『囲みますか ? 囲んじゃいますかぁ ? 』
俺の手に握られたチケットにはそんな煽り文のような一文が書かれていた。
これから行われるつかさの救出にはどうしても誘拐犯がいる建物のセキュリティをどうにかしなければならない。
俺の知り合いには不動産関係やセキュリティ関係に明るい人物はいない。仮にいたとしてもそいつらが裏切る可能性も否定できない。
だから俺は、俺に残された切り札をここで切る。そのために、俺はチケットの『〇で囲んでね☆』の部分をペンで囲んだ。
『はじめまして~ですね。私が鏡子、略してミラーウーマンと申します』
チケットからホログラム映像が飛び出て女性の全身が現れた。髪を茶色に染めた感じで、遊んでいるのか真面目なのかよくわからない……いや、大事なのはそこじゃない。
「はじめまして。ミラーウーマンさん、いきなりですが俺は、ここに書かれてある建物と土地に関する所有権を買い取ってセキュリティを掌握したい。今すぐに……知り合いの命がかかっている……あなたしか頼れる人がいない。どうか、お願いします」
俺はホログラムの彼女に頭を下げた。所詮一桁程度の価値しかない俺の頭、いくらでも下げてやる。すると彼女の表情が嘘くさい笑顔から真面目な表情に切り替わる。
『一文字様、チケットに書かれていた通りこの依頼は全て有料です。差し当たって……七億。どうですか ? 払えますか ? 』
俺はこの金額を聞き心の中で冷や汗をかきながらもガッツポーズを取る。この七億円、これは俺に残された当選金のほぼ全額だったのだ。
「わかった……今すぐ現金で払う」
『宝くじ……まだ残してたんですね ? 』
「やっぱりご存じだったんですね。はい……使わず、いざという時の為に残してました」
俺のプライベートなんてこの人の前ではあってないようなものだ。隠す必要もないだろう。
『今はその時だと ? 』
「はい」
俺に迷いは無かった。
「最初は俺の生活資金に充てようとしました。ポゼッシャーが来てからは二人の、スワップンが来てからは三人の、スライミーが来てから四人、フレーチェが来て五人……だけど……段々使う気にはなれなくなっていった。あぶく銭ではなく、自分で働いた金で生活したくなった。確かに贅沢はした、買い物もした。それでも普段の生活は俺の手で……そして今、つかさ君が殺されるかもしれない。だったら俺は迷わずこのあぶく銭を使う。使って、彼女を助け出す。ポゼッシャー達が動きやすいように俺も切り札を……宝くじの当選金を使う」
俺の本心をミラーウーマンに伝えた。あぶく銭を使う事にためらいはない。本当は俺も助けに行きたいけど全員から止められた。後ろでどっしり構えてろ、動くのは自分たちの役目だと……。
「……わかりました。では……確かに」
俺のケースから一瞬で七億もの大金が消失した。どんな方法かは知らないが、本当に彼女の力は底がしれない。怪人達よりも能力は上ではないだろうか ?
