※この作品はR-18です。

怪人闇鍋シリーズ   作:プニたけっち

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本来これは怪人闇鍋シリーズとは無関係の作品でしたがフレーチェが関わっているため『小人怪人フレーチェ』の前日譚として投稿したいと思います。フレーチェが出てくるのは後編ですが、まずは前編を投稿します。


六.前編 最強勇者の破り方

ある日、ドッコイ王国は突如現れた魔族によって窮地に立たされていた。

 

王国も軍を派遣したが、多種類の魔族に対応が取れず負けはしないが勝てもしない…痛み分けの状態が続いている。

 

しかし、そんな時神のお告げにより勇者が現れた…否、選抜されたといった方が正しい。

 

勇者は普通の一般家庭で育った農民であった。

決して貴族だとか伝説の勇者の子孫だとか、そんな大層な生まれではない。

 

勇者の選抜は代々、神によって選ばれドッコイ王国の王や神官達にお告げとして伝達される。

 

勇者となった者は例外なく強力な力や恩恵が与えられる。

 

その恩恵とは、『神から与えられた使命を全うできずに寿命以外で命を落とした場合、所持金を半分にすることで復活する』というものである。

これは強制発動であり、勇者に拒否権は無い。

 

 

そしてもう一つ…絶対的なルールとして、勇者は一人しか存在しない。神が選んだ、ただ一人の人間だけが勇者なのだ。

 

 

つまり…勇者とは神や王国の奴隷のようなものである。

 

 

勇者に選ばれた農民、マックスは無理矢理王都に連れていかれると、勇者の使命だとか色々言われたが興味は全く無かった。

むしろ、早く帰って畑を耕し母さんに楽をさせたいとしか考えていない。

 

一応交換条件として実家に援助をしてくれると約束されたが、その実態は人質…母に何かされたくなければ、さっさと魔族を滅ぼしてこいと言っているのだ。

 

マックスはやむを得ず承諾し、王国によるスパルタ訓練を課せられたのだ。

 

剣など握った事など無いマックスは戦えない…しかし王宮騎士団による訓練は凄絶なものだった。

 

血反吐を吐いてもやめさせてもらえない…しかしマックスに逃げなど許されなかった。母が人質なのだから。

 

そんなマックスだが、神から与えられた戦闘能力は歴代最高と言っても過言ではなく、あっという間に王宮騎士団を正面から倒せる程の力を手に入れたのだ!

 

それから人類の反撃が始まった。

 

鉄砲玉扱いとなったマックスは次々と魔族の将軍を倒していく…

 

筋肉将軍マッスル。

妥協将軍ジャナイ。

絶望将軍シチナンハック。

堕落将軍キラーク。

 

四大将軍を次々と倒したマックスはどんどんレベルが上がり強くなる。

 

もはや敵の総大将である、『魔女ベアトリーチェ』の撃破も時間の問題だろうと民は希望を持ち、同時に浮かれていた…王宮の者達も内心勝利を確信していた。

 

勇者のレベル99。

これは人類史上初の数値であり、魔族を含めてこれ以上のレベルはないのだ。撃破した四大将軍も50前後がいいところなのだ。

 

ベアトリーチェのレベルがどれだけ高くても、今の勇者なら勝てる。そう思っても不思議ではない。

 

 

……ではないのだが、ドッコイ王国の面々は忘れていた。

勇者とて人間、必ず弱点はあるのだ。

 

そして、勇者に仲間はいない。強いんだし、美しい女騎士等は王都にいて士気向上にあてようとか、自分たちの妾にしようなどとナメた考えが王宮で蔓延していた。

 

勇者一人に何でもかんでも任せすぎた代償はもうすぐ支払う事になる…

 

※

 

マックスは王都から遠く離れた寒村、故郷に戻って来た。理由は簡単で、最終決戦を目前に控えた為母に会いに来たのだ。

 

