じりじりと首の革紐が絞まっていく。
苦しい。
頼むよ、
宝玄仙は、心の中にいるもうひとりの自分に訴えた。
もうひとりの自分──。
宝玄仙でありながら、宝玄仙ではない、もうひとりの存在……。
これこそが、真実しか口にできなくなる術を受け入れながら、どんなに闘勝仙殺しを訊ねられても、宝玄仙が嘘を突き通せた秘密だった。
支配されていたはずの闘勝仙に復讐できたのも、彼女のおかげだ。
どうして、もうひとりの自分という途方もない存在が心に生まれたのかわからない。
だが、闘勝仙の慰み者になり、心を潰される恥辱の日々を送るうちに気がつくと、心の中に彼女が存在していたのである。
最初は存在にしかすぎなかったが、いつしか心の中で会話すらできるようになった。
それからは早かった。
闘勝仙に刻まれた隷属の縛りを彼女に引き受けさせ、宝玄仙自身は無垢な存在となり、ついに闘勝仙に復讐を果たしたのである。天教や皇家の訊問のときにも、術を受け入れさせたのは、その宝玉だ。
なぜか、そういうことが可能になったのだ。
新たに生まれた別人格は、宝玄仙とは違うということなのだろう。
淫紋だけは肉体に刻まれているので、それは宝玄仙にも宝玉にもどうにもならなかったが、心を縛る隷属の刻印程度ならどちらかに片寄らせばいい。
この西方行脚が始まってから玄奘に受けた縛りは、宝玄仙が受けることにして、宝玉にはかかわらせてはいない。
手枷だって、法術の刻印を受けたのは、いまは宝玄仙だ。
宝玉に内側からやらせれば、述式の影響を受けてないはずのあいつなら、解除できるはずだ。
『任せて、宝玄仙』
あいつの存在を感じた。
宝玄仙は身体を明け渡して無意識になる。
だが、すぐに引き戻された。
四肢に掛かっている枷の刻印が破壊されている。一瞬だけ変わった宝玉がやったのだろう。
革紐とともに首に装着されていた絶頂封じの法術具も刻印の一部が欠損していた。
しめた。
これだけには闘勝仙の術がこもっていたから、どうなることかと考えたが、使用したのが玄奘だったから、なんとかなったようだ。
宝玉は対処できたらしい。
宝玄仙が宝玉と入れ替わったのは、数瞬だけのようだ。刻印は壊れているが、拘束そのものはそのままだし、目の前の景色は変化してない。
玄奘も酷薄な笑みのまま、目の前で宝玄仙を眺めている。
宝玉は優しい性格であり、敵といえども残酷なことはできないし、そもそも、いまだに闘勝仙の呪術を多数受け入れている宝玉には、誰であろうと、相手を攻撃する法術は使えない。
復讐は、宝玄仙の役目だ。
だから、戻ったのだろう。
感謝するよ。
また、休んでおくれ。
宝玉に心の中で告げる。
今度は宝玉の存在が心の奥底に隠れるのを感じた。
「うああああっ」
宝玄仙は大声で奇声を出しながら、法術を身体に漲らせる。玄奘に疑われないように、自ら封印していた力も解放した。
宝玄仙は身体の中の法術を解放して、四肢に嵌っている枷に刻まれている法術紋に法術を注いで、強引に施錠を外すとともに、枷を弾き飛ばす。
すぐに首から革紐を引き千切って外す。
もうひとつの首輪もだ。
これで全てから解放された。
「げほっ、げほっ、こ、こいつ、どうなるか、わかってんだろうねえ──」
宝玄仙が法術を解放した勢いで飛ばされて、地面に尻もちをついている玄奘が呆気にとられて、宝玄仙を見る。
その玄奘に向かって、宝玄仙は裸身のまま脚を開いて仁王立ちになる。
「ど、どうして──。ほ、法術は遣えないはずだ──。ふ、符牒も……。そうだ──。符牒を──」
宝玄仙は法術を飛ばして、周囲の力場を操り、玄奘の顎を両横から力を注いで一気に砕く。
「あがあっ」
玄奘の口からまとまった血が噴き出し、口がだらんと開いた。玄奘が恐怖の色に顔を染めて、宝玄仙を見て硬直する。
その眼は信じられないと言うように大きく見開いていた。
「あ、なが、なが、しゃひゃが……」
それでも、懸命になにかを喋ろうとしている。
もしかして、符牒の言葉でも口にして、宝玄仙の淫紋を通じて、隷属効果を引き起こす呪術を活性化させようと思っているのだろうか。
