1 奴隷八仙
山中の道を進むにつれて、次第に道は険しくなっていった。
そして、夕刻が近くなった頃には、さらに辛うじて人がひとり通れるくらいの幅になり、
行く手の右側はそびえ立った岩壁であり、左側は断崖となった崖だ。足を踏み外せば、たちまちに死に至るのは間違いない。
崖の下は遙かな絶壁であり、あまりにも距離があるので真下が霞んで見えないほどなのだ。
宝玄仙は全身を汗びっしょりに濡らしながら、まるで棒の上を歩くような崖の道を慎重に足を進めている。
もちろん、これほどの汗をかいているのは、一歩間違えば崖下に転落して死んでしまう緊張のせいだけでなければ、山道の険しさのためではない。もともと、宝玄仙は健脚であり、体力もあるし旅慣れているので、これくらいの山道は本来どうということもないのだ。
見た目は、若い女僧侶にすぎないが、そんじょそこらの男よりも余程に身体が丈夫な自信はある。なにしろ、宝玄仙は法術を極めた仙師の証である“八仙”と呼ばれる尊称を持つほどの法術使いでもあるのだ。
だが、いまはふらつく脚も、油断すれば腰から力が抜けそうになるのも無理はない理由があった。
それは宝玄仙の法衣の内側の下半身に施された仕掛けのせいである。
だから、宝玄仙は、こんな忌々しいことを強要している張本人に、ついつい皮肉を口にするのを我慢できなかった。
「まったくとんでもない道さ。どうせ、お前たちのことだから、わたしが脚を踏み外して死んでしまうのを願っているんだろうけどね。だから、わざわざ、こんな碌でもない経路を選ぶんだろう。ほかにも、もっと安全で楽な道もあろうというものさ」
「西方行脚の旅は、われらが天教の教えを無知蒙昧の異教徒にに広めるための旅でもあるのです。天教の教えの行き届いた場所ばかりを進むわけには参らないのです」
前を進む玄奘が感情のこもらない口調で、すぐ後ろを進む宝玄仙に応じる。
だが、その白々しい態度にも腹が煮える。
「なにが異教徒だい。数日前から人なんかに会いやしないよ。こんなとんでもない場所で暮らす人間がいるものかい。そもそも、帝国の権威の及ぶ限りにおいて、天教を信仰しない者などいるものかい」
天教は、この唐華帝国の国教である。八人の八仙を頂天とする天教教団は、帝国領だけではなく、周辺属国にも教団の宗教施設を張り巡らせていて、民衆の生活に完全に浸透している。少なくとも、この帝国領土内で異教徒たちが生活に加わる余地などあるはずもない。
天教の信仰は、帝国の権威を密接に結びついているのだ。
この西方行脚の大義名分は、確かに天教の信仰の及ばぬ蛮地に、天教の教えを広めるというものであるが、それは帝国の敷地内を抜け、さらに属国群である諸王国をすぎた先の地域のことだ。
いまは、まだ帝国の領域さえ抜けていない。
どんな僻地であろうとも、帝国の領土内である限り、天教の広まっていない場所などあり得ないのである。
「そうですか。まあ、そうかもしれませんが、それは八仙様でもあられる宝玄仙様の気にすることではありません。宝玄仙様は大所高所で我らの決め事を見守っていただければいいのです」
「見守る? 命令に従えの間違いじゃないのかい? このわたしを奴隷扱いしているくせに、白々しいさ」
「まさか。奴隷扱いなど……。宝玄仙様は八仙様ですよ。性奴隷でもなければ、娼婦でもありません。みな、それを重々承知しております。宝玄仙様が言いふらさなければ、口の硬いものばかりですので」
玄奘がくすりと笑うのが聞こえた。
宝玄仙はぐっと歯を噛みしめた。
そして、崖の道を進みながら、幾度か大きく呼吸をすることで、辛うじて苛つきを我慢する。
「とにかく、このまま進むのは難しさ、玄奘。陽が落ち切る前に、どこかで宿営するのがいいかもしれないよ」
この西方行脚の道中に参加しているのは、宝玄仙や玄奘のような十名ほどの天教の高僧のほかに、いまは五十人ほどの人数である背に荷を担いだ荷物持ちの随行の者たちが加わっていた。
宝玄仙たち僧侶組は、ほとんど荷を持たないのでまだ大丈夫だが、荷を運ぶ者たちはさすがに、この難所は苦しそうだ。
一列になって進んでいるが、険しい山中道に汗だくになっていて、すでに疲労も激しのは見ていて明白である。
