※この作品はR-18です。

奉仕しないと帰れない部屋に囚われた男の業務記録   作:dolph

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「その着せ替え人形は恋をする」より喜多川海夢
ほぼ海夢の紹介回


喜多川海夢

 喜多川海夢(きたがわまりん)はごく普通の女子高生である。

 

 熱力学を超越する不思議な力やアカシア記録に接続したが如きここではない記憶を持つことはなく、そういった世界に憧れを持つ普通の女の子である。

 ただし、整った容姿に同年代女子の誰もが憧れるスタイルを持つことから、若年ながらも読者モデルをしている事が普通ではないと言えばそうだろう。読者モデルのアルバイトで稼いだお金の大半を趣味であるマンガやゲームやアニメに費やすのは何とか普通の範疇だ。

 アニメの中に女児向けアニメが含まれている事は普通と言ってよいだろう。大きいお兄さんお姉さんにも人気のアニメなのだから、十代半ばの海夢が夢中になってもおかしい事ではない。しかし、ゲームの中には年齢制限がある美少女ゲーム、いわゆるエロゲが含まれているのはちょっとおかしいかも知れない。

 そんな海夢は、少し前まで計画的にお金を貯めていた。と言っても無駄遣いを控える程度であったが、彼女にとっては立派な貯蓄である。

 お金を貯める目的は、衣装を作るためだった。

 

 海夢はアニメを、ゲームを、マンガをとても愛している。愛が高じて作品世界に飛び込んでしまいたくなった。

 しかし極々常識的に考えて、創作物の世界に飛び込めるわけがない。海夢が選んだのは現実的な手段だ。それは作品の登場人物に成りきる事である。すなわち、コスチュームプレイ、略してコスプレであった。

 海夢にとってコスプレとは愛である。コスプレによって作品の登場人物と一体化する事により、より強くよりリアルに彼女たちの存在を感じるのだ。

 けれども海夢には衣装を作る能力がない。全くない。衣装を作るためのテキストをしっかり読んでも、何故か望む形になってくれない。これは自分で作る事を諦めるべきか。

 いや、海夢の愛はその程度で挫けない。何としても愛する彼女たちになって作品の世界と一体化したいのだ!

 

 と、四苦八苦していたのは少し前の話である。

 今もお金を貯めるために頑張ってバイトを増やしているが、それは衣装作成のためではなく一眼レフカメラを買うためだ。

 私的な撮影には普段使いしているスマートフォンをずっと使っていた。しかし、一眼レフの方が映りが良いし、スマホのカメラと違って多用な表現が出来る、らしいのだ。なお、衝動的にネット通販でポチッたカメラは商品名に「M」が付いている。「まりん」のMだ。運命と思った。届くのをとても楽しみにしている。

 

 そんな海夢はやっぱり普通の女の子である。そこに付け加えたとしても「ちょっと変わってる」かも知れない程度だ。

 しかし、胸を張って普通ではないと言えることがあった。本当に言ってしまうとダメらしいので誰にも言えないが、絶対に普通ではない。もしかしたら政府とかNASAとかFBIに話すべきことかも知れない。しかし話してしまうとダメらしいのでやっぱり言えない。

 海夢が誰にも言えない秘密とは、小さな鍵を持ってる事である。

 

「よっし! お風呂完了。ブラオッケーパンツオッケー。服はこれでいっかなー? うーん……、やっぱ制服にしよ。あんまだらしないと恥ずかしいし」

 

 湯上りの海夢は綺麗な金色に染めた髪にバスタオルを乗せ、長い髪の水気を吸い取りながら着ていく服を吟味する。

 ブラジャーはヌーブラだ。肩紐や背中のベルトがなくバストに貼り付いて乳房を寄せるので、下着のラインが服に出ない上に胸の谷間を簡単に作れる。

 パンツはTバック。フロントの面積が小さく、バックの面積はもっと小さくてTの字に見える事からTバックと言う。これも下着のラインが出にくい。それよりもラインが出ない貼るパンツも考えたが、今回はサイドを責める予定がない。

 当初選んだ服は、大きめのTシャツ。以上である。

 どうせすぐに着替えるのだからラフな服装で十分と言いたいところではあるが、着替える前にそんな恰好を見られるのが問題だ。それは割とかなり恥ずかしい。だらしない子と思われてしまうかも知れない。それはもう今更かも知れないが、知られていても被りたい猫がある。

