頭痛は治ったようだ。意識を取り戻し天井を見上げていた。知らない天井、知らないベッド、知らない女、知らない女!?
「大丈夫ですか?自分の名前は?こんなに魔力が乱れて…」
「あーはい、たぶん大丈夫です」
聞きたくない単語出てきた〜!魔力って言ったよ現実だこれ!夢オチであってよもう!
「煩悩…って変わった名前ですよね、あのここは何処ですか?」
「ボンノウ?あ!すみませんねココですか?冒険者ギルドの医務室です。もし意識が戻らなかったら教会に運ぶ予定でしたが必要ないようですね」
(めっちゃファンタジー!冒険者ギルドとかゲームとか漫画でしか使わない単語じゃん)
足音が近づいている。それは一人の老人、長髪で髭も長いが姿勢が良く丸腰で歴戦の猛者と言った貫禄あるお爺さんだ。
「ギルドマスター!お帰りなさいませ!」
「おぉ…ビエラよ御苦労じゃ、今日はもう休んでおきなさい」
「はい!では失礼します!」
女は部屋を出る際にコチラに一礼して去った。仕事できる女って感じだ。それよりギルドマスターと呼ばれたこの老人は私に何の用なのだろう?
「初めまして、儂はギルドマスターを勤める老いぼれじゃ」
「はぁ…えっと名前は」
「名は捨てた。まあギルドマスターが今の名前みたいなものじゃな」
「そうですか」
「どうやら儂が来た理由を知りたいようじゃな、そんなに警戒せんでも何か取引や助けた報酬を求めているわけではない」
「じゃあ何のご用です?」
「ゼノム…その名を知っておるな?」
「まあ知ってるだけですが」
「そうかそうか…じゃがこっちは知らんじゃろ?」
ギルドマスターは一枚の写真を見せる。そこには白髪の女性が写っていた。メイにそれが誰かなど知る筈もなく…
「うぅっ!?」
突然の頭痛、あの時と同じ何かが叩き込まれるような頭痛。
「この女は知らないじゃろ?ギルドに所属していた一人の聖女でな…最後まで運命に抗って消えてしまった」
「ギルドマスター…あの…その人の名前は」
「やはり収束したか、残念ながら消えてしまった。不自然ではあるが…この存在を唯一覚えているのは儂だけじゃ、名前は消されてしまったが…」
「消された…?」
メイは僅かに見えたヴィジョンと今の状況を照らし合わせて答えとしたかったが叶わなかった。不可解な存在の抹消だが写真は残っている。そしてメイは誰なのか直ぐに確信できた。
「まあこの話はこれくらいにして本題と行こうか、この世界に来たからには寝床の一つくらい欲しいじゃろ?この部屋を好きに使うといい」
「なんで私が別の世界から来たと分かるのですか?」
「どうしてじゃろうなぁ…似てるのじゃ写真の聖女と」
「私が…似てる?」
「儂が名を捨てた理由でもある。名乗るものがない儂に名を聞く資格はない…きっとゼノムとの因縁じゃ」
「あ!あの!ゼノムって何者なんですか?」
「………。」
聖女の話をしていた時よりも深刻な表情になっていた。因縁と言うほどの存在でありメイをこの世界に追放した張本人、写真の聖女とも何かあるに違いない。
「どう言えば良いのやら…とんでもない存在になってしまった」
「何をしたんですか…」
「初めの頃は脅威的な魔物、その程度だと認識していた…じゃが全宇宙、いや違う世界にすら影響を及ぼして破壊の限りを尽くしていた大災害…いやそんな言葉では表せないな」
「違う世界にまで…って逆にギルドマスター何者!?」
「ただの老いぼれじゃよ、まあなんじゃ…頑張ってこの世界に慣れることじゃな。ゼノムに抗おうとするでないぞ?この聖女のようにはなってほしくないからの〜」
その言葉は脅しのように見えて悲しみに溢れた助言だった。何か思い出してしまったのかギルドマスターは写真を見つめて泣いている。その悲しみは次第に怒りが混ざり、我に帰ったのか表情はスッと何もなかったかのようにコチラに笑顔を見せる。
