※この作品はR-18です。

艶本西遊記   作:ドン・ドナシアン

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6   宝玄、水牢に収攬され、沙那は白龍に屈す
 38 蛇盤(だばん)に向かう道


 帝国西方、国境へ向かう街道沿いの宿場町にしては、かなり整えられた宿屋だった。

 さらに西に進めば、国境の地方都市としては、大きなものになる蛇盤(だばん)という街にぶつかる。その一日ほどの距離にある宿場町だ。

 

 すでに夜は更けきっており、廊下に人の気配はなく、宿屋全体が深い眠りに沈んでいることが察せられた。

 漆塗りの梁、厚みのある木戸、廊下には香の残りが漂い、旅人向けというよりは、身分ある客のための建物であることが一目でわかる。

 

 その最奥の一室で、さっきまで沙那と孫空女は、宝玄仙を相手に女同士の性愛をしていた──いや、させられていた。

 沙那たちは緊縛によって抵抗を封じられ、淫紋の作用で淫欲を操られたうえ、沙那については、常時装着の淫具である陰核の根元に喰い込んでいる《女淫輪(じょいんりん)》まで使われて弄ばれていた。

 

 繰り返された連続絶頂の末、孫空女とともに息も絶え絶えとなり、半ば失神しているあいだに、後手の緊縛はそのままに、二人揃って股間にはしっかりと股縄が喰い込んでいたのである。

 完全に意識を取り戻した沙那と孫空女が、寝台のうえで呆然としていると、すでに身なりを整えた宝玄仙が、二人を見下ろすように寝台の横に立っていたのだ。

 

「わたしは隣の部屋で寝るからね。少ししたら、その股に締めた縄から痒み汁が染み出してくる。その痒みを味わいながら、孫空女の新しい手足に霊力が馴染むように、ひと晩かけて、お前らの淫気を発散しな」

 

 宝玄仙の声が部屋の中に軽く響く。

 沙那と孫空女の両腕は背中に回され、肘から手首までを一体化させるように、それぞれ、縄で胴体へと密着させて縛られていた。

 そして、股間の縄は、内腿の付け根から股下へと回され、結び目が粘つく感触を伴って、隙間なく陰核と女陰と肛門を抉っている。

 

「わざわざ放置責めにするために、勝手に一部屋余分に借りたんですか? 路銀ももう残り少ないんですよ」

 

 沙那の声は低く、歯を噛みしめたまま絞り出されたものだった。

 

「言いたいことはそれだけかい、沙那? じゃあ、明日の朝にね」

 

 宝玄仙が部屋を出ていく素振りする。

 まさか、本当にこのまま、朝まで放置するつもりなのだろうか?

 

「ちょっと待ってください──」

 

 沙那は慌てて声をあげた。

 すると、宝玄仙が振り返る。

 

「言い忘れてたよ。防音の結界も封印の結界もかけたから、悲鳴はあげ放題だ。縄抜けなんて諦めな。わたしの法術が刻んであるから、その縄からは逃げられないよ」

 

 宝玄仙は愉快そうに笑うと、今度は本当に部屋を出ていった。

 重厚な扉が閉じ、錠が落ちる音が室内に響く。

 結界が重なった気配が襲い、外の気配と完全に遮断された。

 

「ううう……沙那、毎日毎日、ごめんね。あたしのせいだしね」

 

 すると、向かい合わせに寝台にお尻をつけて腰をおろしている孫空女が申し訳なさそうに言った。

 天井から吊るされた装飾灯の淡い光が、孫空女と沙那の縄以外は一糸もまとわぬ全裸を照らしている。

 

 孫空女が旅に加わるようになって、十日ほどになる。

 そのあいだ夜になると必ず、似たようなことを宝玄仙にさせられるので、孫空女の逞しくも整った裸身は、自分の身体同様に見慣れたものになってきた。

 

「なにがよ?」

 

 沙那は孫空女を見る自分の眼を細めた。

 

「ご主人様が言ったじゃないか。あたしの手足が馴染むための処置に、沙那も巻き込まれていることだよ」

 

