水関を越えた
水関から少し外れた林の中で、沙那は合流の目印として置いた薄っすらと法術紋が刻まれた石のそばに腰を下ろし、周囲を警戒しながら座っていた。
宝玄仙と孫空女がここに現れるのは夜であり、宝玄仙の移動術によって直接出現する手筈だ。まだ、陽は高く、沙那はぼんやりと日が暮れるのを待っているところである。
すると、遠くから、こちらに近づいてくる気配を感じた。
沙那は腰を下ろしたまま、仕込剣になっている棒に静かに手を伸ばす。
「もしかして、孫女?」
だが、樹木を縫って姿を現したのは、孫空女だった。
息が乱れ、周囲を確認する余裕もない様子で林に踏み込んできた。
なによりも、その姿は打合せにないものだった。顎には付けひげが付けられ、髪は頭巾で隠され、大きめの外套で体形を誤魔化している。
しかし、沙那の手筈では、男装をするのは沙那だけであり、孫空女と宝玄仙は変装をせずに、移動術で、そのままここにやっている予定だった。
「ああ、沙那、よかった。見つけられた」
孫空女は、沙那の前で足を止め、ほっとした表情を浮かべる。
だが、その背後にも、周囲にも、宝玄仙の姿はない。
孫空女が不用意に宝玄仙から離れるとは考えにくい。
その孫空女が、ひとりで、しかもこの様子で現れた以上、嫌な予感を抱かずにはいられなかった。
沙那は、孫空女の顔と、その乱れた息遣いを見たまま、最悪の状況を想定するしかなかった。
「ご主人様はどうしたの?」
沙那は腰をおろすように手振りで示したが、孫空女は激しく首を横に振った。
座って話せる状態ではないと判断し、沙那はそのまま立ち、孫空女に視線を向ける。
「わかっている範囲でいいから、起きたことを順に話して」
促され、孫空女は言葉を探すように視線を泳がせながら、途切れ途切れに説明を始めた。
男装の強要──。
宝玄仙の独断──。
法術による変身を解かないままの水関の通過──。
話が進むにつれて、沙那は、それが想定していたような失敗ではなく、もっと根の深い愚行であると理解した。
「馬鹿じゃないの。あれほど忠告したでしょう。水鏡がある場所で、法術を使ったまま渡るなと。しかも理由が、わたしを襲うための悪戯ですって。ここまで判断が甘いとは思わなかったわ」
沙那は一度だけ息を吐き、孫空女を見た。
「ご、ごめん──。とてもじゃなくて、止められなくて……」
孫空女が頭をさげた。
沙那は大きく嘆息して、頭をあげるように告げた。
「……あんたに当たっても仕方ないわね。ご主人様の馬鹿の程度を見誤ったわたしのせいよ……。でも、やっぱり、水鏡に引っかかったと考えるのが自然ね」
沙那はぐっと歯を噛んだ。
「ご、ごめん……」
「いや、あんたのせいじゃないって……。とにかく、調べましょう。話はそれからよ」
沙那はそう告げると、足元に置いていた石を拾い上げた。石の表面には、移動術のための法術紋が刻まれている。
それを荷にしまい込んだところで、ふと手が止まった。
孫空女は、どうやってこの場所を見つけたのか?
