「ふ、ふざけないで──。こ、こんなことしている場合じゃないじゃないですか──」
沙那は宝玄仙を睨みつけながら怒鳴り上げた。
こうしているあいだも、痛みとも紛うほどの股間の痒みは沙那に襲い続けている。なんとか少しでも癒やそうと必死に太腿を擦り合わせるのだが、股間からだくだくと染み出る愛液が潤滑油のようになって滑るだけで少しも刺激を受けられない。
沙那は歯ぎしりをして宝玄仙を見あげる。
また、懸命に後手に拘束されている手を自由にしようと、縄抜けを試みるものの、地下牢で張須賀たちの拷問のときに縄抜けしたような感覚とは全く異なる。
宝玄仙が自分が術を解かない限り絶対に解けないというのは真実なのだろう。
「こんなことをしている場合じゃないことには同感だね。いずれ、黒風斎はわたしの移動術の痕跡を辿って追ってくるに違いないからね。だから、さっさと奴隷の誓いをしな。そして、わたしの淫紋を解呪するために魔域に向かう旅の護衛をすると誓うんだ」
宝玄仙が手を伸ばして、沙那の顎を摘まんで目を合わさせる。
その余裕綽々の態度が忌々しい。
だが、この淫乱八仙の性根は、この十日足らずの離れでの逢瀬によって、完全に把握している。理屈や計算の通用しない女だ。その場その場の感情で動く傾向のある宝玄仙に、「説得」という行動は通用しない。
おそらく、沙那が屈服しない限り、宝玄仙が承知することはないだろう。
沙那は口の中の唾液を呑み込んだ。
いまだけだ……。
口だけでいい……。
張須賀のときと同じように、奴隷になった振りをして時間を稼げばいい……。
そして、隙を見て逃亡を……。
まあ、さすがに危険を前にして放り出すような薄情なことはしないが、当面の危機を乗り切るまでは奴隷の素振りを演じる必要があるか……。
「ほ、宝玄仙様……」
沙那は決心して口を開いた。
だが、ほぼ同時に宝玄仙が片手で沙那の顎を摘まんだまま、沙那の前にしゃがみこんできて、すっともう一方の手を沙那の太腿のあいだに滑り込ませてきた。
「あんっ、ああっ」
沙那は身体を跳ねあげてひっくり返りそうになった。
宝玄仙の手が沙那の痒みに苦しんでいる源泉にぐっと指を沈めてきて、いきなり激しく抉り擦ったのだ。
衝撃が全身を貫き、凄まじい程の快感が身体を突き抜けていった。
しかし、宝玄仙はすぐに指を抜いて、顎を持っていた手で沙那の後頭部を後ろから支えて、転ぶのを防ぐ。
沙那は蹲ったまま宝仙に抱き抱えられるような格好になった。
「あっ、そ、そんな」
沙那は思わす声に出していた。
掻痒感に襲われている股間を指で刺激されて、痒みが一瞬で癒えた快感は凄まじかった。しかし、それは余りにも束の間過ぎて、指を抜かれるとさらに大きな掻痒感が襲いかかってきた。
こんなの我慢できない。
沙那は再び襲ってきた痒みと、なによりも強い焦燥感に歯ぎしりしてしまう。
「なにが、そんなだい──。普通はこんなに濡れはしないんだよ。お前の本質は嗜虐されて股をこんなにしとどに濡らす被虐癖だ。自分を解放しな──。ほら、誓うんだ──。お前はわたしの奴隷になるんだ。そうすれば、もっと教えてやる。想像もできないような快楽をお前の身体に刻み込んでやるよ。被虐の快楽をね」
「ひあああっ、あああっ」
沙那はあられもない声を出して全身を突っ張らせる。
宝玄仙が再び沙那の股間に手を伸ばして、股間を揉むように刺激したのだ。快感の鋭い槍が身体を突き抜ける。
だが、またしてもあっという間に宝玄仙は刺激を止めてしまう。
すると、気が狂うような掻痒感と焦燥感がぶり返す。
沙那はもうなにも考えられなくなった。
「さあ、誓うんだ。言っておくけど、お前を無理矢理に奴隷にする方法はいくらでもあるんだ。これでも八仙だからね。だが、わたしは一応はお前の意思を尊重してやっている。もしも、ここで誓わなくても、わたしがお前を連れて行くのは変わらないよ。しかも、痒みは消してやらない。真実の誓いをするまでね……。さて、お前はいつ心から屈服するかねえ? 一日後かい? それとも三日はかかるかねえ」