西方行脚の道中のために帝都を出立してから、今日で二十日ほどになる。
宝玄仙たち一行の旅は、
そして、さらに帝国の国教を越えて、西方諸王国と称する幾つかの属国を抜け、さらに遙かに先にある通天河という大河の向こうにあるのが、この旅の目的地ということになっている「西域」だ。
魔域ともいう。
人間とは異なる「魔族」と称される亜人が棲む蛮地である。そこに辿りつき、天教の信仰を広めるというのが、一応はこの旅の表向きの目的だ。
人間は魔族を認めず、魔族たちは人間たちを憎悪している。
度重なる弾圧を信仰の名のもとに、天教が魔族たちに繰り返しているからだ。
そこに天教の教えを広めるなど、馬鹿馬鹿しい茶番もいいところだが、それが宝玄仙が天教団に命じられた任務なのである。
もっとも、そこまで辿り着くのは、どんなに早くても数年はかかるだろう。
無謀な旅だが、宝玄仙にはどうしても、そこに辿り着かなければならない理由があった。
だから、この西方行脚の道中はうってつけだ。
帝都の連中は、八仙のひとりの宝玄仙が事実上の天教からの追放を受けたように思っているかもしれないが、西方行脚に応じたのは、間違いなく宝玄仙自らの意思だ。
まあ、随行者という名目の宝玄仙の見張り役である玄奘たちについては、忌々しいこと、このうえないが……。
「そうは言っても、まさかここで休息するわけには参りませんよ。いまは、この岩の道を進みきるしかありません」
玄奘は、帝都の神院が西方行脚を命じられた宝玄仙につけた男であり、この一行を仕切っているのは玄奘だ。名目上は、宝玄仙がこの旅隊の長なのだが、宝玄仙と繋がっている者はおらず、全員が宝玄仙ではなく、玄奘の命令に従うように命令されていることを知っている。
すでに、帝都を出立して二十日近くが経っていて、旅は帝都における身分や権威の及ばない辺境地域に差し掛かっていた。
もしも、玄奘が命じれば、その一瞬にして宝玄仙の立場は消滅し、見た目は若い美女である宝玄仙など、たちまちに随行の男たちの凌辱の対象になるだろう。
いや、もうなっているか……。
宝玄仙は歩きながら苦笑した。
とにかく、この五十数人の中で女であるのは、宝玄仙ただひとりだ。
若い女の見た目である宝玄仙の西方行脚の旅に、身の回りの世話をするような女の随行員を加えなかったのは、この旅を命じた皇家と天教の神院のいやがらせなのはわかっている。
もっとも、本来であれば、どんなに女日照りで男たちの性欲が沸騰したとしても、襲われるような心配はないはずなのだ。
なにしろ、宝玄仙は八仙の呼称を許された法術の遣い手である。
いくらなんでも、八仙の宝玄仙を襲う馬鹿はいない。
八仙というのは、人智を越える法術を扱うことのできる最高の術師に与えられる尊称であり、並大抵の術師では、八仙に選ばれることはない。
必ずしも八人とも限らず、欠員が出ても実力がなければ誰も選ばれることはなく、実際のところ現在の八仙は宝玄仙を含めて五人だ。
そして、八仙は現員の八仙の前で術を披露し、全員一致で八仙に相応しいと認めることで八仙の名乗りを許される。
宝玄仙もそうやって八仙になった。
八仙となれば、名に“仙”の尊称をつけるのが習わしなので、宝玄という戒名を称していた自分は“宝玄仙”と呼ばれるようになったのである。
宝玄仙が八仙であるのは天下に知れ渡っており、さすがに宝玄仙を襲う命知らずは随行の男たちの中にはいないはずだった。
返り討ちの自信もあった。
だが、そろそろ、旅を開始して、二度目の十日目がやってくる。
「発作」の兆しを感じていた。
自分の中の法術がふつふつと沸きだす淫紋の呪縛により、まるで触手に絡まれるように遣えなくなっているのがわかる。
この十日に一度の淫紋の発作が完全に効果を発揮すれば、宝玄仙は一切の法術が使えなくなり、ただの無力な女になりさがる。
その十日目が再びやってくるのだ……。
この秘密を知っているのは、玄奘ただひとりだ。
そして、最初の十日目のとき、無力になった宝玄仙は、玄奘に陵辱されて、逆らえないように隷属の刻印を刻まれてしまった。
その代わりに、淫紋の発作のことは秘密にすることを玄奘は宝玄仙と約束をしたのだ。
だが、本当に秘密は守られているのだろうか?
