「失礼します、宝玄仙様──。夕食をお持ちしました」
布の入口を開いて玄奘が簡易天幕の中に入ってきた。
ここは、宝玄仙のために準備された布製の天幕の中である。
玄奘の両手にある盆には、数切れの干し肉と山菜を煮た汁らしきものが入っている椀、さらに水瓶が載っている。
天幕は大き目であるが、ひとり用であるので中はやや狭い。
宝玄仙が休むための小さな組み立て式の簡易寝台と、やはり、組み立て式の机があるだけだ。法術を込めて利用する小さな暖房具もあるが、いまはそれには火は入ってない。
同じ天幕がふたつあり、宝玄仙用の天幕に隣接して、玄奘のためのものも準備されている。
随行員たちが分散して運んでいるものであり、布製とはいえ屋根のある施設で休めるのは、宝玄仙と玄奘だけだ。
ほかの者にはそんなものはなく、荷持ちの人足たちだけでなく、同行の高僧たちでさせ、夜空の下でめいめいに転がって寝るだけだ。ここは大きな岩が幾つも拡がっている場所なので、それらを壁のように利用して丸まって休んでいることだろう。
食事にしても、いま玄奘が持っているようなものは、宝玄仙のためだけに準備されたものだ。ほかは各人が持っている水筒と携行食を囓るくらいのはずだ。
徒歩での難所越えの移動なので、これ以上の荷を運ぶこともできないのだ。
「移動中はかなりお疲れのようでしたけど、大丈夫ですか、宝玄仙様?」
玄奘がにやにやしながら、食事の載せてある盆を小さな机の上に置く。
簡易寝台を椅子側にして座っていた宝玄仙は、舌打ちして玄奘を睨む。
「白々しい……」
「確かにね」
玄奘ががらりと口調を変えて、懐から五、六歳の子供の拳ほどの大きさの水晶玉のようなものを出して、盆の上に置いた。
あれもまた法術具であり、天幕の中の話し声を外に聞こえなくするものだ。
さらに、短い鎖でふたつの革枷が繋がっているものを二組出して、宝玄仙に向かって放る。
「なんだい、これは? もしかして、わたしの相手をしてくれようっていうのかい?」
宝玄仙は横に投げられた二組の枷にちらりと眼をやって言った。
「そういうことだ。そろそろ、二度目の発作だろう? 最低限の性欲を解放してやろう。これから、凶暴な猛獣や魔獣が出現する場所になる。お前の法術も少しは必要かもしれないしな」
「なに言ってんだい。だったら、最小限と言わずに、わたしを犯して精を注ぎな。ねちねちといたぶるだけじゃなくてね」
宝玄仙は玄奘を睨む。
淫紋を刻まれた者は、性欲を満たせなければ、だんだんと身体も動かなくなり、八仙ほどの宝玄仙とはいえども、法術も遣えなくなる。
玄奘は、貞操帯により、宝玄仙の絶頂を防ぐことで、この旅のあいだ、常に宝玄仙を弱らせるということを続けていた。
だが、完全に動けなくなっても困るので、淫具を使って多少の性欲は満たさせながら、絶頂をさせないことで法術を封印してきたのである。
大便も小尿も術式によって、貞操帯をしたまま排出できる仕組みになっており、体液などによる汚れも装着したまま清潔に保てる仕掛けである。
だから、まったく外さずに生活も可能であり、その代わりに、これを嵌めている限り性欲だけはどこまでも溜まり続ける仕組みになっているのだ。
そうやって、宝玄仙を支配しているというわけだ。
「いいぞ。今夜は、ちゃんと発作を解く精をやろう。その前に、この前と同様に敷き布の上で、それぞれに左右で手首と足首を繋げるんだ。下袍を脱いで股を丸出しにしてな」
玄奘が笑う。
「精をやる? 本当かい?」
宝玄仙はちょっと驚いた。
この玄奘は、淫紋により力を封じられている宝玄仙が完全に力を発揮できるためには、単純に絶頂により淫気を発散するだけじゃなく、男の精を子宮に注ぐことが必要だと思っているはずだ。
ずっと、淫紋を利用して宝玄仙を弱らせることに固執していたはずのこいつが精を注いで宝玄仙を復活させる?
どういう風の吹き回しだ?