宝玄仙が沙那の身体を掴んで反転させ、背後から腰に両手をさっと伸ばしてきた。
「あっ、ちょ、ちょっと……」
だが、気がついたときには、腰の後ろで金属音のような音がして、沙那の股間は革帯で締められてしまっていた。腰に指二本ほどの太さの革帯がぴったりと巻き付き、中心から出た同じ太さの革帯が沙那の股間を前後から締めつけて喰い込んでしまっている。背中側でした音は法術で施錠をしたに違いない。
「な、なにをするんですか──」
沙那はびっくりして声をあげた。
股間に革帯が密着して張り付いた感じになっている。これが法術のこもった法術具である事は明らかだ。
宝玄仙のことだから、得体の知れないものであることは間違いない。
だが、次の瞬間、両手首を縛っていた魔縄がぱらりと解けた。
沙那は取り落としていた剣を地面から急いで拾い直すとともに、股間に巻きついた革帯に手をやる。しかし、肌に一体化したみたいになっており、指どころか針一本入らない感じだ、それでいて、極端に締められている心地はない。
「なんですか、これ──。外してください──」
沙那は宝玄仙に抗議した。
「なに言ってんだい。これは感覚を遮断する封印帯だ。おかげで痒みは収まったろう。だけど、もしも外せば、封印していた感覚は一斉に襲ってくるよ。まあ、外そうと思っても、この宝玄仙の法術具がお前に外せるわけはないけどね。いずれにしても痒みを消してやったんだ。感謝しな」
宝玄仙がけらけらと笑う。
はっとしたが、確かに、さっきまで襲っていた狂うような股間の痒みは感じなくなった。だが、宝玄仙のいまの言葉によれば、あの痒みは消滅したのではなく、一時的に堰きとめているだけのようだ。
つまりは、外せば一気に痒みが襲いかかってくるということであり、外すこともできない。かといって、外してもらわなければ、永遠にこの変態巫女に下半身を支配されるということだ。
そもそも、完全に股間を封印されているので、このままでは用を足すことも不可能だ。
「な、なんてことを……。す、素直に痒みを消してくれればいいじゃないですか──」
沙那は怒鳴った。
だが、宝玄仙は肩を竦めただけだ。
「なら、素直に奴隷になることを誓いな。ただ、誓うだけでいい。それで術式は刻まれる」
宝玄仙がにんまりと笑う。
魂胆は明らかだ。
そうやって追い詰めて、沙那に隷属を誓わせるつもりだろう。
沙那は歯噛みした。
「きょ、脅迫するつもりですか──?」
「どうとでも受けとりな」
すると、ばさりと身体を包む大きな布が沙那に放られた。まるで空中から物を取り出すかのように、宝玄仙がなにもない空間から出現させたのだ。
これは位相空間に物を収納する「空間術」だろう。
布は首で紐を留めるマントであり、とりあえず身につける。これもまた得体の知れないものである可能性はあるが、往来の道で全裸でいるよりはましだ。
丈は太腿の真ん中までしかないが、とにかく裸身は覆うことはできた。
「さあて、じゃあ、とりあえず、安全なところまでわたしを連れていきな。話はそれからだ。お前もこの城郭の県令に仕える女将校だ。城門を通らない抜け道のひとつやふたつは知ってんだろう?」
宝玄仙が言った。
確かに知っている。これでもこの城郭の女将校だ。むしろ、隅から隅までわかっていると言っていい。
逃げ道はわかっている。
だが、すぐに追ってくるだろう追跡隊から逃れるのは難しい。まあ、この宝玄仙の法術があれば、逃亡も容易だろうが、だが、このままでは本当に奴隷にされそうだし……。
沙那は躊躇しないわけにはいられなかった。
「なに、ぼうっとしてんだい。さっさと案内しな。逃げるんだよ。わかってんだろう。お前もわたしも、すでにこの城郭でお尋ね者なんだ」
すると、宝玄仙が焦れたように声をあげる。
沙那は嘆息した。
「……付いてきてください。ところで、泳ぎは大丈夫ですか?」