「マックス……っ ! ? どうしたの急に ?」

「久しぶりだね、母さん。何だか、その……母さんに会いたくなって、会いに来たんだ」

 

マックスはまだ12歳、まだ母離れできない歳だった。そして母、メリッサも……

 

「美味い、美味いよ母さん ! やっぱり母さんの料理が一番だよ ! 」

「大げさよマックス。王宮にいるのだからもっといいものが食べられるでしょう ?」

 

母の手料理をべた褒めするマックス。たとえどんなに素晴らしい料理でもお袋の味には勝てないのである。

そして王宮の話になるとマックスの顔が曇る。

 

「……王宮での生活は地獄だよ……騎士たちからは殴られ切られ、やめてくれって言っても、世界を救う為だ、泣き言を言うなって言って何度も……」

 

愛するわが子の壮絶な話に言葉が出ない。メリッサにはただマックスを抱きしめる事しかできなかった。

 

「マックス……マックスっ ! がんばったね……!」

「母さん……まだ終わってないんだ。まだ魔女が、総大将ベアトリーチェが残ってる……でも、倒したら俺勇者の責務から解放されるんだ。また暮らせる、一緒に暮らせるんだ」

 

泣きながら息子を抱きしめるメリッサと決意を見せるマックス。

 

親子の団欒は夜遅くまで続いた。

 

 

先に書いておくが、仮にベアトリーチェを倒せたとしてもマックス親子が望む未来は与えられない。

国王や貴族の手によって勇者マックスは鉄砲玉継続、メリッサは暗殺されマックスの心を殺す材料として扱われる。

……控えめに言ってもクソ野郎どもである。

 

*

 

その日の夜、マックスは不思議な感覚に襲われた。心地よい浮遊感に包まれていた。

 

(なんだ、これは……魔術のような……魔術 ! ?)

 

マックスが気がついた時にはもう遅かった。マックスは、否、マックスの精神体は風船のように空中でプカプカ浮いていた。

さらに横にはメリッサも同じ状態で浮かんでいた。

 

唯一違うのは、メリッサに意識が無い事だけであった。

 

「グッドイブニーング ! 素晴らしい夜ね」

 

いつのまに現れたのか、椅子の上に一人の女魔族が座りくつろいでいた。

 

「魔女ベアトリーチェ ! ? 何故ここに ! ? 」

 

マックスが驚くのも無理はない。敵の総大将が自分の家にいるのだから……

 

「まあまあ、すぐわかるから。それより要件を済ませましょ ? まずはこれ」

 

ベアトリーチェは胸から一つのビー玉サイズの赤い宝玉をテーブルに置いた。

 

「ベアトリーチェ、一体何の真似……待て、母に何をするつもりだ ! ?」

 

「少しお休みになって頂くだけよ、私の義母様になる方ですもの、大事にしなきゃ」

 

ベアトリーチェはメリッサの精神体を軽くテーブルに押しだした。するとメリッサは宝玉の中に吸い込まれていった。

 

「さあ勇者マックス、あなたはこれから生まれ変わるの」

 

「ベアトリーチェっ、何をする、やめろ ! 」

 

ベアトリーチェはマックスの精神体を指でつんつんと突っつく。するとマックスはメリッサの肉体に押し込まれてゆき、どんどんと肉体に吸い込まれ、上半身は既に取り込まれている。

 

「 ……! ?」

 

「何を言ってるのか聞き取れないわぁ、ああ、もうあなたは肉体にほとんど入ってるから声が出せないのね。大丈夫よ、あなたには危害は加えないから。それよりも感謝することになるわ。もう戦ったりしなくてよくなるのだから」

 

ベアトリーチェの笑い声がマックス親子の家に響き渡り、ついにマックスの精神体はメリッサの肉体に取り込まれた。

 

 

「オッケー、さ、家ごと撤収よ。あ、あなたの名前はこれからマッキーよ」

 

ベアトリーチェは高度な技術が要求される筈の転移魔法をマックスの自宅に展開、村から家が一軒消え去った……。

 

