勇者マックスが母メリッサと身体を入れ替えられ魔女ベアトリーチェの術中に堕ちていた頃、ドッコイ王国の北側では唯一現地に残った見習い女騎士フレーチェが必死に指揮を執っていた。
フレーチェは16歳、確かに騎士にはなれたが本来このような指揮が取れるような年齢でもなければ実績もない。
先日フレーチェには王都から帰還命令が出ていたが、それは彼女が美少女だった為であり能力は関係なかった。現地を守っていた騎士団は指揮官が戦死していた事に加え新たな魔軍の襲撃が始まる。
フレーチェは残された民や一般兵士を見捨てられず次々と帰還する他の女騎士達とは別に独断で命令無視、前線に残ることを決めた。すると現場で指揮をとれる騎士が若輩のフレーチェ以外にいないという、冗談みたいな事態が発生した。
そのためやむを得ずフレーチェが現場で前線指揮を行っているのだ。
勇者マックスが四大将軍を倒し、人類勝利を目前に控えた直前にマックスが行方不明となったことからフレーチェは嫌な予感がしていたが、残念な事にそれは的中した。
敵は戦力を整え直し、逆に攻め寄せてきてしまった。各地で戦力が足りず、王城にいる好き物達はまだ戦勝ムードだという事は噂で聞いていた。これで王都帰還を命じるものは底なしの馬鹿だとまでフレーチェは考えている。
「重装部隊は前へ、魔道士隊は後方で術式作成、広火炎弾を敵陣中央ヘ打ち込むのだ! 発射後、剣士隊で切り込むぞ!」
オオーッ! と味方の部隊が指示通りに動き、前線部隊が時間を稼いでいる間に魔道士隊の準備が整う。
「重装部隊後退! 広火炎弾発射!」
魔軍を一網打尽にできるはずの燃える岩石が天空より飛来する。
いつもならこれで勝てる筈なのだが…
『マッソー』
魔軍の全部隊がそう唱えると空中で岩石が爆発した。
「人間どもよ、武器の提供感謝するぞ! 者共、岩石の破片を敵陣めがけて投擲せよ!」
魔軍は新筋肉将軍マッチョの指示により次々と投擲攻撃を開始、筋肉ダルマの群れによる攻撃は恐るべき速度でフレーチェの部下達の命を奪っていく。
「くっ! 総員防御に集中せよ!」
フレーチェは指示を飛ばすが、重装部隊の盾を貫通してしまう程の威力である。この攻撃を耐えられるのは、最も防御力の高いフレーチェ本人しかいなかった。
「人間よ、最後まで逃げなかった貴様は称賛に値する。何より恐怖を押し殺しながら立ち向かおうとする精神!吾輩はお前が気に入ったぞ。褒美として例の試作魔法の餌食としてやろう」
「ただで負けてやると思うな…例え私一人になっても、民のもとへは行かせん!」
死を覚悟したフレーチェとマッチョの戦いが始まった…だが結果は考えるまでもなくマッチョの勝利に終わった。
フレーチェには疲労が溜まっていただけではなく、装備も連戦続きでボロボロとなっており、万全状態のマッチョの攻撃に耐えきる事ができなかったのだ。
地面に叩きつけられたフレーチェは大ダメージ受けたが、それでも剣を支えにして立ち上がる。
「わ、わたしは…負けるわけにはいかない…マックスが戻るまで……私は……」
フレーチェは満身創痍で立つのがやっとの状態である。
が、マッチョはそんなフレーチェに拍手をしながら答える。
「マックスか……ますます気に入ったぞ女、いや、フレーチェと言ったか? お前をここで殺すのは惜しい。とても惜しい。そこでだ」
マッチョはおかしなポージングを取りながら素早くえいしょうを終える。
(速い! しかも二重魔法!?)
本来魔法は一度に一つしか行使できない。だが極稀に二回使える者がいる。マッチョも見た目からは考えられないがその一人だった。
「貴様は生かしておいておいてやろう……これから生き抜くことが戦いとなるがな」
マッチョの手から放たれた二本の光はフレーチェに直撃。
目を開けていられないほどの光が迸る。
光が止むと変化はすぐに現れた。
(身体が軽い…全回復している!?)