「はあ?」

 

「もう本調子だと思うんだけど、ご主人様によれば、まだ……淫気、だっけ。それがまだまだ必要らしいし……」

 

 孫空女は寝台の上で身じろぎしようとしたが、身体を動かすと、股間の縄瘤が敏感な場所を刺激するのか、吐息とともにわずかに身悶える仕草をする。

 

「ばかなの。あんなの、わたしたちを嗜虐するための嘘に決まっているでしょう」

 

 沙那は断言した。

 

「えっ、嘘?」

 

「ご主人様が復活させたあんたの手足が身体に馴染むのに時間がかかるのは当たり前よ──。でも、それと淫靡な責めが関係あるわけない。そもそも淫気って、なによ──」

 

 沙那の声は苛立ちのまま吐き捨てた。

 

「えっ、そうなのかい? でも、あれだけの法術遣いなんだから、法術や霊力に関することに嘘はないんじゃ……」

 

「嘘つきよ──。あの頭に入っているのは、刹那的な享楽と、退廃的な嗜虐、男でも女でもこだわらない本能のままの肉欲だけよ。自分に刻まれた呪術を解呪できる方法を見つけるための西方行脚のくせに、旅の計画は、人に押しつけて無計画──。そんなご主人様よ──」

 

 沙那は苛立ちのま、ままくし立てた。

 

「ふふ、酷い言いようだね」

 

 孫空女がくすりと笑う。

 

「あんたも、十日も旅したんだから、ご主人様の人となりはわかってきたでしょう。あんな人なのよ」

 

「まあでも、あたしは助けられたからね、ご主人様に、切断された手足を復活してもらわなければ、一番楽な死に方が野垂れ死にだった。舌を噛む歯もなかったしね」

 

「あら、舌を噛んで死ぬというのは絵空事よ。実際には治療すれば死ねないわ」

 

「そうなの?」

 

「ええ、これでも故郷の弱水では女将校だったしね。捕らえた囚人管理も仕事のひとつよ」

 

「ふうん、将校様かい。生まれついての孤児で、不作の人減らしで殺されそうになって逃げ出し、放浪のすえに、盗賊にまで成り下がっていたあたしとは大違いだね」

 

 孫空女が笑う。

 笑うととても可愛い顔になる。同性の沙那が思わずどきりとするほどだ。無邪気で素直。でも、喧嘩っ早くて気が強く、戦えば誰にも負けない──。それが孫空女だ。計算高く、可愛い性格とは無縁の沙那とは大違いだ。

 沙那は嘆息した。

 

「いまは、同じように股縄を施されて、痒み責めの苦悶を朝まで受けようとしている仲間よ……。ああ、そんなことより、痒くなってきてない?」

 

 沙那は腰をもじつかせた。

 宝玄仙が言い残したとおり、股間に喰い込んでいる股縄からは、じわじわと甘い痒みが込みあがってきていた。これが時間が経つにつれて、すさまじい苦悶に変わるのを知っているだけに、どっと背中に冷たいものが流れる。

 

「あ、ああ……そ、そうだね……。痒いよ……。いや、これ、痒いって──。なんだい、これ──」

 

 孫空女が悲鳴のような声をあげた。

 そして、早くも顔を左右に激しく振りだし、狼狽えた様子を見せ始める。

 

「これからもっと苦しくなるわよ……。これを逃れるのは、少しでも早く失神することだけね」

 

 沙那は歯を喰いしばる。

 

「し、失神って……。あたし、人一倍体力があるんだよ。簡単に失神なんてできないよ──」

 

 孫空女が寝台にお尻をつけたまま、腰を左右に揺さぶっている。

 

「奇遇ね……。わたしもよ……。そ、それよりも……そんなに……う、動くと、痒み汁の浸透が早くなるわよ……。まあ、結果は同じだけど……」

 

 沙那は必死に痒みに耐えながら忠告する。

 

「じ、じっとって……。無理だよ。痒いいい──」

 

