無自覚無防備なTS聖女は今日も誰かを狂わせる(R18版) 作:月見ハク
ついに儀式の当日がやってきた。
純白の聖布を幾重にも折り重ねた衣装を着込む。
「マリエッタ、どうかな?」
「……聖女というより女神ですね」
「えと、マリエッタ?」
「ほつれやシワもございません。問題なしです」
いつものようにマリエッタにチェックしてもらう。
鏡の中では、気乗りしないといわんばかりの私がこちらを見ていた。
ふう、と息を吐く。
「じゃあ、行ってくるね」
上屋敷を出ると教会の豪華な馬車が待っていた。
護衛騎士のエラとともに、重い足取りで乗り込む。
静かに馬車が動き出した。
(あっつ……)
まだ残暑の厳しい季節だ。
衣装を着込んで馬車に揺られているだけで、汗がにじんでくる。
「フィーネ様、私が常に見守っております。ご安心ください」
エラが私の手をそっと握る。
それだけで安心感が胸を満たすから不思議だ。
「うん、私は大丈夫だよ」
にっこりとエラに笑いかけた。
ほどなくして王都の中心にある教会に到着した。
馬車は正門ではなく裏口から敷地に入る。
馬車を降りると、白いローブに身を包んだ女性が一人立っていた。
両目に包帯を巻きつけているのに、周りが見えているようだ。魔法の一種だろうか。
「本日聖女様のお世話を担当する者です。本来聖域である儀式中の教会内に部外者がいてはなりません。どうぞ私とは言葉を交わさず、極力いないものとして扱ってください」
その言葉に従い、無言で女性の後を付いていく。
なるほど、
「こちらで身を清めていただきます」
廊下の途中に、大理石で敷き詰められた小部屋があった。
入ってすぐのところに白い
衝立の奥には正方形の
多分、ここで聖女見習いや聖女は儀式の前に湯浴みをするのだろう。
「お召し物をお預かりします。ご同行の方は私に付いてきてください」
ここからは、しばしエラと別行動のようだ。
「エラ、また後で」
「フィーネ様、重々お気をつけて」
心配性のエラらしい返事に、くすっと笑う。
女性の目は塞がれているとはいえ、人前で全裸になるのはけっこう恥ずかしい。
「それでは後ほど」
女性は無機質にそう言うと、エラと一緒に通路を歩いていった。
人の気配がなくなり静寂が浴室を満たす。
そっと湯に浸かり、ふぅと一息つく。
(ぬるま湯だ)
長湯をしたら風邪を引いてしまうだろう。
べとついた汗が流れ、火照った体が冷まされていく。
「エルドアのみんなは元気かな」
小さくつぶやいたのに、浴室に反響した。
今日が終わったら早く領地に戻ろう。王都ではいろいろあって少しくたびれた。
「エラは一人で平気かな~」
心細くなってきたので精一杯の強がりを口に出す。
「お湯加減はいかがですかな?」
(え……!?)
唐突に聞こえたゴーゼ大司教の声に、反射的に体を抱きしめる。
それだけで、静かな浴室内にお湯の波打つ音が響いた。
顔だけ振り向くと、衝立越しに大柄なシルエットが見えた。
「聖女フィーネ、そこの籠(かご)にタオルと衣装を置いておきます。伝わっているか分かりませんが、本番用の衣装は練習用のものとは違います。ああ、着慣れないでしょうから、世話の者に着させてもらってください」
衣装が、違う?
