混在する意識の流れを闇の中で感じ取る。これは夢の中なのだろう。赤髪の女性が目の前にいることを認識し始め、ゆっくり歩んでいる感覚なんだろう。私の手は彼女のブラジャーをゆっくりと外し谷間の奥から這い出てきた黒い謎の顔面と舌を絡めていた。喉の奥に流し込まれるナニカ。『あの人』が私を欲している…
「それは私も同じだ…」
全身の冷や汗と心臓を掴まれたような違和感と共に私は朝を迎えた。受け入れてはいけないナニカを受け入れてしまい全身を巡っているのが判る。『あの人』の意識も私と同じく目覚める。
「俺の中、いや…中にいるのは俺の方か…」
「おはようございます」
「あぁ…おはようございます」
そこから会話することは無かった。喋ることは可能だが身体の主導権が完全に失われている為、メイはしばらく考え込んでいた。完全に混ざることなく不完全な己の魂に悩まされるばかり…
「君は混ざりたかったのかい?不思議な人だ…」
「えっ!?心が読まれてる!?」
「こちらの考えまでは伝わっていない辺り本当に不完全なようだね」
「私のだけ筒抜けなんですか?」
「そうだね、朝イチのオナニーを早く済ませたいそうだけど」
「昨夜は色々ありまして本当は寝る前の…なんですが」
「いいよ喋らなくても…分かるから…」
「はい…」
と言われたものの喋らずにはいられないのがメイだった。
「でも…あの!異性が一心同体って凄くエッチ過ぎませんか!?心も身体も完全に交わるなんて!二人は永遠不滅の…!」
「分かったから…そう口に出して言われる側の気持ちも考えてくれ」
「そうですとも!貴方は空っぽ!死んだ魚の目をしたマグロ!私の全てで御奉仕してあげなければですね!」
メイの心拍数に釣られて緊張に似た感覚に陥ってしまう。身体の主導権はメイに無いはずなのに腕が次第に麻痺する。そして自分のものであろう右手が勝手に動きだす…!
「女の子の身体はこうやってするんですよ…」
「………」
「そしてココをクイッと!」
「……っ!?」
「私に任せてくださいね、慣れてるんで」
「だろうな!!」
それは自慰であり、そうでもない。男性とは違うジワジワと昂る感度、混在する意識の中でメイが全身を舐め回しているのが伝わる。奇形となった乳頭に突っ込まれる舌、知らないが渋滞し続ける様々な性感帯、臓器すらも舐め回している。
「どうですかぁ?」
「………。」
だがその全てが無駄に終わった。
「あれれ?嘘…んぅっ!!」
「もういいか?」
「はぃいい…次はもっと上手くやりますぅ…」
メイの意識は絶頂と共に暗転した。麻痺した腕が回復し自由に動く、少しため息をした後から部屋を出た。
「朝から盛んだねぇ」
「ふざけた女だ…舌使えば良いと勘違いしている」
「俺は好きだけどね」
「メイの記憶も混ざるお陰で悟が駄犬と戯れるのが楽しいというのは知っている。とそんなことよりもだ…」
一階に降りては早速ゼノムとの雑談。早朝5時にするような会話ではないが、普段通りだろう。悟が珍しくこの時間に起きていることを除けば…
「どうしたら俺は戻れる」
「戻るって?回帰か?家か?邪神か?」
「違う、普通の人間に」
「戻るって言わねぇよそれは…」
「頭のイカれた異常性壁だらけのホモサピエンスにだ」
「訂正したつもりだろうけど、それは不可能だろうな〜オメェ必要悪の上位者…くらいが限界じゃないか?」
「なんだよ…人を化け物みたいな扱いして、大袈裟だな」
「洒落にならない結末は一回…『観た』からな、最上位の冒険者に薬草採取の簡単な依頼を頼んだのに失敗したくらいだ」
「何言ってんだ…例えが斜め上だな」
「あぁ…気にするな、少し私情を挟み過ぎたな」
「なんだよそれ、お前の実体験?」
「まあな」
少し不思議な視点から説明されるのには慣れてる。いや思い出してきたと言うべきだろう。だが不完全な己の記憶は詳細を明かさないままだった。空を舞う虫と共に戦場を駆けるサラマンダーの女性の像しか出てこない、彼の例えに該当するような像が全く出てこない。