 孫空女が顔を苦悶させて身体をがくがくと震わせた。

 ふと孫空女の下腹部に視線を落とす。

 彼女の下腹部に刻まれた淫紋が、はっきりと赤く光っていた。普段は肌の色と同化して、意識して見なければ気づかないそれが、いまは隠しようもなく主張している。

 股縄による痒みの苦しみだけではない。身体の奥で感覚が歪み、淫情に引きずられている証拠だった。

 

 しかしながら、沙那自身の下腹部も、同じように熱を帯びている。

 自分の淫紋も、孫空女のそれと同じ赤色に光って反応していた。

 淫紋は宝玄仙が霊力を注ぐことで、強制的に身体を淫欲へ落とすことができるが、そうでなくとも、性的な興奮が高まれば、このように反応するのだ。

 

 股縄による痒みの苦悶で淫紋が反応してしまうという、自分が宝玄仙との旅のなかで「調教」に染まっている証拠を突きつけられているようであり、沙那はその事実に思わず自嘲気味に鼻で笑った。

 

 だが、新しい仲間である孫空女も、いつの間にか、その領域に足を踏み入れたようだ。

 自分と同じ犠牲者──そう思うと、孫空女には悪いが、純粋に嬉しさを覚える。

 

 孫空女が、切断された手足と折れた歯、衰弱しきっていた身体を宝玄仙の法術で取り戻してから、これで十日ほどになる。

 あの治療は、決して容易なものではなかった。

 宝玄仙ほどの法術遣いであっても半日を要した。いや、半日で終わらせたという事実は、宝玄仙の能力の高さを示しているのかもしれない。

 

 ただ、新しく法術で生まれた手足は、すぐに身体の一部として機能したわけではなかった。

 最初の頃は、立つことも、歩くことも覚束ない様子で、力の入れ方すらわかっていないように見えた。

 宝玄仙の説明では、霊力で復活させた以上、完全に動かすには、さらに霊力を浸透させる必要があるという。

 

 そのために、もっとも効率がいいのが、「淫気」であり、肉体を性的に刺激し、昂奮させ、性感を引き出すことで淫気を浸透させて、霊力の巡りを促す必要があるという。──少なくともそういう理屈だった。

 

 その名目のもとで、孫空女とともに受ける夜ごとの嗜虐は、あれ以来、拍車がかかっていった。

 大義名分を手に入れた宝玄仙は、嬉々として趣向を凝らし、責めの内容も強さも増していった。

 そして今夜は、痒み汁の滲む股縄での放置、というわけだ。

 

「ああ、わたしも、痒い──」

 

 思考がそこまで及んだところで、沙那は現実に引き戻される。

 股間の奥で、痒みが芯を持ち、全身に広がっている。

 沙那は歯を噛みしめ、抑えきれずに腰をわずかにもじらせた。

 

「さ、沙那、こ、こんなの……。朝まで……なんて無理だよ──」

 

 孫空女が身悶えをしながら叫ぶ。

 裸身は縄に縛られたまま、逃げ場のない寝台の上で、二人の呼吸だけが荒くなっていく。

 しかし、沙那にもどうしようもなかった。

 縄を解くことも、結界を破ることもできない。

 

 しばらくのあいだ、二人は緊縛されたまま、ただ耐え続けた。

 肌に脂汗が浮き、胸や腹を伝い落ちていく。

 孫空女の身体にも、沙那の身体にも、汗がしたたっていた。寝台の上で互いの距離だけが近づき、湿った体温が伝わってくる。

 

「こ、こうなったら、仕方ないわ。孫空女、わたしの肩を噛んで」

 

 沙那は孫空女の汗まみれの身体に、自分の汗びっしょりの肉体を密着させた。首筋を少しずらし、孫空女の口が届く位置に肩を寄せる。唇が触れるほど近い距離だ。

 

「か、噛む?」

 

 孫空女の声は朦朧としている。それでも、沙那の意図を測ろうとする反応がある。

 

「歯形がつくくらいに噛んで──。わたしもそうするわ……。痛みで少しは紛れる。傷が残っても、ご主人様が癒やせるわ」

 