「すまんの、見苦しいところを見せてしまい」
「あの…この部屋使っていいんですよね?」
話題を変えることにした。この世界での生活に慣れる為にもまずは働かないといけないと思った。
「私をギルドで働かせてくれませんか?」
今の自分に何ができるのかわからない、でも少なくとも勇者の攻撃を耐えるだけの力はある。並大抵の魔物なら簡単に倒せる気がした。
「それは無理じゃの」
「え?」
「今の状況ではの話じゃが…この世界に来る時、魔王であったじゃろ?」
「あーやっぱり私人類の敵?」
「魔王から違う何かに変異しているが、お主が倒れていた場所がちと悪かったのぉ…」
「そういえば犬を」
「あれは地獄の門番であるケルベロス。しかもゼノムには数人の妻がいるんじゃが…その内の一人の眷属になるのがあのケルベロスじゃ」
「えっと、まってアイツハーレムなのきっつ…」
「身内の眷属がやられたとなれば何かしらの動きがあるはずじゃ、ゼノムがこの世界にお主を封じ込めるのも分からんでもない。じゃが前例はあるんじゃ、ギルドは依頼が集まる場所でもある故に情報が集まる場所じゃ…」
「えーっと…つまりどういうことですか?」
「眷属絡みなど無数におるんじゃ、お主は儂以外の存在は全て敵と見た方が身の為じゃ。先程のビエラだけ例外かもしれんな、彼女も写真の聖女と同じく聖女であり生涯を共にした者。お主の看病をずーっとやっておった…儂と同じく感じ取ったのじゃろう」
「外は敵だらけってコト!?なんなのこの世界!」
「そう焦るな…さっきも言ったじゃろ?『今の状況では』無理と言ったんじゃ、儂は今から仕事に出る。ギルドマスターの権限で隠蔽工作と言ったところじゃ…それまで気をつけるんじゃぞ」
どうやら私は待つしかないようだ。ギルドマスターが味方なのが不幸中の幸いだ。それとビエラさん?存在を消された聖女のことは知らないんだろうな…ギルドマスターしか知らないらしいしそれに
「私は…本当に私なのかな…」
もし聖女の二の舞だとしたら私もいつか同じように…
「でも、あれは何だったんだろう…本当に起きたことなのかな」
断片的に見えたヴィジョンの中に聖女の身体から得体の知れない化け物が出てくるものがあった。その化け物は段々胎児のような小ささとなり一人の人間のお腹に入っていくようなそんな感じだった。何を隠そうその人間の顔を私はよく知っている…
「ラ……ン…ってなんだろ?」
ノイズの掛かったような声は誰かの名を発していた。きっとゼノムが私を世界から弾き出した手掛かりになるはず、しかし何故こんな未体験の誰かの『記憶』のようなものが頭の中に流れてくるのだろうか?写真の聖女を見た時も流れてきた。この聖女は私と何か繋がりがあるに違いない…そしてゼノムに抗い消された。だが私はその名を知っている。私が気持ちで神になろうとして姿が変わったのもきっとこれらのヴィジョンが繋がるからだ。前世の記憶って言うんだろうきっと、ゼノムに敗れたが形を変えて私が産まれた…というのが今の私の仮説だ。
「そう考えないと今はやってられん…でもそうなるとあの化け物が私ってことになる?うーん…我思う故に我有り…だっけ」
ベッドであれこれ考えていると足音が聞こえてきた。誰かが来る…
「こんな短期間でそこまで正確な仮説ができるなんて流石ねぇ」
「だ…誰!?」
怪しいローブで身を包む謎の人物。初対面で第一声が意味深なとこから絶対あっち側だ!私はどうしたらいいかわからないので見よう見真似の空手の構えをして警戒する。
「こんにちは〜私は先日殺されたケルベロスの姉でーす!マジで殺したいのは山々だけどぉ…それだと本末転倒だし呪いだけで許してアゲルー!」