 だらしないの反対にいるのはフォーマルだ。

 高校一年生である海夢にとって、最もフォーマルな服装は学校の制服である。モデルをしている時にフォーマルなスーツっぽい服装をした事もあったが、何となくピンと来ないしスーツに合ったメイクも出来ない。

 ここはやはり制服だと結論付け、ハンガーに掛けていた制服をベッドに広げる。

 

「えーーっと他にはー。着てくのはこれでいいでしょ? お財布なんて邪魔だし、バッグはー……いらないかなあ? メイクは私が持ってるのよりあっちの方がずっといっぱいあるし。…………あ、カラコン! やっばー忘れるとこだったー。えーっと、いつものと青いのと黒目のと。うーん……全部持ってってわたわたするのやだしぃ……。てか赤と青はなー。比べちゃうしなー。でもでも付けないとかありえないっしょ」

 

 ドライヤーで髪を乾かしながらあれこれと思っては却下する。譲れない一線がどこにあるか見極めて、カラーコンタクトレンズはいつもの赤とスペアだけにした。

 

「で、スマホは絶対忘れちゃダメ。あー、カメラ早く来ないかなー。あと三日早く注文してれば! 絶対すぐ届くと思ったのにー! う~~、でも行くの延ばすのもう無理。ホントは一昨日行けたのに二日も待ったなんてあたし超えらい!」

 

 鍵を使用出来るのは週に一度。再使用のためのクールタイムは一昨日で完了していた。しかし海夢は我慢した。週末に合わせたかったのだ。

 週の真ん中で使ってしまうと、次の日の学校で調子が狂う。友達に「何かあった?」と聞かれた事もある。そうならないように、金曜の夜に使う事に決めたのが十日前。前回はそうと決めてたのに出来なかった。でも今回は我慢した。超頑張った。これは褒められるべきと思うのだけど、そんな事で褒めてもらうのは恥ずかしい事かも知れない。数日どころか何ヶ月も、長いのは何年も待った人がいたらしい。

 

「よし、準備完了! いっくぞー!」

 

 海夢は机の引き出しの裏に貼り付けていた鍵を取り出す。毎回こんな所に仕舞うのは面倒だと毎回思っているが、もし万が一何かの間違いで誰かに触られたら取り返しがつかない。母は既になく、父は単身赴任で滅多に帰ってこないためほぼ一人暮らしの海夢であるが、何があろうと絶対に隠さなければならない秘密なのだ。

 

 鍵を手に取れば世界が止まる。

 見えない鍵穴に差し込み捻れば不思議の扉の鍵が開く。何度見ても胸が高鳴る。

 すうはあと深呼吸して、海夢は白いドアを押し開いた。

 

「ようこそお出で下さいました、喜多川海夢様」

「はい! 今日もよろしくお願いします!」

 

 豪華な部屋でとても綺麗な男の人に丁重な礼をされ、海夢の夢のような週末が始まった。

 

 

 

 

 

「それじゃ早速」

「お待ち下さい。先に記帳をお願いいたします」

「……えへへ、そーでした!」

 

 言葉通りに早速奥へ駆出そうとしたところを呼び止められ、革張りのノートを差し出される。海夢は自分の子供っぽさを笑って誤魔化し、ささっと今日の日付と自分の名前をサインした。他の人が書いてる事に興味がなくもないが、そんな事に気を留めてられないほどの楽しみが待っている。

 

「海夢様は夢中になってしまわれますと、お気付きにならないことがございますから」

「…………」

 

 自覚がある海夢は頬が熱くなる。からかわれてるとか笑われてるとは思わないし、落ち着きのなさをたしなめられてるとも違うだろう。しかし、間違いなく子供っぽいと思われている。微笑ましいと思われている。それはちょっと望むところではない。

 

「あたし、海夢様って言うの止めてくださいって何度も言いましたよね? この前もその前も言ったのに、どーして言うんですか?」

「勿論覚えております。ですが最初だけは礼をさせて頂きたいのです。私から海夢様への感謝と思ってくだされば幸いです」

「別にあたしはここで好きにしてるだけだし、感謝するはこっちの方だし……」

「それだけの事が私には得難いことなのですよ」

「う〜〜! わかりました! じゃ、こっからは海夢様禁止で!」

「かしこまりましたよ。海夢」

「そっ……それで、いいんです!」

 