 沙那の呼吸は浅く、言葉を繋ぐだけで喉が震える。

孫空女が迷う間は短かった。

 

「わかった……。でも、沙那も思い切り噛んでよ。噛み千切ってもいい。沙那ならいいよ」

 

 孫空女が必死の口調で言った。

 沙那は小さく笑った。

 

「噛み千切りはしないわよ。獣じゃないのよ……。じゃあ、噛むわね」

 

 沙那は孫空女の肩に口を寄せ、思い切り噛みついた。

 歯が沈み、皮膚の下の硬さが伝わる。

 ほぼ同時に、沙那の肩にも孫空女の歯が喰い込んできた。

 

 ずきんずきんと下腹部を突きあげるような痒みに、沙那はかなりの力で孫空女の肩を噛んでいると思う。

 孫空女の噛む力も強い。それだけ、彼女が追い詰められている証だった。

 痛みは確かに紛れになる。

 

 しかし、長くは続かない。

 噛み合うたびに、身体の奥の痒みが別の形で反り返り、結局は戻ってくる。

 沙那は歯を離し、息を吐いた。肩に残る熱と鈍い疼きが、逆に現実を突きつける。

 

「……うう、沙那──もっと強く噛んで──」

 

「わたしも……。もっと噛んで──」

 

 孫空女が一度、沙那の肩から歯を離して、悲痛な声で哀願した。

 沙那も同じように返す。

 腰が勝手に動く。孫空女の身体も激しく悶えている。

 

 ふたりの呼吸が激しく乱れていた。

 結界に包まれている室内は、深夜特有の静けさとは無縁だった。

 

 


 

 

 西の国境へ向かう街道は、昼間だというのに妙に静かだった。道沿いには、旅人が休めるようにと植えられた樹木が続き、ところどころに濃い木陰を落としている。だが、行き交う者の姿は見えない。

 

「少し休憩にしようかい」

 

 宝玄仙が気軽に声をかけた。

 沙那は歩みを止め、無言のまま街道脇の樹の根元に腰を下ろした。

 脚に溜まった疲れが、座った途端に重くのしかかる。

 少し遅れて、前を歩いていた孫空女も歩みを戻し、肩を寄せるように沙那の隣へ座り込んだ。

 

「なんだい、お前ら──。今朝、宿を出てから、まだ二刻も経ってないだろう。いつもはわたしより元気なのに、もうへばったかい」

 

 宝玄仙が二人の前に立ち、大笑いした。

 沙那は顔を上げ、その笑顔を睨みつける。

 

「よく言いますよ……。昨夜は、孫女と一緒に大変だったんです……。眠れたのは明け方でした。ねえ?」

 

「ああ……。沙那と一緒に、痒みでもがき続けて、やっと気絶したのがそれくらいだったね」

 

 孫空女が大きく息を吐き、肩を落とす。

 

「へえ、“孫女”かい。随分と仲良くなったじゃないかい」

 

 宝玄仙がからかうように笑った。

 

「おかげさまで……。昨夜のひと晩で、まるで凄惨な戦場を生き抜いた戦友のような気分になりました」

 

「へえ、うまいこと言うね。さすがは元将校様だね」

 

 孫空女がかすかに笑った。

 

「だらしないねえ。ひと晩、股縄を締められたくらいで……。そんな不甲斐ないのが、わたしの性奴隷なのは困るねえ。だから、今夜も同じ責めをするよ──。呻きが漏れないように、高級宿を二部屋だ──。いいね、沙那」

 

 無造作な言葉に、沙那の奥歯がぎりりと鳴った。隣の孫空女から、「えっ、今夜も?」という悲痛な声が漏れる。

 

「無理です。そんな路銀はありません。今朝の支払いだけで、かなり使いましたし、しばらく節約しましょう。次の蛇盤(だばん)の街から先へ進むには、鷹愁澗(ようしゅうかん)という水関があります。関賃も必要です」

 

 沙那は、ぴしゃりと言い切った。

 

