※この作品はR-18です。

艶本西遊記   作:ドン・ドナシアン

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  8 七色の首飾りと金錦の反物

「あの怖ろしい魔獣たちをああもあっさりとあしらってしまうとは、皇都の法術師とはすごいのじゃな」

 

 嬰麗(えいれい)は大はしゃぎだ。

 当然かもしれない。

 ほんの少し前までは、まさに命を失う危機に陥っていたのだ。

 それがこの玄奘という法術師の出現により、一瞬にして退治されてしまい、いまはのんびりと馬車を進ませるだけの状況だ。この嬰麗がどれだけ旅の法師に感謝し、心服してしまったのかは、想像して余りある。

 魔獣の襲撃により負傷をした侍女たちや最初の護衛などは、沙那が投じた救難信号により駆けつけた県令の軍により保護され、この馬車そのものも、彼らの一部に保護されながら、城郭に移動中である。

 嬰麗もほっとしている様子だ。

 

 沙那は、馬車の前側の座席で嬰麗と玄奘が並んで談笑をするのを後ろの座席に腰掛けたまま、護衛として周囲に気を気張りながらも、ふたりの会話に耳を傾けていた。

 また、魔獣の襲撃前まで一緒に乗車していたふたりの侍女は、この場にはいない。

 彼女たちは、玄奘の法術の手当てによって最小限の応急治療を受け、流砂川で最初に被害を受けた五騎の護衛とともに、後で一緒にさがってくることになった。

 

 治療をしてくれた玄奘によれば、相手が法術遣いであれば、法術も通りやすく、簡単に治療が進むらしいが、彼女たちのように全く法術に無縁であると、かけた術のほとんどが発散してしまうため、うまくかからないものらしい。

 それでも、大変に苦労しながらも、外観のけがや折れた骨は治療してくれたのだから頭がさがる。

 

「まあ、運が悪かったんだろうねえ。瘴気を力の根源にする魔獣は、滅多には瘴気源からは離れないものだけど、お前の身体に宿る法術の肝に反応しちまったんだろう。まあ、これからは気をつけるんだね。霊力の発散を消してしまう術具を身に着けることを勧めるよ。」

 

「えっ、それはどういう意味なのじゃ?」

 

 嬰麗がきょとんとなっている。

 だが、それは沙那も同じだ。

 いまの玄奘の言葉によれば、魔獣は嬰麗のなにかに引きつけられて寄ってきたということだろうか?

 

「どういう意味もなにもないよ。お前、能力は低いけど法術を使えるだろう? 魔獣が人を襲うのは、法術を扱う人間の肝を口にするためだよ。連中は瘴気がないと生きられない。しかし、瘴気が身体に溜まりすぎても、それに身体が耐えられずに身体が破壊されてしまう。それを防ぐのが人間の肝なんだ。しかも、法術を扱う人間の肝は連中にとっては限りなく美味らしいよ」

 

 玄奘がけらけらと笑う。

 

「えっ、魔獣が法術を遣える人間の肝を喰らうと?」

 

「そうだね。でも、わたしくらいになると、今度は格の違いをやはり本能で感じるから近寄ってもこない。だから、連中にとっては、お前のようなちんけな法術遣いは、絶好の獲物さ」

 

 玄奘がさらに笑う。

 それはさておき、沙那も魔獣が人を襲うとき、そんな風に理由があり、また、法術を扱える者とそうでない者を区分しているとも知らなかった。

 なにしろ、もっと西の皇国の国教を越えた諸王国や、さらに西の瘴気が常続的に蔓延している魔域と呼ばれる人外地では、魔獣の発生など日常茶飯事らしいが、この鞏州(きょうしゅう)界隈では、魔獣の発生そのものが極めて珍しいのだ。だから、そんな生体など知られていない。

 

「えっ、わたしは法術遣いなどではないぞ。多少の法術具を扱えるくらいで……」

 

「馬鹿かい──。法術具を扱うには、そもそも、身体の中に霊力を溜めこめる性質が必要なんだよ。それを言ってんだよ。魔獣は本能的にそれを喰らうんだ。霊力を帯びた人間の肝には、連中が身体に溜めすぎた瘴気を中和する効果があるんだよ。まあ、悪いことは言わない。お前のような稚拙な法師もどきは、自分の霊力の統御もできないだろうから、それを隠す術具を常に帯びるようにしときな」

 