*

 

「……っ ! ? 」

 

マックスはベッドから飛び起きる。周りには見慣れた家具……見慣れた自宅が目に入った。

 

「 昨日と同じ ? そんなはずは……何だか身体が重い……どうしてしまったんだ俺は ? 」

 

マックスは奇妙な違和感に気が付く。自分の身体がやけに重いのだ。関節は固く身体もギシギシ鳴る。

 

そしてマックスが最も会いたくない人物がここに一人……

 

「いやっほー、義母様、ごきげんいかが ? 」

 

「ベアトリーチェ ! ? やはり貴様の仕業か ! それに義母様とは一体何のことだ……俺の声……っ ! ?」

 

マックスはここでようやく自身の異常に気が付いた。いや、気が付きたくなかった。

 

「おめでとう、元マックス。あなたの戦いは先ほど終わったの。もう剣を握る必要は無いわ。これからは長生きするためにリフレッシュをするのよ」

 

「……っ幻覚だ、そうに決まってる。そうでなければ俺は、俺は……」

 

母さんになってなど ! !

 

マックスの……メリッサの大声が家中に響き渡る。

 

鏡など必要ない。マックスはわかっていた、今の自分は母であるメリッサになっていると。

 

「理解が早くて助かるわ、元マックス。そうよ、あなたは先ほど生まれ変わったの。私の義母、そして私の夫マッキーの母としてね」

 

ベアトリーチェが手招きすると一人の男が家に入ってくる……それはまぎれもなく勇者マックスその人であった。

 

「お、俺の身体が……ベアトリーチェ、何をした ! ? 」

 

「あらあら義母様、さっそく新婚の妻をいじめるのですか ? 私はこんなにか弱いのに……」

 

メリッサは接近するベアトリーチェを相手に殴りかかろうとする。だが、あっさりとベアトリーチェのしっぽにからめとられる。

 

「くそっ、放せ ! 」

 

「義母様、無理はいけませんわ。あなたは『ただの村人』なのですから。おまけに……」

 

ベアトリーチェはメリッサを大の字に固定し、そのまま魔法で出した大きな鏡の前に連れて行った。

 

「ご苦労されたのですね。せっかくの美貌が台無し……肌は陽の光で焦げ、水分不足でかさつきもひどーい。爪も割れてボロボロ、あらあら目元に小皺が……マッキーを育てるのに自分を犠牲してきちゃったのね」

 

「……母さん……くっ ! 」

 

ベアトリーチェはメリッサの身体を入念にチェックする。

本物のメリッサならば気にも留めなかっただろう。息子を一人前の男に育て上げた証である。誇りではないわけがない。

 

だがメリッサことマックスは次々と母の身体の感想を伝えられ悔し涙をながした。

その涙はベアトリーチェに手も足も出ない事からなのか ? それとも母に苦労をかけてしまった事による涙なのか ? メリッサにもよくわからなかった……

 

マックスの父親は遊び人でいつも酒に溺れてメリッサや幼いマックスに暴力を振るっていた。

 

そんな男が長生きできるわけもなく、酔っぱらっていた所を野盗に襲われ命を落とした。

 

結局メリッサは女手一つでマックスを育て上げたのだった。

 

*

 

さて、ベアトリーチェは何も趣味だけでこんな状況に持って行ったわけではない。一応作戦である……一応。

 

「義母様ぁ、実はお宅のマッキー君と私、結婚しようと思いまして。その前に義母様のケアをしようと思いますの」

 

「ケア…… ? い、いや、マッキーとはまさか ! ? 」

 

「その通り、あなたの愛する息子である勇者マックス、私は親愛もこめてマッキーと呼んでいますの」

 

何の冗談なのだ……魔族と結婚 ?

