「や、やめてっ、や、やめなさい──」
沙那は身を捩った。
両手首をまとめた革枷は天井から垂れた鎖に繋がれている。
暴れるたびに鎖が大きく揺れ、ぎしぎしと軋んだ。
「ふふふ、この人、また気をやりそうね。もう何度も気をやっているからわかるわ」
「達しそうになると、悪態が強くなるのよね、わかりやすいんだから」
しかし、沙那を両側から責めるふたりの女奴隷──おそらく、まだ少女と言っていい年齢くらいだと思う。面立ちには幼さが残っており、身体も小柄で大人の女の一歩手前という印象だ──彼女たちは、沙那の怒声などほんの少しも臆する気配もなく、くすくすと笑い合いながら、沙那の身体を責め立てる。
片脚は膝を曲げて持ちあげられ、残る片脚だけで身体を支えながら、沙那は少しでもふたりの淫らな手管から逃げようと、右に左にと必死に身体を捩る。
だが、さすがにこの状態では、愛撫から逃げることなどできない。
そして、ひとりの指がまたしても、沙那のもっとも辛い女淫輪の嵌まっている陰核に触れてきた。そこをこりこりと動かされる。
「ひいいっ、だめええ──」
沙那は火でも押しつけられたかのように昂ぶった声を張り上げてしまった。
さらに、狂気のように身体と首を揺さぶりながら、片足立ちで両腕を吊られている身体を激しくのたうたせた。
一瞬頭が白くなり、続いて虚脱感が襲ってくる。
それでいて、絶頂で持ちあげられた快感は下降することなく、あがったままふつふつと沙那の身体を炙り続ける。
「また、達しちゃった」
「簡単ね。金属の嵌まっているお豆ちゃんをちょっと揺するだけで、必ずいくんだもの。こんなに簡単に達するお姉さんは初めてね」
女奴隷たちが笑う。
だが、もはや反骨の気持ちが小さい。
立て続けの連続絶頂に、沙那はがくりと項垂れてしまった。
「お館様、これで十回です」
女奴隷のひとりが白龍に声を掛けた。
白龍は、椅子の肘掛けに頬杖をつきながら、その様子を眺めている。
そしてなにより、女好きとして悪名高い男だった。
「もう十回も達したのか? 新記録ではないのか?」
白龍が嘲笑するように笑う。
沙那は、かっと自分の頭に血が昇るがわかった。
もっとも、こうなることは覚悟していた。
そのために、女好きで知られる地方官の目に留まるよう、わざと露出の多い服装をして、わざと関を通り、わざと捕らえられた。
宝玄仙は水牢のどこかに監禁されている。
すべては情報を得るためだ。
孫空女は対岸だが、いまは情報もなく、動きようがない。沙那は敢えて捕らわれることで、状況を崩そうと目論んだのだ。その点ではいまのところ、成功とはいえるだろう。
問題はこのあとだ。
この男からどうやって情報を引き出すかだ。
いや、そもそも、こうやって捕らわれて拘束されている状況で、目の前の白龍からなにかを引き出す手段などあるのか……。
さすがに沙那にも、この後の計画などない。
臨機応変の出たとこ勝負──。こんな目に合っているのも、すべて宝玄仙のせいだ、絶対にこの危機を切り抜けたら、絶対に埋め合わせをさせようと心に決めた。
沙那は肩で息をしながら正面を睨み続ける。
汗は額を伝い、内腿には気持ちの悪い愛液がねっとりと付き、膝どころか足首にまで垂れている。
まとっていた服は切り裂かれ、もはや、ただの布の残骸が汗みどろの身体に張り付いているだけだ。
「でも、まあ、お館様、こうやって睨んでくるんだから大したものですわ」
「普通なら、とっくに泣いてます」
女奴隷たちが白龍に追従するように語りかける。
沙那は黙っていた。
返せば相手を喜ばせるだけだろう。
だが、その沈黙さえも彼女たちには面白いらしい。
ふたりは顔を見合わせ、また笑った。
彼女たちの少女っぽい静かな声が白い部屋に響く。
「……そ、そうやって……いられるのも……いまのうちよ。仲間たちがご主人様を救出するために動いてるわ。あんたの居場所はこうやってわかったし、後は待つだけでいいのよ。あんたは、自分が誰に喧嘩を売ったのか、そのうち思い知るわ」
沙那は、わざと口角を吊り上げてやった。
すると、白龍は少しだけ眉間に皺を寄せた。
えっ──?
