相手をさせる沙那が今夜はまだいないので、久しぶりのひとりでの入浴だった。
この弱水の県令の離れの客室は実に快適だったが、なによりも客室に湯船がついているというのが最高だ。
皇都で八仙としての屋敷にも湯船はあったが、闘勝仙たちの慰み者にされて、屋敷の家人の全てを闘勝仙の息の掛かった者と入れ替えられていたので、あの屋敷の浴室は心身を休める場所ではなく、繰り返された恥辱と屈辱の舞台でしかなかった。
思い出したくもない。
また、玄奘たちに囲まれての西方行脚の旅は、苛酷な難所を選ぶような道中であり、入浴どころか、満足に寝ることも難しいような苛酷なものであった。
寝る前に身体を水で拭くのが精一杯であり、温かい湯船に入って身体を休めるなどとんでもないことだった。
だから、この弱水の県令の屋敷に厄介になり、毎日湯船に浸かれるというのは、それだけで天にも昇ったような幸福感を覚える。
「ああ、いい気持ちさ」
宝玄仙は裸身を湯船に浸けながら、思わずひとりで声をあげた。
それくらいにいい気持ちなのだ。
だが、最高に満足かと問われれば、まだ足りないものがある。
沙那だ。
いつもは、入り浸るように結界を刻んで閉鎖しているこの離れの建物内にいさせているが、今夜についてはわざと離れの外に出してやったのだ。
だが、すぐに耐えられなくなって、やってくるのはわかっている。
なにしろ、昼間に離れから外に戻すときに、たっぷりと掻痒剤を塗った張形を股間と肛門に挿入し、それを革の貞操帯で塞いでから、外に出したのである。
しかも、あれは特別な調合を施しており、水分が混ざれば混ざるほど、耐えがたい痒みが発生するようになっている。
あの感じやすい娘が張形を挿入して身体を動かせば、たちまちに愛液で張形を濡らし、狂うような痒みでのたうち回りだすは明白だ。
それとも、少しでも媚薬を洗い落とそうと、水で薄めようとするだろうか。
そんなことをすれば地獄の痒みの始まりだが、いずれにしても、沙那が慈悲を乞いにやってくるのはわかっている。
やってきたら、今夜こそ、隷属の誓いを受け入れさせてしまうと決めている。
そして、旅の供とするのだ。
あの娘は実にいい。
気は強いが、随分と感じやすい身体を持っていて、いくらでも仕込みようがある。実際、この十日で沙那にはありとあらゆる性感を開発してやり、すっかりと淫乱な身体にしてやった。
もともとの素質もあったのだろうが、かなりの被虐癖であり、拘束されて辱めをすると、おびただしいほどの愛液を出しながら、性感を熱くして身体を疼かせるようになる。
なによりも、とても身体が敏感で、愛撫に対する抵抗力がかなり低いのだ。
それでいて、心は強く、しかも、自分が淫乱体質であることの自覚がない。
自覚がないのに、身体だけは宝玄仙の与える嗜虐に敏感に反応する。
実に愉しい玩具だ。
あの娘が県令の命令で宝玄仙のことを探るために、宝玄仙に近づき続けているのはわかっている。
なんだかんだで、あれだけ恥辱的な仕打ちをしても、毎日やってくるのは、宝玄仙のことを調べろという県令からの密命を帯びているからだろう。
さもなければ、賢そうなあの娘は、宝玄仙との逢瀬に危険なものを感じて、早々に距離をとったのではないだろうか。
だが、あの娘はそうはしなかった。
わかっていて、宝玄仙との情欲の生活に身を浸らせたのである。
だから、もう遅い。
本人に自覚があろうとなかろうと、この十日で植えつけてやった嗜虐の快感は、沙那にそれなしでは、まともに生活ができないほどに、沙那に浸透してしまったのだ。
沙那はいつここに戻るか……。
湯船で身体を温めながら、宝玄仙は貞操帯の中の痒みに翻弄されて苦しむ沙那の姿を想像して、ひとりでほくそ笑んだ。
もっと早く戻るかと思ったが、いまのところ、いまだに我慢しているのだろう。
しかし、我慢できるわけがない。
あの貞操帯は、宝玄仙の法術でなければ解錠できず、痒みを癒やすには、結局、宝玄仙の慈悲にすがるしか方法がないのだから……。
もちろん、戻ってきたら、すぐに許してやるということはしない。
貞操帯で封印したまま法術で張形を振動させるということもできるから、ほんのちょっとだけ動かしてやるだけで終わらせようと思っている。
耐えがたい痒みだが、一度でも痒みが癒やされる解放感を味わってしまうと、それこそ、もうそれが欲しくて耐えられなくなるのだ。
おそらく、沙那は隷属を受け入れるだろう。
それするしかないのだ。
そのときこそ、心からの屈服により、沙那は宝玄仙の軍門に入ることを望むに違いない。
隷属の呪術の受け入れの条件の完成である。
