奉仕しないと帰れない部屋に囚われた男の業務記録 作:dolph
頻発するかも知れません
「ふむ……、桃色姉妹は相変わらず脳みそが桃色のようだな」
ターニャが応接間の豪奢なソファーに深く腰掛け、珈琲を啜っている。
本日は軍服姿であり、落ち着いた様子には幼くも威厳すら漂う。世界一珈琲を飲む姿が様になる少女である。それ以前に、ターニャの同年代では性別問わずブラックコーヒーを舌が受け付けないだろう。
ターニャが読んでるのはレジャールームの利用者ノートである。桃色姉妹ことラムとレムは、毎回犯される孕まされると書いてるくせして欠かさず訪問している。ターニャが桃色姉妹と名付けるのはむべなるかな。
「これは一体誰が? こんな文章を書ける奴がいたのか? それにこれによると……」
非常に冗長で回りくどい文章だが、語彙や表現の多用さにそれらを適切に組み合わせているところを見ると、それなりの教養があると伺わせる。内容は詩的な描写が多用されてる事もあって、良いところのお嬢様が書いたラブレターのようだ。
はてそんなのがいたかとターニャはノートをペラペラと捲るが似たような文章はどこにもない。いずれにせよ顔を合わせることはないので興味は続かなかった。
それよりも遥かに重要なのは、このお嬢様の希望で新たな部屋が増設されたとの記述である。
「ヴィルト君。確か君にはこれが読めないのだったな?」
「さようでございます」
「ならば聞かせよう。ここにはこのお嬢様の要望通りの部屋が現れたとある。心当たりはあるかね?」
「ございます。利用者の方が強く希望し、それを私が受ける形で新たな部屋が現れるようなのです。こちらの――様のご希望により初めてそのような事が可能であると判明いたしました」
「なるほどなるほど。私が来なかった間の事だな。だが、新しい事が可能となったのならすぐに報告してもらいたいものなのだがね?」
「失礼いたしました。ターニャ様はここでのご滞在に満足されていらっしゃると解釈しておりました。余計な事をお話しては気が休まらないのではと判断いたした次第でございます」
「……そこは君の数少ない欠点の一つだな。新たな可能性があるなら切り開くべきだ。停滞は死を招く」
「ご忠告、感謝いたします」
ターニャの傍で侍従めいて控える男は非常に有能であり様々な事に気を利かせるが、現状を良しとするとそこから踏み出さない傾向があった。ある種のサボタージュである。
よって、レジャールームに新たな機能が発見されたとしても、こうしてターニャの側から聞き出さないと話さない。聞けば何でも話す男であるが、知らなければ聞きようがない。
「今でなくとも構わない。後でどのような部屋が増設可能なのか報告してくれたまえ。それともう一つ聞きたいことがある。ヴィルトは利用者の記述が読めない。利用者は利用者たちの名前が読めない。それで合っているな?」
「仰せの通りでございます」
「しかしここに『雫たんになる!』と書いてあるのが読める。雫とは個人名ではないのかね?」
「……は?」
ヴィルトと呼ばれた男は、ぽかんと口を開いた。そんな事を書くのは一人だけと言うかそんな事を書いたのか。
「失礼いたしました。そこで書かれた『雫』とは――が憧れる架空の人物を指しているのでしょう。利用者である何方かを指しているわけではございません」
「そういうことか」
「何かお気付きになられたことがございましたか?」
「そういうわけではない。が……」
仮称「雫たん」の記述は「凄かった」「ヤバかった」「超すごい」「マジうまし」などばかりで、ターニャからは聊かおつむが足りないように思える。そして羨ましい事にとても平和な世界に生きているようだ。
が、それらはどうでも良い。
ターニャが利用者ノートを毎回読むのは、他の利用者がどのように利用しているか確認してレジャールームの機能を発見するためだ。他の利用者の存在自体はどうでもいい。
レジャールームの利点の一つは、管理者である男を独占出来る事にある。故に、他の利用者たちが何をして何を思っても気に留めない。ターニャに言わせれば、他の利用者を牽制する桃色姉妹が異常なのだ。これが女の嫉妬で独占欲か、と思うも今の自分は女であったと苦笑する。
よって雫たんに興味はない。なのに興味を引かれたのは「魔法を使える方いますか? いたら会ってみたいです!」との一文だ。
「彼女、雫と呼ぼう。雫は魔法を使える者に会いたいらしい。利用者同士が会う事は可能なのか?」
「そのような事例は一度もございません。私にはわかりかねます」
「可能だとしよう。ならば手始めに何をすべきと思う?」
「ノートにその旨を記載すべきかと存じます。私が帰還する際もそのノートが基点となります」
「ふむ。試すだけなら構わないか」
ターニャは自身のサインの後に、雫になりたい誰かへ会っても良いと記した。
重ねて述べるが、ターニャは雫に興味はない。会っても得ることはないだろう。関心は書斎の変化にある。
書斎で閲覧出来る書物はそれぞれが住み暮らす世界で発行されたものに限る。ターニャの場合は例外で、前世の日本で発行されたものも含まれた。
そこで、ターニャと雫が同時にレジャールームを訪れたらどうなるか。雫の世界で発行された書物を閲覧出来るようになるのではないだろうか。
情報とは力だ。雫の世界の本がターニャにとって有用である可能性は低いが、試しても損はない。
「――が訪問したらターニャ様が記したものを読むようお伝えしておきます」
「頼んだ」
ターニャは尚もノートを捲り続ける。早速気になるものを見付けた。
