無自覚無防備なTS聖女は今日も誰かを狂わせる(R18版) 作:月見ハク
無事に大聖女の試練をクリアし、聖都に着いて二週間。
私は聖都にある教会神殿に軟禁されていた。
神殿内にそびえ立つ尖塔、その最上階にある一室が今の私の住まいだ。
軟禁といっても待遇はすごくいい。頼めば本を持ってきてくれるし、健康チェックのための姿見も用意してくれた。
小さいながら洗面所もお風呂も付いている。
毎日アリシア様が三食おやつ付きの食事を持ってきてくれるし、厳重な扉越しに話し相手にもなってくれる。
アリシア様曰く、ここは大聖女になりたての子がしばらく身を置く部屋なのだという。
「窮屈な思いをさせてごめんね、今のフィーネちゃんだとサトシ君――教皇様ですら理性を保てなくなっちゃうらしくて……。かくいう私もちょっと危ないのよ。前代未聞ね」
扉の向こうのアリシア様が申し訳なさそうに言う。
「い、いえ、仕方ないんですよね……私は大丈夫ですから、どうか気に病まないでください」
なにが前代未聞なのかはよく分からないけど、とにかく私が放っているという大聖女パワーがやばいらしい。老若男女、誰彼問わず惑わしてしまうのだとか。
うーむ。
鏡を見ても、いつもの能天気そうな女の子しか映っていないので、いまいち自分では分からない。
「はぅっ……声だけでも疼いちゃう。馬車ではなんとか耐えられたんだけど、フィーネちゃん元が元だから今の魅力が半端ないのよねぇ……」
アリシア様がごにょごにょとつぶやいている。聞き取れないけどなんだか苦しそうだ。
「アリシア様、大丈夫ですか?」
「ひぅ、だ、大丈夫よぉ~」
「もしよければ、私が診て……」
「そ、それには及ばないわよぉっ、今フィーネちゃんに触れられたら私、私……一線超えちゃうから絶対」
「そ、そうですか」
ガクンと肩を下げる。
すごく、さびしい。
この部屋はとっても快適で、アリシア様も話し相手になってくれるけど、誰とも顔を合わさない日々がこんなに寂しいなんて知らなかった。
やることもほとんどないので、一日二回もお風呂に入ってしまう始末だ。
「みんなはどうしてるかな」
エラやマイさんに会いたい。
マリエッタや義兄さまは、元気にしているだろうか。
王都学院で仲良くなったシャーテイン君にも、ずいぶん会ってない。大聖女の試練で幻覚バージョンとは話したけど、彼とは似ても似つかなかった。
本当なら今ごろ故郷のエルドアに帰省して、シャーテイン君を招いたりして、屋敷の裏にある森を案内したりとかしてたんだろうな。
幼馴染のトマたちとも、全然会ってない。子どもの頃、森で駆けまわった日々が懐かしい。
「だめだめフィーネ、しっかりしないと」
こんなときに弱気になってどうする。
せっかく義兄さまが私を逃がしてくれて、みんなのおかげで大聖女になれたんだ。たった二週間軟禁されたくらいで、弱音を吐いてはだめだ。
教皇様によれば、二人目の大聖女であることを大々的に公表して、お披露目式典さえ済めばエルドアに帰れるらしい。
それまでの辛抱。
「せっかくなんだし、一人の時間を有効に使おうか」
唯一の話し相手である鏡に向かって、独り言をしゃべる。
それから私は取り寄せてもらった魔導書を読み、魔法の鍛錬をし、新しい料理のレシピを考えたり柔軟体操をしたりしながら、それなりに有意義な日々を過ごした。
念願叶ってエラやマイさんに会えるようになったのは、さらに二週間が過ぎてからだった。
コンコン、と扉がノックされる。
「は、ひゃいっ!」
一カ月ぶりの人間との対面に、つい変な声が出てしまう。
『フィーネ様、エラです』
『マイだよー、入ってもいい?』
あ……あ……。
待ってちょっと心の準備が。
「す、すこしまっ……」
ぼっちのコミュ症にとって、一カ月誰とも会わないというのはすなわちコミュニケーション能力自体の喪失を意味する。
みんなとの旅でせっかくコミュ力がアップしてきたのに、完全に元に戻ってしまった。
「えっと、身だしなみ」