前回は、筆や張形でいたぶるだけで、直接に男根を挿入するということはしてこなかったのに……。
なにしろ、抵抗できない宝玄仙の股間に痒み剤を塗って、屈辱的な哀願をさせ、淫らな体位を強要し、淫紋の秘密を口外しない誓約と引き換えに、宝玄仙に隷属の紋様すら受け入れさせたのだ。
挙げ句の果てに、ついに挿入はせず、当然ながら精を出すこともなく、あの忌々しい貞操帯で宝玄仙の股間を封印してしまったのである。
それなのに、玄奘が宝玄仙を犯す?
まあいいか。
なら、やってもらおう。
「ああ、だから、命令に従いな?」
「拘束なんてしなくても、抵抗なんてしないよ。お前に性欲を発散してもらわないと、困るのはわたしであるのは知ってんだろう? それに、この淫紋を刻まれている符牒の言葉をお前は知ってるんだ。その言葉で命令に逆らえなくなるのは、もうわかってるだろう」
「ああ、そうだな。便利な言葉だ。たったあれだけの符牒の言葉を口にするだけで、天下の八仙様を奴隷女のように扱えるんだからな。だが、そうやって嫌がるから拘束するんだ。俺はお前のような気の強い美女を徹底的にいたぶるのが大好きでな。さっさとしろ、淫乱八仙」
「ちっ」
宝玄仙は舌打ちとともに、法衣のうち下袍を脱ぐ。
下袍というのは法衣のうち、下半身を袴の部分のことだ。紐を解いて脱ぐと宝玄仙の素足が露わになる。
下着の代わりになるような内衣は、この玄奘から取り上げられている。
上衣で股下部分は隠れているが、そこにはしっかりと革帯が喰いこんでいる。これが玄奘の法術により、術式のかかった施錠がかかっている貞操帯だ。
術式を知っているのは玄奘だけのはずだ。
いや、そういうことになっている……。
「上も脱いで全裸になってもらおうか。今夜はその美乳もいたぶってやろう」
「好きにしな」
膝をつこうとしていた宝玄仙は紐を解いて上も脱ぐ。
上半身もまた内衣は身に着けてない。ただし、乳房を包む布は巻いている。それは解いて外す。
改めて、地面の上に敷いてある天幕用の敷き布に膝をつき、まずは左右の手首にそれぞれ革枷を嵌め、次いで、右手首と右足首、左手首と左足首を繋げて嵌める。
そして、上半身を倒して、顔を敷き布につける。
これで宝玄仙は、跪いて生尻をあげた格好になった。
この枷にも玄奘の術式がかかっているようだ。だから、貞操帯同様に、玄奘にしか外せない……。
まあ、少なくとも玄奘はそう思っているはずだ。
完全に、宝玄仙を愚弄しているのである。
だが、ひとつだけ間違っているのは、この男が八仙である宝玄仙の実力を見誤っていることだ。
まあいい……。
とにかく、この男がその気になったのであれば、それはありがたい。
なにしろ、貞操帯のこともあるが、そもそも、宝玄仙は自慰などでは、性欲の発散ができない。これもまた、淫紋とともに宝玄仙に施されている呪術のせいだ。
他人により性欲を常に発散してもらわないと、法術が制限されるということだ。
本当に忌々しい。
玄奘が宝玄仙の後ろにまわり、術式を口にする。
金属をぶつけたような音が天幕内に鳴り響き、革帯が外れたのがわかった。
「ああっ……」
ずっと股間を苛んできた革帯の内側の突起が離れたことで、一気に疼きが身体を駆け巡った感じになり、思わず声が出た。
背後の玄奘がくすりと笑う。
はっとして、屈辱感に包まれた。
「前回もそうだったが、まるで小便でも漏らしたような雌汁だ。さすがのお前も、淫紋されている身体の淫気の発散を封印されれば、それだけ苦しいのか。見せてやりたいが、おまんこが真っ赤だぞ」
玄奘が嘲笑する。
かっと怒りが込みあがる。
「ね、ねちねちと、うるさいんだよ。さっさと犯しておくれ──」
「まあ、待て……。“
玄奘が宝玄仙に刻まれている淫紋を活性化させる符牒の言葉を口にした。
「くあっ」
