※この作品はR-18です。

無自覚無防備なTS聖女は今日も誰かを狂わせる(R18版)   作:月見ハク

30 / 64
第30話 王都脱出

 暖かい陽光に包まれ、目を覚ます。

 

 まどろみの中、肌触りのいいシーツの匂いをゆっくり堪能する。

 シーツの上で、自分の体を確かめるように「うーん」と伸びをしてみた。

 

(きもちいい)

 

 ゆっくり上体を起こしてみる。

 

 体の節々に痛みはない。凝りやダルさもない。頭痛や貧血症状もない。脱水症状も感じられない。

 

(うん、異常なし)

 

 多分、二日間くらい寝ていた気がする。

 エラが、時々薬効成分のあるお茶を飲ませてくれたのをなんとなく覚えている。

 

 神任の儀で新王陛下に……無理やり魔力を流し込まれた。

 その後、おそらく麻痺性の薬を塗られたんだと思う。その頃にはもう朦朧としていたから、記憶は曖昧だ。

 

 でも、口の中に陛下の……異物が入ってくる苦しさ、体の上を流れるドロドロの粘液の熱さ、陛下の手が体中を這い回る気持ち悪さは、なんとなく憶えている。

 

(やだっ……!)

 

 本能的に体をかき抱く。

 拒絶反応だろうか、イヤな汗が背中ににじむ。

 

 確か、それで、エラが……エラが助けてくれて。

 

 それで、私の――フィーネの体を守ることができた。

 

(えっと、それでどうしたんだっけ?)

 

 エラがお風呂に入れてくれて。

 

 それから……。

 

 カーっと顔が熱くなり、手で顔を覆った。

 

 何かエラにとんでもないことをした、いやされた……ような。

 

(なんだろう、この感じ)

 

 お腹の奥がジンワリ熱くなってくる。

 体の芯からゾクゾクと何かが上ってくるような。

 

 あの感覚を思い出しそうになり、私はごまかすように声を出した。

 

「あ~、いい朝だなー!」

「そうですね」

 

 背後から聞こえたエラの声に、口から心臓が飛び出しそうになる。

 

「エ、エラ、いたん……ううん、いてくれたんだね、ずっと」

 

 振り向くと、枕元の椅子にエラが座っていた。顔には張りがなく目元にはクマができている。ショートヘアーの黒髪もパサパサだ。

 昨夜からずっと、寝ないで看てくれていたのだと分かる。

 

 ベッドの上を移動して、エラの目の前に降りる。

 

「ありがとう、助けてくれて。もう大丈夫だから……ゆっくり休んで」

 

 言いながら治癒の光でエラを包む。これで、後はぐっすり寝れば全快復だ。

 

 うん、魔力の放出に関しても問題ない。

 

「……はい、ありがとうございますフィーネ様。では少しお休みをいただきますね」

 

 目が合った瞬間、エラが下を向く。

 かと思えば、苦しいような恥ずかしいような顔で私を見つめてきた。

 

「……フィーネ様、このたびは媚薬を抜くために仕方なく、そのあの、治療のためとはいえ……お、お恥ずかしい思いをさせてしまいまして、失礼いたしました……」

 

 ――治療のため。

 

 転生前にお世話になった、看護師のお姉さんのおぼろげな輪郭がエラに重なった気がした。

 

「私を治そうとしてくれたんでしょう? それに付きっきりで看病までしてくれて、何から何までお世話になったね……本当にありがとう」

 

 そう言って、エラの手をぎゅっと握る。

 

「それに、薬のせいかあまり覚えてないんだ。だから、気にしないで」

「そ、そうですか……」

 

 エラは安心したように胸を撫で下ろした。一瞬がっかりしたように見えたのは気のせいだろう。

 

 それにしても、媚薬。

 

 媚薬を使われるなんて。

 

 「みんなで健康に生き抜く。心身ともに」のモットーを脅かそうとするものには、色々と対処してきたつもりだった。だけど、そういう脅威もあったのかと実感する。

 

(あとでエラに成分を聞こう)

 

 この二日間で私の体内に出来たであろう免疫を活性化させて、成分を検証しながら解毒のメカニズムを完成させる。治癒魔法の応用だ。

 

 そうすれば私が盛られても、他の人が盛られても治癒魔法で分解できるようになるはずだ。うちの屋敷には女性が多いから必要性は高い。

 

(侯爵令嬢として、強くあらないと)

 

 そんなことを考えながら、日課のメディカルチェックをすべく鏡台に向かう。

 

 エラも仮眠を取るべくふらりと立ち上がり、扉へ向かった。

 

「フィーネ様、今夜発ちます」

 

「うん、分かってる」

 

 エラのほうを見ずに答える。

 

 目的は分からないけど、新王陛下と大司教が私を狙っていた。それは事実だ。

 

 であれば領主の妹という立場である以上、とにかく早く王都を出てエルドアに帰還すべきだ。

 

 今までこの上屋敷に誰かが乗り込んでこなかっただけでも奇跡。

 

 一刻の猶予もない。

 

 

---

 

 

 夜。

 

 茶色の薄汚れた外套(がいとう)を羽織り、エラと共に濁った下水道を進む。

 

 マンホールから出て、通りの向こうをうかがう。

 

 上屋敷から一台の馬車がゆっくりと出ていくと、その後を馬に乗った数名の兵士が追った。

 馬車はただの出入り業者だ。不自然に遅い時間に来てもらっただけで。

 

「新王直属の陰(かげ)の者も動きましたね。教会の聖騎士団もいるようです」

 

 エラの言葉に思わず体が強張る。

 

