他所で好評を得たブルアカ小説を改訂して載せます。 作:貞明み木
夜の静寂がシャーレのオフィスを訪れてから、すでに1時間ほどが経っていた。
オフィスには私と、もう一人だけ。
そのもう一人は、ツーサイドアップにまとめたすみれ色の髪をときおり触り、手元の書類とタブレットに視線を交互に向けている。
「先生、これで問題ないと思います」
ユウカはタブレットをこちらに手渡した。
さらっと目を通すだけでも、その会計の完成度が理解できた。
このすみれ色の瞳を持つ少女の助けのおかげで、シャーレの財布の底が破れずに済んでいる。
「この内容で問題なければ、今日の業務は終了にしましょう」
改めて内容を確認し、問題ないことを伝えた。
「よかったです。計算通り、ですね」
ユウカは普段、冷凍庫の中の氷のように冷静で落ち着いている。
しかし、戦闘でも、事務でも、何かを成し遂げたときは、氷が解けるような温かい笑顔を見せる。
私はかなり長い間、ユウカをオフィスの当番にしている。
オフィスの面倒な業務をユウカ以外誰もやりたがらない、ユウカより事務処理能力が優れた者がいない、ということが表向き……、いや、実際、2つの理由も事実なのだが、もっと重要な、裏の理由がある。
それは、毎日の業務が終わったあとの、2人きりの、あの時間。
お互いに、普段は心の奥の金庫に閉じ込めている感情を出し合う時間。
それは、ユウカの一声から、始まる。
「じゃ……行きましょうか」
それを言うときのユウカの瞳は、決まって少し細まる。
私の金庫の鍵穴に、その視線が突き刺さる。
小さく頷くと、私とユウカはカフェに向かう。
昼間、カフェには暇を持て余した生徒たちが遊びに来る。
そのためにゲームやら、テーブルやら、ソファが置いてある。
そして、夜には閉めるので、誰もいない。
カフェには、少しの光だけがあった。
カーテンから月光が漏れ、それだけがカフェの隅に置いてあるベッドを照らしている。
このベッドは昼寝をする生徒のために使われている。
そのため周りには仕切りが置き、隅に置いて少しでも休みやすいように工夫している。
私はユウカの後を、わずかな胸の高まりと、それよりずっと大きい恥ずかしさを覚えてベッドへ歩いていく。
ユウカが先にベッドに座った。
「さ、先生。座ってください」
ユウカの微笑は、先程見せた笑顔よりも、私の心のずっと深いところに突き刺さる。
目線を反らしながら、ユウカの隣に座る。
「今日の先生も、きっとかわいくなりますよ」
ユウカはそう言って、カーテンを開ける。
2階にあるカフェ。その隅のベッドにいる2人を、月光がより明るく照らす。
「先生、こっち、向いてください」
私は目線をあちらこちらに回しながら脚を折り曲げて、ユウカのほうに体を向ける。
ユウカは黒いハーフグローブを、右手だけ外した。
右手の素肌を見る機会は、今の時間くらいだ。
「目、合わせてください」
ユウカはグローブを付けたままの左手で、私の頬を触る。
布の感触が頬を撫でた。
ゆっくりと、少し目線が下にあるすみれ色の瞳を見つめる。
すみれ色の瞳の瞳孔には、赤い光が覗いている。
じっくり見ないと分からない、赤い光。
その光は、私の心の金庫の鍵穴を、毎夜のように、粉々にしてしまう。
「かわいいです、先生」
ユウカは私と目を合わせたまま、右手を徐々に私の腹部に近づける。
右手の暖かさを感じた。
「じゃ、いきますね」
ユウカはぐっ……と力を込めた。
「あ゛っ……」
思わず、声が出る。
手加減されていても、人間離れした力に内臓がぐっと押されると、吐き気を感じる。
ユウカの暖かい右手の感覚と、吐き気の感覚が、一つになって、私の表情は崩れる。
「かわいいです。先生。いつもは絶対に見せない、その顔が」
ユウカは左手で私を抱き寄せ、距離を縮める。
右手も、暖かさと吐き気を一層増加させてくる。
「お゛ぐっ……」
「吐いちゃダメですよ、先生。ここは、生徒のための場所なんですから、汚さないでください」
ユウカのその言葉が、私の背徳感を強める。
興奮が高まるごとに、息も荒くなる。
性的快楽とは程遠い刺激にもかかわらず、今の私は、それで興奮している様子にしか見えないだろう。
この威厳という言葉とは対極に位置した姿は、ユウカ以外に見せられるものではない。
ユウカもまた、自らの尊敬する者を、こんな形で虐めている姿は、その尊敬している者以外には、見せられるわけがない。
2人は、恍惚さを、2人だけの空間で、味わっていた。
私の両手はだれんと垂れ、体中の力は抜けている。
表情も、体も、心も、ゆるんで、とけて、くずれきっていた。
「先生……好きです」
ユウカの顔は、あの暖かい笑顔とそれほど変わらない、はずだ。
変わっているのはわずかに目が細まっている、ただそれだけだ。
なのにその笑顔は、普段のそれより熱く見える。
「す……き……」
くずれきった表情をユウカに曝け出して、言った。
それをきいたユウカは愛おしそうに私の腹部を撫でて、小さく息を吐いた。
小動物の可愛い姿を眺めて、つい息を零すときのように。
私の臓器が限界を迎えて、私が胃液を吐き出すまえに、ユウカは手を離した。
私の身体はユウカに倒れ込み、ユウカは静かにそれを受け止めた。
未だに息が荒い私を抱擁し、吐き気がなくなるまで、ユウカは言葉を発さず、私を抱き続けた。
次の朝、私たちは何事もなかったように、オフィスで再開する。
「おはようございます、先生」
ユウカはいつも、私より早くオフィスにつく。
「おはよう、ユウカ」
再びお互いの心の感情を金庫にしまい、私たちはいつも通りに、働く。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20098359です。私が最初に書いたブルアカSSです。たまたま好評を頂き今に至ります。これがなければ今の私はないと言っても過言ではない。良ければ他のも見に行ってくださいね。