鳥の囀りが聞こえる。ぐっすり眠れたようだ。
「ギルドマスターは戻ってないのかな?」
部屋を出ようとした時、枕元に置かれたロザリオが見えた。メイがロザリオに触れると再び『前世の記憶』が流れてくる。今回は暖かくて心地良いものだった…
「聖女の日常と言ったとこかしら」
ヴィジョンは断片的であって全体像は定かではない、しかし得られる感情は当事者のモノだ。メイはロザリオを身に付けると部屋を出た。
廊下から階段と続き広場が見えた。酒臭いというのが第一印象。依頼内容が記された張り紙が掲示板のようなものに沢山あるのが見える。この世界の文字は何故か頭の中で勝手に翻訳される為、だいたいの意味は読み取れる。厨房には見慣れた老人…
「ギルドマスターおはようございます」
「あぁ…起きたか。昨日の件は片付いたぞ、とりあえず依頼見てくかい?」
「そうですね…簡単なものからで」
「オルトロスよ、すまんが手配してやってくれ」
いくつかの依頼書をオルトロスと呼ばれる女性が手渡す。
「あの…なんでいるの?」
「ん?あ〜言ってなかったね!女将やってんのここの」
「へ?」
ケルベロスの姉を名乗る不審者が目の前にいた。しかもギルドの女将やってるらしい、ギルドマスターはオルトロスと呼んでいたが…
「ドユコト?逆じゃない普通…」
「逆?まあ戦うつもり無いし監視してる訳でもないから!後これ結婚指輪!どう?イケてるっしょ?」
厨房のギルドマスターが少し照れていた。頭が回らない、昨日のあれは茶番か何かだったのか?
「それは置いといて!その…依頼内容なんだけどさ」
「あれれ〜?もしかして気づいた?勘の良い神は嫌いだな〜」
「簡単なのがコレですか…?」
「まあ小指で片付くと思うけどこれくらい。この世界の力の根源となる勢力がざっと12個あるんだけど〜その内の3個を貴女が壊してるからバランスが崩れてるのよね」
「なんかさらっと凄いことになってる…」
「だからこの依頼書は後一個壊してバランス良くしてねってことなの」
「はい?」
「こっちが炎帝、こっちは氷帝、でこっちが雷帝でー」
「いやいやおかしいだろ!どんな理屈よバランス悪いからぶっ壊すって!」
「じゃあ妹を返してね♪」
「すみませんでした!!」
私は渋々依頼を受けることにした。翻訳が間違っていなければ最高難易度にプラスして厄災って文字が見えるが気のせいだろう。それよりギルドマスターは昨日の外出から何があったし…
「ふーん…初めての依頼で邪帝かぁ〜なんで?」
「え?なんか悪そうだし潰そっかなって」
「邪帝も災難だね〜!!でもまあ!自殺願望のある童帝とかの方がオススメだったけど自分で決めたし受注完了だよ〜!」
ん?童貞?自殺願望がある力の根源って何だよ、それじゃ仮に依頼こなしても自殺なんかされたらまた潰さなきゃじゃん!
「おや?どうしたそんな顔して〜!童帝は逝かないから安心しなさい」
「それどっちの意味でよ…」
「ん〜両方」
「死なないのか、いや死ねないのか」
オススメされる理由がちゃんと攻略不可能だからなのが分かる。この女どっちの味方なんだ…など考えているとビエラが慌てた様子で走って来ていた。
「どういうことですか!?彼女は冒険者になったばかりなのですよ!」
「あ、おはようビエラ!大丈夫だよメイちゃんは特別だから」
「確かに特別な力があるのは魔力量と魂が証明しています。ですが、とても良い状態とは言えません!彼女の魔力は今も大きく乱れているのですよ!」
「乱れてる理由は不調とかそういった理由じゃないんだけどーまあギルドマスターと決めたしな〜!勇者は魔界に行ってから行方不明じゃん?腕利きの冒険者なんて根源への到達がそもそも無理だしメイちゃんが打ってつけなのよ」
「ですがお母様…私は祈るばかりでは耐えられないのです。せめて私も同行させて下さい!」
今さらっとエゲツないカミングアウトが出てきた気がするが触れないでおこうと思う。私は二人の会話を黙って聞いていた。
「あちゃ〜妹だけじゃなく娘まで…ねぇ」
オルトロスはこちらをじっと見ている。私としてはビエラがそこまでする義理などマジ本当にないから勘弁してほしいがオルトロスの圧が怖い。
「ビエラさん…それじゃ行きますか」
「死ぬなよ〜」
「あれ?心配されてる」
「いやメイちゃんじゃなくてビエラに言ったんですけど〜」
「許可してくださるって意味でしょうか?」
「うんうん!お母さん許可しちゃうよ!これ御守りね!」
オルトロスが差し出したものは赤い液体の入った瓶だった。この世界の蘇生薬か何かだろうか?御守りって普通アクセサリーのような身に付けるものだと思うがどう見ても薬品みたいな瓶だ。
「お母様、本当に良いのですか?」
「後一本あるから大丈夫大丈夫!いざって時に飲みな〜」
ビエラの反応を見るに希少なものだろう。いったいどんな効力なのだろう?