「不思議ですね……今までにも怪人を使った者達はいました。財力、権力、武力、カリスマ、しかしどれも上手くいかなかった。あなたはそのどれもが無い……しかし複数の怪人を従えている。やはり道具ではなく一つの大事な存在として見ているからなのでしょうね」
「買いかぶりすぎです。俺はあの宝くじが当たらなければ……あの福袋を買わなかったら今みたいな楽しい生活はできなかった……宝くじだけだったら俺はズルズル堕ちて、疑心暗鬼に囚われて誰も信じられなくなったと思います」
そうだ……福袋を買ってポゼッシャーが、スワップンが、スライミーが、フレーチェが来てくれたから俺は、俺は毎日が楽しくなったんだ。
ポゼッシャーは公私問わず毎日俺に良く尽くしてくれる。
スワップンのあのバカみたいな明るさには随分助けられた。
スライミーが成長していくのはみんなほどではないと思うが楽しかった。
フレーチェはあまり日が経っていないけど、あの実直さは見習う所が多い。
「その表情を見れば、あなたの言葉が嘘ではないとよくわかります。もう会う事は無いと思いますが、これからも怪人達をよろしくお願いいたします。あなたからのご依頼はすぐに取り掛かります」
そしてホログラム映像とチケットが俺の眼前から消えさった……。
「ふう……」
俺は椅子の背もたれに体重を預け一息つく。
俺の生活を大きく変えた当選金十億円がスッカラカンになった。他人ならこの金をどう使うか考えた事はもちろんある。
俺は自分の為に三億、そして人命の為に七億使った。悔いはない。
そしてしばらくすると俺のパソコンにセキュリティ画面が現れる。誘拐犯のいる建物のセキュリティ画面ページだ。
そして俺は全てのセキュリティを切り中の電波を圏外に変更する。これで中ではポゼッシャー達がどれだけ暴れても外部へ中の様子が漏れる事はない。
「……大丈夫だよな、みんな…… ?」
大丈夫だと信じてはいてもどうしても心配になるんだ。無事に帰ってきてくれよ……。
* * *
フレーチェが投げ飛ばされた頃、私は一人でアイマスクを着けられたままの状態で部屋の中に一人で放置されていた。両手両足を縛られた状態なら逃げられないと思っているのか見張りの人もいなくなっていた。
フレーチェが壁に叩きつけられた所を想像しないようにしていると、耳がくすぐったくなる。何かが登ってきているみたい……。
「つかさ殿、私だ、フレーチェだ。今からこの黒い眼帯を外すからじっとしているんだ」
フレーチェ、無事だったの ! ?
「ああ、ぐ……ぬ……。壁に当たる寸前に……スライミーの分裂体がクッションになってくれて……助かったんだ……ふんっ ! よし取れたぞ」
ずっとアイマスクをつけていたせいで突然の光に目が慣れなかったけど、すぐに私の目は周りの状況を把握する為に動く。
まず私の目に映ったのは床に着地したフレーチェ、そして床でつぶれていたスライミーの分裂体だった。
そうか……私にくっついていたこの子がフレーチェを守ったんだ……。
「既に動かなくなっているが、このスライム……いや、スライミーがかばってくれなかったら私も無事ではいられなかった。この子には感謝しかない」
私はつぶれたスライミーを回収しようとしたけどまだ手足が縛られていた事を思い出した。
「フレーチェ、私の縄を解ける ?」
とにかく縄をなんとかしないと逃げる事もできないし、物品に縄を擦りつけて切るなんて芸当は私には難しい。なにより早く服を着ないと……。
「このままでは難しいが私の魔力を使って腕だけなら……足は自分で解いてくれ」
今まで一度も魔法なんて見た事無いけど、フレーチェは別世界で騎士をしていたと言うしそれくらい不思議ではないのかもしれない。そう考えているうちにフレーチェが縄を切る。すぐに私は足の縄を解き服を着てフレーチェを制服の胸ポケットに入れる。そして……。
「ありがとう……スライミー……」
もう動かなくなった分裂体のスライミーを腰のポケットに入れて身支度を整えた。
「だがこのままではすぐに見つかる……おそらくだが、近いうちにポゼッシャー達が助けに来ると思う。彼女たちの性格上、一殿はここには連れてこないだろう。私でも連れてこない、危険だからな。隠れられる所を探したほうがいいだろう」
私は部屋の中を見渡す。新しい建物なのか内装はとても清潔そうだけど、反面家具がほとんど無い。あるのはテーブルとイスだけ……。
「外に人間の気配がする。おそらく一人だけだ、私の身体が元に戻れば倒せるのだが……すまないが戻れないみたいだ。つかさ殿、こうなったら見張りをおびき出してイスで殴り倒そう」
えっ ! ? それ、大丈夫かな…… ?
「このままこの部屋にいてもいずれ見つかるし、次は何をされるかわからない。この部屋を出て別の部屋に身を隠した方がいい」
でもどうやって…… ?
「簡単だ、何か物音を出したらドアの横に移動。出てきたらイスで殴り倒せ」
……こうなったらヤケよ !
ガンッとドアを思いっきりキックした !
「お、おい、そんなに思いっきり蹴らなくても」
「なんだ、今の音は ?」
私はすぐにイスを持ってドアの物陰に隠れ……。
「あの女どこだ ! ? がッ ! 」
イスを思いっきり男の脳天に叩きつけた !