「まあ、隷属を受け入れたところで、すぐには許してはやらないけどね……」
宝玄仙はくすくすと笑いながら、またもや独り言を呟く。
隷属さえ誓わせれば、あとはやりたい放題だ。
痒みを我慢させたまま、舌で宝玄仙の身体を隅から隅まで舐めさせてやろう。
このところ、沙那のおかげで情欲が溜まることはなく、淫気が蓄積しすぎて、淫紋の呪術が発動して法術の封印を招くという心配も遠くなっているが、淫紋を刻まれている宝玄仙にとって、情欲が発散できないというのは、それだけで危険なことなのである。
いまだに、自慰では昇天できない状況はそのままだから、とにかく、沙那を使って身体を慰めさせ、淫紋の呪術が効果を及ぼすのを防ぐことは大事だ。
それにしても、闘勝仙本人が死んだというのに、いまだにあいつの術から逃れることができないでいるのは、実に忌々しい。
やはり、遠い魔域にあるという「賢者の石」に頼るしかないのか……。
伝承によれば、それを手に入れさえすれば、法術使いとしての能力は桁あがりに向上し、そのときこそ、淫紋どころか、悪意をもって闘勝仙たちから刻まれた全身のあらゆる呪縛からも解放できるに違いないのだ。
「んっ?」
そのときだった。
宝玄仙は異変を感じて、はっとした。
離れ全体を包んでいる結界が少しずつ綻び始めていることに気がついたのだ。
「どういうことだい──?」
驚愕して湯船の中で立ちあがる。
宝玄仙の刻んだ強力な結界が勝手に崩れるということなどあり得ない。
だが、実際、いまこうしているあいだにも、どんどんと結界が崩壊している。
とにかく、慌てて宝玄仙は法術を展開した。
「なんで──?」
だが、思わず声をあげる。
法術を使おうとするが、なにかが発動を阻止して術が発散してしまう。
封印されたということではないが、なにかが術を完成させる前に妨害するのだ。
そして、ついに建物全体に刻んでいた結界が完全に霧散してしまった。
直後に轟音が周囲から鳴り響き、大勢の人間が襲撃してきた気配を感じた。大きな物音はなにかの道具で、この別宅の壁や施錠された扉を打ち破ったものだろう。
「誰だい──?」
宝玄仙はとにかく湯船から外に出て流し場から脱衣場に出る。
そこに脱衣した服があるので身につけようと思ったのだ。
だが、投げ込まれた松明が脱衣籠に入り、服に炎がうつった。
「うわっ」
身体の近くから上がった炎に宝玄仙は、思わず再び湯船側にさがる。
そのあいだにも、喚声とともに襲撃者がやってくる。
姿が見えた。
県令の兵だ──。
しかも、眼に入っただけで全員が完全武装をしていて、それが十人以上いる。まだまだ大勢いる気配だ。そいつらが、どんどんと松明を投げる。油のような液体も一緒にだ。
あっという間に、周りが火に囲まれる。
「ち、畜生──。なにごとだい──?」
宝玄仙は叫んで、法術で接近する県令の兵たちに向かって、浴室の壁越しに衝撃波を法術で放つ。
今度は術が完成し、周囲の壁が吹き飛び、あちこちから悲鳴があがったのがわかった。
だが、その法術波も、屋敷の外壁に近いところで突然に消滅してしまったようだ。
しかし、それでやっと絡繰りも理解できた。
とにかく、なんらかの理由により、この離れの屋敷の外側部分から遠い場所については、宝玄仙の法術が消滅してしまう状況になっているみたいだ。
最初に、屋敷の結界が崩壊したのは、結界についてはこの建物の外縁に刻んでいたからだ。
逆に、内側についてはまだ法術は使える。
たったいま衝撃波が飛ばせたのは、宝玄仙のいる場所に近いからだろう。だが、それも、外側に到達することで術が崩壊してやはり霧散した。
おそらく、建物の外側一帯に、宝玄仙の術を無効にしてしまうなんらかの処置を施されてしまったに違いない。
また、衝撃波により、宝玄仙を包みかけていた炎も消えた。いまは土埃しかない。
そして、宝玄仙の法術波で吹き飛んだ壁によってたちこめていた土煙が小さくなる。
あちこちの壁も壊され、建物の外壁もところどころ崩壊していたので、建物の周りを包囲している兵たちの全容を視界に捉えることができた。
武装した県令の兵が全部で百人はいるだろうか。
棒を持ち、最初に投げ込まれた松明や油の入った袋のようなものを手にしている者もいる。
建物内には最初に侵入してきた十数人の兵が衝撃波で吹き飛ばされて倒れているが、いまは続けて襲ってくる気配はなく遠巻きになって囲んでいる状況だ。
「ちっ」
宝玄仙はとにかく、位相空間から身につけるものを取り出そうとした。
湯船に入っていたところを襲撃を受けたので、いまだに素っ裸なのだ。
