無自覚無防備なTS聖女は今日も誰かを狂わせる(R18版) 作:月見ハク
気づけば、粗末なゆりかごの中で手を伸ばしていた。
確かさっきまで予備校で授業を受けていたはず。
何の授業だったっけ? 上手く思い出せない。
というか、俺ってどんな人間だったっけ……?
いつのまにか転生して、裕福でない平民の長男・シャーテインになっていた。
言葉を覚え、家の中を知り、玄関を出て路地の先を見る頃には、ここが剣と魔法の中世ファンタジー世界なのだと理解した。
俺には魔法の流れが見えた。
あらゆるところに存在する魔力と、自分の体の中にある魔力回路――と俺は呼んでいるものの波長を合わせることで、化学反応のように魔法が発現するのだ。
前世ではファンタジー小説もRPGゲームもあまり嗜んでこなかったけど、この世界がそんな気楽なものではないことは早々に悟った。かなりハードな異世界だ。
ステータスやレベルみたいな便利な指標はない。
大地にあふれる魔力と自身の回路の波長をいかに早く、的確に合わせることで魔法のバリエーションや強弱を決定する。多分、これがこの世界唯一の攻略法だ。
つまり、強くなるには地道な訓練が不可欠。
よちよち歩きの幼子の時点でそれを理解したのだから、大きなアドバンテージだ。後はひたすらに訓練あるのみ。
十歳になる頃には、そこらの上級冒険者には負けない力を付けた。
魔力を電気に変換して体にみなぎらせることで、常人を超えた腕力や瞬発力を得た。ちょっとしたスーパーヒーローになった心地で、調子に乗りかけた。
でも、すぐに悟る。上には上がいる。
あまり力を出しすぎると注目を浴びて面倒ごとに巻き込まれそうなので、人前ではほどほどに抑え、こっそり大森林奥地に潜む魔獣を狩ったりして力を磨いた。
ちなみに魔獣を倒したからといって経験値的なものは手に入らない。ただの経験を得るだけだ。でも実戦を積むことは魔法回路の向上につながった。
十四歳になる頃には、王都で俺よりも強いヤツはいないと思えるようになった。いや、王国全土を見回してもいない気がする。
電撃魔法の応用で姿を見えなくして、王宮のてっぺんから王都を見下ろすのが日課になった。強盗や暴漢を見つけては、成敗するためだ。
最初は半殺しにするくらいだった。けど、しばらくすると懲りずに民家に侵入して家主にナイフを突き立てようとしたのを見て、即座に首を刈った。
それからは、悪党はできるだけ殺すようにした。
ゲームと違って人間には感情が通っているし、ちゃんと痛みもあるし痛がる。それでもあまり殺しに抵抗がなかったのは、どこかでまだ、このファンタジーのような世界でフワフワとした非現実感があったからかもしれない。
わりとあっさり最強になっちゃったし。
次から次に沸いてくる悪党。それを陰ながら狩るというルーチンワークの日々。
ある日、「そういえば俺なんでこんな慈善活動みたいなことしてんだっけ?」と我に返った。悪党狩りに疲れて飽きたのかもしれない。
だから、とりあえず女を抱くことにした。
昔からの幼馴染で、俺より一つか二つ年下のパン屋の娘を押し倒してみた。
俺に好意を寄せていることは知っていたから。
昔から可愛いと評判で、最近は胸の膨らみも目立つようになっていた。近所の悪ガキ達に卑猥な言葉を浴びせられ、泣いているところを慰めたこともある。
「ちょっと黙っててね」
そう言って叫ぼうとする口を押さえた。
雑木林の茂みで組み敷いたまま、ダサい厚生地のワンピースを一気にたくし上げる。ピンと上を向いた、片手で収まるくらいの乳房にむしゃぶりついた。
皆が憧れる可愛い女の子を自分のモノにしているという征服感が、心の奥にじわりと広がる。そういえば、前世ではこんな風に女の子に触れたことすらなかったっけ。
しばらくおっぱいに夢中になっていると、その娘(こ)は声を殺して泣いていた。
「ひっく……いやぁっ、シャー君なんでぇ……」
あれ、この娘俺のこと好きなんじゃなかったっけ?
