奉仕しないと帰れない部屋に囚われた男の業務記録 作:dolph
一人で生まれ何も残さず死ぬ魔族は社会を作らない。
社会性がなくとも群れを作る例があり、その際の絶対的な基準となるのが魔力量だ。魔力量が多い者が上であり、魔力量が少ない者が下となる。
魔族にとって絶対不変の法則である。魔族が発生してから今日まで、例外はただの一度もなかった。
ターニャやラムとレムなら問題ない。アウラより魔力が上だ。レムだけは違うのだけれども、アウラの認識では隠しているだけ。レムを甘く見たら首から上が吹っ飛ぶので、アウラの認識は結果として正しいとも言える。
海夢やバラライカは魔力がないのだから比べようがない。上も下もなく違うだけ。それにアウラが世話をしていたわけでもない。
ダクネスは悍ましいので近付きたくない。
同郷の魔法使い三人は、内二人にアゼリューゼを掛けている。掛けてないフェルンとは関わりが薄く、距離を取ってきた。
しかし、リーニエはいずれとも違う。
リーニエはアウラが従えていた若い魔族だ。生きた年月も魔力量も、アウラの方が遥かに上となる。アウラがリーニエを従えるのであって、その逆ではない。
にも関わらず、アウラはリーニエの要求を拒めなかった。リーニエの言葉に従ってしまい、要求を叶えるべく口が開けば体も動く。
魔力が小さい魔族に従う魔族はいない。それをする魔族は魔族ではない。
それをした己は何なのか。間違いなく魔族であるのに魔族ではない。
魔族の生理と否定しようがなく起こった現実が衝突し、軋んでいる。アウラを砕きかねないほどに。
もしもソリテールが今のアウラを見たら目を輝かせ、「どんな気分?」と聞いた直後に自害を命じられると思われた。
「今ならあんたの命令を拒めそうよ」
激情を凍り付かせ、剣呑な目を男に向けた。
「それは困るな」
呑気に返すこの男に、アウラの危機がわかるわけがなかった。
しかし、わかる事もある。魔族が魔力量を絶対視するのはソリテールからも聞かされているし、魔力を知覚出来なくてもリーニエの魔力量がアウラより劣るのもこれまでの言動から察しがつく。そのリーニエの命令に逆らえない事が気に喰わないのだとは推測出来た。
ここはそのような場所なのだから仕方ない、と言ったところで意味はない。それで納得するならアウラがここまで激する事はないだろう。それどころかこの部屋から元の世界に帰還しなくていいとか言われて、利用者たちを遠ざける行動に出られたらとても困る。困ると言っても、あんたが困っても私は困らないと言うに決まっている。
「あんたが困っても私は困らないわ」
アウラは男が思った通りの言葉を口にした。
フリーレンに言われた時と違って、時間に任せる事は出来ない。今この場での解決が必要だ。
頭の中で解決策を模索し、真の主の主の金言を思い出した。曰く、『部下のメンタルケアは大切』である。アウラは部下と云うわけではなく立場を同じくする同僚に近いが、実態としてはそのようなものである。
ターニャの言葉も思い出した。アウラをどう使うかは己の腕次第であり、無能でも無能なりに有効活用するのが優秀な指揮官であるらしい。
これからもアウラを有効活用するには、メンタルケアが必要との結論が出た。
「わかった。頭を洗って――」
言い終える前に、男のすぐ隣を椅子が高速で飛んでいった。風圧で髪が靡く距離だった。アウラが蹴り飛ばしたのだ。
今のアウラは夜のお店装束に合わせたミニスカメイド服である。パンツが見えた。白だった。
この部屋にて、男がアウラに命じているのは荒事の禁止だけである。後は利用者の要求に従ってその都度命じていた。
飾り皿を割ろうがテーブルを砕こうが椅子を蹴飛ばそうが、応接間を無人にしてから戻れば元通りである。誰かを傷つけない限り、破壊活動は荒事に入らないらしい。どこまでが荒事に含まれるのかとても気になったが、洗髪でアウラの機嫌が直らない事だけはわかった。
他に取り得る手段はなくもない。しかし、出来るならば取りたくない手段でもある。そもそも交渉事はど下手であると自他共に認めている。両手を上げて好きにさせるしかなかった。
「首から上を狙えばいいだけ。簡単よ。ほんの一瞬だけ命令を拒むだけ。たったの一瞬。私に出来ないわけがない」
男が露骨にため息を吐くのを見て、アウラは矛盾を解消する方法に気が付いた。
リーニエの言葉に従ってしまったのは、この男に命令されたからだ。この男がいなくなれば矛盾が生じる事はなくなる。それをしたらこの部屋を訪れる誰かたちと致命的に対立するだろうが、魔族のままでいられる。
果たして、自分の命より魔族である事が大切なのだろうか。
そこまで考えを巡らせられるのなら、ここまで激情に駆られていない。魔族としての己は、今この瞬間にも死のうとしているのだから。
男の命令に反して殺傷するにはどうすればいいかだけに思考を注ぎ、その瞬間がいつ訪れても良い様に魔力を高めて魔法を発動する準備に取り掛かり、
「今だけはお前のものになろう」
「……………………」
