緊張が和らいで心身にリラックスを齎す。などなど、いい事尽くめなのだ。

 話し合いが終わってから、かれこれ一時間以上続けられていた。

 

 それから汚い悲鳴がもう少し続いて、フェルンが様子見に来たところで終了となった。

 お使いを果たせなかったシュタルクが小言を貰ってしまったのは仕方ない。

 

 

 

 起き上がる気力も体力も失せたフリーレンは男に抱き上げられ、昼食はフェルンにあーんしてもらわないと食べられなかった。

 昨夜の寝不足もあり、食事を終えたフリーレンは死んだように夜まで眠った。




前話と前々話は一つと数えて、
次の次くらいで帰れるか、いけるか? って感じです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。