「はあ? 路銀? そんな話は聞いてないよ。それをちゃんと管理するのがお前の仕事だろう」

 

 宝玄仙が不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「管理しています。だから節約だと言っているんです」

 

 沙那は、淡々と返した。

 

「そもそも水関ってなんだい。わたしは天教の八仙だよ。法師から関賃は取らないって、昔から決まってる。その分を宿代に回しな」

 

「なにを言っているんですか。ご主人様も、わたしも、弱水で捕縛の軍を相手に大暴れしたのを忘れているんですか。関所では、また変化(へんげ)の術で外観をごまかしてください。孫女は大丈夫だと思いますが」

 

 沙那は溜め息を抑えながら言った。

 

「えっ、沙那もご主人様も手配人なの?」

 

 孫空女が眼を丸くする。

 

「言ってなかったっけ? ご主人様は、天教からも手配されているわ。だから厄介なのよ」

 

 沙那は孫空女に姿勢を向ける。

 

「はあ? こいつは五行山の盗賊団の女頭領だった女だよ。こいつの手配書が出回らずに、八仙であるわたしの手配書が回るのかい」

 

 宝玄仙が不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「それが現実です。五行山程度の盗賊なんて、誰も気にしません。でも、天教を敵に回しているご主人様は別です。天教の影響は、帝国を離れても西方諸王国に及びます。少しでも早く通り抜けましょう。路銀は大切です」

 

 沙那は一歩も引かなかった。

 

「お前ねえ、わたしを悪党みたいに」

 

「同情はします。それと路銀の話は別です。夜の営みのために、高級宿なんてやめてください」

 

 沙那は冷たく言った。

 

「天教って……あの天教だよね。つまり、ご主人様が教団を破門されているってこと? なにをやったら、そうなるのさ。法術は、あんなにすごいのに」

 

 孫空女が不安そうに問いかける。

 

「このわたしに、二年間も舐めた真似をした天教の重鎮がいてね。復讐に、そいつの金玉を自分で引き千切らせて、喰わせてやったただけさ」

 

 宝玄仙は大笑いした。

 沙那は吐息をつく。

 

「後で詳しく話すわ、孫女……。つまり、わたしたちの旅は逃避行でもあるのよ」

 

「まあいい。いい機会だ。そろそろ赤毛猿の手足も、いい具合に霊力が練れてきた。最後の仕上げをするかい。手を出しな。足もだ、孫空女」

 

 宝玄仙がそう言うと、指先を払った。

 赤い環が四つ、宙に現れた。

 

「えっ、手と足?」

 

 孫空女が驚きの声を上げ、立ち上がって両手を差し出す。

 宝玄仙が孫空女に近づく。

 赤い環が孫空女の両手首に嵌まり、腕輪のようにぴたりと収まった。続いて、足首──宝玄仙が孫空女の足元に蹲り、足輪のように孫空女の足首に嵌める。

 

「これでいいだろう。どうだい、孫空女。ちょっと手足を振ってみな」

 

「こう? あれ──?」

 

 孫空女が軽く、自分の手と足を動かす。

 途端に、驚いたような声をあげた。

 

「なにこれ? 身体が軽い。いや、力も……」

 

 孫空女は驚いた声を上げながら、その場で腕を振り、足を踏み鳴らした。跳ねるように身を動かし、何度も手足を確かめる。その動きには、先ほどまでの疲れや重さが見当たらない。

 沙那は黙って、その様子を見守っていた。

 

「すごいだろう。お前の身体には、いま、この宝玄仙の霊力が漲っている状態だからね。首の緊箍児に加えて、手首と足首──五対で、周りの霊力を集める仕組みさ」

 

「これって、法術の力なの?」

 

 孫空女は問いかけながら、もう一度大きく跳ねた。着地した脚が、地面をしっかりと捉えているのを感じ取ったのか、思わず声を漏らしている。

 手足が復活しても、なかなか元のようには動かないのか、孫空女からは諦念のような焦燥感が醸し出しているのを沙那は感じていた。

 しかし、いまは調子がいいのだろう。

 無邪気そうな表情で、嬉しそうに身体を動かしている。

 沙那は、それを微笑ましく眺めていた。

 