宝玄仙は、玄奘の身体を掴み、簡易寝台に放りあげて載せる。宝玄仙にそんな力はないが、力場を操ることでそれは可能なのだ。
玄奘は気がついてなかったと思うが、この天幕の敷き布の下の地面には、すでに宝玄仙によって、とっくの昔に力場を操る紋様が刻み終わっている。
宝玄仙は、玄奘に馬乗りになり、法衣を剥していく。
さすがに抵抗しようとしたが、それはすぐに力場で押さえつける。
いまや、この天幕内で動けるのは、宝玄仙のみだ。
また、これだけの騒ぎだというのに、さっきのふたりも含めて天幕の外の随行の男たちは誰も来ない。玄奘の防音の法術具のせいで、騒動が伝わらないということもあるし、そもそも、玄奘が絶対に天幕内に入るなと徹底しているのであろう。
好都合だ。
次々と玄奘の法衣を脱がせて、寝台に下に放り捨てる。
最後に下帯まで取り去った。
さっきの性交の痕が残っていて、汚れているし、男根にはまだ男女の体液の混ざった独特の香りがしていた。
「ほら、さっきと勃起させな」
屈んで口に含む。
ついでに、腰の下に手を入れて肛門に指を挿入して中を刺激する。
これで勃たない男はいない。
宝玄仙の口の中で、あっという間に玄奘の男根が硬度を取り戻す。
すぐに跨いで、玄奘の怒張を股間に挿入させる。
首輪でとめられていた絶頂が欲しい。
それで、完璧にいまは淫紋の発作から解放される。
次の十日までには、また相手がいるが、それは先の話だ。
早速、騎乗位で腰を振る。
「あっ、はあっ」
気持ちいい……。
何度味わっても、膣が男根に抉られるのはすごい快感だ。
膣の中をうねらせるように搾りながら腰を振っていく。
「あっ、あがっ」
一方で、顎を砕かれて声の出ない玄奘だが、それでも切羽詰まったような声を漏らし始める。
「はっ、はっ、はっ、こ、このわたしを……愚弄してくれた……礼に、ひとつだけ、教えてやる……。闘勝仙の……遺した符牒の言葉で……わ、わたしを支配できるのは……、あいつ程度の……法術の能力を持った……者だけだ……。お、お前のような……ちんけな、法術師が……こ、この宝玄仙の……法術を……抑えられるわけ、ないだろう……」
騎乗位で腰を動かしながら、宝玄仙は玄奘に言った。
確かに、玄奘の遣った淫紋の符牒の言葉は、宝玄仙の力をかなり封印した。身体の力も奪われた。
だが、やろうと思えば、それを跳ね返すこともできた。
しなかっただけだ──。
これでも、宝玄仙は八仙──。宝玄仙だ──。
それに宝玉もいる。
ふたりで協力することで、大抵のことはできる。
こんな玄奘ごときに遅れをとる宝玄仙様じゃない。
こいつは、帝都から離れ、人里からも隔離した僻地まで辿り着くまで、宝玄仙の始末を待っていたようだが、それは宝玄仙も同様だ。
容易に帝都に連絡できないような場所に到達するまで、こいつらからの逃亡は自重していた。
「わ、わたしを見くびるんじゃないよ──。性欲管理で……か、限りなく、法術の力を、制約したところで……、お前、程度の力を跳ね返すのは……いつだって、できたんだ──。はっ、はっ、はああっ」
宝玄仙は玄奘に語りかけながら、昂った快感を制御することなく放出させた。
膣で玄奘の怒張を締めつける。
気持ちいい。
寸止めされることのない最高の快感が宝玄仙の中で爆発する。
精が宝玄仙の股間の中で爆発するのがわかった。
「はがああああっ」
「ああああっ」
玄奘も快感に溶けるような声をあげたが、宝玄仙も同時に最高の愉悦の中にあった。久しぶりの男の精だ。
この男は、二十日間も宝玄仙の身体をいたぶり続けながら、今日までまともに手を出してこなかった。
やっと得た心の底からの絶頂だ。
淫紋の硬直が解けて、法術の縛りが薄まり、全身に力が漲っていくのがわかる。
「あ、ありがとうよ、玄奘……。もうひとつ礼に教えてやるよ。お前みたいな、小者が好き勝手できる宝玄仙じゃないけど、ずっと大人しくしてたのは、お前と同じ理由だ。こういう人里から遥かに離れた難所に辿り着くのを待ってたんだ──」