私はできるだけ低い声で返事をした。早くあっちに行ってほしいという意図を込めて。
「……その、お世話の女性はどちらに?」
「ほどなく戻るでしょう。まもなく儀式が始まりますので、お急ぎを」
そう言うとゴーゼ大司教はゆっくり衝立から離れ、やがて足音が遠ざかっていった。
「……はぁ」
一気に緊張が解け、短く息を吐く。
大司教はいつから衝立の前にいたのだろう。
息を殺してこちらを凝視している姿を想像して、一気に鳥肌が立った。
(エラ……)
急いで湯から上がり、素早くタオルを手に取って全身を拭く。早く服を着たい。
でも籠の中に畳まれた衣装を手に取って、全身が固まった。
「なに、これ」
さっきまで着ていた衣装とは、比べものにならないほど薄い。
それに下着も見当たらない。
「聖女様、お時間が迫っております。手伝いましょう」
ビクッと肩が震える。
振り返るとローブの女性が音もなく立っていた。
近くで見ると、見上げるほどに背が高い。思わず手に持った衣装で全身を隠す。
「あの……これ、着てきた衣装と違うんです」
「こちらは本番用です。ひとまずご着用ください」
「下着はどこに?」
「神聖な衣服ですので、下着の類は身につけることができません」
「そん、な……」
女性は私の手の中にある二枚の薄布をさっと奪い取ると、スカートらしき一枚を頭から被せてきた。
薄布が上半身を通り過ぎ、下半身をかろうじて覆うと、腰の当たりを細い紐できゅっと結ばれる。
続いて上に着るらしいもう一枚の薄布も頭から被せられる。両側にパックリ開いた穴から腕を引っ張り出された。
「それでは参りましょう」
(え……これ、だけ……!?)
自分の姿を見下ろせば、下半身を覆う薄布は尻や太もものラインを隠すことなく、むしろその輪郭やお尻の谷間まではっきりと浮かび上がらせていた。
さらに両側に深いスリットが入っていて、歩くと太ももの付け根まで見えてしまう。
上半身を覆う衣は、二枚の薄い生地を前後に合わせ、肩口と脇腹のあたりで軽く結んであるだけだった。
両脇の開口部は広く、横から見られたら脇腹やおっぱいの付け根まで見えてしまいそうだ。
胸元もたゆんでいて、目線を下げると自分の双丘の先端まで丸見えだった。
生地も、目を凝らすとうっすらと突起の色まで見えそうな薄さだ。
(嫌だ……こんな服で、いきたくない)
「すみません、このような服で儀式には出られません」
めいっぱい貴族っぽい口調で強く抗議する。
しかし、見計らったようにカランカランと荘厳な鐘の音が響き渡った。
「お時間です」
「待ってっ……」
ローブの女性に腕を掴まれ、そのまま通路を引っ張られる。
(うそ……このまま連れていかれるのは、やだっ……)
咄嗟に防護魔法を発動する。
「あうッ……!」
その瞬間、ドクンと心臓が飛び跳ねた。
胸がきゅうと締め付けられて息ができない。
(魔力が、反転した……!?)
「申し訳ありません。魔法の一切は私に通用しないのです」
そのまま息苦しさに身悶えながら、気づけば儀式を行う大聖堂の舞台袖まで連れて来られていた。
舞台上では新王陛下がひざまずいる。
その正面に大司教が立ち、口上を述べていた。
新王陛下も大司教も、白い薄手のローブに身を包んでいる。私が着ているのと同じように、体の輪郭が浮き出るほど薄くて……。
(イヤだ)
見たくない。
体中から冷や汗が吹き出す。
振り向くと、来た道をローブの女性が塞いでいた。
多分、私の力ではこの女性を突破するのは不可能だ。
(エラ……)
「――新王セダイト・オリミナスよ、聖女の祝福を受けるがよい」
舞台上では、大司教の口上が終わったところだった。
私のいるのとは反対側の舞台袖近くまで退いていく。
本来であれば、ここで私の出番だ。
もう一度後ろを振り返ると、ローブの女性が一歩二歩と私に近づいてきていた。
トンと背中を押され、私はつんのめるように舞台上に進み出た。
(エラ、助けて)
私は、護衛騎士の姿があるのを祈りながら舞台の真ん中に歩みを進める。
ふと、新王陛下と目が合う。
その視線が、私の体を上から下へと通過した。
(うっ……)
新王陛下のエメラルドグリーンの瞳がギラリと光った気がして、咄嗟に目を逸らす。
(おかしい、エラの姿がない。
それに……)
ひざまずく新王の正面まで歩みを進めて、背筋が凍った。
舞台上を取り囲むように暗幕が垂れている。
(これは、防護魔法……!?)
