突然に沙那の前の景色が消滅し、地鳴りのような喧噪も静寂に変わった。
明るい篝火に覆われていた屋敷の営庭から、一瞬にして闇夜の中に放り出されたことで、一瞬だけなにも見えなかったが、すぐに城郭の一角に立っていることに気がついた。
城郭の外ではないが、中心にある領主屋敷からはかなり離れている場所だ。
どちらかといえば城壁に近い。中心部とは異なり治安もあまりいいとはいえない界隈だ。
さっきまでいたはずの城郭の中心部にある県令屋敷から、全力で駆けても一刻はかかる距離だ。
どういうこと?
しかし、思い出した。
もしかして、転移術か──?
沙那自身は法術には無縁だが、帝都の八仙くらいになると、一瞬にして距離の離れた場所に移動する「転移術」という法術を駆使するとも書物で読んだことがある。
もしかして、それを使ってくれたのだろうか。
どうせなら、城郭の外まで連れ出してくれたよかったのにとは思ったが、とにかく、当面の危機は脱したかもしれない。
すでにかなりの衛兵を斬り倒しているので、すぐに追っ手がかかるのは間違いないだろうが、転移術で一瞬にして跳躍したのであれば、いま沙那たちがどこにいるかはわかりようもないと思う。
うまくすれば逃げられる。
とりあえずの危機一髪の状況から脱出できたことには安堵した。
そして、その結果、張り詰めてたものがなくなり、一気に“それ”が襲ってきた。
「ああ、痒い──。痒い──」
耐えられずにその場に蹲った。
ここが城郭内の路上であることなどもはや気にならなかった。
幸いにも夜まで灯をともしているような繁華街とは違う。
人影もない。
「くあっ、ああっ」
張須賀たちに塗りつけられて、いまだに残っていた山芋の汁を掻き出すように、沙那は指を股間に突っ込んで必死に外に出すように抽送させる。
すると快感の槍が全身を貫き、我を忘れるような気持ちよさが沙那を襲った。
「あっ、ああっ、いやあっ」
興奮のまま、沙那は思わず声をあげて身体を震わせた。
すると、横で大笑いが響いた。
「なにやってんだよ、お前。いきなりこんなところで自慰を始めるのかい。人通りがないとはいえ、城郭内の往来だよ。お前がそんな変態の淫乱だったとは傑作さ」
はっとした。
そばで腹を抱えて笑っているのは宝玄仙だ。
いつのまにか、灰色の袖のない外套のようなもので裸身を包んでいる。脚はまだ素足だが、咄嗟に裸身は隠したのだろう。
そして、沙那は改めて、自分が完全な素っ裸であることに気がついた。
「ご、拷問で山芋の汁を塗りたくられたんです──。そ、それよりも、わたしにもなにか身体を隠すものを貸してください」
沙那は股間から手を離して訴えた。
しかし、刺激を止めると、すぐに身体の芯まで届くような痒みがぶり返す。しかも、刺激を受けていない胸やお尻は、股間の痒みがいくらか癒えた分だけ余計に痒い。
「くううっ、ああ……」
痒い──。
一気に脂汗が全身の毛穴という毛穴から噴き出す。
耐えられずに股間にまた手をやる。
掻痒感に煽られるまま、再び股間を擦る。
「ああっ」
痒みが消える。
甘美感が沸き起こり、本能のまま沙那は身体を震わせた。
「いい加減にしないかい──。いつまで自慰を続けるつもりだい。さっさと逃げなきゃならないだろう。あの黒風斎がいるんだ。咄嗟に誤魔化しはしたけど、そう遠くには離れてないこともすぐに悟るよ。早く逃げるんだよ」
「そ、そんなこと、い、言われても……。こ、この痒みが宝玄仙様にはわからないんです──」
沙那は半泣きになりながら叫んだ。
すると、宝玄仙の呆れたような溜息が聞こえた。
「仕方ないねえ……。法術で痒みを消してやるよ。ほら、手を離しな。邪魔だから、背中で手を組むんだ。あっという間に終わるから」
「お、お願いします──」
宝玄仙が蹲っている沙那の前に立って、下腹部に手をかざす。
沙那は慌てて、両手を背中に持っていった。
「えっ?」
だが、次の瞬間、びっくりした。
背中に動かした両手首に圧迫感が発生して、離れなくなったのだ。見えないが縄のようなものが巻き付いている。
いや、縄だろう。
「ちょ、ちょっと、どういうことですか──」
叫んだが背中でしっかりと手首が縛られていて、離すことができない。
しかも、いまだに股間の痒みは続いている。
「な、なんですか──。ふ、ふざけてないで、痒みを消してください──」
沙那は裸身を揺すり動かして抗議の声をあげた。
縄抜けを試みようとしたが、縄のようなものと両手首の肌が一体化したかのように動かせない。縄抜けができる気がしない。
「ははは、間違えて魔縄を出してしまったよ。わたしの法術がこもった拘束具だからね。自動的に緊縛して、しかも、どんなにもがいたって縄が解けることはない。ほら、立ちな」
宝玄仙が笑いながら、沙那の腕を掴んで無理矢理に立たせる。
仕方なく進むが、気が狂いそうな股間の痒みに、沙那はすぐに蹲ってしまった。
そもそも腰に力が入らない。
「む、無理です──。宝玄仙様、か、痒くて──。い、意地悪しないで──。縄を……縄を解いてください──」
無数の蟻が激しく這いずりまわるような痒みが花芯からわき起こり、身体の芯がじんと熱を帯びる。肉芽やお尻がずきずきと痛むほどの疼きが沙那に襲いかかっている。
「そうかい。そんなに痒いかい。まあ、わたしも、経験はあるからねえ。つらいのはわかるさ。助けて欲しいかい?」
「た、助けてください──」
もう一瞬も耐えられない。
沙那は懸命に太腿を擦り合わせながら哀願した。
「ああ、わかった。その代わりに約束しな。わたしを教団や帝都の連中から逃がすんだ。さすがのわたしでも、法術返しが練り込んである城壁を移動術じゃあ跳躍できない。無理矢理に突破するしかないしね。それに、わたしの移動術じゃあ、遠くには逃げられない。だから、追いかけてくる連中はお前が身体を張って蹴散らすんだ。いいね」
「は、はいっ」
沙那は痒みに歯を喰いしばりながら必死に頷く。
いやも応もない。
もともと、その気だった。
そもそも、大勢の衛兵に囲まれた領主屋敷から脱出できたのは、この宝玄仙のおかげだ。
そして、これからもその能力が必要だ。
沙那にあるのは、この剣一本のことしかない。
少なくとも、この弱水県から出るだけでも宝玄仙の助力が不可欠なのだ。
だが、この痒みは……。
「じゃあ、契約だ」
そのときだった。
首に冷たい金属の感触が生まれるとともに、かちんと金属音が鳴った。次いで、その金属環が首に密着して身体の一部になったかのような錯覚が起こる。
びっくりするとともに、またもや隷属の首輪を首に嵌められたのだとわかった。
「奴隷になると誓いな。股ぐらを開いてね。脚はがに股だ。その真っ赤になってみっともなく涎を垂らしまくっている股間をさらけ出して、奴隷の誓いをしな。そうしたら、今度こそ、本当に痒みを消してやるよ」
宝玄仙がにんまりと微笑む。
沙那は腹が煮えそうになった。