玄奘の身体からおりて、地面に散乱していた玄奘の法衣を身に着けていく。
奇異の眼で玄奘が見ていたが、気にせず衣類を整えた。
そして、逆に宝玄仙が来ていた女物の法衣を玄奘の身体の上に放り捨てる。本当は着させた方がいいのだろうが、もう面倒だ。
宝玄仙の顔が玄奘になり、玄奘の顔が宝玄仙に変わった。
自分の顔が宝玄仙に変わったのはわからないだろうが、玄奘は宝玄仙が自分の顔になったことに驚いている。
「地獄に行く餞別代りに教えてやる。お前らも疑ったが、闘勝仙の死は自死じゃないよ。わたしがやった。あいつも間違っていたが、淫紋や呪術で封印したくらいじゃ、完全にわたしの法術を防ぐのは不可能さ。どうやってやったかは教えないけどね。とにかく、お前ごときに、どうかできる宝玄仙じゃないんだよ」
啖呵を切る。
二年にわたり、あの闘勝仙が宝玄仙を隷属させていたぶっていたのは、すでに公然の秘密だった。
だから、あいつが突然に不審死したとき、誰もが宝玄仙のことを疑った。しかし、同時に、それは不可能だとも、連中は知っていた。
本人が死んだところで、呪術からは解放されないし、そもそも、隷属されていた宝玄仙が「主人」である闘勝仙を害せるわけがない。
実際に、いまだにそうであるように、宝玄仙の身体には淫紋を初めとして、闘勝仙が施した呪術が紋様で刻まれている。
証拠の手段もなく、闘勝仙の突然死に、宝玄仙が関与したのではないかと誰もが考える中、その罪を問うこともできなかった。
しかし、たった今、呪術を無視して術を使ったように、実際はできるのだ。制限を受けていただけで、世間の常識よりも圧倒的に大きな法術の力を持つ宝玄仙を完全に淫紋だけで封印するのはできないし、宝玉の存在が闘勝仙を裏切ることを可能にした。
宝玄仙の知る限り、ひとつの身体にふたりの人格が生まれるなど聞いたことはない。
だから、天教の連中もついに、宝玄仙を「無罪」と判断せざるを得なかったというわけである。
「あ、あが、がっ」
なにをされるのか悟った玄奘が必死に逃げようとしている。
しかし、それを力場で押さえつけて身動きさせない。
次の瞬間、宝玄仙は法術で衝撃波を飛ばして、寝台ごと玄奘の首と胴体を切断した。
血が噴き出すが、それは一瞬にして傷口を凝固して最小限に抑えた。
身に着けている今の法衣が玄奘の血で汚れるのを厭んだのだ。
大きく息を吸う。
久しぶりの大きな法術だ。
ずっと苛まれていたので、小さな術式しか扱ってなかったが、いまこそ、八仙らしい術を扱える。
六十人ほどの旅の随行者だが、狭隘な場所に密着するように休んでいるのは知っている。
広すぎれば幻術の効果も制限されるが、このくらいの広さなら、一気に蔓延させることは容易だ。
天幕の周囲に霧を発生させるとともに、人の気配を読み、集まりのすぐ端に幻術により巨大な虎を発生させる。
次いで、衝撃波で天幕を吹っ飛ばした。
いまは宝玄仙の顔になっている玄奘の生首を蹴り飛ばして、横になっていた随行の者たちに向かって転がす。
「えっ?」
「なにいっ」
すぐ近くに、玄奘に天幕内に連れてこられて、宝玄仙の尻穴を凌辱したふたりがいた。遠くにいかずに見張っていたのだろう。
一瞬にして、ふたりの首も法術の刃で切断した。
悲鳴もあげることなく、ふたりが絶命する。
さらに、もう一頭の幻術による虎を出した。
通常の虎の三倍ほどの巨大な大きさにしている。口から飛び出ている牙には血も滴らせる。魔獣だ。
すべて幻術による幻である。
だが、こいつらにはわかるはずもない。
「大変だ──。宝玄仙殿が喰い殺された──。虎だ──。虎が出た──」
宝玄仙はありったけの声で叫んだ。
声は玄奘の声色である。
「うわああ──」
「うがあああ、巨大虎だ──。魔獣だ──」
「逃げろ──。喰い殺される──」
一斉に周囲が阿鼻叫喚となる。
宝玄仙は、彼らに向かって、「宝玄仙殿が殺された」と繰り返し絶叫する。
さらに、幻術の巨大虎を随行員たちに向かってけしかけた。
連中が悲鳴をあげて逃亡していく。
虎は行く手を塞ぐように出現させたので、逃げるのはこれまで辿った方向だ。