なんだかんだで私の初仕事だ。異世界に来て冒険者になり依頼をこなす。ゲームの世界に来たようなそんな気分だ…
「依頼内容がチュートリアルじゃなくラストダンジョンみたいな勢いだけど…」
同行するビエラは聖女らしい祈りや聖属性の魔法といったテンプレを期待していたが街を出た最初の魔物、ゴブリンを相手する時のことだった。
「我が下僕よ…汝の力を示せ…!」
ドス黒い魔法陣から大量の骸骨兵士を召喚して戦わせる姿は聖女の面影なんて全くない。冷たい視線をゴブリン共に浴びせ震え上がらせる。そもそもゴブリンはこちらに敵意など微塵も無く私達に気づくと一目散に逃げようとしていた。あ〜私は何もしてないよ?敵意がないならスルーで平和に進めるし…
「ふぅ…メイさん!お怪我はありませんか!?」
「ないよ!何もないよ!ていうか怖いよ!?」
大切なことなので二回目言いますけどビエラにそこまでしてもらう義理なんて無いけど、過保護っぷりと敵に対する慈悲の無さに聖女であることを一瞬忘れてたよ!親の顔を見てみたいよ……あ、見てたよ!いやーあの女の子供だよ立派な悪女ですわビエラさん!
「お母様からの教えなのです…魔物は救うことができる…」
「なんか次に来る台詞めっちゃ予想できる…」
「死の救済を!!」
「あーわかるー!めっちゃわかるー!」
崇拝する神様めっちゃ邪神だこれ!邪教の真骨頂だこれ!ギルドマスターとオルトロスの関係と言い、その娘が聖女ビエラでトチ狂ってる邪教だし闇が深いぞこのギルド…いや待てよ?前世の聖女様めっちゃ仲良いんだったよねビエラと
「うーん…」
「メイさん?」
今このタイミングで普通来るべきだろと思った…『前世の記憶』
「ごめん、なんでも無い」
「そうですか…」
なーんも来ないの逆に不自然。いやそもそも簡単に出てくるようなものだと思った私が逆にか…うん手遅れですね私
「この先が邪帝の家です。とりあえず一発ドカンと行きますか?」
「冗談ですよね?」
「え?」
「まじなのかー」
私の中での聖女ビエラが壊れていく…めっちゃ親子だ。オルトロスの血が濃いよこの娘めっちゃ濃いよ〜!
「そういえば…部屋のタンスにあった聖書を読んでですね…」
「聖書ですか?えーっと、置いてましたっけ…」
質問を質問で返された!聖書じゃないのあれ!?
「もしかして『あの人』のノートですかね?」
「あの人?名前は!?」
「うーん…それがですね、みんな揃って『あの人』って呼ぶんです」
「そっかぁ…でも内容は凄い聖書っぽいけどノートだったのか」
「メイさん文字読めたんですね」
「えっと、まあ一応?」
「ちなみに私は読めませんでした!なんなら誰も理解できませんでしたね!いやー流石メイさん…」
「えっ…ちょ待って!あのノートこっちの世界の言語じゃないの!?」
「こっちの世界?メイさん…もしかしなくても…」
つい気になって口が滑ってしまった。どう言い訳しようか…いっそ全部正直に話すべきだろうか?ギルドマスターやオルトロスは理解した上で接していたから気にしてなかったが別世界から来たとか普通考えられない…
「やっぱり!邪帝の呪術に掛かってしまったんですね!ですが安心してください!この距離なら射程内で潰せますね、待っててください」
「ちょっと!?」
ビエラが宙に浮いている。御守りでオルトロスから貰った瓶を取り出し飲みだした…!
