カーテンの隙間からチラリチラリと差し込む光。薄暗い室内を切り裂くように伸びる陽光は閉じた目蓋の上からでも鬱陶しいもので、それが数回繰り返されただけで人の目は容易く覚めてしまう。
「んぅ……?もう、朝か」
眠りに落ちた時の事さえ忘れ、この明るさは何なのだと顔を顰めてみれば単なる朝日であったことに気づかされる。
ああもうそんな時間なのか。とないよりはマシ程度に掛けられていた毛布を押しのけると、そこには一糸まとわぬ鍛えられた肉体だけが見えた。それは一年前は義務教育の範疇にいたとは思えない、研ぎ澄まされた肉体だ。
そんな身体とは別に、視界の端に映る己とは別の裸体。ゴツゴツとした自分とは違う、女性特有の丸さと柔らかさが見られる身体……プロヒーロー・ミルコその人だ。
互いの体には昨晩の“お楽しみ”の跡が残されており、カピカピに乾いて肌に張り付いたままになっている。腹筋の控えめな割れ目に沿うように、豊満な胸を塗りつぶすように。
「……“ルミ”、起きろ」
また何やら昂りつつあったけれども、鋼の意思でケダモノを押さえつけて間飛は彼女を起こすことにした。
◇
職場体験初日。
ヒーロー事務所を持たないというミルコの元を選んだ間飛だったが、まさかホテルを取ることもせずにミルコ宅での寝泊まりを余儀なくされていた。
普段から日本中を飛び回るヒーローなのだ。家の中が片付いていないことくらいは予想出来ていたが、少々センシティブというか……あけすけに言えば下着どころかアダルティな玩具さえ出しっぱなしというのは想定外。
間飛は当然として、さしものミルコもこれは羞恥心が働いた。妙な奇声を上げて間飛を突き飛ばし、兎の脚力を遺憾無く発揮して回収した。
ひとまず小綺麗な状態になるまで片付いたところで、ようやく間飛は自分の荷物を広げられるようになった。
中身の大半は一週間分の着替えや勉強道具ばかりで、唯一携帯しない大きめのタブレットが一つあるくらい。必要最低限の荷物だ。
とりあえずこの部屋を使ってくれと与えられた一室はそれなりに広く、滅多に使われない為新品同然の来客用布団を敷いて尚あまりあるスペースだった。
「初日からこれとは……前途多難ってか?」
間飛にしては珍しく、独り言で愚痴を零す。何せスペースのあまりはあるけれど、片付いていない荷物の一部はこの部屋に押し込まれていたのだ。邪魔にならないようにと纏められてはいるが、どうにも収まりが悪い。
そもそもミルコは彼女の部屋以外を積極的には使うようなタチではないだろうに、何をわざわざ
雑に積み重ねられたダンボールを一つ床に下ろし、特に封がなされていない事を確認すると恐る恐る開けてみた。そこには…………
「oh……This is アダルトグッズやないかい……」
女性用のアダルトグッズ……それも(おそらく)ハードなヤツらがかなりの量と種類を取り揃えていた。
無作為に一つ手に取ってみたのは男性器を模したバイブ。シリコン製の柔らかさと芯部分の硬さが入り交じった、独特の感触は確かに男性器のソレだろう。
問題はサイズ。間飛の腕程とは言わなくとも小さめのペットボトルくらいの太さをしている。一歩間違えれば鈍器にすらなるのでは無いだろうか。
ガサリと漁ってみれば次に出てきたのは二つのプラスチック椀。どうやら乳首での快感を得る為のグッズのようだが、それなりに使った跡が見られる。
というかこのダンボール内のグッズの大半が使い込まれた跡がある。ローターやら電マなんかのメジャーなものから、アナルビーズやギャグボール等の少々特殊な癖を感じるものまで。
どんだけ幅広い性癖を網羅してんだとつぶやき駈けた瞬間、間飛の脳天にチョップが叩き込まれた。
「……痛いっす」
「おまっ、おま、おまえええええっ!!?」
「はい落ち着いて。吸ってー、吐いてー。吸ってー、吸ってー、吸ってー……」
「スゥ──……ゲホッ!?ゴホッ……殺す気か!!」
「そんな律儀に付き合わなくても……」
軽いコントのような会話を挟んで少しは落ち着いたようだが、依然ミルコの顔は赤い上に青筋が浮かんでいる。赤と青を両立させるとは随分と器用な。
まあ、言うまでもなくとんでもないアダルトグッズの数々を見られたのだから当然の反応だろう。黒歴史ノートを見られた少年少女が『お前を殺して自分も死ぬ!』と言い出すときのリアクションが近いか。
しかし反論させて欲しい。そもそも間飛はここの部屋を使えと言われてあてがわれた部屋におり、その部屋の中にあったダンボールの中身を覗いただけだ。
もっと言うならばミルコが面倒くさがらずにホテル等の宿泊施設を確保していれば良かっただけで、うっかりミルコの爛れた性生活の片鱗を見たとしても間飛の責任とは言えないだろう。
「しっかし……よくもまあこんなに多種多様のえろグッズ集めましたね」
「うるせえバカ!!死ね!!」
「いや理解してますよ?【兎】の個性って事を考えれば、こういう事になる人もいますって」
「〜〜〜〜〜ッッ!!?///」
それはそれとして理解は示す。動物の能力を宿すタイプの個性にはよくある話で、寒い時は眠くなったり人よりも多くの水分を摂ったりしなければならなかったりと珍しいことでは無い。
おそらくミルコの場合は『強すぎる性欲』という形で現れてしまっているのだろう。
一年中発情が可能なのはウサギと人間のみと言われており、そのウサギの能力をニンゲンが持っているのだからそりゃあ性欲も倍々になってくるだろう。
それを分かっているのだから理解こそすれども、揶揄って嘲笑うような真似をするつもりは一切無かった。この後はお互いこの話題に触れなければそれでいいと、本気で思っていた。
「…………おい」
「はい───うおっ!?」
「いい事思いついたんだが、聞いてくれるよなあ?」
突如ミルコが間飛を押し倒すまでは。
トッププロの不意打ちに対抗出来るはずもなく、されるがままにマウントポジションを取られる。馬乗りになったミルコの体温はやけに高く、触れ合っている部分だけやけどでもするじゃないかと思う熱を感じた。
本来なら【瞬間移動】で逃げ出せるのだが、ミルコの様子がおかしい事と急な事態の変化から行動に移せないでいる。
吐息がかかる程の距離でミルコの口角が獰猛に吊り上がる。
「何を……」
「お前は私の弱味を握った。お前にゃチンコがついてる」
「ちょっ!?ま、マジで言ってんのか!!?」
「こういう時は────身体で払うから黙ってくれ、ってのがお約束だろ?」
そりゃ黙ってやる側が望んでたらだろうが。という言葉は口を塞がれて不発に終わる。
間飛の口がミルコの口で塞がれた。ただの唇同士の接触から、ミルコの舌が無理やり捩じ込まれて口内を蹂躙し始めた。
さすがにマズいと跳ね除けようとした時、間飛の耳が手で覆われた。途端に口内の水音が頭の中に響く。ピチャピチャ、クチュリと、淫靡な音がどこにも逃げてはくれない。あっという間に脳内を性欲が埋めつくしていく。
たっぷり数十秒の蹂躙を終えて離れた頃。二人の口は唾液が糸を引いて混じり合い、だらりと垂れた舌は欲求を隠そうともしない。
「…………懲戒免職モノですよ」
「それも含めての口止め料だろ?」
獣が性欲を我慢する理由はなく、少年もまた我慢することを諦めた。