「元々、お前は、自分の身体に霊力を巡らせることを、無意識にやっていたみたいだからね。身につくのも早い。これも、十日ばかり続けた淫気の仕込みのおかげさ。ありがたく思いな」

 

 宝玄仙は愉快そうに笑った。

 沙那は視線を逸らしたまま、内心で小さく息を吐いた。淫気だの仕込みだのという理屈に納得はしていない。だが、目の前の孫空女の動きが軽く、力に満ちているのは確かだった。それだけで十分だった。

 

「うん、すごいや、ご主人様。すっごく調子がいい」

 

 孫空女が満面の笑みを宝玄仙に向けた。

 

「一度、手合わせをしてみな。沙那」

 

 すると、宝玄仙が沙那に視線を向けて来た。

 

「そうね。孫女、やろうか」

 

 沙那はそう言って立ち上がり、背負っていた得物を手に取った。五行山での襲撃の際に使った仕込剣を棒杖として拵え直したものだ。握り慣れた重みが、掌に戻る。

 

「沙那が棒なら、孫空女も棒がいいだろう。これを使ってみな」

 

 宝玄仙がそう言って手のひらを開いた。

 そこには、小指の先にも満たない長さの、黄金色の細い針のような棒が載っている。

 

「なにこれ……。これが武器?」

 

 孫空女は戸惑いながら、それを指先で摘まみ上げた。

 

「いまのお前なら使いこなせるだろう。適当な長さを思い浮かべて、“伸びろ”、と言いながら霊力を注いでみな。腕の緊箍児が、勝手に手助けしてくれるさ」

 

「こうかい……。伸びろ──」

 

 孫空女が半信半疑のまま声を出した、その瞬間だった。

 

「うわっ」

 

 短い悲鳴と同時に、孫空女の手の中で、黄金色の針が一気に伸びた。

 色はそのままに、形だけが変わり、沙那の構えている棒杖とほぼ同じ長さと太さになる。

 沙那は思わず眼を見開いた。

 

「こりゃあ……いい。重いけど……しっくりしてる」

 

 孫空女は驚きながらも、すぐにその棒を振ってみせた。

 黄金色の軌跡が、視界の端で一瞬だけ揺れる。風を切る音すら遅れて聞こえ、離れて立つ沙那の頬にも、はっきりと圧が届いた。

 

 本当に、すごい。

 沙那は無意識のうちに、自分の棒杖を握る手に力を込めていた。

 

如意金箍棒(にょいきんこぼう)──。通称、如意棒だ。お前なんかには勿体ない法具だけど、やるよ……。普段は耳の中にでも隠しておきな。身体を調べられても、まず見つからないだろうさ」

 

 宝玄仙がぞんざいに言った。

 

「そんなに貴重なものなんだね……。ありがとう、ご主人様」

 

 孫空女は黄金の棒を見つめたまま、ゆっくりと顔を上げた。

 その顔には、隠しようのない喜びが浮かんでいた。

 

「とりあえず、手合わせをしようか」

 

 沙那はそう言って距離を取り、棒杖を構えた。足を開き重心を落とす。

 一方の孫空女は、構えるというほどの姿勢ではなかった。右手で黄金の棒を握り、先端が地面に触れないよう、自然に垂らしているだけだ。

 

「ご主人様、合図をお願いします」

 

 沙那が声をかけた。

 

「始め──」

 

 宝玄仙の声が落ちた、その瞬間だった。

 孫空女の身体が、わずかに揺れたように見えた。

 

「うわっ、きゃあ」

 

 次の瞬間、突風のような圧が顔に叩きつけられた。視界が流れ、足元が崩れる。

 気がつくと、孫空女が目の前にいた。黄金色の棒の尖端が、沙那の顔のすぐ手前で止まっている。

 風に押し倒されるように、沙那は尻もちをついた。

 

「あっ、大丈夫か、沙那?」

 