 思い切っての反撃を呆気なくいなされる。こーいう事がある度に自分は子供であっちは大人だと思い知らされ、良いように転がされてる感じがする。

 けれども、目一杯背伸びをしなければ目も合わせられない。意地を張る度にやらなきゃ良かったと思うが、やらずにはいられなかった。

 

「サイン、確かに。ありがとうございます。様々なご用意を出来ますが、今日もあちらに?」

「はい! そのためだけに、……でもないかも知んないけど、それがしたくて来てるんです!」

「たまわりました。それではご案内いたしましょう」

「お願いします!」

 

 元気よく返事をした海夢は、漆黒のスリーピースが素晴らしく似合う男に先導され、応接間から別の部屋へ。

 初めてここの応接間を見たときは本物なのかハリボテのセットなのかわからず、壁も床も天井もじっくり見たものだが、今はもう全部本物だとわかっている。何度も通って流石に慣れてきたかなと海夢は思うのだが、見る度に目が眩むような豪華さだ。怖くて迂闊に触れない。壊しても平気らしいが、落ち着かないものは落ち着かない。動悸が治まるまでちょっと時間が掛かるのはいつもと同じだ。

 

「こちらになります」

「ふわぁ…………!!」

 

 広い応接間を横断して、両開きのドアに辿り着く。開けられ現れる光景は、何度見ても感動と衝撃が抑えられない。

 一般家庭育ちの海夢がお城や宮殿を知っているわけがないが、応接間の隣にこんな部屋があるのはおかしいことくらいわかる。もっとおかしいのは部屋の広さだ。

 テニスコートが何面入るのかな? と思ってしまう応接間はすっごく広いが、こっちはもっと広い。不思議な力で幾ら進んでも出入り口が一定以上遠くにならない仕掛けがなかったら、間違いなく帰ってこれない。

 とっても広い部屋を占拠しているのは、色とりどりの衣装、ドレス、アクセサリー。あっちの世界なら手で触れることすら憚られる凄い衣装を自由に着ていい。物凄いのは服にはどれも魔法が掛かっていて、どれを着ても海夢の体にピッタリ合ってしまう。すごすぎて、すごすぎた。

 色々なことが出来る不思議の部屋で、何でも揃ってる無限のクローゼットルームが海夢のお目当てであった。

 今日も果てしないコスプレの旅に旅立つのだ!

 

「それじゃ伯爵様、色々お願いします!」

「……かしこまりました」

 

 伯爵と呼ばれた男は、爵位を授かったことはないんだけどなあと呟きつつ、クローゼットルームに駆け込む海夢の後を追った。

 

 

 

 初めて不思議な部屋を訪れた海夢は夢だと思った。夢なんだから何してもいいよね理論で注文したら季節のフルーツをふんだんに使った奇跡のパフェが出てきた。和牛ステーキ丼も出てきた。どちらも絶品だった。なお、夕食は普通に食べた後である。

 夢なのにお腹が膨れたのを感じて、もしやこれは夢ではないのではと思い至った海夢は蒼褪めた。

 とっても綺麗なパフェである。噛む前に舌の上でとろける和牛である。まさかのワサビがいい仕事をしていた。どちらもとてもお高そうだ。部屋でくつろいでいた海夢はTシャツにホットパンツ。お金なんて持ってない。

 あのあのととちりながら手持ちがない事を伝えれば、お代は一切不要と言う。海夢はまたも蒼褪めた。

 これは、詐欺だ。ぼったくりだ、つけ払いだ。喜多川家は父の頑張りのおかげでそこそこ余裕がある家庭である。しかし、アルバイトをしているとは言え、海夢が自由に使えるお金は大したものではない。

 ならばと次に思い至ったのは更なる悲劇。それすなわち誘拐、拉致監禁、身代金、性奴隷。生きてここから出られるのかとまで覚悟した。

 しかし話を聞くと、ノートにサインしてもらうだけで良いらしい。綺麗な男の人は、サインが集まらないとここから出られないのだとか。

 

 そう言う事ならと海夢は疑いもせずサインをして、ここがどんなところなのかようやっときちんと聞くことが出来た。

 美味しいものが食べれるなら偶には来ようかなと思ってた海夢を繋ぎとめたのは、無限にも思えるクローゼットだった。

 ここでならありとあらゆるコスプレが最高品質で出来る。

 初回は忘れていたスマホを二回目以降は必ず持参し、ちゃんと撮影出来る事も確かめた。時計が止まって位置情報がなくなってるのはどうでも良いとして、撮影した写真をちゃんと持って帰れてSNSにアップすることも出来た。アカウント名は本名を平仮名で使ってるが、ありふれた(?)名前なのとドレスアップした海夢がいつもと雰囲気が違い過ぎるので、誰にも気付かれてないのはちょっと不満のようでもう一人の自分が出来たようで面白い。