少し戸惑う。
でもそれよりも、その泣き顔に興奮して、思わず邪魔とばかりにショーツを引きちぎった。
やばっ、力が入りすぎた。でももう止まんないや。
そのまま痛みにうめく彼女に無理やり挿入し、その温かさに頭が真っ白になり、すぐに膣中(なか)で果てた。
その夜は、娘の父親が乗り込んできて大変だった。
面倒なので一生大事にすると言ったら、両家公認の仲になった。
それからは猿のように色んな女と交わった。
魔獣討伐でこっそり貯めた金で商売女を抱いた。
行きずりの冒険者と一夜を共にした。
冒険者として王都から離れた村に遠征した時は、村一番の美女を襲った。
領主の娘や奥さんと交わることもある。
もちろんパン屋の娘も王都にいる時は毎晩抱いた。
でも、次第に冷めていった。
まず、この世界の人間は基本的に不衛生だ。
文明レベルが中世だから仕方ないのかもしれないが。
貴族の女ですら、香水でごまかしていても時おり体臭が気になった。
体の汚れを落とす魔法があるらしいが、初めて会得したいと思った。そっち方面の魔法に適性がないことを心底恨んだ。
性病を移されることもあった。こっそり貯めたお金を高い治癒代に払うのは面倒だった。
世界のすべてを手に入れたような万能感と、現実の生々しさを行き来する日々。そのギャップで、なんだかすべてがダルく感じていった。
十五歳になった頃、そんな俺に転機が訪れた。
王都でクーデター騒ぎが起き、第二王子の実妹でもある王女が第一王子派の襲撃に遭ったのだ。
これだと思った。
初めて名を名乗り、襲いくる傭兵たちを蹴散らした。
王都で女を物色する中で、密かにマークしていたのがオリヴィア王女殿下だ。
第二王子とは四つ違いの妹で、ブルーの髪と緑の翠眼は美の結晶のようだった。
こっそり王宮の寝室に侵入したときに顔を近づけてみたが、上質の石鹸のようないい香りがした。
純粋培養で育ち、最高品質に保たれているその体を味わってみたいと思ったけど、我慢した。
さすがに王族相手は面倒だ。
いざとなれば国外に逃げる手もあるが、この世界の両親に迷惑を掛けるのも躊躇(ためら)われる。
でもちょっと位いいかなと、眠る王女にキスをした。
唇はプルンとした最上級の弾力があり、つい何度も口づけてしまった。途中何度かピクッと震える様子に興奮したが、もしかしたら起きていたのかもしれない。
そんな王女とは、いずれ自然な形で出会いたいと思っていた矢先のチャンス。
王都騒乱で、俺は第二王子派についた。
第一王子派が蜂起しようとしている集会場に電撃魔法を打ち込んだり、腕利きの傭兵たちをバッタバッタと葬ったりしていった。
騒乱が落ち着いた頃、ようやく王宮からお呼びが掛かった。
俺は妄想した。王女の護衛を頼まれたり面倒な頼まれごとをしたりするうち、徐々に距離が縮まり、頬を染めた王女にあのベッドに誘われて……みたいな。
だが、現実は拍子抜けだった。
俺と同じように武功を上げた者が一列に整列し、王女から褒賞が手渡されるだけ。
それでも俺の順番が回ってきたときには耳打ちでもされるのかと期待したが、王女は俺の目を見ることもなく形式的な言葉を交わすだけだった。
一気にどうでも良くなった。
もしかしたら俺には重大な使命や、せめて転生した何らかの意味があるのではと、心のどこかで期待していたのだろう。
でも、そういうものが綺麗さっぱり無くなった。
だからとりあえず女遊びをやめた。
パン屋の娘と堅実に生きていこうと決めた。
大冒険やドラマがなくても、俺の力があればこの世界で十分満たされた生活を送れるはずだ。
十六歳になった頃、王立高等学院の招集状が届いた。