当たり前だが、沙那は鷹愁澗の対岸の地形を事前に知らなかった。この場所も、水関の跳躍設備で渡された先で、目についた林を選んだだけだ。
本来であれば、宝玄仙がこの石の法術紋を目印に移動術で跳躍してくる予定だったため、それで問題はなかったのだ。
だが、孫空女は徒歩でここに辿り着いている。
沙那は振り返り、孫空女を見た。
「ひとつ聞かせて。どうやって、ここがわかったの?」
孫空女は一瞬、言葉に詰まり、それから少し考えるように視線を落とした。
「ああ……薄っすらとだけど。その気になれば、あたしは霊力の流れが見えるんだ。離れたら無理だけど、あちこち探していたら、さっきのご主人様の法術紋から、霊力が漏れているのが見えて……。それで、ここに来たんだ」
沙那は思わず、孫空女の顔を見つめた。
そんな能力があるとは、聞かされていなかった。
「あんた、そんなことができるの……? もしかして、ご主人様そのものの霊力は、感じる?」
「残念ながらね……。こっち側の水関施設を一生懸命に探ったけど、全然感じない」
孫空女は、がっかりした様子で首を横に振った。
沙那は短く息を吐く。
「いいわ。それだけでも、十分な情報よ」
背負い直した荷の位置を確かめ、林の外へ視線を向けた。
「とにかく、情報を集めるわ。ここで立ち止まっても、なにも始まらないしね」
「うん」
沙那と孫空女は、歩き出した。
水関を渡る旅人目当ての宿屋は、明け方近くになると静かだった。
沙那と孫空女が部屋に戻ったのは、つい先ほどだ。
「はあ……」
沙那は息を吐きながら、寝台を椅子代わりにして腰を下ろした。
向かいでは、孫空女も同じように寝台の縁に座っている。
一晩中、酒場を中心に外を歩き回っていた名残で、室内にはかすかに酒の匂いが残っている。
だが、どちらも酔ってはいない。宿は取ってあったが、結局は朝帰りになった。
兵たちの集まる酒場にも足を運んだのだ。
軽い女を演じて話しかけると、酔った兵や小役人たちは呆れるほど口が軽くなり、噂や愚痴を次々に吐き出した。
「ご主人様は、やっぱり水牢というところだろうね……」
孫空女も短く息を吐いた。
「そうね……。そして、外から探るだけじゃ、これ以上の情報を得るのは無理かもしれないわ」
部屋に、また沈黙が落ちた。
高位の法術遣いの女が捕らわれたという話は、水関を管理する兵たちには広く知られていた。だが、こちら側の兵は姿を見ていない。蛇盤城塞側から移送設備で跳躍したときに、そのまま水牢に転送されたからだ。
それが法術遣いを捕縛するときの、この地の慣例だという。
法術で抵抗されないために、そうやって捕らえるらしい。宝玄仙がどんなに高位の術が遣えたとしても、どうにもできなかっただろう。
また、水牢の場所が、鷹愁澗の激しい流れの底にあるということはわかった。
しかし、正確な位置を知る者はいない。兵たちにも、詳しい場所を知る方法はないと口にしていた。
そして、内側では法術が遮断され、転送された時点で外部との連絡は断たれ、内側から脱出した例は聞かないという。水路や物理的な出入口は存在せず、人も物も出入りは転送によるものだけらしい。
水関は管理に関与しておらず、水牢の運用と管理は、地方官である李白龍が直接握っている。水関の役人に探りを入れても、そこから先の情報は出てこなかった。
酒場で耳にした話も、近傍住民から集めた噂も、すべて同じところで行き止まりになる。
水牢に入れられた者が、どうなったかを語る声はない。戻ってきたという話も聞かなかった。
このまま、聞き取りで情報を集めても、宝玄仙の救出に繋げられる情報は得られないだろうと、沙那は思った。
「あたし、水に潜って探す」
孫空女ががばりと顔をあげ、沙那を睨みつける。
「はあ? なに言ってんのよ、あんた」
「ご主人様が収容されているのが鷹愁澗の水底だってことはわかった。だったら、潜って探せばいい。あたし、やるよ」
「あのねえ、どうやって探すつもりなのよ。鷹愁澗は広いし、激流だって聞いてるでしょう」
「水牢なんだから、全然違う場所ってことはないはずだ。河岸には取締りの兵が常駐してるって言ってた。その近辺に潜れば、なにか見つかるかもしれない」