二度目の十日目が近づくにつれ、玄奘以外の僧侶たちにも、宝玄仙を見る眼によこしまな色が混ざるようになった気がするのだ。
発作のときには、宝玄仙は完全な無力な女になりさがる。そのときに隷属の刻印を刻まれれば、発作が終わって法術が復活しても、隷属の刻みは残るのだ。刻まれた側から刻みを無効にすることは不可能だ。
もしかしたら、次の発作のときには、玄奘以外の者たちにも性奴隷にようにされてしまうのかもしれない。
隷属の刻印を刻んだ相手との約束など、いくらでも玄奘は反故にできる。
宝玄仙は内心で焦りのようなものも感じていた。
もっとも、この隷属の刻みには、抜け道はある。
玄奘は知らないが、やろうと思えば解除もできる。しかし、解術はしない。
いまは、まだそのときではないのだ。
「崖の道ねえ……。こんな場所は山鹿ぐらいしか通らないさ。さもなければ鳥くらいだ。お前が選ぶ場所は、こんな辺鄙なところばかりだよ」
「心配は要りませんよ、宝玄仙様。この難所もそろそろ終わりです。前に送った斥候によれば、少し先に岩に囲まれた広い場所があるようです。そこで今夜は宿営を考えております。野宿にはなりますが……」
「ああ、すでに先のことを考えていたかい。万事任せるよ」
「お任せください」
そのとき、玄奘がさらに口の中で小さく術式の言葉を呟くのが聞こえた。
宝玄仙ははっとした。
「うくうっ」
宝玄仙は眉をひそめて、法衣の中の膝をがくがくと震わせた。
この玄奘に無理矢理に装着させられた法術紋の刻まれた淫具のせいだ。女である宝玄仙の貞操を守るためとうそぶき、玄奘が宝玄仙の股間に喰いこむ革帯を装着させているのである。その革帯の内側には大小の丸い突起がたくさんあり、それが玄奘の呟いた術式の言葉で動き出したのだ。
いまは、陰核に当たっている部位が激しくうねるように振動とともに動きだした。
山道を進むあいだ、突起が耐えず股間を刺激していたが、それを振動させられたことで、一気に大きな喜悦となって、襲い掛かってきたのである。
こんなことをされても、宝玄仙にはなにも抵抗できない。
法術が遣えたところで、宝玄仙が淫紋を刻まれていること、その淫紋を発動する鍵となる符牒の言葉を知っている玄奘に、逆らうことができないことになっているのである。
そのうえさらに、あの最初の十日目の発作のときに、宝玄仙は玄奘の命令に従うことを誓約させられてしまったのだ。
「や、やめないか……。くっ、くくう……」
宝玄仙は必死に歯を喰いしばりながら、玄奘を睨む。
すると、玄奘が振り返った。
玄奘は、ほかの随行の男たちに見えないように、にやにやと卑猥な微笑むを浮かべていた。
「……露営の場所まで半刻もかからない。それまで、しっかりとおまんこを濡らしておけよ、淫乱八仙様」
玄奘は宝玄仙の耳にささやき、再び前を向いて歩きだす。
「ふ、ふざけるなよ……。しょ、承知しないよ……。す、すぐにとめるんだよ」
宝玄仙は革帯の振動の刺激に耐えながら、必死に玄奘を追いかける。だが、革帯の内側の突起の刺激のために脚に力が入らず、腰が砕けそうになる。
「お疲れですか、宝玄仙様。宿営予定地まで、もう少しなので頑張りください」
周囲に聞こえるように玄奘が少し声を張って返す。
だが、振動はとまらない。
いや、むしろ強くなった。
しかも、革帯の内側の突起は宝玄仙の股間に接触するすべての場所にあるのだが、玄奘はこれまでの前側だけでなく、肛門に当たる突起を強く振動させてきたのである。
「うわっ」
不覚にも宝玄仙は、その場で立ち止まってしまい、身体を突っ張らせて手でお尻を法衣の上から押さえてしまった。
何事かと、背後を続いている随行の男たちが一斉に目を送ってきたのがわかる。
歯を喰いしばって、身体を自然にしようとするが、振動の刺激の衝撃がそれを許してくれない。
なにしろ、宝玄仙の身体に刻まれている淫紋のうち、特にお尻の快感に関するものは幾重にも重ねて刻まれている。
宝玄仙にとって、お尻は鋭敏な陰核を超える性感帯なのだ。
「大丈夫ですか、宝玄仙様?」
再び振り返った玄奘が白々しく、宝玄仙の肩に手をやって支える。
そのあいだも、強い振動が股間や肛門で続いている。
「うくうううっ」
大きな波がやって来た。
官能の槍が足先と脳天に到達し、そのまま突き抜けていく。
宝玄仙は身体をがくがくと震わせて絶頂してしまう……。
いや、いけない──。
これこそがこの貞操帯に刻まれている術式の最大の効果なのだ。装着している女の絶頂感を無効にするのである。
つまり、絶頂に到達しても、絶頂感は与えてくれない。
それがこの革帯だ。
いくにいけなかった焦燥感に、宝玄仙は身体を震わせながら苦悶するしかない。
淫紋を刻まれている宝玄仙の最大の弱点がこれだ。
身体の疼きや性欲を定期的に発散しなければ、どんどんと淫気が身体に充満して固定し、宝玄仙の法術の発揮を阻害する。
だから、常に性欲を解放するような生活をしなければならないのに、この貞操帯の封印がそれを阻止するのである。
この貞操帯をして、一日もすれば、性欲を満たせない宝玄仙は、勝手に無力化になる。玄奘はだから、これを外さず、だた、忘れた頃にこうやって弄んで遊ぶだけというわけだ。
「宝玄仙様はお疲れのようだ。宿営地に着いたら、すぐに休む準備を──」
玄奘が大きな声で怒鳴るとともに、やっと股間の振動が停止した。
宝玄仙は周りに人がいなければ、隷属を刻まれていようが、淫紋があろうが、絶対に殴りつけているのにと思いながら、肩で息をしながら玄奘を睨んだ。