 玄奘が言った。

 霊力というのは、法術師が術を駆使するときに利用する大気に混ざる力の源のようなものと聞いたことはある。

 いまの話によれば、もしかして、魔獣は嬰麗が放出していたというか細い霊力の流れを感じて襲撃をしたのだろうか。

 だが、だとすれば合点がいくものもある。

 魔獣たちは、先程、侍女たちにも沙那にも見向きもせずに、まっしぐらに嬰麗の乗る馬車を置いてかけていた感がある。

 理屈は通じる。

 

「待ってくれ、法師殿。だったら、その霊力を隠す術具があれば、魔獣の襲撃は防げるのか?」

 

 嬰麗だ

 

「所詮は畜生だからね。絶対に襲われないという保障はないけど、まあ、かなり違うだろうね。ほかにも、護衛として侍らすなら、こいつみたいに、まったく霊力を帯びてない者をそばに置くよりも、法術遣いをそばに置くがいい。そうすれば、連中の本能で、法術遣いを先に襲撃するさ」

 

「な、なるほど」

 

 嬰麗がしきりに首を上下させる。

 沙那も、初めて訊く魔獣談義に、感嘆して耳を傾けている。

 

「なんだったら、わたしが贈り物をしてやろうかい? 法術具とはいっても、専門の法術師が術を駆使して作成しなければならないし、法術師が溢れている皇都のような場所ならともかく、こんな田舎じゃあ、法術具を作れる法術遣いを探すだけでも手間だろう?」

 

「おお、それは願ってもないことじゃ。玄奘殿のような高名な法師に力を貸してもらえるなら、それに過ぎるものはない」

 

「いいさ。これもなにかの縁だろうしね……。ただし、これでも皇都じゃあ名の知れた法術遣いだ。まさか、ただ働きさせるつもりじゃあないだろうねえ?」

 

「おう、もちろんじゃ。助けてくれたご恩もある。それに報う礼金は必ず支払う」

 

「いや、金はいい。いや、旅に路銀は必要だから、いらないことはないが、さっき、どんなことでも礼をすると、お前が口にしたのは覚えているかい、嬰麗?」

 

「覚えておる。忘れてなどおらん。わたしでは力が不足することなら、必ず、お父様に相談して……」

 

「いやいや、実は、見てわかるとおりに、わたしは旅の途中でね。実は護衛を探しているんだ。腕の立つね。でも、男はだめさ。理由があってね。とにかく、腕が立って、見てくれがいい女……。ついでに、ちょっとばかり気が強いのがいいかな。難儀な旅になるのはわかっているから、ちょっとやそっとじゃ心が挫けないだそうし、そもそも、気が強い方が面白い。調教のしがいがあるからね」

 

 玄奘が笑った。

 いま、調教と言った?

 聞き間違い?

 

「……つまり、護衛を欲しておる……ということか、法師殿?」

 

 嬰麗が訊ねた。

 

「そういうことだ。ついては、後ろにいるこいつを欲しいね。いい身体しているし、なかなかの美女じゃないかい。こいつを奴隷にして連れていく。わたしに寄越しな、嬰麗」

 

「はああ、沙那を? だめじゃ、だめ──。それだけは、だめじゃ。沙那はわたしの忠義の護衛だ」

 

 嬰麗が驚いた声をあげた。

 もちろん、沙那も唖然としてしまった。

 

「そう言うんじゃないよ。代わりにいい物をやるさ」

 

 すると、玄奘が空中から物を取り出すようにして、金属の細い鎖を無造作に取り出した。

 法術だ──。

 沙那は咄嗟に思った。

 

 弱水のような地方では、高位の法術使いなどと接することはほとんどないが、書物によれば、能力の高い法術師は、位相空間に自在に物を収納したり、取り出したりできるという。

 旅の途中のようこの玄奘が全く荷を持っていない理由は、これなどだと思った。

 それはともかく、玄奘が取り出したのは、ただの鎖細工ではなく、小指の先ほどの宝石がついている首飾りだった。

 しかも、七つの石がある。

 沙那は息を呑んだ。

 石そのものは小さいものの、見事な細工であり、信じられないくらいの美しい光沢を放っている。

 

「ただの首飾りじゃないよ」

 

 玄奘が嬰麗にそれを手渡す。

 すると、蒼白い光が首飾りに走り、光る液体のように輝く飾りとなった。

 しかも、さらに宝石が七色に次々に輝きだす。

 

「うわっ、これは」

 

 嬰麗の眼が大きく開かれるのがわかった。

 そして、うっとりとその不思議な首飾りに見入っている。

 