どうしたらいいか分からず、姿見でローブのシワを伸ばし、寝ぐせがないかチェックする。もう六度目の確認だ。
『入るからねー』
「あ、ちょっちょっ――」
扉がぎいっと音を立てて開く。
そこには、変わらぬ笑顔のエラとマイさんが立っていた。
「フィーネ様……」
「フィーネちゃん、ひさしぶ、り――うきゃっ」
私は無心で二人に飛び込んでいた。
手をめいっぱい広げ、二人の腰に抱きつく。
ひさしぶりの二人の温もりに顔を埋め、鼻いっぱいに懐かしい匂いを吸い込む。
「フィ、フィーネ様っ、そんな……あぅ」
「うわっ、まさかフィーネちゃんのほうからなんて予想外」
びっくりした様子の二人だったが、やがて柔らかい手が私の頭や肩に乗せられる。
嬉しくて、思わず頬ずりをしてしまう。
その瞬間、二人がビクッと震えた。
「あっ、ごめんっ……」
我に返り、慌てて離れる。
久々に見上げるエラとマイさんは顔を真っ赤にしていたけど、前と変わらない優しい笑顔だった。
「フィーネ様、ご無事でなによりです」
「うんうん、フィーネちゃん大聖女になったんでしょ、よく頑張ったねー」
温かい手のひらが二人分、そっと私の頭を包んだ。
心配かけた申し訳なさやら、二人に会えた嬉しさやらで、一カ月分の涙が目からあふれそうになる。
「エラ、マイさん……心配かけてごめんなさい。あの、すごく会いたかった、です……」
途中からなんだか恥ずかしさもこみ上げてきて、下を向きそうになる。
いかんいかん。
こういうときは笑って安心させてあげないと。
私は目尻に涙を溜めながら顔を上げ、二人に笑いかけた。しばらく人に会っていなかったせいか笑顔がぎこちない。鼻水もちょっと出てる気がする。
そんな私を、二人は真顔で見つめていた。
「っ……」
「……」
えっと。
視線がくすぐったいです……。
「……フィーネちゃん、ちょっと見ない間にすんごく可愛く、というか綺麗に……というか色っぽく」
「え?」
「フィーネ様、はぁ……なんと美しく、いえ神々しくなられて……」
「あの」
おかしい。
アリシア様曰く、大聖女パワーはだいぶ収まってきたらしいのに。
三人で呆然としていると、エラとマイさんの後ろにいたアリシア様が声を掛けてくれた。
「お二人とも、フィーネちゃ……さんは、大聖女になったことで女神の化身となりました。そのせいで常に人を魅了してしまうのです。どうかあなた方は変わらず接してあげてくださいね」
エラとマイさんがハッと我に返って、後ろを振り向く。
「こ、これは失礼しました。大聖女様の言うとおりです」
「大聖女様……はい、申し訳ございません」
二人がアリシア様に頭を垂れている。
「私などに頭を下げないでください。護衛騎士エラ、聖女マイ、お二人ともここまでフィーネさんをよく守ってくれました。私からも感謝申し上げます」
穏やかで神秘的な笑みを浮かべたアリシア様が、すっと頭を下げる。
すごい……これが大聖女モードのアリシア様。
あまりの美しさと神聖な雰囲気に、私も頭を下げてしまった。
これが、大聖女。
私に真似できるだろうか。
「――というわけでごめんね二人とも……この謎のオーラ、もう消えないらしくて」
私は軟禁部屋で、あらためて二人に謝っていた。
「いえ、魅力や色香自体は以前からまき散らしていましたし」
「そうそう、あたし達も露払い大変だったんだから。……これからもっと頑張んなくちゃだね」
「う……」
これからは常時ポックルモードにならないとだめなのだろうか。
でもまあ、仕方ない。
アリシア様も、大聖女になってからは滅多に人前には出られないとこぼしていたし。
エラやマイさんと前みたいに一緒にいられるだけで、私は十分幸せだ。
「あ、あの二人とも、おやつどうぞ」
「ふふ、フィーネ様はずいぶんとよそよそしくなりましたね」
「さっきはあんな積極的に抱きついてくれたのにねー」
「う、あ……こうやって直に誰かと話すの、ちょっと久しぶりで」