「くそう、やっぱり駄目かい」
しかし、宝玄仙はなにも取り出すことができないことに気がつき舌打ちした。
そうでないかと予想していたが、位相との接続は切断されていて、格納しているものを外に出すことはできなかった。
おそらく、逆結界術だろう。
ひとりの術師では無理だが、四人以上の法術師が周りを囲んで、それよりも外側の接触を断ってしまうという術だ。
宝玄仙もそうだが、高位法術使いともなれば、「移動術」や「空間術」を使って、法術で瞬時に逃亡することも可能だ。
それを防ぐために編み出された術であり、それを使えば、宝玄仙のような高位法術使いであろうとも、逃亡することを不可能にしてしまうのだ。
位相に接触できなかったのも、逆結界により宝玄仙のいる空間一体が封印されてしまっているからだ。
宝玄仙は、自分の周りだけに結界を張る。
遠くに伸ばせば、霧散してしまうだろうが、すぐ近くだけであれば問題はないのだ。
「逃亡は無理だぞ、宝玄仙。まさか、湯船に浸かっていたとは思わなかったが、こうなったら諦めることだ。周りは完全に闘勝仙様のお遺しになられた封印紋で囲んでいる。こうなったら逃亡することなど不可能だ」
武装する建物の周囲の県兵のあいだから、黒衣の装束に頭から足まで覆った男が現れた。
頭にも覆いをしているので顔はわからないが、その正体は声でわかった。
「黒風斎かい……。まさか、ここまで追いかけてきたとは、余程に暇なのかい」
宝玄仙は言った。
まだそれなりの距離もあるし、穴の開いている壁越しだが、間違いなく黒風斎だ。
皇帝家に直属する諜報組織の将校だ。
そして、闘勝仙の犬でもあった。
宝玄仙が超勝仙たちの慰み者にされていたとき、宝玄仙を陵辱するための秘密の宴に参加していたのを記憶している。
とにかく、黒風斎がやって来たということは、やはり皇家は宝玄仙を大人しく逃亡させる気はないということだろう。
宝玄仙を西方行脚の中で抹殺するためにつけていた玄奘が死んだことに気がつき、今度はこの黒風斎を送り込んできたということだろうか。
だが、それはともかく、黒風斎はどうやって、宝玄仙の結界を霧散する施術を可能にしたのか。
いま、闘勝仙の遺した紋様がどうとか口にしていたと想うが……。
「それにしても、希代の女法術使いの宝玄仙とはいっても、所詮は淫紋を刻まれて、悶々とした身体をどうすることもできない哀れな女よ。改めて見るが、闘勝仙様に刻まれた呪術はまだ健在のようだな。だんだんと赤く光ってきているぞ」
黒風斎が笑い声をあげた。
はっとして、慌てて手で無毛の股間を隠す。
だが、確かに淫紋がいつの間にか活性化し始めている。
そういえば、身体の周囲に施した結界がだんだんと揺らぎだしている。術が切れそうだ。
「くっ、な、なんだい──」
股間に強い疼きが走り出す。
淫紋だ。
宝玄仙はいつの間にか、膝を軽く折り曲げるような体勢になっていた。
妖しい身体のざわめきがどんどんと強くなっていく。
勃起した乳首を隠すために、股間だけでなく、片手で胸も覆う。
だが、手で覆っている股間からはどくどくと愛液が流れ出ている。手のひらはもうべっとりだ。
「すでに周りは闘勝仙様の紋様を刻んでいると言っただろう。この紋様の中では、お前は術は遣えん。そして、淫紋を使って、いまだに刻まれたままの淫術が全身を蝕でいくということだ。まだ抵抗はできるだろうが、時間の問題だ」
黒風斎が愉しそうに笑い声をあげる。
そして、宝玄仙はやっと夜闇の中で地面に刻まれている法術紋を認識することができた。
確かに、あれは宝玄仙の淫紋を活性化させるための紋様だ。
宝玄仙に刻まれている淫紋こそ、闘勝仙が宝玄仙を隷属するために施したものであり、だから、術が霧散したのだとわかる。
しかも、周囲の地面にびっしりと描かれた紋様は、相互に干渉し合い、だんだんと強固なものになっていっている。
淫紋が活性化したのはそのためだ。
いまは外側だけだが、すぐに内側まで浸透するのはわかる。
沸騰しかけているいきなり沸いてしまった淫気をなにかの方法で発散できればいいが、ここには宝玄仙しかいない。
宝玄仙は自慰では気をやれないのだ。
昇天できるのは他人からの愛撫のみだ。
こうやって対峙しているあいだにも、じわじわと淫気が身体を蝕んでいっている……。
「こ、この卑怯者──」
宝玄仙は耐えられずにその場に跪いた。
「ははは、お前がいまだに闘勝仙様の支配下にあることを知ったときは嬉しかったぞ。いまこそ、あのお方の恨みを晴らせる。行けいっ──」
わっと、県令の兵たちが四方から再び突入してきたのがわかった。