ルシュフェルとの一夜を過ごした次の日、目が覚めると部屋のモニターの前に女が座っていた。その女が身に付けている髪飾りに見覚えがあった。癒しの鱗粉を撒き散らし続ける青い蝶の髪飾りだ。蝶の髪飾りに赤黒いセミロングが際立つ後ろ姿は誰なのか直ぐに理解した。モニターには俺の所持しているビデオゲームの映像、もはやレトロゲーなど言われる類まで揃えた上でガキの頃の友人達が放置したままの機器も並ぶ物置きのような空間だ。ここが俺の部屋、ゼノムとしてではない上木悟としての部屋だ。俺に二つの名があるのには理由がある…片方は前世でゼノムの名は自称である。ワイは転生者と言うらしい、だが異世界での経験や境遇に加えて様々な能力の習得。特に、内対であったワイの妻の存在が大きいだろう…自分で言うのもアレだが人間の屑であり固定概念の中で生み出した己の正義や解放感のある性に対する姿勢、追い求めた自由は数々の犠牲を出した。やりたい放題を貫き通したんだ…
「………。」
「もういるのかよ…それに馴染んでるみたいだな」
ヤツとメイの心身共に混ざりつつあった。最初は前世の記憶や並行世界の記憶が脳へ叩き込まれるのみだったが次第にメイは呑み込むことに成功しているようだ。とはいえメイからしたら呑まれているのは自分となるが問題ないだろう。「俺には都合の良い」それだけだ…
「そろそろ帰ってもらおうか」
「両親には許可を得ている」
「マジかよ…」
実の息子がハーレム作ってたんだ。「悟くんの友達ですぅ!」って言っておけば通すくらいに実家は来るもの拒まずな家系に加えて現状知らない女が来ても白い目で迎え入れられるものだ。普通の人間ならそうならないが我が家は違う…
「不思議なんだよ、自分が喰ってるのか喰われてるのか」
「なんで私ゲームしてるんだろ…?」
「俺は誰だ?」
「え…今、俺って言った私!?」
メイとアイツの意識が混在している状態みたいだ。かつての友人が自分の名すら忘れているようなので脳裏に刻んでやろうと思う。
「オマエの名は煩悩迷だ。よくそんな状態で此処に来たな…」
「そんなことよりここの短縮箇所とか気になるんだけどさ、たぶん壁の判定がここ無いんだよね」
「ねぇねぇ!これどうなってるの!?なんで私の身体勝手に動いてゲームしてるの!」
「ワイの友人が復活したんだしヨシ!」
ゲームコントローラーを手に対戦ゲームのキャラクター選択を始める。ハッキリ言ってこのゲームを長年プレイしているワイの方が圧倒的に強いのでキャラスペックが低いものや使い慣れていないものを選び相手に少しだけハンデを与える。そして最後にはメインキャラで完膚なきまでに叩きのめすのが毎度の流れだった。だが決して友人はゲームが下手なわけではない、培ったプレイヤースキル…略してPSの傾向が真逆なだけだ。2Dアクションや対戦ゲーム等で育ったワイとは違いアイツは3Dアクションやパズルゲームといったジャンルが得意だ。3Dアクションでの遠隔操作では特に褒めてる方でキショい…それ程の間合い管理と精密射撃を行う。単なる銃撃ではなく自動追尾でもない遠隔操作で追尾するのだ。カメラなんて物もないラジコンを飛ばすかの如くゲーム内での戦闘でそんなラジコン操作をして撃ち抜くのだ。自身が操作しているキャラクターが間合い管理している中でそんなラジコン操作を同時にやる。音ゲーなどのジャンルはワイも触れているがこれまた求められる操作が異なるので処理速度では敵わない、立たされた土俵が得意なものであるが故の勝利なんて嬉しいはずもない。その中でどれだけふざけて勝てるかが重要になってくる。
「記録更新狙ってみない?」
「一人でやれ、あんな高速で精密なスティック操作しなきゃならんのは専門外やわ、ていうか現状オマエしかやれないし俺らしか知らんテクだろうが」
「名作でもレトロゲーになったプレミア付くゲームのテク今更広まっても無駄じゃん」
「じゃあなんでそれを今やろうとするんだよ…聞かなくても気持ちは分かるけどさ」
「新作ゲーム探そうと思って疑問に思ったんだけどさ」
アイツの先程までの柔らかい表情が完全に消え去っていた。普段は悪ノリと勢いで変なことを平然とやる奴だが急に冷静になって思考が全く読めない無表情になる。脳にエネルギーが行き届いていない放心状態とは違う。全エネルギー源が思考に回っている上での「無」がそこにはある。異世界での上位者や神々を見てきたワイだがそれすらも凌駕する認識することが不可能な領域の観測をするような眼をするのだ。
「俺の家が無かったんだよね、会社の事務所も探してみたけど全然無くてさ、まるで俺がこの世界に存在してなかったような…」
「あーあ、そうだな…すまん」
「なんで謝る?」
「いや復活したのは喜ばしいが何せ跡形も無くてな…さっき名前を聞いただろ?煩悩迷って名前も今の宿主に過ぎない、オマエの本当の名前や存在は勿論消えたままなんだ。消えたっていうと怒るか…還ったんだ。だが俺が僅かに残っていた欠片からオマエを掘り出し様々な並行世界に飛ばしてパズルのピースを揃えてやったんだ。」
「あー、名前が思い出せないのもそういうことか…」
(完全にスルーされてたから黙って聞いてるけど何も理解できない!?)