「……完全に気絶してるな。なんというか……すごいな。ここまで躊躇しないとは」
ポゼッシャーさんのトレーニングを見てたら、これくらいなんてことないと思っちゃった。
「ま、まあいいか。よし、見つからないように逃げよう。入口は嫌な予感がする。逆に上の階へ逃げよう」
ここが何階なのかわからないけど、とにかく上へ……隠れられる場所を……。
* * *
「ねぇ旦那ぁ……わたし、この指輪欲しいなぁ……」
「あぁ、こんな安物いくらでも買ってやるよ」
「きゃ~ ! 旦那大好き ! お礼に今日は大サービスしちゃう ! 」
他の部屋よりも一際大きく豪勢な部屋で一組の男女がいちゃ付き合っていた。女が欲しいと言っていた指輪、果たしてそれ一つだけで如何ほどの金額となるのか考えたくもない。
旦那と呼ばれた男は上着を脱いで半裸で寝ている。その身体は鍛えられている事がわかるほどの筋肉の割れっぷりである。
女の方は二十台後半といったところで、チャイナドレスを身に纏っている。かなりのスリットの入り具合で下着が見えてもおかしくない、否、見えそうだけどあえて見えないようにしているのだ。
見えそうで見えないのは普通に見えるよりも想像の余地により、余計に魅力的に見える。
そしてこの女こそが先ほどつかさを蹴り上げた女なのである。
場の空気は温まり、酒も入り二人はこれからベッドイン……する筈だったのだが部屋の外が騒がしくなり、男は舌打ちをしながらドアを開け放った。
「おい ! 何のさわぎだ ! 」
「く、組長 ! すいやせん、あのガキに逃げられました ! 」
男のこめかみに青筋が浮き上がる。
「馬鹿野郎 ! 見張りはどうした ! ガキの手足は縛ってたんじゃなかったのか ! 」
「へ、へい。あのガキどうやったのか、縄を解いたようで……見張りもイスで殴られて気絶していやした ! 」
青筋は一つだったのがさらに一つ二つと増えた。
「ふざけんな ! 縄抜けできないよう特殊な縛り方をしたんだぞ ! 誰かが解きでもしないかぎり、あのガキが動けるわけねえんだよ ! さっさと探せ ! 探して俺の所に連れてこい ! 」
「へい ! 」
慌てて部下がその場を走り去っていく。
「ったく……気がそれちまった……」
男が部屋のドアを閉めようとしたその時、今度は大きな騒音が響き渡った。
「今度はなんだ ! いい加減にしろ ! 」
男が廊下に出ると別の部下が状況を報告する。
「旦那大変です ! 突然車が一台猛スピードで突っ込んできました。そしたら今度は女が中から出てきて組員相手に大暴れしています ! 」
「……おい、ふざけるのも大概にしろよ ? 女が大暴れしています ? だったら殺っちまえばいいだろうが ? ん ? 」
「そ、それが……その女、ゴリラみたいに強くて……組員が一斉にかかっても歯が立ちません ! 」
部下の報告を聞いていた男の頭にあるであろう火山が大噴火を起こした。
「ざけんなぁ ! 女一人に勝てないだと ! そんなわけあるか ! こっちには
「あらあらぁ……おにいさぁん。あまり部下を怒ってはいけませんわぁ」
あまりにも場違いな女の声に、男は部屋に置いてあった小型モニターを見る。そこには煽情的なドレスを着た女が映っていた。セキュリティを掌握されているにもかかわらずに……だ。
「おにいさん、相手の女は文字通りの化け物みたいですねぇ。先日の手付代として送った助っ人、使われてはいかがですか ? 」
「あの筋肉ダルマか ? しかしあいつらは……」
「いいんですか ? 使わないと間違いなく全滅しますよ ? まだ部下の方々はたくさんいますけど、このままだと……」
男はしばし悩む。男に今回の件を依頼してきた女は、先日戦力として使ってくれと二人の筋肉男を送り出してきた。
筋肉ダルマ二人は男自身の目から見ても、とんでもなく強い。だからこそ女と取引すると同時に機嫌を損ねないようにしてきた。同時に人間離れしているこの一味に内心恐怖を抱いていた。