 孫空女が慌てた声を上げる。

 沙那は一瞬、言葉を失ったまま、目前に静止した棒の先を呆然と見つめていた。

 

「……なんだい、いまの?」

 

 宝玄仙の口から、呆れたような声が漏れた。

 沙那も、同じように呆然となっている。

 これでも腕には覚えがある。その自分が対応するどころか、眼で捉えることさえできなかったのだ。

 差し出された孫空女の手を握り、沙那はそのまま引かれて立ち上がった。

 

「縮め」

 

 孫空女が、まだ半信半疑のまま唱える。

 黄金色の棒──如意棒は、するりと短くなり、小さな針のような姿へ戻った。

 孫空女がそれを右の耳へ入れると、そこになにかがあったとは思えないほどにきれいに消える。

 

「すごすぎるわ、孫女……。わたし、人があんなに速く動くのを見るの、生まれてはじめてよ」

 

 沙那は、感嘆を隠さずに言った。

 

「うん……。あたしもだよ……。自分でもびっくりしてる」

 

 孫空女は、困ったように笑う。

 

「ははは、孫空女。四肢を切断されて、地獄を見たようだけど、満更、悪いことばかりじゃなかったろう」

 

 宝玄仙が、満足そうに笑った。

 

「もちろんだよ。ありがとう、ご主人様」

 

「ああ、感謝は忘れるんじゃないよ」

 

「うん」

 

「言っておくけど、その対になっている腕輪と足輪は外すんじゃないよ。まあ、もう一体化して外れないけどね」

 

「外したら、どうなるのですか?」

 

 沙那は横から口を挟み、宝玄仙に訊ねた。

 

「外れたら脱力して手足が動かなくなる。五対の緊箍児は、孫空女に施している淫紋と同じだ。普段は、わたしの霊力の波動を吸収する役目をしている。でも、それがなくなると、反動で身体がうまく動かなくなる」

 

 宝玄仙が告げた。

 

「なるほどね。気をつけるよ」

 

 孫空女が大きく頷く。

 

「ねえ、孫女、わかってる?」

 

 あまりにも、孫空女が無邪気なので、沙那は横から孫空女に声を掛けた。

 

「わかっているかって、なにが?」

 

 孫空女は、沙那に向かって首を横に傾げた。

 やっぱり、わかってないようだ。

 

「孫女、つまりは、あなたは、これでご主人様から永遠に離れられないし、裏切ることは不可能ということよ。そういう枷をつけられたと同じこと。わかっている?」

 

「ああ、なんだ。そういうことか」

 

 孫空女は、あっさりと頷いた。

 

「そうだとしても、問題ないよ。あたしは、ご主人様の性奴隷だからね。まあ、性奴隷っていうのは、いまだによくわからないけど、一度約束した以上は、絶対に守る。だから、離れられなくなるのは問題ないんだ」

 

「……そう、なの?」

 

 沙那は思わず問い返していた。

 

「そうさ。ご主人様が一生仕えろって言うなら、そうするよ。それは、離れられないからじゃない。そうすると、決めたからだ」

 

 孫空女は、きっぱりと言い切った。

 沙那は、その言葉に、わずかながら圧倒されるものを感じていた。

 

「いい覚悟だよ、赤毛猿。さすがは、人間より毛が三本多いだけある。強い者には忠実だねえ」

 

 宝玄仙が、愉快そうに笑う。

 

「毛が三本……? よくわからないけど、もうご主人様には逆らわないよ。それに、あたし、結構強いからね。沙那と同じように、護衛役は期待していいよ」

 

「お前の役目は性奴隷だよ。わたしの性欲の玩具だ」

 

「うーん……。まあ、そっちも一応、頑張るよ」

 

 孫空女が、少し困ったような顔になる。

 宝玄仙は高笑いし、沙那は小さく嘆息した。

 すると、孫空女が、ふと思い出したように口を開く。

 

「そうだ。思い出したけど、御影のことだ。忘れてたけど、なんで、沙那は御影(みかげ)のあの黒い布が大丈夫だったのさ?」

 