フレーチェが驚いたのは、あれほど受けたダメージが全て消えていた事である。
だが、身体が軽い理由はもう一つ…
フレーチェが冷静さを取り戻すと、その理由はわかった。
いつのまにか、フレーチェは薄布一枚しか身に着けていなかったからである。
彼女は重装騎士であり、当然ながら装備もフルプレートアーマーに近い物となっている。
そんな彼女が今や薄布一枚しか着ていない……が、そんな事はこの際どうでもよかった。
大事なのは『身に着けていた装備がどこへ行ったか』である。
「な……なんだ ? 周りの景色が……こんなに巨大な草が、いつの間に……」
フレーチェは突然自分の周辺が巨大化したような錯覚に襲われた。足元の草花が、木が、全てが大きくなっていた……
「…… ? 鉄の塊……ま、まさか……これは私の鎧…… ! ? 」
フレーチェの横にあった鉄はまぎれもなく自身が先ほどまで身に着けていた鎧の残骸である。
「わ……私が……小さくなったのか……馬鹿な……こんな事が……! ?」
「その通りだフレーチェよ ! ! 」
フレーチェは地鳴りのような声に思わず身を震わせる。そして目の前にマッチョの手が迫っていた。
「 ! ? くっ、放せ ! ! 」
急いで逃げようとするフレーチェだったが、どれだけ走っても先ほどまでの一歩にすら及ばない。すぐマッチョに捕まり指でつままれるとどんどん上空へ引き上げられる。
「放していいのか ? よーく下を見てから言った方がいいのではないか ?」
フレーチェは下を覗くと絶句する。地面までおそろしいほど遠く、このまま手を放されては間違いなくただではすまない。
「では、望み通り手を放してやろう」
マッチョの指から力が徐々に抜けていく……
「ひっ…… ! ? 」
フレーチェはおもわずマッチョの指にしがみつく。落ちないよう必死に両手両足でしがみついた。
(まずい、まずい、まずい ! こんな小さな身体では勝てるわけがない。どうすれば……どうすればいいんだ ! ? )
フレーチェは打開策を考えるが何も思い浮かばない。もはや今のフレーチェには戦う事などできない。
マッチョはフレーチェをつまみなおすと透明なビンの中に入れた。
「さて、フレーチェよ。これからベアトリーチェ様の城へ招待してやろう。もし来ないのならここへビンごと捨てていこう。だが、そうしない事を勧めるがね」
マッチョはフレーチェを入れたビンを天に掲げた。
「ああッ…ぐ、熱い…熱い ! 」
太陽の日差しは容赦なくビンに閉じ込められたフレーチェを襲う。
「暑いであろう ? 眩しいであろう ? このままでは貴様はビンの中から出ることができず苦しむ事になるのだ。仮に出られたとしても、食料や水がある所まで持つかな ? 野生動物に襲われ命を落とすだろうなあ」
フレーチェはビンの底で思わず尻もちをつく。おとなしくついていく、それ以外に選択肢はなかった。
*
「あらあら、随分小さなお客様ねえ」
ビンから出されたフレーチェは疲れ切っており満足に身体を動かす事ができなかった。ビンの中で揺られ、暑さに苦しみ、戦闘での傷は癒えたが精神的な疲労は増すばかりだったのだ。
「ほら、動いてみなさい。つんつん」
「うう……やめろ……やめてくれ……」
ベアトリーチェはフレーチェを面白そうに突っつく。フレーチェはろくに抵抗もできず吹き飛ばされる。逃げることもできず、今のフレーチェは亀のように身を小さくして守る事しかできない。
フレーチェは恐怖と不安のあまり身体をブルブルと震わせる……
魔軍と前線で激戦を繰り広げ、必死に恐怖と不安を隠しながら戦った勇ましい女騎士の姿はどこにも無かった。
「そうそう、マッキーと会いたいんだったわね。会わせてあげるわ」
フレーチェが顔を上げると、そこには自身を助けてくれる筈の勇者がいた。
自然とフレーチェの顔に生気が戻る。助けてくれるかもしれない存在が、勇者が、王都で自身が密かに恋心を抱いた男がいた。
「マ、マックス、助けてくれ ! 私だ、王都で会ったフレーチェだ。敵の魔法で身体を小さくされてしまったんだ ! 」
フレーチェは全身を使い、可能な限りの大声を出しながら助けを求める。マックスならばマッチョやベアトリーチェも倒せると信じて……
「マックス ! マックス ! 頼む ! 気がついてくれ ! マックス ! お願い ! 助けて ! 」