 以降、毎回テーマを決めてコスプレし、写真撮影に勤しむのが海夢の過ごし方である。

 

「あたしはちゃんと映るけど伯爵様が映んないのが残念だなー」

 

 クローゼットルームで仕入れた衣装を着た海夢はちゃんと写真に映る。

 しかし、海夢が伯爵と呼ぶ男は映らない。

 

「伯爵様ってゆーれーとかじゃないですよね?」

「ちゃんと手も足もありますよ。私は探知系の魔法に引っかからないと言われたことはありますが、鏡に映らないわけではありません。この場所の影響でしょう」

「魔法! 伯爵様も使えるんですか?」

「それが全く。魔法の才能は皆無と太鼓判を押されました」

「そっかー。見てみたかったなー。魔法ってどんなのがあるんですか? アニメやゲームじゃ色んなのあるんですけど、同じことって出来るんですか?」

「かなり近いものはありますね。海夢が好きなマンガで言うと」

 

 海夢の話はとりとめがない。会話の中で気になった言葉があるとそれに引っ張られ、違う話、違う話へと飛んでいく。

 

「伯爵様初めて見た時、うわリアル執事だ! って思ったんです。でもすっごい堂々としてて執事よりも貴族かなーって。貴族って言えば伯爵ですよね」

「私の尊敬する方が家令にして執事を担っておりますよ。その方から改めて立ち居振る舞いを習ったものです」

「リアル執事! やっぱりお姫様に忠誠を誓ってたり?」

「いえ、その方の主は男性です。……未婚の女性に異性の使用人が就くことは非常に稀ですね」

「あー、好きになっちゃったりしたらまずいですよねー。あっ、これこれ! 今日はこんな感じで!」

 

 とても煌びやかでとても広いクローゼットルームを、今度は海夢が先に立って歩く。

 カジュアルな衣服なら棚に並んでいたりハンガーで吊るされていたりするが、この辺りは一着一着が顔のないマネキンに着せられている。

 

「えーっと、とりあえずこれを試したいんですけど……」

「もちろん構いません。試着しますか? それとも一先ずキープして他のドレスも見てみますか?」

「キープで!」

「たまわりました」

 

 海夢の後ろを歩く従僕の如き伯爵はワゴンを押している。海夢が選ぶ衣装を運ぶためだ。

 海夢が進む毎にワゴンには衣装が積み重なり、五着を越えたところで一旦試着する事になった。姿見の前で制服を脱ぎ、ヌーブラとTバックだけの姿はさすがに見せられない。後ろを向いてもらって、着脱に手伝いがいる時だけは見てもらう。

 衣装に合わせたメイクはまだだ。それは本命を着る時だけと決めている。そうしないと時間が幾らあっても足りなくなる。でも一応、着替える度に写真を十枚くらいは撮っておく。

 そんな事を五度繰り返し、いよいよ本命に手を掛けた。

 

「これだーっ! これにします! メイクもお願いします! えっと、着る前にするんですよね?」

「ドレスは汚れても元通りになりますが、着ている間はそのままですからね」

「はい、お願いします!」

 

 目当てのドレスを確保して、クローゼットルームに併設されてるドレッサーで海夢のメイク。

 海夢自身もお洒落大好きな女の子としてそれなりのメイクを出来るが、彼の方がずっと器用でずっと上手い。図工の成績は5段階評価で5に違いない。絵を描いてもらった事もあって、パパっと描かれたのに本物そっくり。むしろ本物より綺麗かも。幸いにも部屋の外に持ち出し可能で、海夢の部屋で額縁に入れて飾ってある。制服姿の海夢の絵だ。

 メイクは上品だけど冷酷なお姫様をイメージし、目元がいつもより切れ長だ。髪も丁寧に結ってもらった。お姫様なのだから衣装は当然ドレス。今日のコンセプトを話したら、伯爵様が少し微妙な顔をしたのはすぐに忘れてしまった。

 冷酷だからこそドレスに黒は選ばず薄めのブルーで、これまた一瞬だけ微妙な顔をされてしまったのだけど、チュールレースの繊細過ぎる刺繍に感嘆し、またもすぐに忘れてしまった。