「ただの石じゃない。このわたしがひとつひとつに加護を込めた。魔獣避けの加護もあるし、肌の美しく保ったり、髪の艶を整えたり、多少の毒なら耐性も発生する。この世にふたつとない宝物だよ。沙那をくれるなら、それをお前にやるよ」

 

「沙那、頼む──」

 

 すると、嬰麗が相好を崩したまま、いきなり沙那に顔を向けた。

 

「た、頼むってなんですか。冗談じゃありません」

 

 沙那は声をあげた。

 

 

 *

 

 

「このような弱水(じゃくすい)の片田舎で、玄奘殿のような高位の法師様の訪問を受けられるとは、まことに恐悦至極。しかも、我が娘の命もお助け下さったとのこと。感謝の言葉もありません」

 

 県令の屋敷で行われている宴である。

 上機嫌の県令の横で静かに酒と食事を口にしているのは、今夜の宴の主役である玄奘である。城郭の外に出ていた県令は、娘の嬰麗の遭難を耳にして驚愕して戻り、その命の恩人である玄奘に手を取らんばかりに感謝の言葉を並べるとともに、さっそく宴の指示をしたのである。

 同席するのは、県令府で勤務する高位高官の者たちであり、ほとんど準備する暇もなかった思うが、県令の指示でできる限りの饗応が支度されたと思う。

 楽器を鳴らす男女も集められ、陽気さを誘う音楽も流れている。

 県令は、遠い皇都から取り寄せたとっておきの敷物に玄奘を座らせ、自ら給仕をするように玄奘の盃に酒を注ぎ、肉を切っては玄奘の前に並べたりしている。

 酒の席であるということで、嬰麗は参加させてないが、代わりのように呼び出されたのが沙那である。

 玄奘が沙那を旅の護衛として連れて行きたいと強請ったことは、すでに父親の県令に伝わっているらしく、沙那もまた、玄奘の接待として横に侍るように呼ばれて、いま、もてなし女として玄奘の前に話し相手として座っているというわけだ。

 

 ……とはいっても、沙那は武人であり、本来は護衛だ。

 宴席の接待とはいっても、なにをしていいのかわからないし、そういうことに気のまわる性質ではない。ただ主命であるので、黙って大人しく玄奘の酒の世話をしているだけである。

 また、おそらく玄奘は、女性であると思うのだが、玄奘という名乗りが男名であることから、少なくとも嬰麗は、玄奘が男性だと認識していると思うし、父親の県令もそうであると思う。

 だから、県令は玄奘が沙那を女として気に入ったのだと勘違いをして、こうやって接待役として指名をしたのだろう。

 

 しかし、沙那は、すでに目の前の玄奘が、実は女であることは確信している。

 なぜ、男名を使っているのかは知らないが、多分、間違いないと思う。

 沙那も武芸者の端くれであり、ちょっとした仕草であるとか、醸し出す気の違いで性別の判断はできる。おそらく間違いない。

 そもそも、声が女だ。

 

 玄奘は、自分が女だとわざわざ言わないだけで、ただの一度も、男だと口にしてはいない。

 ただ、相変わらず、顔の下半分を布を垂らして隠していることから、周りには顔の全部が見えないので、それもあり、誤解が続いているのだと思う。

 

「……ところで、玄奘殿は、この沙那を護衛として欲したとか……」

 

 やがて、しばらく、会話を続けてからのことだ。県令が思い出すように、玄奘に訊ねてきた。

 自分のことであるので、沙那もどきりとなる。

 

「ああ、言ったね。この沙那を所望だよ。ただし、女奴隷として連れていく。わたしは奴隷しか信用しない。裏切られるのが嫌だからね」

 

 玄奘が平然を言った。

 

「だが、この沙那は、嬰麗の護衛をさせているが、元々、千人隊長を務めるほどの女将校でなんの咎もないのに奴隷になど……。それに、娘の嬰麗のお気に入りで……」

 

「ふん、その嬰麗は承知だよ。沙那さえ承知すれば、好きにしていいとさ。とにかく、その嬰麗はどんなことでも礼をすると言ったよ。言葉を翻すならそれでもいいけど、その代わり、弱水の県令は恩知らずの嘘つきだと、あちこちで言いふらしてやるからね。覚悟しときな」

 