「大聖女になっても、フィーネ様はフィーネ様のままですね」
「うーん、でもちょっと大きくなった? 胸とか」
「はい、あの育ち盛りなので」
「……フィーネちゃんて変なところで照れがないよね」
毎日のメディカルチェックで、自分の成長は正確に把握している。
おっぱいは少し大きくなったし、背も0.5ミリほど伸びた。
その後も、私たちは取り留めのない歓談を楽しんだ。
ケイジオさんに攫われてからのことは、アリシア様を通して二人には伝わっているらしい。
ただアノン君に酷いことをされたことだけは、黙ってもらっている。
二人にこれ以上心配を掛けたくなかったし。
それにエラなんて、ただでさえ自分を責めがちなのだ。私の身に起きたことを知ったら、悔やんで切腹しかねない。
「お店……女将さんに迷惑かけちゃったよね」
アルバイトの一人が突然消息を絶ったのだ。繁盛店だったから、一人抜けるだけでも大変だっただろう。
それに面倒見のいい女将さんのことだから、すごく心配してそうだ。
「それについては問題ありません。今も私たちが手伝っていますから。女将さんにもフィーネ様の無事は伝わってます」
「教会からも支援金が出たしね。しかも新しい働き手もわんさか来てるんだよ」
「そ、そうなんですか」
よかった。
どうやら心配は無用らしい。
エラとマイさんの笑顔に、心から安心する。
二人には、今回のことで責任を感じて落ち込まないで欲しいとも、アリシア様から伝えてもらっている。
そのおかげか二人とも、前のように自然な感じで接してくれている。
本当によかった。実は内心ビクビクしていから。
それからも私は教会にカンヅメだったけど、エラとマイさんはほぼ毎日会いに来てくれた。
主に、準備のために。
何のための準備かというと、大陸の歴史上類を見ない、二人目の大聖女――つまり私のお披露目式典だ。
あっという間に一週間が過ぎ、今私は、緊張した面持ちで鏡の前に立っていた。
「エラ、マイさん、どうかな?」
恥ずかしくて、鏡越しに二人の顔を見れない。
鏡には、少し顔を赤くした私が立っている。
特別に用意された、純白のローブ。
背中には聖教会の紋様がドドンと金糸で編み込まれている。
同じような紋様は胸元やフードにも刻まれていて、「大聖女なんだぞ」と堂々主張するデザインになっていた。
「よく、お似合いです。まさに女神……」
「フィーネちゃん、すんごく可愛いよ!」
二人の大げさなりアクションに苦笑しつつ、私は自分の頬を両手ではたき、活を入れる。
同じタイミングで、扉がノックされた。
『大聖女フィーネ、お時間ですよ』
アリシア様の声だ。
その厳かな口調に、身が引き締まる。
私はエラとマイさんにうなずくと、二人を連れだって久しぶりに軟禁部屋を出た。
教会神殿の二階にあるテラスでは、すでに教皇様が口上を述べていた。
教会前広場に集まった群衆へ、落ち着いたトーンで「女神降臨」の伝説を話している。
教皇様の前にはマイクのようなものが置かれていて、アリシア様によると拡声機能のある魔道具らしい。
私はその様子を、部屋の中から見守る。
正直緊張して、教皇様のお話がほとんど頭に入ってこない。
「――それではこれから、新たなる大聖女フィーネが皆さんに祝福を授けます」
出番だ。
出番が来てしまった。
「よ、よし! じゃあ行ってくるね」
私はエラとマイさんに胸を張ると、ツカツカと歩みを進める。
テラスに出て、教皇様の隣に並んで立つ。
「ぇっ……」
眼前に広がる光景に、思わず目を見張った。
テラスの真下にある貴賓席には、綺麗で豪華な服を着た人たちがずらりと座っている。
そこから後ろは人、人、人。
広大な教会前広場を埋め尽くす大観衆が、息を呑んでこちらを見ていた。
(こんなにたくさんの人……生まれて初めて見たかも)
いや、前世に遡ってもこんな大勢の人は見たことない。
昔テレビで見た、音楽フェスティバルみたいな光景だ。
「さ、フィーネさん」
「は、はい」
教皇様に促されて、一歩進み出る。