 

 メイクをして着替えをしたら、本格的な撮影である。

 制服姿だと豪奢な応接間で浮いてしまうが、メイクをバッチリしてお姫様コンセプトのドレスに煌びやかな宝飾品を身に着ければ恐れるものは何もなし。

 ちなみに、もしもアクセサリを外に持ち出せたら、一つで都心にビルが建つお値段になる。

 まずとりあえずはいつも通りの海夢が写真に映り、いつもの自分と変わらない事に笑ったらお姫様の演技をする。

 澄ました顔をして、無表情で、酷薄に笑い、残酷に愉悦する。またも伯爵様が微妙な顔をしたのは、演技が様になっていて驚いたと言われ、海夢の機嫌が一層上向く。

 海夢はスマホのカメラで撮影された写真を確認し、映っているのが自分であるにもかかわらず、うっとりと見入ってしまう。そして自分であることを認識すると、イヒヒと喜びと楽しさがこみ上げてくる。

 

「これもネットにアップしていいんですよね?」

「勿論構いませんよ。私では触れようがない領域ですから」

 

 許可が出たのでガッツポーズ。大丈夫とわかってても、言葉にされると気分が違う。

 海夢は毎週高品質のコスプレ写真をアップしているので、閲覧者たちからはCGと思われていた。が、海夢は気にしない。コスプレはほとんど自分の自己満足で、見て楽しんでくれる人がいるならそれでいい。

 

「それじゃ脱いじゃいますね。いつものようにワゴンに入れとけば大丈夫ですか?」

「はい、片付けはお気に為さらず。私がするわけでもありませんし」

「えっと、それと……。クローゼットの中って、欲しいなーって思ったとこにいけるんですよね?」

「そのようです。何かお探しですか?」

「あっ! ダイジョブ、大丈夫です! じゃ、ちょっと行ってきますから!」

「かしこまりました。私はお茶の準備をしておきましょう」

 

 海夢はドレスの裾を摘まみ上げ、クローゼットに駆け込んだ。

 ドレスは多少傷んでも勝手に修復するし、そもそも簡単には破けないらしいが、すごく高そうなので慎重に脱ぐ。脱いだドレスをワゴンに乗せ、目を閉じた。

 

「よし!」

 

 気合を入れて歩き出す。イメージするのは最強の自分だ。

 

「うわ……やっぱあった。伯爵様と一緒だと来れなかったけど、そーだよね。ないわけないよね」

 

 色とりどりの布地が並んでいる。サイズは自動で合うから関係ない。マネキンが見本を身に着け、その前に並ぶのは色違いだ。どれもこれもさっきのドレスと同等に繊細な作りである。

 

「情熱の赤! は、気合入りそうだけど、うーん……。青はなんか微妙な顔してたし。黒、かな? いやでも黒はちょっと。とすると……」

 

 選んだのは白。デザインは直感に従った。

 

「え…………っと。簡単に破けたりしないし、汚れても勝手に綺麗になるって言ってたよね?」

 

 聞かせる相手はいない。自分に言い聞かせている。大丈夫。いける。これだ。と自分を励まし、海夢は着替えた。

 ハンガーに掛けてあった制服はいつの間にか洗濯済み。柔らかな匂いに顔を埋めてから袖を通す。

 制服の夏服はワイシャツにプリーツスカート。シャツをきっちり締めるのが苦手で第一ボタンはいつも開け、タイも緩く締めている。第二まで行くかと悩み、それはいけないと思い留まる。袖はいつものように腕まくり。シャツは着た時と同じ形だ。

 スカートは悩みが深い。いつも短くしているが、そこから一つ多めに折り込む。スカートはウエスト部を折る事によって長さ調整が出来るのだ。

 姿見に映った自分に相対して最終確認。スカートがいつもより短いのは誤差レベル。シャツが白なのでよーっく目を凝らすと透けるような気がしなくもないが大丈夫。

 着替え終えたら次はメイク。お姫様メイクは綺麗に落とす。割と塗られた気がするのに、簡単に落ちるのはやはり不思議だ。しかもメイクする前よりぷりぷりなのはぬるぬるの化粧水のおかげかと思うが後回し。新たに作るのはいつも通りのナチュラルメイク。

 

「…………よし!」

 

 初めて着けるもので、素晴らしく気合が入った。

 

「お待たせしましたーっ!」

 

