「こ、この卑怯者が──」
取り囲んだ離れの屋敷の隅で宝玄仙が手で乳房と股間を隠したまま、崩れ落ちるように両膝をついたのが見えた。
明らかにあの女八仙の身体に刻まれている淫紋が効果を発揮している。
黒風斎はその瞬間、勝利を確信した。
八仙ともなれば、その法術の力は並大抵のものではなく、まさに化け物級だ。だから、用心に用心を重ねた準備を進めるとともに、いまの宝玄仙が全盛期のどのくらいの実力を発揮できるのかを探っていたが、いまこそわかった。
もはや、怖れる必要はない。
闘勝仙様の遺した淫紋を活性化させる紋様を張り巡らせただけで、目の前の宝玄仙は淫紋が発生させる官能の疼きに苦しみ一介の雌に成り下がったくらいだ。
あれは希代の法術を駆使する八仙という化け物などではなく、ただの逃亡中の性奴に過ぎない。
ならば、ただ捕らえるだけのことだ。
「ははは、お前がいまだに闘勝仙様の支配下にあることを知ったときは嬉しかったぞ。いまこそ、あのお方の恨みを晴らせる。行けいっ──」
黒風斎の声を合図にして、県令の兵がわっと宝玄仙に向かって突進した。
だが、宝玄仙は蹲ったまま動かない。
あっという間に、県令の兵が寄ってたかって掴みかかった。
全裸の宝玄仙が身体をうつ伏せに押さえられて、数名がかりで両手が背中に回され、きりきりと縄をかけ始める。
宝玄仙はまったく抵抗しない。
「くっ」
宝玄仙の身体が強引に起こされ、兵たちが宝玄仙の両腕を厳しく縛った縄尻を強く引き絞りながら前に回す。そして、豊かでかたちの言い乳房の上下を二巻三巻と強く堅めあげた。
そのあいだも、やはり宝玄仙はほとんど抵抗らしい抵抗をしない。
すでに法術を刻めないくらいに、淫紋による淫情に狂っているのだろう。
暴れたくても暴れられないのだろうか。
遠目だが、後手縛りで隠すことができなくなった宝玄仙の乳首は完全に勃起し、肌は真っ赤に火照って、かなりの脂汗をかいているのがわかる。
そして、俯いたままの顔では荒い息をしていた。
それにしても、相変わらず実にいい女だ。
十分に熟し切った肉、艶やかで滑らかそうな白い肌、縄で上下を厳しく締めあげられて強調されている乳房の美しさといい、腹部から腰、そして下腹部から腿にかけての線の色っぽさといい、やはり実にいい女だ。
闘勝仙様の仲間内の宴では、手を出す立場にはなかったが、改めて接しても、生唾を飲み込むほどの官能美だと感じた。
そもそも、淫紋で法術を封じさえすれば、宝玄仙など非力な女にすぎない。いかも、とびきりの美女だ。そして、闘勝仙様が徹底的に調教をした淫雌である。
やがて、宝玄仙は完全に県令の兵に囲まれて、姿が隠れてしまった。
黒風斎自身はいまだに離れの敷地の外側にいて、刻んだ淫術の紋様の上に立って離れた場所にいたが、ゆっくりと近づいていく。
「四肢に法術封じの環を装着しろ。首にもだ」
黒風斎は宝玄仙に近づきつつ、懐から取り出した法術封じの環を取り出しながら言った。
これにも、闘勝仙様の呪術の紋様が刻まれている。これを装着してしまえば、もはや、宝玄仙は法術を使うことが不可能になるだろう。
「いいざまだな、宝玄仙」
黒風斎が宝玄仙の前に辿り着くと、兵の囲みが割れて、後手に縄で縛りあげられた宝玄仙が兵たちによって強引に立たされた。
宝玄仙は片脚を曲げるようにして、下腹部の淫紋を隠している。
だが、完全には隠されていない。
それが宝玄仙の恥辱と惨めさ表しているようで、黒風斎はほくそ笑んだ。
闘勝仙様から毛根まで死滅させられ、宝玄仙の股間には一本の陰毛もなく、童女のそれだ。そして、そこには刺青のようなこぶし大の淫紋が花を開くように浮き出ている。
これこそが、宝玄仙が闘勝仙様の性奴以下の存在として虐げられていた象徴だ。
普段は肌に同化してほとんど目立たない淫紋だが、淫紋による法術の制約がかかれば、宝玄仙の下腹部の紋様が真っ赤になるのだ。
淫紋で発情を封じられても法術が使えなくなり、そして、ああやって、発情しきってしまっても、やはり数日は法術が封印される。そうやって無力になった宝玄仙を「玩具」にして、闘勝仙様は愉しんでいた。
希代の術者の女八仙が法術を封印されて、考える限りに辱めを受けるのだ。
あれは、実に愉しい見世物だった。
黒風斎は、それを思い出していた。
あのときと同じように、宝玄仙の股間の下腹部は真っ赤になって……。
いや……。
黒風斎はほんの少し違和感を覚えた。
確かに赤いが、あのときのように赤を通り越して、赤黒いというほどの色ではない。
まだ、完全には活性化してない?