「ああ、なんだい、お前、藪から棒に」

 

 宝玄仙が、わずかに眉をひそめた。

 

「だからさ。淫紋とやらで、ご主人様の霊力を吸収したあたしは、あの御影の黒い布をかけられたら動けなくなった。でも、ご主人様と沙那が五行山に乗り込んだとき、ご主人様に変身していた沙那は平気だったじゃないか。沙那にも淫紋はあるし、どうしてかと思って」

 

 孫空女は首を傾げたまま、疑念を口にした。

 

「そんなことかい。お前と沙那は、淫紋の役割が違うんだ。だから問題ないんだ」

 

 宝玄仙は、軽く言ってのける。

 

「そうなの? なにが違うのさ?」

 

 孫空女が目を瞬かせる。

 

「疑問に思うなんて千年早いよ。このわたしは法師の最高峰の八仙だよ。わたしがそうだと言えば、そうなんだ。沙那も信頼したから、自分から御影の《黒封布》を被ることだってしたんだ。ねえ、沙那?」

 

「なに言ってるんですか。ご主人様の法師としての力は尊敬してますが、信頼も信用もしてません」

 

 沙那は即座に切り返した。

 

「なんだい、それ?」

 

 宝玄仙が、少しむっとした声を出す。

 

「あのときは、聴怒が持っていた《黒封布》で事前に試しました。それだけのことです」

 

「お前、ほんとに可愛くないねえ」

 

 宝玄仙が、わざとらしく嘆息した。

 

「まあいいや。ところで、孫空女……。その五対の緊箍児の役割を教えといてやるよ」

 

 宝玄仙は、改めて孫空女へと視線を向ける。

 

「えっ、緊箍児の役割って……。ご主人様の霊力を吸収することじゃないの?」

 

 孫空女が素直に言った。

 

「ばかかい。それだけなら緊箍児なんて名前にならないだろう。禁箍というくらいだ。拘束具に決まってるじゃないか」

 

 宝玄仙はからからと笑った。

 そのまま、口の中でなにかを短く呟く。

 

「うわっ、なにっ」

 

 次の瞬間、孫空女の身体が悲鳴とともに沈んだ。

 沙那は思わず息を呑む。

 孫空女の右手首と右足首、左手首と左足首が、ぴたりと密着していた。

 緊箍児が引き合い、四肢を拘束している。

 

「わかったかい。この五対の緊箍児は、組み合わせ自由の拘束具だ。これで、いつでもどこでも、お前を玩具にできるってことさ」

 

 宝玄仙は周囲を一瞥し、人の気配がないことを確かめる。

 

「ちょ、ちょっと、これって……」

 

 孫空女はもがいているが、膝を曲げ、両脚を大きく開いた姿勢のまま、地面に仰向けに倒れ込み、身動きが取れなくなっている。

 

「いい具合のようだね。じゃあ、ちょっと遊んでやろうか」

 

 宝玄仙は孫空女の下袴に手を伸ばす。

 そして、孫空女の腰紐を解いて前をくつろがせ始めた。

 

「ひいっ……ちょ、ちょっと、ご主人様……それは……。こ、こんなところで──」

 

 孫空女が必死に声を上げる。

 

「やかましい。一生、わたしの性奴隷になると覚悟したんだろう。性奴隷というのは、こういうことだよ」

 

 孫空女の下着が露出した。

 宝玄仙の手がその下着のなかに潜り込み、淫らに動きだす。

 

「ひあっ、あっ、ああっ……だ、だめ……助けて、沙那──」

 

 孫空女が悲鳴を上げた。

 沙那ははっとした。

 慌てて、背後から宝玄仙に飛びつく。

 

「待ってください、ご主人様。人が来ます。こんな場所ではだめですよ」

 

 沙那は必死に宝玄仙を羽交い締めにし、この「ご主人様」のとんでもない悪戯をやめさせようと焦る。

 

 陽は中天にあり、木陰を渡る風は心地よく、何事もなかったかのように、ただ静かに吹き抜けていった。

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