 意気込みつつ空回りしないよう気を付けて応接間に戻れば、

 

「お待ちしておりました。海夢が来てから少し時間が経ちましたので、このようなものを用意いたしました」

「……うわぁ」

 

 お茶の用意をしているはずだった。

 しかしテーブルに並んでいるのは、ボリュームたっぷりのサンドイッチ。パンからはみ出たレタスは瑞々しく、とろりと垂れるソースがいい匂いをさせてくる。こんな場所でこんなものを食べていいのかと思うがステーキ丼を食べた事があった。

 それよりも入れまくった気合をどうしてくれると思ったが、くぅと小さくお腹が鳴る。

 海夢がここを訪れてから、昼食と夕食の間くらいの時間が経っている。空腹を覚えるのは不可避だった。

 

「………………。いただきます」

「私もご相伴させていただきます」

「……はい」

 

 サンドイッチはとても美味しかった。パンは伝説のシーフが焼いたとかわけのわからない事を言ってたのは聞き流す。海夢の目的とは関係のない事だ。

 ただ、テーブルで向き合ってではなく、ソファーで並んでを主張したのは頑張った。

 

 

 

 お腹が膨れると眠くなってきた。しかし寝てる場合ではない。

 それはそれとして、今度からは休日の朝に訪れる事を決めた。それだったら一日をフルに使える。寝て起きてもここにいられるが、時間は一緒でも気分が違う。

 眠気覚ましのために特濃珈琲をお願いした。砂糖とミルクをいつもの倍入れなければ飲めなかった。

 眠気に珈琲の興奮が加わって、海夢の計画は最初からズレが生じた。

 

「えーっと、伯爵様ってすっごいカッコいいですよね」

「ありがとうございます」

「ホントですよ!? 神絵師の超美麗イラストから抜け出てきたみたいですもん。写真に撮ったらCGとしか思われないレベルです! それに目の色が違うのってすっごい神秘的で、それって生まれつきなんですか?」

「右目の青が元々の色ですよ。左も青かったのですが、一度焼け潰れてから」

「わーわー!! 今のなし! あたしは何も聞かなかったです!」

 

 海夢の日常に剣も魔法もモンスターもない。マンガやゲームでは散々な描写がたくさんあるが、直に痛い話を聞くのはとても痛い。聞かなかった事にした。

 

「だから綺麗な人といっぱい知り合ってるんだろうなーって」

「海夢もその一人ですね」

「えっ!」

「魔法が見たいと言ったでしょう? 魔法を使える方もいらっしゃいますが、紹介する方法がないのが残念です」

「えっ? あっ、そーですね……」

 

 これは話を逸らされたかと勘繰り、珈琲を飲む振りをして上目遣いに窺ってもおかしな様子はない。

 

「……今更ですけど、ここって不思議なところですよね」

「非常に博識な方から特別な機器を用いて観測していただいたところ、六次元以上の領域から支配されているそうです。そこでは粒子一つの状態が極めて巨大な数値を取り、グラハム数を用いると」

「あっ、あはは! そーなんですね!」

 

 不味い! 海夢には手も足も出ない領域だ。即座に撤退を選択した。

 

「伯爵様ってあたしと違って頭いーし、カッコいいし、完璧超人だなーって」

「そう言われるのは光栄ですが、至らない事も多いですよ。叱られる……、いや、叱るなのか? 八つ当たりのような気も……。褒められる事ばかりではないのは確かです」

「それは叱る方が間違ってますって!」

「是非言って欲しいものですね」

「もちろんです! 滅茶苦茶言いますから!」

「頼りにしてます」

「はい!」

 

 海夢は元気に返事をしたが、直後にこれは違うと反省する。

 攻め入りつつ、旗色が悪ければ撤退を選べるラインはどこか。

 

「ベロニカたゃのコスした時なんだけど」

 

 口にした瞬間に踏み込み過ぎたかと思ったが時遅し。ちょっぴり冷たい汗を掻きながら言葉を続ける。

 

「あれって結構…………、きわどかったですよね?」

 

 ベロニカは格闘ゲームの登場キャラだ。

 囚人という設定があり、悪そうなジト目と凶悪なギザ歯が特徴である。褐色肌や白のショートヘアはあっちに措いて、衣装が攻めてる。

 首輪や手枷もあっちに措いて、ローライズのショートパンツ。胸はベルトと云うかバンドと云うか、被服面積がとても小さい。谷間が見えれば下乳も出てる。健康的な下乳がキャラの魅力だ。