「でもさ、なんで女なの?なんか髪赤いしさ…」
「存在も消えてたオマエに抱いたワイの固定概念だけで掘り出したらゲームのキャラメイクに偏ったんだ。まあ疑問ではあるだろうが問題はなかろう…かつてのオマエならな」
「話を聞いた感じだと助けてやった感出してるけどさ、以前の俺がそれを望んでいたと思うのか?」
「いいや全く思わんさ、オマエの存在無しではパラドックス所の話じゃ済まされないからだ。邪神でいろ、邪悪でいろ、ワイの友人であり、敵であり続けろ、オマエが真なる想起に到達した時に気づいてしまったんだ。善と悪、光と闇、強者と弱者、相対性理論が崩れる重大性をだな」
「そこまで言われる筋合いは無い気もするがバタフライエフェクトみたいなもんかな、そんな存在だとは思わないけどな俺」
「いいか?オマエが到達者になった時にワイの身に起きたことを話しておこう…」
それは異常な現象だった。それが普通になるからだ。光が指すとこには影があり、上位者が君臨する世界と民が栄えるそんな日常風景すらゼノムの目には映っていなかった。ゼノムを含むあらゆる世界線や異世界の上位者の力が消え生命あるもの全てが等しく浄化、肉体は溶けてなくなり魂は果てて消失して世界そのものが「無かった」ようにそこには空間も無く時間もなくゼノムの目には何も映っていなかった。その何もない事象の観測者でしかなかった。認識を間違えていればどれほど楽だったろうか…上木悟、ゼノム・ルマ=アウゴには邪神の加護が授けられていた。その邪神は転生した友人、煩悩迷を見つけるまでは並行世界のどの世界線においても必ずいた類友だ。そして仮にいなかったとしても違う形で既にいるのだ。それ程までに這い寄る邪神で常に加護を授けられていた。それはどう考えても呪いでしかないがゼノムに大いなる災いそのものを植え付けるようなものであり、ゼノムはその状況を楽しんだ。第一に上木悟が転生したキッカケは大震災による死亡だった。後のゼノムとなる男を間接的に殺し異世界に送り届けた存在がいる…
「とまあメイちゃんには悪いけど、俺が異世界に飛ばすのは復讐心も混じった友人間でのイタズラみたいなもの」
(高次元なイタズラですねー…)
「ん…なんか思い出してきたぞ…新しいゲーム見つけたから誘いに行ったんだ」
(ゲーム誘いに行った!?ゼノムの前世あんたに殺されてんだよ!)
「いや確かに良いゲーム…いやいや異世界だルォッ!?」
メイはゼノムが真っ向勝負で邪神と戦った結果、前世の聖女が存在せずゼノムに不利な状況ができた話を思い出す。ゼノムが知らぬ間に授かった邪神の加護が絶対的な力を得る鍵となり加護を授けた本人を葬る呪いのようなものになっていたと言う。ゼノムが言う相対性理論が崩れた重大性とは好敵手である邪神の存在無しではゼノム・ルマ=アウゴの真なる力が解放されないらしい。ゲームでいう特定のイベント条件が揃っていないと入らない不思議なくらい強くなるバフの類、そんなバフが無くてもゼノムは強いが圧倒的なチートキャラにチートを乗せてラスボス倒させたらエンディングのフラグが折れるだけでなくゲームシステム全てが破壊され詰んでしまうような状況に陥り慌ててシステムを構築し消し飛んだラスボスのデータを探し何とか組み立てることに成功したんだとか。エンディングだけ呼ぶなんて簡単な話だが「ワイは何の為に…」と周回勢では無いゼノムには酷な話らしくて自分もあちら側になるのは勘弁してほしいらしい。苦行を成し得た猛者になるのは好みだが苦行がさも当然のような亡者には絶対になりたくないのだ。ゼノムが猛者なら邪神は亡者と言える。「こんなことできる俺って素晴らしい!」「こんなこともできないのか…」なんて考えが邪神には無い「これはやれる」「これはできない」そこに僅かな気分すら感じられない本物の亡者だ。類は友を呼び二人は似たもの同士でありながら全く真逆だった。ゼノムは気分を特に大事にする為、その気にならない限り無駄なことはやらない。たとえ有益であっても気分を害する無駄と判断すれば潔く捨てる。しかし邪神は気分なんてものがそもそも存在しない、可能と判断した瞬間に行動に出る。それが苦行であっても不可能だと判断しない限り繰り返し、不利益であっても尚止まらず。そして最後には無いはずの自分の気分を探し始め『何も無いそれ』を世界にぶち撒けた。意味不明かもしれないが認識不可能な領域は無いと判断するしかないのだ。
「気分とは何か…感情とは何か…対称的なワイに邪神は喰らい付いたんだ」
(この人次元が違う寄生虫か何かですか?)