「大丈夫ですフィーネ様。脱出の手はずは万全です」

 

 彼女を信じ、コクリと頷く。

 

 私たちはマンホールから静かに這い出て、夜の路地に溶け込んだ。

 

 

 人気のないルートを一時間ほど歩くと、王都の貴族街を囲む城壁にたどり着く。そこに一人の兵士が立っていた。

 

「ご心配なく。あの者は私たちの味方です」

「え、味方?」

「ええ、ウォルム様は王都で独自の人脈を築いていらっしゃいますから」

「す、すごいね」

 

 兵士に近づいたときにはさすがに緊張したけど、「ウォルム様にはいつもお世話になっております」と言ったその人は、兵士専用の通用口へ案内してくれた。

 

 私達は、あっさり城壁の外へ出ることができた。

 義兄(にい)さまのコネ、すごい……。

 

 城壁の外側にも、平民の家々や商店街や工場が広がっている。

 しかしもう取り囲む壁はない。街並の先には広大な田畑が地平線まで続いている。

 

「フィーネ様、こちらです」

 

 用意されていた早馬に二人で乗り込む。

 

 朝日が昇る前に、私達は王都を脱出した。

 

 

 

 

 朝もやの中を、馬で駆け抜ける。

 

 エラが手綱を持ち、私はその腕の中に収まる形でまたがっていた。

 

(おかしいな……どう、してっ……)

 

 馬の振動が、やけにお腹に響く。

 体がジンジンして呼吸が荒くなってしまう。多分、媚薬が抜けきっていないせいだ。

 

「うぅ……あいてっ」

 

 たまらず後ろに倒れそうになり、後頭部がエラの胸当てにコンとぶつかる。

 

「邪魔なので外しますね」

 

 エラは胸当てを外して、道に投げ捨てた。

 代わりに後頭部が柔らかくて豊満な弾力に埋まる。

 かっ飛ばす馬の動きに合わせて、私の頭がぼよんぼよんと柔肉のクッションで跳ねた。

 

「エ、エラ、痛くない?」

「いえ……むしろこちらのほうがいいです」

 

 

 立ち寄った集落では、義兄さまの「協力者」だという人の家に泊まらせてもらった。

 

 外套を目深に被った私たちが行くと、「ウォルム様にはたいへんお世話になってますので」と言い残して去っていく。

 

 おかげで家の中では人目を気にせず、体を休ませることができた。

 

 それにしても、本当に義兄さまのコネはすごい……。

 

 そうして途中途中で短い休息を取りながら、エラや馬に治癒魔法を掛けたり、ついでに私にも掛けたりしつつ進む。

 

 エラから媚薬の成分を聞き、体内に残る微粒子と照合させながら治癒魔法で無害化していく。それを数回繰り返したころ、私の体内に解毒のメカニズムができた。少なくとも似たような成分の媚薬はもう効かない。

 

 

 王国の直轄領を抜け、別の領地に入るタイミングで、馬を乗り換えた。

 

「本当にありがとう、お疲れさま」

 

 ずっと走りっぱなしだった馬を優しく撫で、治癒魔法を掛ける。ついでに祝福も浴びせた。

 

「フィーネ様、あまり外で魔法を行使しないように。かなり目立ってしまいます」

「あ、ごめん」

「いえ、次からは屋内で乗り換えるようにしますね」

 

 エラはほとんど睡眠を取らずに馬を走らせ続け、強行軍でも四日はかかる距離を、三日とかからず踏破してみせた。

 

 

 やがて、見慣れた穀倉地帯に入る。

 

「フィーネ様、エルドア領に入りました」

「帰ってきたんだね」

 

 馴染みのある空気、匂い、魔力に包まれ安心する。

 

「ウォルム様からは、一度国境沿いの村に行くようにと言われています」

「うん、分かった」

 

 エラは伝書鳥を通して、頻繁に義兄さまから指示を受けていた。

 この短期間で、あれこれの手はずを整えてしまうのだから、義兄さまは本当にすごい。

 

 馬は義兄さまの待つ領都ではなく、隣国の聖公国と接する村に向かった。

 

 村の目と鼻の先で、義兄さまからの文(ふみ)を受け取る。

 

『聖教会の迎えを待て』

 

 義兄さまの走り書きだ。

 よほど余裕がないのだろう。最後のほうは字が乱れていた。

 胸が、チクリと痛む。

 

「フィーネ様のせいではありません」

「うん、ありがとう」

 

 察して気遣ってくれる護衛騎士に背中を預ける。

 

 くよくよしていてはだめだ。

 これ以上、義兄さまに……領のみんなに迷惑をかけないよう、せめて義兄さまの指示は完璧にこなさなきゃ。

 

「エラ、聖教会って……」

「聖公国にある、この大陸中の教会の総本山ですね」

「私、聖公国や聖教会のこと、ほとんど知らないや」

 

 文献や、たまに領民から話を聞く程度だ。

 

 私は本当に箱入り娘なんだな。

 前世でも、外の情報は本やテレビ、看護師さん頼りだった。

 

 この世界では、もっと自分の目と耳でいろんなものを見られるだろうか。

 

「そういえば、迎えってなんだろう」

 

 義兄さまからの文をよく見てみると、紙の下のほうに謎のイラストが描かれていた。

 

 よほど急いでいたのか、幼子が描いたような絵だ。

 

 どうやら迎えの人の特徴を表したものらしい。描かれているのは三つのシルエット。

 

 一人目は、大男。

 二人目は、狼……?

 三人目は、黒髪ロングの……女の人?

 

 何かの暗号だろうか。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。