別に何かを期待したわけじゃない。偉そうな貴族連中を沈めたらスカッとするかな、くらいの軽い気持ちで学院の門をくぐった。
そこで、一人の女の子に釘付けになった。
――聖女フィーネ。
見た瞬間に美の概念が塗り替えられるような美貌。
全身の血がたぎり、毛穴が奮い立つほどの色気。
その姿に引けを取らないほど無垢で清らかな心。
あふれんばかりの慈愛を宿した瞳、親しみやすそうな雰囲気。
まさに絶対的なヒロイン。
俺はフィーネと出逢うために転生したのだと、このとき確信した。
フィーネはいつでもどこでも注目の的だった。
その圧倒的な魅力の前に、並大抵の人間は感情や欲望が抑えられなくなってしまう。
一言二言会話を交わすだけで、相手は色々な情動で脳の処理が追いつかなくなり、しどろもどろになる。
そして彼女の体内をめぐる魔力回路は規格外の濃密さだった。
元々治癒の適性が高かったのだろう。彼女はそれをとにかく、自分や他人の命を救う方向に磨き続けたのだ。
幼少時から鍛錬を欠かさなかった俺だから分かる。
あれは並大抵の努力では到達できない。それこそ一日中、片時も忘れることなく、自分や誰かの幸せを強く願い続けるほどでないと無理な芸当だ。
彼女から発せられるその祈りのような力が、近づく人の魔力回路を活性化させて歓喜と快楽のオーバーヒート状態にする。
彼女の美貌や性格的な魅力も相まって、平凡な魔力回路の持ち主では自制心がもたないだろう。だから誰もが彼女と親しくなりたいのに、近づくことさえ叶わない。
かく言う俺も、手をこまねいていた。
学院中の目が光っているので、むやみに近づきづらいのだ。女子生徒たちは「天使親衛隊」なるものを結成し、交代でフィーネを見守るようになった。
ちなみに男子生徒を中心に「女神守護隊」なるものも結成されたが、早々に親衛隊に排除された。
仕方がないので、フィーネが居ない時にこっそり寮の部屋に侵入してみた。
何か彼女と親しくなる手がかりでもないかと思ったのだ。
フィーネの部屋は、およそ貴族令嬢とは思えないほど簡素なものだった。
荷物はほとんどなく、机の上には書きかけの手紙が置いてあるくらい。
手紙は侍女に宛てたものだった。
『マリエッタ、元気ですか? 私は元気です。食堂の料理はいつも料理も美味しく、充実した日々を送っています。生徒も先生も温かい人たちばかりで、学院の雰囲気はとてもいいです。ただ、私は社交が未熟なので、親しい友達ができるのにはまだまだ時間が掛かりそうです』
侍女に心配を掛けてしまうと思ったのだろう。最後のほうはインクで二重線が引かれていた。どうやらこれは彼女のボツ原稿らしい。
俺は手紙を持ったまま打ち震えた。
「て、天然だと……!」
天使のように可愛くて美しくて、聖女で、凛としていて優しくて。
それなのに自分のことを「コミュ症ぼっち」だと思い込んでいるなんて。
フィーネ知らないのだろう。
彼女とわずかに言葉を交わしたことを惚けた表情で周囲に自慢している生徒のことを。
聖女フィーネは等しく公平な世を願うだろうからと、身分差を越えて歩み寄ろうとしている貴族生徒と平民生徒たちの涙ぐましい努力を。
生徒どころか講師すらも「天使」と呼び、固唾を呑んで見守っていることを。
たまに鍛錬に疲れて眠りこけてしまうのが「天使の休息」「女神のうたた寝」として名物になっていて、親衛隊の女子生徒たちが、持ち回りで護衛していることを。
……本人は一切気づいていないのだ。
気づいていないどころか、自分はぼっちなんだと落ち込んですらいる。
あまりにいじらしいその姿に、俺の中の邪心はどこかに消え去り、ただ純粋にフィーネと仲良くなりたいと思ってしまった。