二つの枷で拘束されている身体がさらに硬直したのがわかった。
それだけでなく、一切の宝玄仙の法術が封印もされるというのが、宝玄仙に刻まれている淫紋の効果なのだ。
しかも、この十日の貞操帯の封印により、性欲の発散をとめられていたことにより、いわゆる発情の発作を起こしかけていた身体が一気に沸騰するように熱くなる。
この淫紋を身体に許したことにより、八仙のひとりともあろう宝玄仙は、ずっと呪術を施した男たちの性の玩具に成り下がっていたのである。
「じゃあ、おまんこの時間だぞ。嬉しいか?」
玄奘が背後で嘲笑した。
「い、いいから、さっさと犯しなよ」
宝玄仙は焦れて声をあげた。
淫紋を刻まれながら、実に二十日近くも満足に性欲を発散していない。それがどんなに苦しいことなのか、この男は知らないのだ。
「まあ、待て。まだ準備が終わってない」
「準備?」
「絶頂を封じる淫具だ。これを装着されれば、お前はどんなに快感が昂ぶっても、絶頂だけはできなくなる。絶頂できずに、快感だけがどこまでも沸騰する苦しみを味わってくれ。最後の晩餐代わりだ」
すると、玄奘がうつ伏せになって尻をあげた格好の宝玄仙の首の後ろから金属製らしき首輪を嵌めた。
その瞬間、宝玄仙の身体に特殊な法術の縛りが駆け流れるのがわかった。
「こ、これは……。まさか……」
宝玄仙は眼を見開いた。
この八仙の宝玄仙をして、簡単に身体を支配してしまうほどの強力な法術具……。
この法術の波動には記憶がある。
いや、忘れようとしても忘れられない汚辱の記憶だ。
「おやおや、調教用の性具を嵌められただけで、思い出したようだな、宝玄仙。これは、
「さ、闘勝仙……」
思わず呟いた。
その闘勝仙こそ、女八仙たる宝玄仙に淫紋を刻み、性奴隷どころか、場末の娼婦以下の家畜のような立場に追い込んだ元凶だ。
闘勝仙は八仙の筆頭であり、宝玄仙を凌ぐ力があり、騙されて無理矢理に淫紋を刻まれたのである。
それで逆らうことができなくなった。
もっとも、その闘勝仙は、すでにこの世にいない。
この宝玄仙が自らの手で殺してやった。
この宝玄仙の復讐を受け、自分で睾丸を引き千切って喰いながら、泣きながら無様に死んでいった。
あのみっともない死に様は実に見ものだった。
それはともかく、確かに、首に嵌められた首輪は間違いなく、あの闘勝仙の法術の波動のこもった法術具だ。
闘勝仙の遺品は宝玄仙が可能な限り始末したが、あの男は大勢の配下を持ち、自分の法術を込めた法術具をばらまいていた。
この首輪もそういったもののひとつなのだろう。
そうであれば、その効果も玄奘が口にしたとおりのものであるに違いない。
いずれにしても、あの男は八仙の筆頭として、皇帝家さえ支配し、大勢の信奉者を集めていた。
この玄奘もやはり、死んだ闘勝仙に心服していた部下のひとりだったのだろう。
もっとも、あの闘勝仙を殺した手段はいまだに明らかになっていない。宝玄仙が長く闘勝仙の性奴のようにされていたのは、帝都の中では公然の秘密だったので、当然ながら、最初に闘勝仙殺しを疑われたのは宝玄仙だ。
だが、手段がわからない以上、どんなに動機があっても、仮にも八仙たる宝玄仙を殺人者として告発はできない。
そのため、神殿と皇家が選んだのが、事実上の天教界からの追放である魔域への西方行脚の任務だ。
しかし、宝玄仙はそれを受けた。
受ける必要があった。
この闘勝仙が死んだいまでも、宝玄仙を呪縛する淫紋を解くために……。
だが、宝玄仙は思い出してはっとした。
そういえば、さっき、この玄奘は、なんて口にした?
もしかして、最後の晩餐代わりと言わなかったか?
最後の晩餐って……。
「闘勝仙様を呼び捨てにするとは、不敬だろう──」
そのとき、玄奘が逆上したように、宝玄仙の尻を平手で力の限り引っ叩いてきた。
「ぐうっ」
宝玄仙は激痛に顔をしかめた。