 海夢はその衣装を着て、何枚も写真に撮ってもらった。

 帰宅後見直し、エッチじゃんと気が付いた。SNSにはアップしてない。自分が見返して楽しむ専用になっている。と同時に写真を撮られたことを思い出す。

 コス中は夢中だったので気付きもしなかったが、客観的に見てかなり際どい服装だ。エロコスに分類されても仕方ない。それを言うなら初めてのコスはエロゲのヒロイン。ただしちょっとセクシーな程度。格闘ゲームのキャラの方が際どいのは何の不思議か。

 

「ええ、とても似合っていましたよ」

「……伯爵様はふつーに写真撮ってくれたなーって」

「おかげで撮影が上手くなりました。海夢が帰ってからも撮影技術や構図を学んだ成果が出たと思います」

「む……。ありがとうございます」

 

 これは明らかにかわされている。しかし海夢は退却を忘れた。話が逸らされるのを、彼女の気質が良しとしなかった。

 

「あたしってすっごい格好だったと思うんですけど? 家に帰って思い出してちょっとドキドキしちゃったんですけど?」

 

 ちょっとには「ほんの少し」を意味する場合と、逆説的に「かなり」を意味する場合がある。日本語ネイティブである海夢が使ったのは後者の意味だ。

 

 海夢の機嫌がちょっぴり下がった。

 責められている事を感じた男は挽回策を模索する。一番困るのは海夢が怒ってもう来なくなることだ。

 結構際どいどころか凄く際どい衣装を見慣れている。海夢のベロニカコスからは際どさよりもコンセプトである健康的を感じたのはその通り。しかしそれをそのまま言うほど馬鹿ではない。馬鹿だったが、血反吐を吐いて覚えた。ましてここでは、元の世界に帰れるかどうかが掛かっている。無事帰るには利用者を迎えるだけでは足りず、事によってはペナルティもある。

 利用者が来なくなる。鍵を意図的に破棄されるのは最悪だ。その事を知られると一部利用者の要求が激しくなりそうなので秘さなければならない。

 

「勿論とても魅力的でしたよ。ですが、品のない目付きで見られるのはお嫌でしょう?」

「えっ」

 

 海夢の脳髄が高速で回転した。

 魅力的と言われたのはとても良い。攻めた自分を褒めてあげる。

 品のない目付きで見られるのが嫌だろうと言うのは、嫌じゃなければそんな目で見たと言う事だ。

 魅力的と思った体をそんな目で見る。理解した瞬間、頭が茹った。

 

「べっべべつに、嫌じゃないですけど!?」

「それならもう一度見せて頂いても?」

「うえっ!?」

 

 隣に座っている彼が、身を乗り出してこちらを見てくる。

 動悸が激しい。頭の中は目まぐるしく動き過ぎて感情でいっぱいだ。言葉が出ない。何も言えずに見詰めてしまった。

 とても目の保養になる男性で、じっくり鑑賞させてもらった事がある。あの時はそう断って鑑賞したからいいが、今は違う。何か言わなければと思うのに、言葉にならない。

 いいかダメかの二択で、流れ的にいいと言うべきだ。けどもそっちを選んでしまうとそうなってしまって、だけどもそんな狙いがなくもなかったのは確かであって。

 ふ、と彼が笑ったのを見て、決意した。

 子供扱いされてるが、実際向こうから見たら子供だろうが、子供ではないつもりでいる。

 

「いい、です…………けど……」

「けど?」

「ええと……それは……」

 

 海夢の肩幅半分ほどを開けて座っていた空間を埋められる。

 もじもじと髪をいじくっていた手を取られ、顔が近付いてきた。

 

「あたし……、伯爵様が好き、……かな? ……って」

「私はここから離れられませんよ?」

「……それでもここに来ればいつでも会えるんですよね?」

「ええ、いつでも待っていますよ」

「…………それじゃあ……。あ……」

 

 海夢の視界に赤と青の光がいっぱいになって、柔らかなものが唇に触れた。

 目を閉じて初めての感触に集中していると、しゅるると衣擦れの音が聞こえる。

 海夢のワイシャツから、ネクタイを抜く音だった。




異世界かるてっと以外からの登場
タグを付けるべきなのだがいずれ溢れると予想できるためあらすじに原作名を表記
注意されたらタグにします

フェルンと競って海夢になりました
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