こんな大法螺で反応した?
沙那はそれを見逃さなかった。
「……取引をしましょう」
沙那はすかさず言った。
「取引だと?」
白龍が眼を細めた。だが、一瞬後、噴き出した。
「なにがおかしいのよ──。あなたには、取引が必要なはずよ。このままじゃあ、宝玄仙に八つ裂きにされるのよ。あの女の法術を馬鹿にしないことね。殺すことなんてできないし、いつまでも監禁することなんて無理なんだから」
「あの水牢のなかで、法術を使うのは不可能であろう。あれは高位法術遣い専用の檻のようなものだ」
白龍が余裕綽々の顔で小さく笑う。
沙那は歯噛みする。
なんでもいい。もっと喋らせるにはどうしたらいいか。
だが、ひとつだけわかったことはある。白龍は宝玄仙が死んだとは言わなかった。やはり、水牢という場所で法術を封じられて生きている。
それだけは確かなのだろう。
「だからなに? 宝玄仙が常識に収まる範囲の法術師なら、闘勝仙は死ななかったわ。でも死んだ。どういう手段で殺したのかもわからないくせに、いい気にならないことね」
沙那は言った。
闘勝仙というのは、宝玄仙を二年ものあいだ支配し陵辱したのだという八仙の名だ。詳しいことは沙那も知らないし、宝玄仙も喋りたがらないのでわからない。
だが、その闘勝仙という男が死んだのは、帝都では余程の衝撃だったようだ。
それで、いまでも、宝玄仙を危険視する天教に宝玄仙は追われ続けているのだ。
「なるほどのう……。だから、取引か?」
白龍の姿勢は変わらない。
手摺りに置いた手に頭を預けて、沙那を見て微笑んだままである。
だが、わずかに笑みが小さくなっている。
沙那はそれに気がついていた。
「わたしなら、宝玄仙にあなたに手を出さないように説得してあげられる……。それだけじゃなく、あなたの性の相手もさせる。わたし、宝玄仙にとても信頼されているの。わたしの言うことなら、大抵のことは応じてくれるわよ」
あの宝玄仙が沙那の言葉などに従うとも思えないが、白龍に抱かれることくらいは素直に応じるだろう。もともと、宝玄仙の愚かな行動が起こしたことだし、あの女の多淫癖はもはや病気だ。
貞操にこだわるとはとうてい思えない。
「ほう、説得すると?」
白龍が小さく笑う。
沙那は頷いた。
「ええ、ええ、必ずね。もしかして、こんな風に女を拘束していたぶるのがご趣味なの? 宝玄仙にもやらせるわよ。わたしに任せればね。あの気の強い美女を自由に支配したいとは思わない?」
「まあ、趣味ではあるな。だから、こうやってときどき遊んでいる。役得というものだ」
白龍はくすりと笑った。
「なら、尚更だわ。宝玄仙をいつまでも縛れる檻なんて都にもないのよ。いずれ脱走してここに来るわ。手配書に従って帝都送りにしたところで、あなたに得るものはあるの?」
「得るものはあるな。宝玄仙の身柄には、宮廷のみならず天教も大いに関心を寄せている。それだけの功があれば、父の怒りも解けよう。私も都へ帰れる」
「……やめておいたら? 宝玄仙の身柄と一緒に都へ戻るの? 命知らずね。仲間がいると言ったはずよ。あんたは辿り着けない。逃げても無駄。なにをどうしても、宝玄仙に手を出した時点で、あなたは詰んでるのよ」
「詰んでいると?」
白龍が初めて難しい顔をした。
もしかしたら、食いついている?