 途端に玄奘が不機嫌になる。

 それにしても、随分と感情の起伏が激しいし、まるで子供のような我が儘な物言いをするものだと思った。

 まあ、嬰麗もそうだが……。

 そして、玄奘が嬰麗が沙那を手放すことを承知したというのも事実である。

 あの不思議な首飾りを渡されたあと、嬰麗はあっさりと沙那を玄奘に引き渡すことに同意した。

 沙那が承諾すればという条件ではあるが、いとも簡単に沙那を奴隷にして引き渡すことに応じたのである。

 愕然とするとともに、これまでの忠義に対する仕打ちがそれだと思うと、内心で非常に憤慨してしまった。

 

「待ってくれ、玄奘殿、嬰麗が承知とは知らなかった。ならば、話は早い。沙那よ、この玄奘殿の奴隷になってくれまいか」

 

 すると、県令が急に沙那に話を向ける。

 この話が持ちあがってから、初めて沙那の意思を確認されたと思ったが、それに対する答えは決まっている。

 

「冗談じゃありません。はっきりと申しあげますが、わたしは奴隷になるつもりはありません。また、奴隷ではなく、護衛として玄奘様に仕えるということであってもです」

 

「いや、さっきも言ったが、わたしは奴隷しか信用できない。わたしの供になる以上、お前が奴隷になるのは絶対だ。それは譲れないね」

 

 すると、玄奘が沙那の言葉を遮って言った。

 さすがに、ちょっとむっとなった。

 

「ならば、承知できません。そもそも、なぜ奴隷にならなければならないのです。わたしは罪人ではないのですよ」

 

 沙那も憤慨して言った。

 すると、玄奘がちょっと怪訝そうな目つきになった。

 

「罪人? もしかして、この辺りでは、奴隷になるということは、罪人でしかないということかい?」

 

「まあ、一般はそうですな。あるいは、借金奴隷です。皇都ではそうではないのですかな?」

 

 県令が口を挟んできた。

 

「まあそうだけど、わたしのように、高位の法術師の奴隷になるというのは、少し異なる意味合いもある。なにしろ、高位法術遣いの奴隷になった場合、隷属に伴う法術の結びつきができて、大なり小なり、術者としての能力が底上げされることがある。能力に欠ける術師が手っ取り早く実力を向上させる手段としても知られている。だから、むしろ、わたし程になると、進んで奴隷になりたがる者も少なくないんだよ」

 

 だが、玄奘は県令ではなく、沙那にはっきりと視線を向けている。

 沙那も困惑するしかない。

 

「……とはいっても、わたしは法術遣いでもありませんし、底上げもなにも、わたしには、術を使うような能力はありませんし……」

 

「いや、そんなことは気にしなくていいんだ。実際のところ、わたしはお前のことが気に入ってんだよ。護衛としてはとんでもなく腕も立ちそうだし、美人だしねえ。仕込みがいがあるってものだ」

 

「し、仕込みがいって、なんですか……。とにかく、嫌です──。あっ、すみません……」

 

 思わず、素で拒絶してしまって、慌てて沙那は謝罪する。

 

「なあいいじゃないかい。どうせ、あんなちんけな娘の護衛なんて、うだつも上がることもないさ。そもそも、あんな宝物ひとつで、あっさりとお前を手放す恩知らずだよ。そうだ。県令、この沙那を譲ってくれれば、お前にもいいものをやる。貰い物だけど、興味がなかったから放っておいたが、県令ともなれば、こういうものも持ち物としていいんじゃないかい?」

 

 すると、突然に玄奘が横の空間に亀裂のようなものを発生させ、宙から取り出すように、反物を取り出した。

 またもや、位相術である。

 そして、玄奘が今度に取り出したものは反物だった。

 反物はとても美しい黄金色をしていて、さらに虹を帯びたように金地を貴重としながらも、帯びる色がゆっくりと変化もしている。

 さっきの首飾りに似ている。

 見ただけで、非常に貴重なものだとわかるし、これもまた、なんらかの加護がこもっているのではないかと思った。

 

「金錦の反物さ。ただの布じゃないよ。これで衣服を作れば、あらゆる災難に遭いにくくなるし、病も防げる。これを沙那と交換にやろうじゃないかい。だから、こいつを譲りな、県令」

 

 玄奘がにこやかに、県令に笑いかけた。

 

「こ、これはすごい──。おい、沙那──」

 

 県令の目の色が変わったのがわかった。

 そして、沙那を睨むように目を向ける。

 

「おい、じゃありません。奴隷だなんて、絶対にお断りです」

 

 沙那はきっぱりと言った。

 親娘そろって、なんということを……。

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