男の言葉で高めた魔力はアウラ自身に還元し、魔族らしく表情を落として男を見返した。
検討しても良い言葉だった。
魔法に依らずこの男を支配しようと決めたのは随分と前の事。リーニエの命令に抗えなかったのはこの男の命令があったからで、この男を支配すれば命令が下されることはない。
「今だけじゃなくてずっとにしなさい」
「それは無理だ。この部屋にいらっしゃる方々よりもアウラを優先出来るわけがないだろう?」
「チッ……。それなら誰もいない時は私のものになりなさい」
「……絶対飽きると思うぞ?」
「それを決めるのは私よ。それなら――」
「待て! 飽きる飽きないは措いておくにせよ、俺にだってする事がある。いらっしゃる方々を迎えるための準備がある。だが、いつお見えになるかは不定なんだ。アウラに付き合ってばかりだったら準備が疎かになるだろう? 確実にいらっしゃらないと断言出来る時だけにしてくれ」
「それっていつよ?」
「いらっしゃった方がお帰りになって、俺たちが眠りに就くまでの間だな」
異界の部屋では時間の流れが途切れている。
一時間は一時間であっても、二十四時間は一日ではない。利用者或いは部屋に囚われているこの二人の認識と体感が基準になっている。
何かが切り替わるのは無人になるか、滞在者の意識が睡眠を含めてなくなった時となる。
訪問者を例に挙げれば、異界へと通じるドアが開くのは、囚われた二人が目覚めてからとなる。就寝中に起こされる事もないではないが、それは睡眠によって意識を失ったからだ。意識の喪失と覚醒が基準となる。
言い換えれば、とある利用者が白いドアを通ってそれぞれの世界に戻ると、次の訪問者は二人が眠るなりして意識を失わないと現れない。
「ずっと誰も来ない日があったじゃない」
「結果としてそうだっただけだ。来るかどうかはわからない」
嘘である。実はわかっている。
覚醒してから時計の短針が二周すると誰も来ない事が確定する。そうなったらもうさっさと寝るだけだ。尤も、二周もする前に寝るので余り意味がない判別方法である。
「それじゃ少なすぎるわ。何とかしなさい」
「なんとか……」
何という事だろう。自分の首を絞めるために知恵を絞らなければならないのだ。
かつて、淫乱う゛ぃっち吸血鬼に吸血されて吸血鬼に転化されそうになった時のことを思い出す。もしもあの時吸血鬼に転化してしまっていたら、彼女は大変厳しい立場に追いやられた。その問題解決には、吸血鬼になった自分に知恵を出させようと考えていたとのこと。
それと似てるようで全く違う気がするのはどうしてだろうか。
既にアウラの機嫌は直ってきたようなので、もういいのではと思わなくもなかった。
「何方かがいらっしゃってお帰りになった日、だけじゃ不満なわけだな?」
「不満? 私のものが私のものじゃない時がある方がおかしいわ」
「…………」
前提条件が食い違っているような気がした。
「それなら何方もいらっしゃらない日があった場合、その日数を数えて同じ分だけとしよう。いらっしゃるかどうかはわからないんだから待機している必要がある。いらっしゃったらそちらを持て成さなければならない。実質的に、いらっしゃった方のための時間以外の全てがそうなる」
アウラのための時間が始まったとしても、来訪者があればそちらを優先するのは変わらない。利用者が帰った後は、さっさと寝かしつければいい。言葉から受ける印象よりも、実質の時間はずっと短くなる。
男は己の策略の見事さに酔いしれた。
「それでいいわ。誰かが帰ったら赤いの飲みなさい。私も飲むわ。途中で誰か来たらその日はなしでもう一度ね」
「………………」
そして、即座に穴を塞がれた。赤いのを飲むと眠気も疲労も回復してしまうのだ。
これが頭がいいバカと言われ続ける所以であるが、言われてわかるようならこの部屋に囚われていなかった。
自分から提案した条件である以上、無茶を言うなとは言えない。憮然と押し黙るだけである。
「あんたから言い出したんだもの。文句ないわね?」
男は両手を上げた。交渉事は不得手なのだ。まさか魔族にまで交渉で負けるとは思わなかったが決まった事は覆せない。
「……死ぬようなことだけは言わないでくれ」
「言わないわよ。あんたは私を何だと思ってるわけ?」
「魔族だと思ってるよ」
「そう。魔族よ。大魔族。七崩賢の断頭台のアウラ。それが私よ」
「七崩賢は魔王旗下だった時の役職名だろ? 断頭台も意味がないと教えただろうが」
「それもそうね。それなら次の二つ名は……、私が考える事じゃないわね」
二つ名は、第三者が対象の特徴を端的に捉えて指す呼び名である。自称したら頭の悪さを露呈する。アウラは男が思ったよりおバカではなかったらしい。
今やアウラに荒れ狂う激情は何処にもなく、魔族らしい仏頂面ながら鼻唄が出そうなほどに言葉が軽やかである。
機嫌が直ったのは良かったにせよ、墓穴を掘った男は我が身の愚かさを嘆いていた。
「それじゃ最初の命令よ」
「……なんなりと」
「もっと嬉しそうに言いなさいよ!」