反射的に魔力の流れに目を凝らす。
暗幕には防護魔法が刻み込まれ、外からの介入を遮断しているようだった。
それと同時に舞台内での特定の魔法――おそらく防護魔法を抑える作用も働いている。重厚な結界だ。
(これは、罠……?)
しばし固まる。
この結界は、明らかに私の防護魔法を封印するためのものだ。
(狙いは…………私?)
どうしてなのかは分からない。
でも今は、とにかくこの場から逃げないと。
今ごろエラは、どうにかして私を助けようとしているはずだ
それまでの時間稼ぎができるか。
いや、オレンダイ軍に
エコンドとは比較にならないほど強大な魔力を持った新王陛下がいる。
大司教も魔法の使い手だし、魔法が効かないローブの女性もいる。
自分でどうにかするしかない。
でもこの状況で、彼らに察知されずに暗幕の封印を解析し、私の魔力で中和して分解するなんて芸当は不可能に近い。
「聖女よ、祝福の時間だ」
大司教の低い声が響く。
(不可能に近いけど、やるしかない)
私は体内で魔力を練り上げながら、目の前の新王に言葉を放つ。
「新王セダイト・オリミナス。聖女フィーネの名において、我が豊穣の国を統べる者足らんことを示します。女神の、祝福を」
祝福の光を発現させる。
うん、治癒魔法は問題なく出せようだ。
やはり暗幕は防護魔法を封じることに特化しているらしい。とても厄介だ。
「――聖女として、大地を形作りし創生の女神へ、豊穣祈願の舞を捧げます」
ここから長い舞が始まる。
段取りでは、新王と大司教はかしづいて目を伏せることになっている。
その間に、解析を進めよう。
踊りながら同時に解析を行うのは難しいけど、やるんだ。
すると、新王がゆっくり立ち上がって口を開いた。
「神よ、我ら下界の民も、豊穣を願うことを許し給え」
新王が私を見下ろす。
舞台袖では、大司教も無表情でこちらを見ていた。
……儀式の段取りも大きく変えられている。
「さあ、聖女フィーネよ、豊穣の舞を見せてくれ」
その口角がニヤリと歪んだ気がして、私は下を向いた。
ゆっくり新王陛下に近づき、その足下に置かれていた神杖に手を伸ばす。
前かがみになったとき、たゆんだ胸元に陛下の視線が注がれるのを感じた。
(イヤだ。
見られたくない)
ぐっと唇を結ぶ。
今は、耐えるしかない。
シャラン――。
鈴を鳴らして、舞う。
なるべく新王から離れ、舞台の中央で。
シャラン――。
幸い振り付けは体が覚えている。
同時に解析ができる。
するとキーンと甲高い音が頭に響き、解析が妨害された。
(うそ、なんで)
新王陛下から膨大な魔力が放たれている。
(解析阻害の、魔法……!?)
汗が頬をつたい、床にポタリと落ちる。
舞いながら何度か解析を試みるも、そのことごとくを陛下に打ち消された。
(うっ、また布がめくれて)
舞うたびに体のどこかが大胆に露出してしまう。
動きを最小限に抑えても、わずかな風圧で薄布がひらりと浮かぶ。
(集中、できない)
神杖を頭上に掲げると脇腹や胸の横側が見えてしまう。
くるっと回るとスカートが浮き上がって太ももやお尻が晒される。
露出したところに陛下と大司教の視線が注がれるのを感じる。
(恥ずかしいっ……。
どうして、こんな)
恥辱に心をかき乱されながら解析を試みるのは、ほぼ不可能だった。
シャラン――。
やがて、最後の一振りが終わってしまう。
封印の解除どころか、解析すらできなかった。
「はぁ、はぁっ……」
肩で息をしながら、お辞儀をする。
胸元の布がたゆんでいるので、片手で押さえながら。
段取りでは、この後新王に再び祝福を授けて終了のはずだ。
だけど。
「ああ……フィーネ、なんて美しいんだ……」
頬を赤く染めた陛下が、じっとりとした目で私を見ていた。
(エラ……、義兄さまっ……!)
心の中で助けを呼ぶ。
私は、これで儀式が終わるとは到底思えなかった。