すると、ずっと顔を俯かせたままだった宝玄仙が初めて顔をあげた。
その顔には、ぞっとするほどの冷酷な笑みが浮かんでいる。
「……やっと、近くまでやって来たね……。あの忌々しい紋様を越えることはできそうもなかったけど、お前がのこのこと内側に来たなら別さ。いずれ淫紋によって淫気が満ちきって法術が封印されるかもしれないけど、それはいまじゃないよ」
宝玄仙がいきなり高笑いした。
次の瞬間、凄まじい程の暴風が襲いかかった。
目の前が真っ白になる。
「うわあああっ」
「あがああ」
「ひぎゃあああ」
絶叫が重なり、血と肉の匂いが一気に爆発した。
黒風斎自身は衝撃波に跳ばされ、残っていた柱に背中と後頭部を強打し、意識が飛びそうになった。
だが、辛うじて気は失わないですんだ。
気がつくと、辺り一帯に兵たちの手や足が切り刻まれて飛び散り、あるいは胴体や首を切断されてしまった死骸が周囲を覆っていた。
見渡す限りに、身体を切断された県令の兵たちの死体が拡がっている。
「うわああっ」
「助けてくれ」
「ひいいい」
比較的外側については軽傷の者や、運良く肉体を切り刻まれるのを免れた者もいたようだが。それらは一斉に逃亡している。
血と肉片と死んだ大勢の兵の死体の海の中で、後手縛りの宝玄仙と頭を打ってまだ朦朧としている黒風斎だけが、唯一動ける者だ。
そして、なにが起きたのか理解した。
淫紋が活性化することで完全に無力化してしまったと思っていた宝玄仙だったが、実際にはまだ完全に封じられる前に、封印された素振りをして油断させたのだ。
「ちっ、あいつの紋様を刻んだ布をまとっていたのかい」
肩で息をする宝玄仙が後手縛りのまま黒風斎を睨みつけている。そして、縄掛けをされた縄がばらばらになって落ちた。法術で引き千切ったようだ。
また、黒風斎は自分の身体を見た。
身にまとっていた黒衣の布服は衝撃波でびりびりになっていたが、その内側に身につけていた内衣に刻んでいた闘勝仙様の紋様は残っている。
念のために内側の服に紋様を刻んでいてよかった。
これがあったため、身体に当たる寸前で宝玄仙の放った衝撃波が四散して暴風を浴びるだけで済んだのだと思う。まともに喰らっていたら、間違いなく周囲の兵同様に身体を切り刻まれていただろう。
だが、まだ余力があるのに、力を失ったふりをして、自分をおびき寄せるとは……。
こんな単純な仕掛けに引っ掛かるとは、まったく自分らしくないと自嘲してしまう。
「残念だったな。最後の余力だったろうが──」
黒風斎は立ちあがって飛び掛かった。
手には法術封じの環を持っている。
とにかく、これを嵌めてしまえば終わりだ。
「くっ、糞ったれが──」
宝玄仙が両膝を再び床につけた
その股間はさっきよりも赤い──。
おそらく、さらに弱まっている。
その証拠に、問答無用で連続で衝撃波を跳ばして来ない。
「死にな──」
衝撃波が来る。
だが、さっきよりも弱い。
衝撃はあったがさっきほどではない。
内衣に刻まれている紋様に触れて四散したのがわかった。
「観念しろ──。玄奘殺しで捕縛する──」
全裸のままの宝玄仙を組み伏せた。
「いたあっ」
次の瞬間、黒風斎は悲鳴をあげた。
手を噛みつかれたのだ。
思いきり、平手で宝玄仙の頬を打つ。
「ぐっ」
宝玄仙の顔が曲がり、一気に脱力したのがわかる。
馬乗りになったまま、さらに十発以上平手で殴る。
宝玄仙がぐったりとなった。
黒風斎は宝玄仙を裏返しにして、その両手首に、法術封じの環を嵌めた。さらにその両腕の環を接続して後手拘束の手枷にしてしまう。
「これでもう抵抗はできんぞ」
黒風斎は、宝玄仙の髪の毛を掴んで立ちあがる。
「ぐあっ、いたいっ、痛いんだよ、お前」
宝玄仙が必死に暴れるが、もはや大したものではない。
まるで子供が暴れているようだ。
「黒風斎殿──」
背中から大きな声をかけられた。
振り返る。
県令だ。
いつのまにか合流したようだ。
また、県令の兵も大勢戻っている。再び十重二十重と周りを囲んでいた。
「県令、とりあえず、牢に入れておけ」
黒風斎は宝玄仙の尻を思いきり蹴り飛ばした。
「ぐあっ、ち、畜生……」
宝玄仙が床に倒れて転がる。
仰向けになった顔には悔し涙が流れていた。
「捕らえて連行せよ──。ところで、黒風斎殿、例のものは?」
県令の声で再び兵が宝玄仙に群がる。
いまだに大勢の切り刻まれた兵の死骸が散乱しているので、怯えた様子を示しているが、さすがにもう抵抗できないのは理解したようであり、兵たちも捕縛のための縄を新たにかけていく。
また、黒風斎は、県令の主張する例のものというのがすぐにはわからなかったが、宝玄仙が県令に見せびらかしたという金錦のことというのを思い出した。
黒風斎は肩を竦めた。
「こいつが隠し持っている。拷問でもなんでもして出させればよい」
黒風斎は言った。
「おう、ありがたし」
すると県令が嬉しそうな声をあげる。
だが、黒風斎にはわかっているが、実際には法術封じを装着されている以上、宝玄仙は位相からなにも出すことはできない。しかし、県令は法術について詳しくないから、むきになって宝玄仙を痛め付けて、なんとか金錦とやらを出させようとするだろう。
おそらく、宝玄仙にとって長い夜になるに違いない。
黒風斎は全裸のまま連行される宝玄仙を見送りながらからからと笑った。