「えぇ……? お前はそんなの気にしないだろうが。俺が丁寧に喋ってると気味が悪いと言ったのはアウラだぞ」
「……それもそうね。何でかしら?」
「そのように感じる理由を考察いたしますか? アウラ様のお気に召すまでお付き合いいたしますよ」
「あんたが丁寧に喋ってると気味が悪いわ。いつも通りにしなさい」
「……わかった。で? 最初の命令は?」
とても釈然としなかったが、一時とは言えアウラのものになると言ったのは自分である。
死ぬようなことはさせないらしいので、アウラが飽きるまで付き合うしかなかった。
「今からあんたは私のものよ」
「…………」
「返事」
「今から俺はアウラのものになるよ。条件はさっき言った通りだ。出来ない事はさせてくれるなよ?」
「それでいいわ」
アゼリューゼで服従させたわけではない。
それ以外の何かがあったわけでもない。
しかし、この男が言葉を違えないのを、アウラは知っている。今からこの男は自分のものとなったのだ。
知らず口角が上がるのを、アウラは自覚しなかった。
「最初の命令は、私から命令された事を誰にも漏らさないことね。他の誰かに何を聞かれても私の命令を聞かない時が来ても絶対に話さないこと。わかったかしら?」
アウラは一利用者であった時、言葉の裏を突かれて男から良い様にされた事を今でもよく覚えている。油断をしなければ漏れも抜けも許さない。
アウラだって学んでいるのだ。
「わかった。復唱しなくてもいいだろ?」
「そんなのは要らないわ。あんたがわかってるならそれでいいのよ。じゃ、まずは赤いの飲みなさい」
赤い回復薬は四肢の欠損すら癒す非常に効果のある薬であるが、無尽蔵に供給されるこの部屋では眠気覚ましも同然である。
ちなみに、男がアウラの世界に持ち込んだ赤いのは、使い切らなかった分を全て置いてきた。持てるだけ持っていたが、それなりに消費したので残したのは一人一つだけ。それだけなら供給元を疑問視される事なく、ダンジョンだか古代遺跡だかで発見したと言い切れる量である。
「で、次は……」
互いに赤い回復薬を飲み干して、体調的には一日が始まったばかりとなった。
アウラは新たな一日に胸を躍らせているが、男の方はため息を堪えるのに努力が必要となっている。
「風呂で私の頭を洗いなさい」
特別訓練とそちらを天秤に掛けたら、ギリギリで後者に傾くアウラである。
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頭のみならず全身を丁寧に洗わせて磨かせて、少々気怠いけども艶々のピカピカになったアウラは、風呂を出て早速赤いのを飲んだ。どうして飲むんだと云う男の不審には気付いても無視をする。
赤い回復薬で眠気や疲労は癒えても空腹は癒せない。男をパントリーに走らせて食事を取り、男にも食事をさせてやり、お茶で唇を湿らせる食休みの間は無言でいた。頭の中で次の予定を考えている。
どう切り出すべきか迷ったが、五秒もしない内に考えるのが面倒になった。
「あんたってここに来る連中にセックスしてやってるのよね?」
「そーいうことは言わないと言っただろう。出来ない事はしないと言ったぞ」
「でもダクネスとセックスしてるのは私に見せたじゃない」
「あの方を基準にしてくれるな。あの方が特別……例外……希少…………、あの方だけなのはアウラにだってわかるだろ?」
「……まあ、ね」
ダクネスが基準だったら、世界は滅ばないかも知れないけれど間違いなく狂ってしまう。アウラは聞かなかった事にした。
「あれはあんなになってたけど、あそこまでにならなくても気持ちいいものなのよね?」
「お喜び頂いている自負はあるね」
「ふぅん…………」
アウラは処女だ。生殖しない魔族には生殖行為の必要がない。けれども、生殖のための器官を備えている。
それらで快感を得られる事を、これまでの特別訓練でアウラは知っていた。男からされる訓練以外でも、アウラの手指が伸びる事は稀ではない。それが良いものであると、体に教え込まれている。
「それじゃあ……」
少しだけ考えた。
特別訓練が良いものであると知っている。しかし、男とセックスしたと思われる女達の機嫌が良くなっていたり、悍ましくはあったがダクネスの乱れようを思えば、訓練以上に良いものなのだろうと推測出来る。
それを得るには何と言えば良いか。
「セックスで私を悦ばせなさい。あんたが考えて、私が良くなれるようにするの」
予想出来た言葉であったが、男は片眉を上げた。
いつかに備えてアウラの開発を進めてきた。それがこのような形でアウラから求められるとは思ってもみなかった。が、いずれが今になったに過ぎない。
長い訓練を通して隅々まで知ったアウラの体を悦ばせるだけである。
「賜りました。アウラ様が知らない事をお教えしましょう」
男の微笑に気圧されでもしたのか、アウラは言葉遣いがどうのとも言えない。
無言の時間がしばし流れ、少し遅れてから頷いた。
続けると長くなりそうなので。
尚次話は(ry