「虐げられ、歴史において悪魔とされた真の神よ。我が血肉を糧に降臨せよ!」
ビエラの背中が蛹が蝶へと変わるように中から黒いナニカが現れた。蛇の尻尾に鳥の翼が生えている残りの容姿はビエラのままだが頬の亀裂から黒い炎が溢れている。誰が見ても今のビエラは悪魔そのものだった。ビエラを変異させた謎の瓶がとても気になる…
「馴染む…オルトロスの娘か…それに勇者の血縁まで!はぁ…何年ぶりかな」
変異したビエラと目が合った。きっと今はビエラではなく神そのものなのか?
「おい、そこのオマエ」
「あーはい…」
「何故だ?何故卵の殻から出ようとしない?ここは邪神が居てもいい世界じゃないはずだが…誰の仕業だ?」
「えっと…神様ですよね?私ちょっと色々あってこの世界にお邪魔してまーす…はは」
「ふむ…だいたいわかった。とりあえず邪帝は消すとしよう…」
変異したビエラは邪帝のいる方角に向けて何かを飛ばした。全く見えない速度で攻撃したのだろう。一瞬光ったと思う…
「さて、世界のバランスはこれで保たれたわけだ。平和なこの世界でのんびりするといい…」
「それも悪くないですね」
「と卵の殻が言ったところで中身は足掻くだろうがね…」
「もしかして私が卵の殻?」
「他に誰がいる?」
「えっと…いませんね」
「それにしても分厚い殻だな…私が刺激してやっても中身はビクともしない」
んー?今なんかされてたの?意味深な発言多いし心当たりしかないからそんなことは置いておき…ビエラ戻らない?
「あの、ビエラって女の人はどうなりました?」
「ビエラ?この贄のことか…そうだな美味だったぞ」
「いや味の感想じゃなくて…」
喰われとるー!?なんか今後の重要人物臭いメインヒロイン枠もう喰われとるー!!
「まあ安心しな、神も排泄はする」
「いやそれウンコじゃん…もう完全にウンコになるやつやん」
「神の排泄はそんな下品なものとは違うぞ…」
「失礼しましたー!神様からのお恵みしっかり受け止めます!」
目の前が真っ暗になった。柔らかい感触が顔面を覆っていると理解した。たぶんそういうやつだ…下品なものと違うって言ってたけどこれシチュエーションが下品じゃない?大丈夫?
「んっ…!んあぁっ…はっ…はぅん!!」
ブリュッ…!!
喉の奥にナニカが飛び込んできた。たぶんビエラ『だったモノ』だろう。喉の感触から伝わるあまりにも異形のモノは触手を伸ばして口内からの脱出を試みる。
「おぉえっ…!!」
「何をしておる…しっかり受け止めないか!」
「いや待って…どういう思考回路でそうなった!」
「おや、入口はこっちだと言いたいのか…これはすまないことをしたなビエラよ」
「って…いやぁああああっ!!」
その異形の容姿に悲鳴をあげてしまった。どっかで見たことある虫にそっくりだが今は名前を思い出せないでいた。その異形の虫に変わり果てたビエラがゆっくりとメイの胸元から下半身へと移動している。
「いやいやいや!待って無理無理無理無理!ビエラ!?ちょっと流石にしんどい!離れて!」
メイは引き剥がそうとするが皮膚とまるで融合したかのように取れない。取れそうな部分は痛覚が脳に危険信号を送りメイを怯ませる…
(耐えて…お願い)
「だ…誰?」
頭の中に知らない声が聞こえる。その声をまるで聞き取ったかのように神も口を開いた。
「やっと起きた?邪神ちゃん」
声の主が誰なのかは今のメイにはどうでもいいことだった。膣に激痛が走り次第に馴染んでいく違和感に脳のキャパが限界を迎える。その限界値の寸前で名前を思い出した。
「ロイコク…うぅっ!!」
異形の虫が膣内を掻き乱し子宮口に触手を伸ばしてこじ開ける。激痛に耐えられなかったメイは気絶していた。
役目を終えた神は天の果てへ消えた。気絶したままのメイの腹部は異様な音を立てながら次第に膨らんでいたのだった…
「シノ…キュウサイ…」
その中で蠢く胎児は既に喋っている。