「馬鹿言わないで。こっち側なのか、向こう側なのかすら、わからないのよ。兵の目を避けるなら、離れた場所から潜るしかないでしょう。そんなことしたら、そのまま流されて終わりよ」
「あたし、泳ぎもいける。やってみる」
「却下ね。情報を集めるわ。話はそれからよ」
「どうやってだよ。酒場の兵たちも、水牢のことは知らないって言ってたじゃないか。地方官の李白龍しかわからないって」
「……そうね。それしかないわね」
沙那は立ち上がり、荷から女物の服を取り出した。
いつも身につけているのは、短衣と下袴に帯を締めただけの動きやすい装いだ。
それを脱ぎ、下着だけになると女物の衣に袖を通す。
編んでいた髪をほどき、背に垂らす。
さらに下袍の脇に刃を入れ、横から脚が見えるように切り開いた。
「なにやってんのさ、沙那?」
孫空女が呆気に取られた声を出す。
「蛇盤の街の宿屋で、話したことを覚えてる? 白龍は女にだらしないって話よ」
「ああ……。水関の管理をしてる立場を利用して、容貌のいい女を見つけると、関門に留めて身体を求めるってやつだっけ」
「そう。それなら、わたしも目をつけられる可能性があるわ。これでも、そこそこの容貌だと思ってるしね」
沙那は櫛を取り出し、ほどいた髪をゆっくりとすいた。
紅はない。代わりに指先を噛み、滲んだ血を唇に薄く塗る。
色味を確かめるように、指で軽く押さえた。
「沙那こそ、なに言ってるんだよ。わざと白龍という男に捕まるの?」
「情報を取るためよ。目をつけられれば、かなりの可能性で白龍に接触できる。運がよければ、取引に持ち込めるかもしれないわ」
「取引って、なにをだよ?」
「それは、白龍という男に会ってから探るわ。なにを望む男なのかも知らないと……。いずれにしても、接触しないと話にならないもの。考えるのはそれからよ」
「そんなの、あたしの案より酷いじゃないか」
「そうかもね。わざと捕まりに行くんだから……。白龍に目をつけられるまで、何度でも関を往復してやる」
「やめなよ。白龍に接触できないまま、沙那まで水牢に入れられたらどうするんだ」
「そのときは、ご主人様と一緒に帝都へ護送されるはずよ。その道中で脱走を狙うわ」
沙那は孫空女をまっすぐに見た。
「殺されたらどうするんだよ」
「……賭けね。女に目のない男なら、わたしに興味を抱いて、接触するはずよ」
「そんな無茶な……」
「……でも、いま考えられる手は、それしかないわ」
沙那は、きっぱりとそう断じた。
規定の関賃を支払い終え、法術具の跳躍設備で鷹愁澗の対岸へ転送される前の検査列に、沙那は並んでいた。
昼下がりの水関では、横断の許可を求める旅人の流れが絶えることはなく、兵たちは慣れた手つきで通行の確認を進めている。
沙那は列の後方に立ち、女物の下袍の脇を切り開いて、歩くたびに脚がのぞくようにしていた。
髪もまとめず背に流したまま、視線を集めることを、隠そうとはしていない。
周囲の兵が、沙那に目を向ける。
だが、声は掛けられない。
警戒というより、見慣れたものを見る目だった。
順番が回る。
名を告げ、行き先を聞かれ、用意していた通行証を差し出す。もちろん偽造だ。向こう側から渡ったときとは別のもので、男装していた以上、ここで結びつけられる心配はない。
調べの兵は、通行証を一瞥したあとは、しばらく黙ったままでいた。
兵の視線だけが、沙那の足元から顔へと一度だけ上がり、脚に戻って、また胸、そして、顔へと動く。
不審を探る目ではない。
かといって、通過を認める目でもなかった。
「ひとりか?」
沙那の前の兵が沙那の脚から眼を離さないまま訊ねた。
「蛇盤で落ち合うことになっているの。仕事を紹介してもらうことになっててね」
「なんの仕事だ?」
「さあ、なんでもできるわよ。生きていかなきゃいけないしね」
「だが、ここまでひとりできたのか。女ひとりで?」
「これでも腕に覚えがあるの。こう見えても、あんたよりも強いわよ」
沙那は左手に持っている棒を軽く持ちあげた。
「なるほどね」
兵は小さく頷いてから、隣に立つ同僚へ半歩だけ近づき、声を落とす。
「……こいつは、奥だな」
短い言葉だった。
「……気も強そうだ」
声を掛けられた同僚が、小さく笑い合った。いやな笑いだった。
「お前は、少し来てもらうぞ。奥で詳しい検査がある」
兵が沙那に視線を向け直して、顎で列から外れるように促した。