 

メリッサは理解が追い付かなかった。

 

「ですが、今の義母様は心も身体もボロボロ。これでは結婚式などできません。そこでっ ! この私が義母様をコーディネートして差し上げますわ ! というわけでレッツゴー ! 」

 

メリッサが混乱している隙を突きベアトリーチェは再度転移魔法を唱える。

 

向かった先は、何故かベアトリーチェの城にある大浴場だった。

 

「ぷはっ、こ、ここは一体 ! ? 」

「私専用の大浴場ですわ。まずは義母様の身体を綺麗にしなくては……私は次の準備があるのでこれで。あ、要件はゴーレムに伝えてください」

「ま、待て ! ……くっ、そこをどけ ! 」

 

メリッサは退室するベアトリーチェを追いかけようとしたが、ゴーレムに邪魔され身動きが取れない。

 

「メリッササマ、オモドリクダサイ」

 

メリッサには再び湯に浸かる事しかできなかった。メリッサの装備は無い。いつの間にか服が無くなって生まれたままの姿になっている。

 

どうすれば……と考えていたが湯加減がちょうどよい為、メリッサは自然と手足を伸ばしていた。メリッサは自覚が無かったが、彼女の肉体は疲れ切っており休息を欲していた。

 

ベアトリーチェの企みをこれ以上推測する事ができず、メリッサは広い風呂を楽しんでしまっていた。

 

「母さん、身体を流すよ」

 

「っ ! ? 俺 ! ? 」

 

浴室に突然入ってきたマッキー。当然ながら驚くメリッサだが事態は彼女を置いてきぼりにしていく。

 

「母さんには今まで苦労をかけたから、これからは親孝行しようと思うんだ」

 

「な、なんで俺の身体が……いや、目を覚ませ ! ベアトリーチェに操られるな ! 聖剣を手に取って戦え ! 」

 

メリッサが叫ぶ。大浴場にメリッサの声が反響して響き渡る。全裸の息子と母親が対峙し、次第にマッキーの顔に陰りが生じる。

 

「母さん、俺……もう戦いたくないんだ。辛いことだけだったし、ベアトリーチェと結婚して母さんを助ける事ができればそれでいいと思うんだ……」

 

そんなわけがない、罠だ ! とメリッサは叫ぼうとしたが、その前にマッキーが声をかけた。

 

「母さん、俺が戦うの反対だったよね ? 王都から兵士が来た時もかばってくれたよね ? うれしかった……だから母さんだけは何としても助けようと思って、今ここにいる。だから……」

 

 

 

『母さんは自分を守って。生き延びて。自分を美しく磨いて、いつまでも綺麗な母さんでいて』

 

 

 

「マックス……」

 

メリッサはマッキーの目を見てしまった。彼の目が魔族のように紅くなっていたことに気づけなかった。

 

メリッサの目はのぼせたかのようにトロン……と虚空を見ていた。

 

*

 

浴場で息子とゴーレム達に隅から隅まで身体を洗われたメリッサは息子にお姫様抱っこされ、別の部屋へ運ばれた。ちなみに、マッキーは服を着ていたがメリッサは身体を拭かれはしたものの全裸のままだった。

 

まだボーっとしているメリッサをマッキーはベッドに置いた。

 

「よしよし、汚れは取れて義母様はお休み中のようね。カモン、ゴーレムメイド達」

 

ベアトリーチェの言葉によって、数体のゴーレムが並ぶ。浴室と今ここにいるゴーレムは戦闘用のゴツゴツした形状ではなく、ロボットのような流線形をしていた。

 

ベアトリーチェはメリッサの耳元で囁く……魔力を乗せてメリッサの心を作り変えていく。

 

『義母様……よく聞いてください、心にしっかりと刻み込んでください。義母様は怒ってはいけません。それだけ余計に力を使いますし目じりの小皺が増えます』

 

『義母様は毎日スキンケアをしてください。ゴーレムがお手伝いしますから大丈夫。絶対に魔女ベアトリーチェと戦おうなんて考えてはいけません』

 