「助かるには、わたしに頼るしかないわね。宝玄仙にあなたに手を出さないようにさせられるのは、わたしだけなんだから……。ああ、わたしに任せれば、宝玄仙を無力化して、あなたに悪戯させる方法を十以上は考えてあげるわ。しかも仕返しなし。興味はない」
沙那はきっぱりと言い切った。
もし白龍がこのくだらない嘘に興味を抱けば、沙那は本当に宝玄仙に犠牲になってもらうつもりだった。三日でも四日でも白龍の玩具になればいい。
いい薬だ。
その手段はいまのところ準備していない。だが、あの隙だらけの女くらい、どうにでもできる自信はあった。
しかし、次の瞬間だった。
それまで静かに沙那の話を聞いていた白龍が、堰を切ったように爆笑したのだ。
沙那は呆気に取られた。
「なにがおかしいのよ──?」
ようやく我に返り、沙那は声をあげた。
しかし白龍は笑い続ける。
肩を震わせ、何度も息を継ぎながら笑い続けた。
やがて笑いの発作が収まったらしく、大きく息を吐く。
「笑わずにはおられるか。随分と面白い女ではないか。だが、自分の格好をわかっておるのか?」
「は、はあ──?」
改めて指摘され、沙那はかっと顔を熱くした。
「その格好ですごまれても説得力などないぞ。しかも、私の奴隷たちの責めで十回も達したばかりであろう」
「そ、それがどうしたのよ──。これは、あんたが無理矢理に……」
「確かに私が命じた。だが、それでも己の格好が無様だとは思わんのか? その格好は女として恥ずかしくはないのか?」
白龍は笑いを堪えるように口元を押さえた。
「恥ずかしいに決まっているでしょう──。だったら、話し合いのあいだくらい、まともな格好をさせなさいよ──」
沙那は怒りに任せて叫んだ。
「沙那、取引には応じよう。お前が宝玄仙の仲間であることは承知しておる。弱水から手配書が出ているからな」
白龍が言った。
やはり、そこからの手配か……。
白龍が沙那の正体を最初から知っていた理由として思い当たるのは、あの弱水の城郭からの脱走劇しかない。ただ、宝玄仙のような重要人物だけでなく、自分にまで手配書が回っていたとは思わなかった。
油断だった。
だが、それはともかくとして、取引に応じる──?
本当にそう言ったのか?
「いい判断ね。じゃあ、取引しましょう。あなたの安全は保証するわ。その代わりに宝玄仙は解放して」
沙那は大きく頷いた。
しかし、白龍は首を横に振る。
「……それよりも、もっと良い取引がある」
「代案ということ? ああ、もちろん、話し合いの余地はあるわ。十分に検討しましょう。とりあえず、この拘束を解いて。せめて脚くらい下ろしてよ」
沙那は慌てて言う。
だが、白龍は不敵な笑みを浮かべたまま、椅子の手摺りに埋め込まれた水晶玉へ手を置く。
水晶玉が淡く光った。
「
白龍が言うと、拳ほどの透明な球体が宙へ浮かび、そのまま消えた。
伝言球だ──。離れた場所にいる相手へ言葉を届ける法術である。
言葉の響きからして、木叉というのは部下なのだろう。
だが、その名には、聞き込みのときにも、耳にした覚えがない。
しばらくすると、部屋の床に白い紋様が浮かび上がった。
そこへ現れたのは、ひとりの老人だった。
腰は曲がり、歳月に削られるように身体も小さくなっている。
だが、その目には老いを感じさせない鋭さがあった。
彼が木叉なのだろう。
木叉は沙那の姿を見るなり、呆れたように息を吐いた。
「……また、いつものお遊びですか。いい加減になさってはいかがですかな、白龍殿……。毎回、用無しとなった女を処理するのは大変なのですぞ」
木叉が顔をしかめる。
しかし、沙那はその言葉に不穏なものを感じた。
処理──?
木叉は確かにそう言った。
白龍の女遊びは、この辺りでは有名な話だ。
水関の取り調べを利用して妙齢の女を捕らえて、嗜虐して弄ぶ──。
だが、その後の話を聞けなかった。
解放されたという話もなければ、帰郷したという話もない。
少なくとも、沙那が調べた限りではそうだった。
つまり、この木叉がその「処理」をしているのだろうか。
背中を冷たいものが流れた。
「そう言うな。それよりも、木叉。今朝、水関に引っ掛かった者のことを耳にしておるか?」
白龍が言う。
木叉は顔を曇らせた。
「ああ、聞いておりますよ。厄介なものですな。まあ、天教の本殿と都には報告せねばならんでしょう。最優先の指示も来ております。おそらく、護送も命じられるはずです」
「そのことだが、この沙那は、その宝玄仙を無力化する方法を知っておるそうだ。それで取引を提案してきた」
「取引? この女とですか?」
木叉は怪訝そうな顔をした。
「うむ。だから今回は、いつもの処置とは異なる。この沙那を私に隷属させる。そして、宝玄仙を無力化する手段を喋らせる。準備せよ」
白龍が言った。
沙那は息を呑んだ。