「なにか不備が?」
「いや、特にない。まあ、念のためだ」
それ以上の説明はない。
列は止まらず、ほかの旅人たちは、次々に跳躍設備へ進んでいく。
沙那だけが、静かに流れから外された。ほかの兵が寄ってきて、沙那が手にしていた棒を取りあげ、さらに荷も奪われた。奥側の扉の向こうに連れて行かれる。
前後を兵に挟まれて石造りの廊下を進んでいく。喧騒が背後に遠のき、通路に足音だけが残る。
やがて、小さな部屋に入れられた。
隅に卓と椅子が置かれているだけのなにもない場所だ。ただ、正面の壁が一面の鏡になっていた。
「ここで待て」
兵はそれだけ告げ、鏡に面するように沙那を立たすと、部屋の横の壁に下がっていった。ひとりは沙那から見て右側に。もうひとりは、沙那の背中方向になる入ってきた扉側だ。
沙那は、しばらく鏡に向けて立たされたまま、かなりの時間を待たされた。
部屋の中に時間の経過がわかるものはない。だが、脚の感覚がじわじわと鈍り、足の裏の熱が冷めていく感触で、長い時間が過ぎたことだけはわかった。
正面の鏡には、扇情的な女の姿が映っている。
下袍は脇が大きく切り開かれ、脚の付け根の線が隠れない。髪も背に流したままで、肩から鎖骨にかけての線まで無防備に見える。
視線を引くための装いだ。
そう割り切っていたはずなのに、鏡の中の自分を見続けるのは、別種の不快さを呼んだ。
壁のいる兵たちは、黙っている。
命令が下りるまで、なにも触れないという態度だ。
やがて、不意に、鏡の手前の床が白く光った。
薄い紋様が浮かび上がり、円と線が絡み合う形へ整っていく。
沙那は息を整えるふりをしながら、視線の先の床の光を見た。
移動術だ──。
光が収束すると、身なりのいい男が現れた。
役人の装いに見える。布は上等で腰の飾りも実務の者のそれではない。
男の背後から、さらに五名の兵が続いて現れる。護衛だとわかった。
先にいた兵たちが、その男へ向けて小さく頭を下げる。
男は短く顎を動かすだけで、沙那へ視線を向けた。
新たにやってきた護衛の兵が近づく。
声を掛ける前に、両脇から腕を取られた。
「どういうことですか?」
戸惑った旅の女を装い、沙那は声を出した。
心の中では、別の計算が動いている。
権限がありそうな者が来た以上、白龍という男に目をつけられた可能性が高い。あとは、なにも知らない女を演じ切り、情報を抜くことだ。
一方で、護衛の兵は答えない。
沙那の両手を背中に回させ、手錠を嵌めた。
続いて足首にも、同じものが嵌められる。歩幅が一気に奪われ、足が重くなる。
役人の男は、部屋の奥ではなく、扉際に立つ兵へ向き直った。
「この女は特別検査になる。いつもの褒賞は届けておく」
「ありがとうございます」
扉際の兵が、顔を上げる。
声は抑えているが、張りがあった。
背後でもうひとり、短く息を吐く気配がする。
役人の男が沙那へ向き直る。
「歩け──」
左右から護衛の兵が沙那の腕を掴んで引き寄せた。
足錠があるせいで歩幅が出ない。沙那は懸命に脚を動かし、床を擦るように進んだ。
「説明してよ。どこに連れていくんですか」
声を荒げたふりをして、役人を見上げる。
男は、視線を逸らさない。
「特別検査だと言ったはずだ」
それだけだった。
冷たさはあるが、感情はない。
人を相手にしていない口調だった。
沙那は、床の白い紋様の上へ連れて行かれる。
まだ光を保ったままの円の中央へ、足錠の嵌まった足が無理やり乗せられた。
護衛の兵が、沙那の身体を固定するように両側から押さえる。
役人の男が、なにかを呟いた。
床の光が強まり、視界が白く塗りつぶされる。
次の瞬間、足元が抜けたような感覚が来た。
光が収まったとき、沙那は別の部屋に立たされていた。
壁も床も天井も、白い。
角は丸く、扉も窓も見当たらない。
広さだけがやけにあり、天井の中央には滑車が据え付けられている。そこから鎖が数本垂れていた。
部屋の隅には、用途のわからない器具がまとめて置かれている。鉄の輪、木の台、革の紐。拷問具を思わせる形が混じっている。
沙那は、表情を崩さないまま、喉の奥がわずかに硬くなるのを感じた。
検査の部屋ではない。
護衛の兵が、沙那の背後へ回る。
手錠が外された。
安堵する間もなく、天井から垂れた鎖の先の枷を左右の手首にそれぞれ嵌められる。