『義母様は美しいボディを維持する為に毎日しっかり運動をしてください。お肉を必要な所につけて、不要なお肉はそぎ落としましょう。義母様に必要なのは戦う為の筋肉ではなく、踊り子のような、しなやかなに動ける肉なのですから。その身体は資本であり武器なのです、絶対に安く見せてはなりません』

 

『義母様は昔の頃に関しては忘れるようにしましょう。大事なのはこれからなのです。あなたは女……昔から……目の前にいるマックスはあなたの息子……そしてあなたは私の義母でありマックスの実母メリッサなのです』

 

*

 

ゴーレム達はベアトリーチェが囁いている間に作業をしていく、

 

メリッサの全身にくまなくベアトリーチェ特製の香油を垂らしもんでいく。メリッサの身体は長年の苦労によりボロボロであり、どちらにしてもあまり長生きはできない状態だった。

 

そこへゴーレム達のメンテナンスが入る。

 

荒廃した肌に命の水が浸透し、肌が活性化する。

 

苦労の証拠である皺は次第に消えていき、実年齢よりも若く見える。

 

疲れ切った髪は艶を取り戻し、白髪は元の茶髪に変化した。

 

ボロボロに欠けた両手足の爪は次第に整えられていく。そして薄いピンク色のマニキュアが塗られていく……

 

最後に、本物のメリッサの魂が眠っている小さな宝玉はさらに小さく二つに分かれ、メリッサの身体に近づいた。そしてピアスのように両耳へはめられた。

 

メリッサはまだ歳が今年で28 まだまだこれからの年齢である。

 

実年齢以上に見えたその姿は、今や逆に若々しく生まれ変わった !

 

その姿は20代前半、まだ10代後半に見られてもおかしくない程である !

 

「あらまあ、これ程とは。素材はいいと思ってたのだけどねえ」

 

ベアトリーチェは思わず称賛の声を上げる。そして……

 

「義母様 ! グッモーニン ! 」

 

「 ! ? 」

 

虚ろな目をしていたメリッサが正気に戻る。

 

「あっ ! ? 」

 

「おっと」

 

脚の裏にべっとりついていた香油によって滑ったメリッサを抱きかかえるマックス。

 

その様子はまるで、物語の主人公とヒロインのようだった。

 

「あ、ありがとう、マックス。おかげで転ばなくてすんだわ」

 

「母さんがけがをしなくてよかったよ」

 

メリッサはすっかり女口調になっていた。

 

「危なかったですわぁ義母様。私の事を許してくださる ? 」

 

「? ええ、ベアトリーチェは悪くないもの」

 

「うれしいわ義母様 ! 今日は私がダンスレッスンをしますわ。義母様はその身体をもっと活かすべきよ。もっと磨き上げなきゃ」

 

「そういえばまだあなたのレッスンは受けてなかったわね。お願いするわ、ベアトリーチェ」

 

「ふふ、あと、そのピアスはプレゼントですわ。だーいじにしてくださいね」

 

嫁と夫と姑が仲良く部屋を出る……端から見れば異様な光景だろう。人間と魔族なのだ。しかし、完全に術にかかったメリッサは、今の状況が正しいものだと認識させられたのである。

 

*

 

1週間が経過した。

 

人間側は勇者が実家ごと消えたという衝撃の事実に驚きを隠せなかった。探そうにも手掛かりは一切無し。実母のメリッサも行方不明となり、王宮はお手上げ状態となった。

 

さらに魔族が進行を再開し騎士団は迎撃に向かわざるをえなくなってしまい、勇者捜索どころではない。しかし、まだ王宮にはまだ戦勝ムードが残っていた。勇者失踪を隠したためである。

 

この時点で非常に危険な状態なのだが、王宮はいまだ有効な策をだせなかったのである。

 

 

続けてベアトリーチェの居城では……

 

「脚を上げてターン ! 次にステップ ! 義母様、キレが悪いですわよ ! はい、はい、はい、はい ! 」

 