指先から放たれる黒い炎が床に落ちた。一瞬にして燃え広がる黒い炎はメイを包囲する。
「あつっ…!くない?」
「あれれ〜?効いてない感じ?」
メイは黒い炎が実際に燃えてる訳ではないことに気づく、これだけ燃え広がるのなら部屋やこの建物は灰になるはずだが変化がない。
「魔法の力って燃える対象くらい操作できるようになっていくんだけど、今は魂を燃やす黒い炎なんだよねぇ…」
「殺したら本末転倒って言ってなかった?」
「殺すって言葉はさ、肉体じゃん?精神や魂にそれは該当しないよね普通」
「じゃあ魂を蝕む呪いってことね…でも効かなかったなら帰ったら?」
「そうねー、そうするわー」
パチンと指を鳴らすと同時に黒い炎は完全に消えていた。本当に帰ろうとしているようだ。
「え?マジで帰るんだ…」
「あのさぁ…並行世界から私を殺そうとするのやめなーマジ嫌われるよそんなイカサマ」
「いや…何言ってんの?」
「あのね、初見だからって許されると思ってんでしょ邪神!」
「邪神?私何も知らないんだけど」
「冗談は名前だけにしてくれる?初見でもあの考えと領域に到達するんだから『真名』を得た時には再びゼノム様の脅威になるわ…」
そのまま姉を名乗る不審者は去った。どうやら撃退できたみたいだ何もしてないけど…
「もうなんか全員厨二病で片付けてしまえば気が楽なのでは…」
その後メイは部屋のクローゼットやタンスなどを調べていき、その中で見つけた聖女と同じ服に着替えることにした。この部屋はきっと以前聖女が使っていたものだろう。知らないはずなのに確信を持って所持品の管理が把握できている。化粧品が無いのは仕方ないと思った…
「宗教だもんな…メイクなんてしないか」
部屋の隅々を調べていく毎に流れてくる『前世の記憶』確かに存在していた聖女は金庫を隠していた。その中身までは映らない…
「なんだこれ…どうやって開けるんだ?」
全くわからない、でも開けなきゃいけない気がする。私ならどうする?前世の彼女ならどうする?
「ん〜!!ふん!」
ベッドで横になった。無理わからん。
そもそも何をしてたら良いんだ?急に敵が来るし帰るしギルドマスターは外出したし敵しかいないって聞いたし…
「聖女っぽいことでもやる?暇だし」
タンスから一冊の聖書を取り出した。文字は読めないけど前世の記憶が意味を示してくれる。文字を眺めているだけで記憶を頼りに黙読になっていた。この世界の宗教観がよくわかる内容でありファンタジーな神話だった。聖書を作った人らしき名前の意味が浮かび上がるところで最後になっていた…
「悪神反転族邪神教第三聖女真太陽兼光鷲?」
自分の知ってる言語に翻訳されてるせいで漢字がズラリと頭に浮かんだ。そのままの意味なのか手掛かりなのかさっぱりだがこの文章の前に『作者』と記されているのできっと名前を意味する何かが翻訳で漢字だらけになったのだろう…これまた厨二病みたいな文だが元いた世界の仏教においてのお経と大差ない。じっくり紐解くとしよう。
「ん?邪神教…ってつまり聖女が崇拝する神が邪神ってことかな…いやいやこれは名前これは名前だ…うーん意味不明すぎるー!」
ギルドマスターやビエラが戻ってきたら色々と尋ねてみようと思った。特に生涯を共にしたビエラとは前世からの腐れ縁にあたるわけで…
「前世前世って…私は私…煩悩迷でしょ」
(チガウ…)
「違うって…何が?」
メイは周囲を見渡すが誰もいない。
「幻聴?疲れてるのかな…一旦寝ようかな」
本当に疲れていたメイのレム睡眠は数秒で訪れた。ビエラが顔を出していたが眠っているメイを起こさないようにロザリオを置いて直ぐに去っていた。