男も組員100名以上を束ねる組の長である。そんな自分が、『絶対にこの女を敵にまわすな』と心の中で警報を告げている。
そしてそんな女が、敵は強敵だと言っている。ならば……。
「わかった……。おい ! 『ハトムネ』と『ブタバラ』に声をかけろ ! 」
部下に指示を出す男。
「そうそう、それでいいのよ……あの小人、こんな所へ来ていたのねぇ……ふふふ……」
小型モニターに映る女……ベアトリーチェは妖しく嗤っていた……。
* * *
「はいほーい、ボス今度モンブランおごってねー。ポゼッシャー、ボスがセキュリティを掌握したって」
「よし……発進 ! ! 」
報告を聞いたポゼッシャーは車のアクセルをベタ踏みにして車のタイヤを高速回転させ誘拐犯のアジトへ突撃する。エンジンは轟々と音を上げ四本のタイヤはキュルキュルと激しく摩耗する。
「おっしゃあ ! そのまま突撃ぃ ! 」
怪人達を乗せた車は周囲への被害を気にせず敵のアジトへ突撃、しかしその際ゲートをぶち破る予定が勢い余って車体が上を向いてしまった為盛大にジャンプ。建物前にあったゲートを通り越して入口まで突き進んだ。
呑気に欠伸をしていた見張りは映画でしか見ないであろう、車が自分の上を飛んでいく光景を見て思わず自らの頬を抓り、自分が夢を見ていないのだと改めて実感した。
「ひゅー、やるねぇポゼッシャー。あいつらポカンとしてたし、事情を飲み込んだら慌てまくってたよ。ウケル~っ ! 」
「よし、私は降りて片っ端から始末して来よう。魂盗は私が使う。復元銃はお前が使え。乱戦になるからスライミーもスワップンと一緒に行け。ではまた後で」
「あいよ~。さーて、このスワップン様の
車から降りた怪人達は散開、ポゼッシャーは単身で組員の群れに向かって突っ込み、スワップンとスライミーはこっそり内部へ侵入していった。
* * *
内部一階は早くも組員達の悲鳴が響き渡っていた。
「おい、早く殺せ ! 女一人にいつまでてこずっていやがる ! 」
「そんな事言われたって、あの女おかしいんだよ ! 人間振り回してくるんだぜ ! まるでゴリラだ ! ? 」
乱戦になっている為拳銃は使えない。ポゼッシャーは組員の足や腕を有り得ない方向に捻じ曲げて身動きを取れなくすると、今度は近くにいた敵をまるで鈍器のようにブンブン振り回し恐怖と絶望を与える。
一見ただのOLにしか見えない女が信じられない怪力で襲い掛かってくる。何かトリックがあるに違いない。もしくは夢だ。組員はそう信じたかった。
しかし目の前の現実は『バッカジャネーノ ? 』と言わんばかりに迫ってくる。
「いやだ、いやだ ! 助けてくれェーッ ! ? 」
ついに敵前逃亡する者まで現れた。一応幹部らしき男も止めようとしていたが、仕方ないかも……と考えてしまう程の惨状であった。
だが組員達の恐怖はこれからだった。
ポゼッシャーがどこからか取り出した刀……魂盗を抜き斬りかかる。斬られた組員に痛みは無かった。ただ斬られた者は『この場から消え去った』それだけだ。
そう……消え去った、この世から……遺体も残らない、服も、身に着けていたアクセサリーも、武器も、何もかも消えた。
ポゼッシャーの武器は
悲鳴を上げようとした組員は斬られて消えた。
先ほどまでポゼッシャーに使われていた者は串刺しにされた。
こうして一階にいた組員は全滅、先ほどまで響き渡っていた悲鳴や絶叫は無く、嘘のように静まり返っていた。
「……魂盗で斬れば精神力だけではなく私の力も上昇するのか。いい武器だな…… ! ? 」
魂盗の効果を確かめていたポゼッシャーだったが、何かに気が付き右へ飛びのく。
その直後に二階から一人の大男が床をぶち抜いてポゼッシャーを強襲した ! ?
「ふぅーい……よく気が付いたな女、気配は絶っていたはずだが ? 」
ポゼッシャーはすぐに体制を立て直し拳を構える……。
「無視か……まぁいいだろう。わしは四天王マッチョ様の右腕『ハトムネ』いざ勝負 ! 」
ポゼッシャーも床を踏み抜きハトムネに殴りかかった。