右手首──。
左手首──。
続いて足錠も外され、別の鎖の枷が足首へ嵌められた。
天井の滑車から伸びた四本の鎖が、四肢をそれぞれの手首と足首に装着されている枷に繋がる。
護衛の兵が手を離す。
役人の男は、沙那へ目を向けないまま、床の一角へ歩いた。
そこに、さきほどと同じ白い紋様が浮かび上がっていた。役人と護衛が、その上へ乗る。
光が走り、男たちが消えた。
残されたのは、四肢を鎖に繋がれて立たされている沙那だけだ。
この部屋は、移動術で出入りすることが前提か……。
そう悟ったところで、沙那は呼吸を整え直した。
焦る必要はない、これだけの設備の部屋だ。ただの取り調べ室であるわけがない。
しばらくして、床にまた白い紋様が現れた。
今度は、形が大きい。
光が収束し、少し離れた正面に豪奢な椅子が現れた。
椅子には、男が座っている。
衣は上等で、肩から背にかけての張りがある。顔立ちは整っているが、柔らかさはなかった。
そして、目が笑っていない。笑うときでも、目だけが冷たい類の男だ。歳は三十過ぎだろうか。情報で得ていた白龍の容姿に合致する気がした。
また、その男の左右に、若い女がふたり同行していた。
肌の露出が多い薄衣で、首には隷属の首環がある。
沙那を観察して、奴隷たちはくすくすと意味ありげに笑っている。
男は椅子に深く腰をかけたまま、沙那を見上げる。
値踏みする視線が、足先から太腿、腹、胸、喉元、顔へと移る。
「特別検査と聞きましたが……あなたは検査のお役人?」
沙那は、なにも知らない旅の女のまま、声を作った。
「役人か。確かに役人には違いなかろうな」
男は口元だけで笑った。座ったまま、沙那から視線を外さない。
「そなたのような者からすれば、偉い者になるな」
「……では、わたしの取り調べを?」
沙那は怯えたふりを混ぜ、声を揺らした。
「取り調べか。違うな」
「……違うとは?」
「これから始めるのは、ただの……遊びだ」
「遊び?」
男は、椅子の肘掛けへ指を置く。
その指先が、女奴隷のほうへわずかに動いた。
女奴隷が、息を整えるように小さく頷く。
「始めろ……。まずは啼かせよ」
男は淡々と言った。
女奴隷が、音も立てずに歩き出した。
ひとりが沙那に向かって真っ直ぐに──もうひとりは壁際に──。
「わっ、なに?」
すると両手首に繋がっている鎖がからからと音を立てて、天井に向かってあがっていく。そして、靴を履いている脚が辛うじて爪先立ちになる位置で停止した。
両手首と両肩に圧がかかる。
今度は、腋に切れ目の入っている側の脚がゆっくりと引きあげたっていった。
「ちょっと、なにするのよ──」
沙那は思わず声をあげた。
足首は沙那の腿が水平にするまで持ちあがった位置で固定される。沙那は片脚で爪先立ちの体勢にされてしまった。
「ふふ、今日のお姉さんは、どんな声で啼くのかな?」
「いい声をお館様に聞かせてね」
ふたりの女奴隷が沙那を両側から挟むと、ひとりが浮きあがっている下袍の下から手を入れて内腿を擦り、もうひとりは耳に舌を這わせるとともに、服の上から胸を揉んでくる。
「んんっ」
声を漏らしかけて、沙那は慌てて口をつぐむ。
だが、女奴隷たちに手が淫らに全身をまさぐってくる。
胸の先端を通りすぎて脇腹に──。内腿をさすられながら、下着の上からお尻の穴を突くように指で愛撫される。
「くっ、んんっ」
沙那は絞り出すような声とともに身を捩った。
「お館様、このお姉さん、随分と感じやすいですわ」
「そうね。あっという間にいっちゃいそう」
女奴隷たちが愛撫を続けながらくすくすと笑う。
「か、勝手なこと言わないでよ──。な、なんのつもりです──。なにをするつもりよ──」
沙那は引きつった声でそれだけを言った。
「それはこっちの質問だな。なにをするつもりでやってきたんだ、沙那?」
椅子に足を組んで腰掛けている男が、手摺りに置いた左手で頬杖をしながら言った。
えっ──? 沙那──?
沙那は背中に冷たい汗がどっと流れるのを感じた。
そのとき、両側の女奴隷が爪の先に付けた道具で沙那の上衣の袖を切り、腋の下を露出させた。左右から腋の下を丹念に舐め始める。
「やめてえっ」
沙那は歯ぎしりするほどに歯を喰いしばって、身体を引き締めた。