「同じ人物が続けて訪問しているようだな?」
「はい。ですが他の方がサインする日時も統合して考えますと、これの一週間が、例えばターニャ様の一週間とはならないようなのです。彼方と此方では時間の流れが違うのではと推測出来るのですが、必ずしもそうなっているわけではなく、不定であるようです。私の主観ではこれが連日訪問する事も稀ではありません。今のところ規則性は見つかっておりません」
利用者Aが十回訪問するには十週間掛かる。そうするとまめに通っている桃色姉妹と雫も同じ数だけサインがあっても良さそうだが、そうはなっていない。
そこに加えてもう一つ目を引く部分がある。
「滞在時間が非常に短い。これでは珈琲を飲む時間もないだろう」
利用する日時は利用者が記入するが、レジャールームに滞在していた時間は自動で記される。ターニャにはまだ経験ないが、レジャールームで寝落ちしてしまった際は割と役立つようだ。
利用者Aの滞在時間は毎回十分以内だった。初回と二回目はやや長いが、それでも一時間はない。何をしに来ているか疑問である。
「それでございますか。それは一応人の姿をしていますが、人間大の昆虫のようなものです。虫のように知能も低いため、毎回サインだけして帰らせています」
「そんなものまでここに来るのか! 鍵を手にする基準は何なんだ!?」
「私にもわかりかねます。私としましては、より多くの方に手にしてもらいたいと存じております」
「そう思わない者もいるだろうがな。ヴィルトとしてはこれみたいにサインだけして帰ってもらった方が楽だろう?」
「その通りでございますね。ですが、それよりもいらしていただける方に満足していただき、次の訪問につなげる方が遥かに重要でございますから」
「正直な男だな、君は。君にジゴロの才能はないが、誠実であろうとするのは美点だよ」
「恐れ入ります」
ターニャとしては皮肉のつもりだったが、男は軽く微笑み頭を下げる。どこぞで宰相閣下の相談役をしていると言うのだから、面の皮が厚いのだろう。
「しかしサインだけして帰るのではこれにメリットがないだろう? 何故来る?」
「これの種族特性が大きいのでしょう。これの種族は生まれながら魔法を得手とし、凶暴で人肉を嗜好します」
「……物騒な害獣だな」
「ですが学習能力が非常に低いのです。いずれは駆除されて絶滅すると思われるのですが」
男はそこで言葉を切った。勿体ぶった言い方に、ターニャはやや興味を引かれる。
「実は自然発生するのです」
「……は?」
「その上、死んでも死体が残りません」
「…………なんだその不思議生物は。いや、生物なのか? なんでもありか、ファンタジー…………」
人間大で魔法を得手とする害獣が自然発生する世界はとても物騒だと思ったところで、ターニャは気付いてしまった。
「学習能力が低いと言っても皆無ではないのだろう?」
「はい。原始的な生物ですから、生存に直結する事は学ぶようです」
「それだけで十分だ。……そうか、なるほど…………。畑で兵士が取れると揶揄される国家があるが、それを地で行く生き物がいるとは……」
「適切な教育を施せば十分可能となるでしょう。今はそれらと人間たちは勢力が拮抗しているようですが時間の問題でしょう。いずれ適切な管理ノウハウが溜まれば人間たちは労働力に困る事がなくなると思われます。労働から解放された世界がどうなるか興味がありますね。そうなる前に、ここを訪問するそれは駆除される可能性が非常に高いのです。そうなって困るのは私ですから、駆除されないよう助言を与えております」
「……君は優しいな。今はその優しさを私だけに向けてくれていいんじゃないか?」
「喜んで」
ターニャはこの日、初めてヴィルトと一緒に風呂を使った。
洗髪の技術がヤバかった。語彙能力が雫たんレベルに下がるほどヤバかった。これからは毎回頭皮マッサージをしてもらう事に決めた。ノートにもお勧めと記しておいた。
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勇者ヒンメルの死から28年後。
北側諸国グラナト伯爵領北部。現グラナト伯爵が治める街から20km離れた荒野にて。
魔王直下の大魔族、七崩賢である断頭台のアウラの死が確認された。
アウラの死体が発見されたわけではない。魔族は死ぬと魔力の塵となるため、死んでも死体が残らない。誰かがアウラを討ったと報告があったわけでもなく、名乗り出る者もいなかった。
しかし、状況からアウラの死亡が強く推測された。
アウラは不死の軍勢を従えていた。彼女の魔法で服従させた対象を死後も支配する。その魔法が完全に解呪され、荒野には物言わぬ無数の躯が散乱していた。
アウラ自身が魔法を解いた可能性はない。アウラが長い年月を掛けて育てた軍勢だ。グラナト領を攻撃するために温存していたのを捨てるわけがない。
考えられるのはアウラの死亡。それ以外にあり得なかった。
グラナトの街に入り込んでいた三人の魔族は、アウラの代理としてグラナト伯爵と和睦を結ぶために赴いていた。が、それは街の防護結界を解除させるための欺瞞である。
三人の内一人はアウラの魔力が消えた事にいち早く気付き、街を離脱。
残る二人は偶々街を訪れていた魔法使い一向に討ち取られた。
一行の一人は魔族の性質を熟知しており、アウラの死亡は他の大魔族によるものと推測した。アウラの死に気を緩めることなく警戒を強め、グラナトの街での滞在を予定より少しだけ延ばした。
アウラの死亡が確認される一週間前の事である。
彼女は自ら底知れぬ闇に囚われた。