人々が一様に、「ほぅ」とため息をついたのが分かった。
それはさざ波のように広がり、やがて大きなざわめきとなっていく。
「おおっ……」
「信じられない」
「これが奇跡か」
「まさに女神の化身だ」
「なんと美しい」
「これは大聖女アリシア様よりも……」
一つ一つは聞き取れないが、すごく注目されているのを感じる。
普通のぼっちコミュ症なら、卒倒してしまうだろう。
でもそうならないよう、エラとマイさん相手に何度も練習した。イメトレも完璧だ。
軽く挨拶をして、ぱーっと祝福の光を放つだけ。
それに一応貴族令嬢として、それなりに儀礼上の挨拶もこなしてきた。
(うん、フィーネならやれる)
私は一息ついてから、拡声の魔道具に向けて声を押し出した。
「み、みなさん初めまして。このたび大聖女の命を戴きました、フィーネと申します」
自分の声が、何十倍にも大きくなって広場に伝播していく。
集まった人たちがまたも「おおっ」とざわめいた。
「なんて透き通る声だ」
「これは女神様の啓示か!?」
「やばい耳がとろけてしまう」
「可憐だ……」
相変わらず人々の声は聞きとれない。
口々に何かを言っていて、私の声がかき消されてしまいそうだ。
(ま、負けないぞ)
私は大きく息を吸ってから、お腹から声を押し出した。
「今日集まってくれたみなさん、聖公国に暮らす人々、そして大陸に生きる人たちすべてが、どうか健やかに、楽しく暮らしていけたらいいなと、私はいつも祈っています」
ふぅ、と一呼吸置く。大声で話し続けるのはとても難しいのだ。
「な、なんて純粋なお言葉なんだ」
「ああ、心が洗われるようだ」
「やっぱり女神様なんだ!」
「私たちに寄り添ってくれるのねっ」
「む……胸が締め付けられる」
「お、俺もっ」
「わ、私も……あぁっ」
「大聖女さまー!」
「好きだー!!」
「うわあああああ!!!」
一応厳格な式典と聞いていたのに、すごくヒートアップしてしまった。隣に立っている教皇様もドン引き顔で群衆を見つめている。
それほど、大聖女という存在が聖公国の人々にとって大きいものなのだろう。
広場は今、熱狂の渦にのまれている。
このままでは私ものまれる。
負けない。
負けないぞ。
私は大きく深呼吸をすると、多分生涯で一番大きな声を腹から絞り出した。
「最後にしゅきゅっ、祝福を授けて……………挨拶を終わりにしたいと思います」
(……噛んだ)
一番大事な場面で噛んでしまった。噛むだけならまだしも、甲高い鳥の鳴き声のような音を発してしまった。
あまりの大失態に、目に涙がにじむ。
私の顔は今、リンゴのように真っ赤になっていることだろう。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
(あ……あ……)
さっきまでの熱狂が嘘のように、広場はシンと静まり返っていた。
「ママー、今大聖女さまヘンな声――」
「しいっ、静かになさい!」
無邪気な子どもの声が、私の胸をえぐる。
「おい……」
「ああ……」
「見ろよ……」
「そうだな……」
「大聖女様照れて……」
「か、かわ……」
「射抜かれちまった……」
「やべぇ、勃ってきた……」
「この尊さはなんだ……」
また、聞き取れないほどのざわめきが広がる。
が、明らかにさっきまでのものとは雰囲気が違う。
もう、こうなったらヤケクソだ。
「えい!」
私は溜めていた魔力を一気に発散すると、特大の祝福を花火のようにぶち上げた。
(せめて祝福くらいはしっかりこなさいと……!)
両手から立ち上った虹色の光が、聖都の空を埋め尽くしていく。
七色に煌めく天上から、星屑のような光の粒子が都中に降りそそぐ。
「……」
「……」
「……」
広場の人々は口をポカンと開け、上を見つめていた。
うん。
これでさっきの失態もごまかせてる、気がする……!
多分、五分か十分くらいは祝福の雨を降らせ続けたと思う。
そうしてこの日私は、伝説になった。