「あんなに張りきっちゃって……頑張るわねえ、でもねお嬢さん。マッキーは私の僕……」
ベアトリーチェはフレーチェをのぞき込む。同時にフレーチェはベアトリーチェの瞳に映る小さな自分自身を見てしまう。
「マッキーはあなたを助けてくれないの……あとね、あなたを小さくした魔法は試作段階で元に戻す魔法は完成していないし、小人になると寿命もそこらの虫と同じ位になっちゃうみたいなのよ……」
ベアトリーチェは小さな鏡をフレーチェの前に置く。本来ならば人間一人の顔くらいしか映し出せない大きさだが、フレーチェの全身を簡単に映し出せた。
鏡に映るフレーチェは今にも泣きそうな顔をしていた。
「わかる ? あなたはこれから、ずっとこのまま……小さな小さな小人のまま……」
フレーチェは自分の顔が絶望に歪んでいくのがわかった。脚に力が入らず座り込む……
「あとね、やっぱりこの魔法は危険だから開発中止にするわ。だから……あなたはこれからも気ままな小人生活をエンジョイしてちょうだい。これからは毎日が命がけ、エキサイティングな人生の始まりよ ! 」
「うう……マックス……マックス ! 嘘だと言ってくれ ! なんでもいいから返事をしてよ ! マックス ! マ……ゲホッ、ゲホッ ! 」
「あらあら、あまり大声出すと大変よ、可愛い声がかすれちゃうわ。あなた、マッキーに惚れてたのね。でももう遅いわ、その身の丈に合ったボーイフレンドでも探すのね。小さな小さなあなたでもいい……ね」
ベアトリーチェはマックスを連れて部屋から出ていく……
「う……うう……うわああああんっ ! ! !」
フレーチェは誰もいなくなった部屋で泣き叫ぶ。騎士とはいえ十六歳の少女、わが身にふりかかった絶望を耐えきることは難しい。
フレーチェの泣き声は響かない。
誰の耳にも届かない。
フレーチェは小人だから。彼女の泣き声は虫の鳴き声にも劣るのだから……
*
フレーチェはメイドゴーレムによって『お世話』されることになった。
人形に使われる服を譲り受け何とか身支度は整え、カップにお湯を注いでもらい疑似的な風呂にも入る事ができた。
ベアトリーチェの城の一室……そこがフレーチェの移動範囲だった。
ドアも開けられない。一人でテーブルからも降りられない。
メイドゴーレムに運んでもらわなければ、普通なら数分で移動できる場所でも全力疾走して数十分かかる。
……この世界で一番弱い。いつか勇者マックスの助けになれたらと訓練で鍛え上げ、最年少で騎士となり、マックスに恋心を持ち……今は一人では生活もままならない。
それが今のフレーチェであった。
「私……これからどうしたらいいんだろう……」
結果だけで言えば、生き残るという一点に関してだけで言えばフレーチェの選択は正しかった。命令無視を行い前線に残る……本来ならば粛清対象だが、その粛清をするべき王国も騎士団も、崩壊直前なのだ。
ある日、マックスの母と呼ばれる女性、メリッサと会った。
何となくメリッサはフレーチェを気に入り肩に乗せて移動することが増えた。
フレーチェもメリッサを何となく気に入っていた。
フレーチェは祖国の滅亡を聞いた。
だが、不思議となんとも思わなかった。恋破れ、心も疲れ果てた。それよりもマックスやメリッサと一緒にいる方が大事だと思っていたから……
*
フレーチェは元のサイズに戻ることはできなかった。
マックスやメリッサの真の関係を、二人がベアトリーチェにかけられた魔法の事も知らなかった。
しかし、大好きなマックスや何となく気に入ったメリッサと一緒に過ごせた。
何だかんだ言っても、フレーチェは王国滅亡後に生き残れた数少ない人間だった。
その後フレーチェはメリッサダンスの盛り上げ係として奮闘、魔族からも短命ながら第二のアイドルとして愛される存在となった。
それがいいのか悪いのかわからないが、マックス(メリッサ)の力になる。
フレーチェの願いは一応叶っていたのである。
フレーチェは虚ろな瞳をしたまま、小人の身体で余生を過ごしたのであった。
はい、以上がフレーチェに降りかかった災いでありました。少々ダーク具合がありましたが…次回は最終回です。ただ長いので2話か3話に分けたいと思います。
ではまたお会いしましょう…。