「はあ、はあ……くっ、身体が……まだまだ ! はい、はい、はい、はい ! 」

 

ベアトリーチェのスパルタトレーニングにくらいついていくメリッサ。

 

人間側の動きを嘲笑うかのようにベアトリーチェはメリッサのトレーニングに取り組んでいた。

 

メリッサの一日はこうである。

 

朝早く起床後にジョギング、朝食を済ませてからダンストレーニング、昼食後に勉強とお昼寝をしてから再度ダンスの練習。夕食後にエステと入浴後に就寝。

 

だいたいこのような流れである。

 

メリッサは毎日のように術と睡眠学習をかけられ、今の状態が異常事態だとはもはや考えられなかった。

 

メリッサの頭にあるのは、とにかく自分の身体を磨き上げ、美しくなることであった。少なくとも勇者の使命など欠片も残っていなかった。

 

ベアトリーチェはメリッサの様子を見てほくそ笑む。

 

そして計画の最終段階に入った。

 

*

 

「聞きなさい、魔族の諸君。勇者無力化計画は成功したわ。勇者の肉体はここに」

 

ベアトリーチェは横に手を伸ばす。そこには鎧を身にまとったマッキーがいた……

 

「そして、勇者の精神は義母様の中に。義母様 ! カモン ! 」

 

カツ、カツとヒールを鳴らしながら扉を開けてメリッサが大広間へ入ってくる。踊り子が着る服を身に纏っているが、その佇まいはまるで一国の女王のようだった。

 

メリッサは無言で舞台の上に上がり、ベアトリーチェの横に立つ。

 

「この通り、勇者は二つに分かれた。肉体と精神、この状態であれば勇者になにかがあっても絶対に蘇生できない。後は数で押しつぶす。新生四将軍よ、手筈通りに動きなさい。行け ! 我が軍勢よ ! 」

 

 

魔物の雄たけびとともに大軍が出ていく……静かになった大広間にはベアトリーチェ、マッキー、メリッサのみ残っていた。

 

「うーんいい眺め。勇者さまぁ、どうですかぁ ? 大好きなママの身体は ? もうすっかり慣れちゃったわねぇ?

あなたのボディは私と相性抜群 ! これなら子どもの生まれる日も近いわねぇ ? 」

 

ベアトリーチェはマッキーにしなだれかかり、マッキーはベアトリーチェを支えていた。

 

メリッサは直立不動のまま虚空を見つめる。

 

「義母様、あなたは安全地帯で魔物にダンスをしてあげながら過ごしなさい。今まで通り、剣ではなく腰を振りなさい。踊り子さん……んふふ ! 子どもができたらおばあちゃんとして子育てに協力してくださいね」

 

ベアトリーチェはメリッサと、彼女のピアスに向かって声をかけた。

 

メリッサのダンスは聖なる力となり、魔物に力を与える。魔物に回復魔法が正常に働くように、聖なる力はいわゆる補助呪文の役割をはたしているのである。

 

*

 

ベアトリーチェの作戦はこうである。

 

『神から与えられた使命を全うできずに寿命以外で命を落とした場合、所持金を半分にすることで復活する』

 

勇者にこの恩恵がある限り、魔族に勝ち目はない。

 

では、どうする ? 簡単である。

 

 

『戦わなければいい』のである。

 

 

倒せば復活する。なら勇者を徹底的に無視したい。しかし勇者は驚くべき速度でこちらの戦力を削ってくるし、うかつに手を出したら火傷どころではすまない。

 

そこでベアトリーチェは四将軍を『捨て駒』にし、勇者の事を徹底的に調べ上げた。

人間側の腐敗と勇者の現状を知り、簡単に切り離せると考えた。

 

勇者の実母であるメリッサを利用し、二人の精神体を引きずり出し、勇者の無力化に成功した。

 

『勇者が戦いの場に、絶対に出てこない』

 

これが重要なのである。

 

さて、この状態でマックスとメリッサが命を落としたらどうなるのか ?