取るものも取らないという感じで、あっという間に誰もいなくなった。
これでいい……。
そのうち、あいつらが宝玄仙は虎に喰い殺されたと言いふらしてくれるだろう。あいつらが帝都に戻るかどうかは知らないが、玄奘が集めた連中なので、幾人かは近衛に関与する者かもしれない。
ならば、皇弟や教院に、宝玄仙が死んだと言いふらしてくれることを期待しよう。
「さあて、こっちも行くかねえ……」
幻術を解く。
二頭の巨大虎も霧も消滅し、周囲は逃亡した散乱した随行員や人足たちの荷物だけになった。
そのとき、宝玄仙は吹っ飛ばした天幕のあった位置に残っていた玄奘の胴体部分の横に、大量の保存食や水、さまざまな旅に必要な道具類、得体の知れない法術具らしきもの……、その中には見覚えのある淫具もあったが……、さらに古ぼけた紙の綴りの冊子を見つけた。
どうやら玄奘も、位相収納術持ちだったみたいだ。それなりに、高位術師だったのかもしれない。
まあ、宝玄仙にしてみれば、自分以外の術師は大抵が小者だが……。
唯一の例外が闘勝仙だ。
あいつにだけは、まともにやっても法術が通用しなかった。
宝玄仙は冊子を拾いあげる。
「なんだい、これは──。糞ったれが──」
宝玄仙は思わず悪態をついた。
それは、玄奘と最後に交わした会話で出てきた闘勝仙が遺したと言っていた「日誌」だった。最初の頁に、“雌犬調教記録”と書いてあり、ぱらぱらとめくっていくと、宝玄仙があいつに呪術をかけられてからの恥辱行為の記録が書かれていた。
本当に、日誌があったのだと思った。
「なんて、暇人なんだい──。あの阿呆め──」
法術で火炎を発生させて、この人を馬鹿にしたような冊子を燃やしてやろうとした。
だが、寸前で躊躇う。
「……もしかしたら、呪術を完全に解く方法を探れるかもしれないか……」
読む気になどなりようもないが、いまだに数百の呪術が刻まれたままの宝玄仙にとっては、なにか重要なことが書かれているかもしれない。
自らの位相空間を開いて、冊子を放り入れる。
「じゃあ、出発するかい」
ほとんど肉眼では見えないが、法術の心眼を使えば、夜闇は問題ない。
考えてみれば、あの闘勝仙をひそかに殺して以来、宝玄仙の監視がなにもなくなるのは初めてだ。
やっとふたりきりだよ、宝玉……。
心の中の宝玉に語りかける。
返事はない。
たったあれだけのことでも、多くのものを背負ってくれる宝玉には負担だったのだろう。
力を使い果たして休んでいるみたいだ。
じゃあ、行こうか。
とりあえず、供を見つけないとねえ……。
また、語りかける。
やはり、反応はない。
それでもいい。
ひとりではないということを確認できるだけで満足だ。
それにしても、まずは供か……。
玄奘がなにかを勘違いしていて、淫紋の発作から免れるには、子宮に精を注ぐ必要があると思っていたようであり、しきりに膣への挿入を気にし、それさえ防げば大丈夫と確信していたらしいが、実際は快楽さえ与えてくれれば、前の穴でもいいし、後ろでもいい。
いや、精を注がれなくてもいいのだ。
宝玄仙が性欲を満足できればいいのだ。
相手は女でもいい。
いや、むしろ、女がいいだろう。
闘勝仙の淫紋は、同じ男から精を受け続けると、次第にその男に逆らえなくなる述式も混ざっている。
自慰で性欲を発散できない宝玄仙には、定期的に性欲を満たしてくれる相手はいるが、それは女であることが必須だ。
相手に支配される危険なしに繰り返し、快楽に耽っていられる。
女だね。
女の供。
ついでに、武辺もあれば最高か。
法術には長けるが、武術は宝玄仙はからっきしだ。術を使わなければ、むしろ弱い部類に入ると思う。
だから、連れの女奴隷には、性欲の相手だけじゃなく、護衛もさせたい。
いい相手がいるといいねえ……。
宝玄仙は、鼻歌でも歌いたい気分のまま、双叉嶺を西に向かう方向に進みだした。
すなわち、大勢の随行員たちが逃亡した方向とは逆──さらに、帝都から離れる方向に向かって……。
自由を噛みしめながら……。