「はるかー。荷物来たわよー」
マリコの声で原稿を中断し荷物を開けると、懐かしいものが出てきた。
かつて肉便器調教されていた時の無修正ビニ本である。
「うわっ。まだ残っていたんだー。ある所にはあるのよねー」
「懐かしそうに言うけど、この回収にどれだけ時間とお金がかかっているか……」
一度作られたものは簡単に消えない。
特にアングラ系にばら撒かれたものは、コレクターやマニアが死んで始めて世に出るから、いつどこに眠っているか不明なのだ。
「聞いてなかったけど、どうやって探しているの?」
「ビブリオディレクティブにお願いしているわ」
何その中二心をくすぐる職業は!?
私の顔に出ていたらしい表情を察してマリコが説明してくれた。
「読んでそのまま。本の探偵よ。
元々は希少本、特に芸術的価値や資料的価値の高い本を探し、交渉する人たちで図書系よりも美術系に近い人たちよ。
中世の日記とか魔術書とか、聖書の写本とか。戦乱の中で多くが失われている上に贋作もあるから、本気で真贋を見極めようと思ったら専門家集団として成立するのよ。
だから私たちみたいな特殊な本を探している人間にも繋いでくれるの」
「なるほどー。本の探偵ってカッコいいよね。
けどそれで食えるの?」
「無理に決まっているじゃない。
そういう人たちは同時に古書店を経営するのよ。
古書は古物商免許が必要だから、古書店間の流通ネットワークにも網がかけられるしね」
なるほど。それなら成立するのか。
確かに私も、古書店ではたまに掘り出し物を見つけたりするしなぁ。
そんな人たちの手を経て、私の過去の痴態が晒された本を手に取ってぱらぱらとめくる。
アングラだから無修正のはずだが、めくった本はどこかで誰かがマジックでモザイクをつけられていた。
「しかし、わかいなぁ……あの頃、会社のパワハラセクハラの果てに上司の肉便器になり果てていたのよねー。
この写真集についているコメント、私が考えたのよ♡」
「え!?
はるか、あなたが!?」
マリコの驚き顔に私はクスクスと笑う。
本と言うのは過去の記憶装置だ。
手に取った私は、己の恥を懐かしそうに眺めた。
「ちゃんと卑猥な写真に合うように考えたのよ♡
楽しかったなぁ……あれは、最低で卑猥極まる私をどう表現できるかって気づいてから、創作意欲が沸いたから。
あの人たちに言葉責めされるのも快感だったし」
「あー。あんたの創作意欲が刺激されちゃったか……」
改めて丁寧に写真集をめくる。
このアングラ写真集の発売後、裏AV撮影を経て私は売られる予定だったのだ。
その寸前でマリコが助け出してくれたのだが、このころの私は官能小説風に言えば完全に『堕ちきって』いた。
「タイトルの『SLUT GIRL』って私が考えたのよ♡
これ以外にないってぐらいぴったりな名前でしょう?」
「確かになんか、エロさを感じさせる響きね」
そうなんだよねー。語呂の良さもあって、私のお気に入りだ。
表紙には私の顔がアップになっている。
ゴールデンマイクロビキニを着てエロ蹲踞の姿勢で両腕を頭に組むという、露出狂のポーズ。
その上、裏表紙には裸の後ろ姿の私が同じポーズをとって、我ながら最高に淫靡だった。
「私を買ってくれる人のために、私自身が自分を一番卑猥に見せるポーズを考えたのよ♡
だから最後の一枚が表紙と同じで……これなのよ」
「トイレで全裸……」
マリコが生暖かい視線を向けながら私の顔を見る。
私はこういうの好きだし、かつての私はもっと卑猥なのだ。
「こんなもの売れるの?
無修正って言っても、ただの変態素人の写真集じゃない」
「それが意外に売れるのよねぇ。アングラ写真集の需要はそこまで多くはないけれど、数は売れたみたいよ。
素材が良かったせいで♡」
「まあ、素材は良かったわね。あなただし」
マリコは素直に認める。
そしてページをめくり、内容が過激になった辺りでため息をついた。
「……はるか。これはいくらなんでも、やりすぎじゃないの?」
「まだましよ。浜辺で知らない人たちに見られながらオナニーしまくって、朝まで浜辺で知らない男たちに輪姦されたってだけだし♡」
「十分すぎるほど酷いじゃないのよ……」
私が嬉々として話すので、マリコもため息しか出ない様子だった。
マリコには何度も聞かされている話なので今更だろうが、それでも呆れてしまう。
「多分ね、これってスティグマなのよ」
「スティグマ?
たしか刻印とかそういう意味だっけ?」
「そう。こんなのばら撒かれて、普通の生活なんて送れないでしょう?」
「ああ。社会的に縛る楔か……」
理解したようで、マリコは本を置いた。
そう。私にとってこれはスティグマである。
何年経とうとも、私は社会に溶け込むことはできないし、したいとも思わない。
だがそれは別に悪いことではないのだ。
「だってそうでしょ?
助け出してくれたけど、結局私は小説家よ♡
おまけにデビュー作は官能小説で己の実体験♡♡♡」
「……そりゃそうだけど、なんか納得できないわー」
マリコもわかってくれているらしく、不満そうに文句を言いつつ納得してくれた。
それが嬉しい。
それで話を終えて、私は己の痴態が刻印された写真集を本棚の中にしまった。
「あれ?
破棄しないの?」
「ほら。官能小説の締め切り近いじゃない♡
これで一本作れるなと……」
「……あんたって人は……」
あの頃は、体と人生を捧げて肉便器に堕ちた。
今は、体と人生と頭を捧げて小説家になり果てた。
助けてくれたマリコには言えないが、さて、どちらの私が幸福だったのか?
もはや分かる事もなく。
「さーて、官能小説のネタもできたし書くかー」
「なんで自分のあんな酷い写真集見て小説のネタにしようと言えるのか、もうわかりたくないわ」
「ありがとね♡
お礼は改めて何だかの形で」
「それこそ言わなくて良いわよ」
「えへへ……」
ありがとう、マリコ。あなたがいるから、私は今を生きている。
恥ずかしくて言えないのだけど、私は彼女の背中に、いつもお礼を言いたくて堪らないのだ。
ビブリオディレクティブを知ったのは、『MADLAX』(2004年 BEE TRAIN)である。