沙那はそれだけ言うと、返事を待たずに歩き出す。
向かうのは城郭を突き抜けている一本の川だ。もちろん、城郭の外に繋がる川の部分には見張りも立っているが、主流の川から分かれる支流が数本あり、そこからも実は城郭の外に繋がっているのである。
ただ、その部分は地下に潜っていて、ほんの少しだが地面の下の水道を泳ぎ抜ける必要がある。
「泳ぎ? まさか、わたしに泳げと言ってんじゃないだろうねえ」
「だったら、城門を強引に突破するという手もありますよ。きっと大騒ぎになるでしょうね。なんとか城門を抜けても、きっと大勢が追いかけてきますよ。騎馬隊も来るでしょうし、全てを蹴散らさなければ逃亡の成功はないと思ってください」
「ちっ、嫌だとは言ってないよ。安全に城郭から脱出できる経路があるなら、それでいいよ。とにかく、わたしを無事に逃がすんだ。命令だよ。いいね」
「はいはい」
沙那は進み始めた。
宝玄仙は文句は言いつつも、大人しく付いては来る。
まあ、この我が儘八仙の気質が存外に素直であることはわかっている。多分、不満はあっても、ここは沙那には従うだろう。
これについては疑ってない。
それにしても、宝玄仙に巻かれた革帯の内側には違和感がある。なにしろ、まったく刺激を感じないのだ。すべの感覚を遮断するというのは事実みたいだ。
だからこそ、これを外した途端に、まとめて痒みが襲うと告げた宝玄仙の言葉が怖ろしい。
どうなってしまうのか……。
そのときだった。
全くの夜闇だが、なにかの気配を感じたのだ。
なにかが見えたわけじゃないが、沙那は考えるよりも先に、握っていた剣の鞘から剣を抜いていた。
「宝玄仙様、止まって──」
「なんだい?」
宝玄仙が背後で戸惑っている。
だが、少し離れた闇がかすかに揺れたような気がした。
なにかが存在するわけではない。
ただ空間が揺らいだのだ。
しかも、複数──。
そして、背後にも──。
「くあっ、ああっ」
すると、突然に宝玄仙が沙那の後ろでうずくまった。
「宝玄仙様──」
慌てて、宝玄仙を守るように後ろに隠しながら、気配のする方向に剣を向ける。
人の気配を感じるのは、沙那と宝玄仙を囲む四つの方向だ。
少し距離がある。
そして、はっとした。
いつの間にか、地面になにかの紋様が黒い線で刻まれている。それが沙那と宝玄仙を中心に囲んでいた。
紋様が伸びているのは、気配がある四方向のそれぞれだ。
「やはり、闘勝仙様から刻まれている淫紋の呪術からは逃れられんようだな。今度こそ、逃がさんぞ、宝玄仙」
新たな空間の揺れがあり、今度ははっきりとした存在が出現した。
黒風斎だ。
「黒風斎──」
沙那は宝玄仙を背後にするように位置を変えて、黒風斎に剣を向ける。ただ、かなりの距離がある。一瞬で斬りかかるのは無理だ。
それにしても、突然にうずくまった宝玄仙はどうしたのか?
苦しそうであり、息が荒い。
しかも、全身が脱力している様子だ。
なにが起きているのか──?
「さ、沙那……。い、淫紋を……活性化させる法術紋を……周りにいる四人に作らせている……。ど、どいつでもいい……。倒すんだ。それで崩れる……」
宝玄仙が呻くように言う。
苦しいというよりは、喘ぐような声だ。
淫紋と言ったか……?
もしかして、宝玄仙は発情しているのか?
「すでにお前の弱点はわかった。無駄なことだ、宝玄仙。お前のための逆結界だ。この淫紋への発情紋の中では、八仙のお前といえども、さすがに術は刻めまい。観念するんだな……。さって、沙那、交渉といこう」
黒風斎が沙那に視線を向ける。
「交渉?」
「そうだ。お前に用があるわけではない。取引だ。逃がしてやる。だから、手を引け」
「逃がす? 本当?」
沙那は訝しんだ。
「お、お前、なに迷ってんだい──。さっさと四人のうちのひとり斬るんだよ。そ、それだけでいいんだ──」
宝玄仙が怒鳴りあげた。
「黙っていてもらえますか」
沙那は冷たく応じた。