「いくら考えたって無いものは無い。そういう境地を到達し突き抜けて行ったんだからな、まあなんだ…飯でも食うか?」
ゼノムは少し悲しそうな表情だった。それとも嬉しいのかもしれない、曖昧な顔で差し出すのは茶碗にご飯と漬物が乗っただけのものだった。友人の帰還を喜ぶと同時に不完全であるという悲しさからだろう。メイの混在が何よりも不可解であり、あの時の二の舞になるかもしれないという恐怖すらもあった。
差し出された朝食を口内へ掻き込み、箸が乗った茶碗を片手に立ち上がるとゼノムが何かを思い出したかのように口を開く。
「オメェそういえば、さらっと嫁を駄犬呼ばわりしたろ…」
「嫁?なんのことだ…って、何人いんだよ!?」
「俺の嫁だが?全員」
「頭イッテェ…!」
ジリジリと蘇る記憶、悟を囲うように様々な種族の女性がそこにはいた。その中に白狼の女性がいるのが分かる…駄犬呼ばわりしたというのはきっとこの嫁のことを言ってるのだろう。頭痛が治らない…白狼が天使のような容姿に変貌するとこまで見えてくる。宇宙規模の巨大爆発が次には見えた。一瞬にして全てが白く白濁で染まり気絶している天使からは白い涙が溢れる。すると突然、頭の中に『ナニカ』が語りかけてくる。
『イマコソヒトツニ』
「……ぐあっ…!?なんだこれ!誰だ…誰なんだよ!」
『オマエガダレダ』
「俺は偽りだってのか…」
『タタエヨ』
「何者なんだ…」
『シンナルソウキ』
「………。」
『「アブソ…リュ…」』
頭痛が治った。誰かが手を握っている…先程、駄犬呼ばわりした女だった。癒しの力のようなものをその手に感じる。どうやら間一髪のところを救われたようだ…
「貴方は一人じゃない…だから今度こそ一緒にショッピングモールとかカラオケとか色々行こう!」
「カラオケ…?」
「あ〜すまんな、昨日話した通りこの様なんだわ…聖女の面影も無いだろ?」
白狼の女性の肩に手を置きゼノムは彼女を引き止める。が、彼女は止まらない。
「無いことないって言ったら信じる?」
「あぁ…そういうのも悪くないな」
「今エッチなこと考えたでしょ」
「バレたか…それじゃ」
「行こっか!」
ゼノムと白狼の女性はそのまま二階の部屋へと消えた。
「は?え……は?」
一人取り残され二階からはギシアン鳴り響きながら定期的に遠吠えのような…たぶんイッたんだろうなぁと察する声を聞きながら俺は茶碗を洗った。考えたら負けだと自分に言い聞かせながら換気扇の下でライターの着火音を鳴らす。そういえば胸ポケットにいつから煙草が入っていたんだろうか?深く考える理由もなく黄昏るしかなかった。
「おーい、外で吸えーい」
「うーすっ…」
悟の親父さんに注意を受けた。俺の記憶が正しければもっと喋ってくる人なのだが直ぐに立ち去っていく。俺は自分の姿を反射したステンレスから眺めていた。
「まあ、そうか…」
俺は存在していないことになっているこの世界で赤髪に漆黒の鱗を纏った女性になった今、たとえ俺の存在が残っていたとして誰が気づいてくれるだろうか…まあ気づいた奴がいるから今ここに居るんだがな
「悟…俺の名前は煩悩迷じゃないな?真名は絶対にナシってか?だがそれだと矛盾するよなぁ…?何が狙いだ」
混在した記憶の中に僅かながら真名と察するものがいくつかあった。抑止力と言うべきか不思議な力に全て弾かれてしまい最後まで到達できないものしかない、煩悩迷が異世界で辿った時のように流れ込む『ナニカ』の全てを見せてくれない。
『リュー……』
「ダメか…」
『イデ……』
「殴られたのか?」
『アブソ……アブソ…アブソアブソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソソ…』
『ナニカ』が完全に弊害を受けている。必死に俺に伝えようとしているのだけは分かるが、単語を整理しても意味がわからない。
「リューイデ?アブソ…?うーん…ふぅうううう…」
外で煙草を吹かしながら首を傾げるしかなかった。