 

それは『わからない』

 

ここまで来て博打に出るくらいなら、二人を争いから遠ざけて勇者不在の人間共を始末した方がよい。

 

勇者の肉体はベアトリーチェが魔術で支配。精神は実母の肉体を守る為にトレーニングとレッツダンシング。

 

勇者の精神体は力を残しており、これを利用できないかとベアトリーチェは考えた。そこでダンスをさせてみたら効果覿面。魔物に一時的ながら力を与えていたのだ !

 

本来はメリッサを早死にさせないようにさせていたものだが、これは嬉しいご誤算だった。

 

勇者は本体も精神体も、毎日剣ではなく腰を振りまくるのだ。

 

*

 

人間の国は十字の形をしている。

 

四つの国が東西南北を固め、交差する場所に中央の国である王都があるのだ。

 

新・筋肉将軍マッチョ。

新・妥協将軍イイン。

新・絶望将軍カンナンシンク。

新・堕落将軍クラッシュ。

 

戦力をそろえた魔族は四つの国を同時攻略。主力となる女将軍達は王都に戻されていた為前線にはいない。

 

わざと中央の王都へ逃げさせ籠城せざるを得ない状態にさせた魔族は四将軍の特殊能力を発動させる。

 

マッチョは人間の消費カロリーを増幅させ食料不足に。

 

イインは人間から正確性を失わせ、壁の修理や武具の点検等を適当に済まさせるようにした。

 

カンナンシンクは人間に悪夢を見せ睡眠不足にし正常な判断力を失わせた。

 

クラッシュはダメ押しとして、負けてもいいやと人間に思わせ心を腐らせた。

 

こうして王都は数日にして陥落。あっけない最後を迎えた。

 

全ての人間は勇者の名を呼び、そして最後まで恨み辛みを残して始末された。

 

当の勇者が後方の絶対安全地帯でダンスを踊り、魔物のパワーアップをしていたとも知らずに……

 

*

 

メリッサは生まれた孫を抱きかかえ、ぐずるマッキーとベアトリーチェの子どもをあやしていた。手慣れているが、それがなぜかはわからない。

 

身体が覚えていたのか、はたまたピアスに閉じ込められたメリッサ本人の意思なのか、全ては謎のままである。

 

「メリッササマ、オジカンデス」

 

一人のゴーレムがメリッサに声をかける。すると、メリッサの顔つきが変わる。

 

赤ん坊をゴーレムに預けると、廊下に控えていたメイド型のゴーレム数体を引き連れて部屋を出る。手早くドレス姿から踊り子の服に着替え、広場の壇上へ上がる。

 

その顔は優しい祖母の顔からプロの顔つきへと変わっていた。

 

壇上へ近づくごとに魔物の歓声が上がる。メリッサのダンスショーは魔物の娯楽となっていた。

 

自分たちを勝利へ導いた女神として。

 

 

途中で待ちきれなかった魔物が手を出したが、メリッサの手に弾かれ顔面を蹴られる。

 

「私の身体は安くない、次に手を出したらダンスショーは数年延期とする ! 」

 

メリッサの非常な宣言により魔物たちは固まる。しかしその直後に始まったダンスにより再び会場は熱気に包まれる。

 

メリッサがダンスの途中で出した光魔法は、魔物を倒すべき光魔法は舞台照明へと役割を変えており、メリッサの美しさをより際立たせていた。

 

魔物の女神メリッサの名は魔族の教科書に残り続けた。

 

 

人間が勝つはずだった戦いは魔族の勝利に終わる。神がどのように挽回するのか ?

 

しかし、神が自ら決めたルールにより干渉はできない。

 

『勇者は一人しか存在しない』のだから。

 

マッキーことマックスとメリッサ、二人のどちらかが存命の限り手は出せないのだ。

 

 

こうして、人類は衰退し魔族の時代が始まった。

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