「異常性壁の数々から気分を求めて貪り尽くした挙句、満足しなかった…満足感なんてものが邪神にあるはず無かった。全ての提案に全て首を傾げてはいたが提案するだけで満足なワイには関係のないことだ」
「………。」
雑談にしては規模がデカいが二人の指先は忙しいようだ。屈強な大男の蹴りに忍者のような女性が吹っ飛ばされる様子をモニターが映している。ゼノムの勝ちのようだ。
「これで20連勝でキリが良いしやめるか」
「俺は疲れたし寝る」
「そうか…」
自分が女性になっていることなど気にもせずゼノムの話の内容なども途中から聞いておらず、学生だった頃と何ら変わらないまま寝ていた。当然ゼノムの部屋なのでゼノムの寝室でもある場所で当たり前のように寝た。だが彼が寝ても起きてる人格が混在している。
「やっと動ける…」
「さてメイちゃんは気づいたらここに居たとかそんなじゃないだろ?あっちで何があった?」
「あー…簡単に言うとね…消された」
「はぁ…そうか…まあいいや」
メイとアイツとの混ざり様に察してはいたが到達者以前のかつての邪神がそのまま戻ってきたような感じであろう。以前なら聖女の人格が強く邪神でありながら聖属性ゴリゴリの神様していた。だが今はその聖女の存在も彼の存在も消失した完全なる闇属性って感じだ。闇の人格となる部分はゼノムと邪神の執念の塊のようなもので生成された為、厳密には本人と全く関係のない召喚された傀儡も同然なあの世界での神だ。その傀儡もメイの助力もあってか馴染んでおり必要不可欠な絶対悪にして好敵手となる邪神が仕上がってきている。
「しかしこれ程私欲に満ちた自我の強いメイちゃんには驚きだ。軽くアイツの生贄になる形かと思ってたが人格がまだ生き残っているんだもんな」
「さらっと私を生贄にするつもりだったの!?友達失くすよ!てか失くしたか!」
「丁度良い具合に相殺されて戻る予定だったんだよ、でも混在し続けるとは流石メイの姉貴!」
「わかった…アンタはちゃんと私の敵だってこと理解したから」
「邪神と戦うつもりなんぞ無い、勝てるように仕向けられて罠にハメられたんだからな初見は嬉しいが二度は違うだろ」
「じゃあ消えなかった私をこれからどうするつもり?戦わないのなら競うとか?」
「あー怠いわ、また違う世界を創って押し込むくらいだな」
「それでもまた来るかもよ?私は別に異世界で邪神の力でねじ伏せてイケメンが食えるなら満足しちゃうかな」
「メイちゃん…物理的に食うつもりでは」
「エロいこと考えている間、全身に力が漲ることに気づいてね〜コレは使うしかないでしょ。『あの人』に理由を聞いたら『邪神の加護』って言ってたけど…これゼノムにもあったやつと同じなの?」
「エロスじゃなくても判定ガバガバな加護だぞ、なにせ気分が何なのか分かってないキチガイが分かりもしない気分を判定して昂らせるアホすぎるバフだしさ、強すぎるだろ主人公補正じゃねーか!!」
「でもこの加護って確か…」
「あっ…そうか…そうきたか」
その加護は性質上は呪いでしかない『邪神殺しの運命』そのものなのだ。あろうことか肉体を共にしているメイにその運命が迫っていることになっている。メイの気分次第では自害だけで成立する地雷女が仕上がってしまっている。地雷系女子だったっていうのは事前調査で知ってるけど物理的に超次元爆弾背負った地雷系女子になんないでもろて…
「あー!メンドクセェ!!でもこの状況がまた楽しいんだよな!どう打開するべきかな…!」
一度あの面倒な邪神を『倒してしまった』男は流石に言うことが違った。首を傾げてブツブツと独り言が止まらないゼノムを黙って見てるしかできなくなったメイだった。