無自覚無防備なTS聖女は今日も誰かを狂わせる(R18版) 作:月見ハク
フィーネに初めて会ったのは、俺が十歳、フィーネが八歳のときだった。
近所の同年代の友だち四人で、よく領主屋敷の裏手にある森に忍び込んで遊んでいた。
いつものように野ウサギを魔獣に見立てて追いかけ回す。その日はつい、普段は足を踏み入れない奥の泉のほうまで来てしまった。
野ウサギが逃げていった泉のふちに、天使がいた。
綺麗な薄茶色の髪は俺たちと同じくらい短く、服装も簡素なチュニックと半ズボン。格好だけ見れば、少年だ。
でも、そこから伸びる手足はびっくりするくらい白くて、細くて、顔は商店に飾ってある高級人形よりも整っていて。
その天使は寄ってきた野ウサギを見やると、ふっと表情を緩めて、手から淡い光を発した。
「うそ……」
俺たちが傷をつけた野ウサギの脚が、どんどん治っていく。
その光景は、教会のステンドグラスに描かれている女神の奇跡、そのものだった。
「君、だれ? 天使さま?」
思わず声を掛けてしまっていた。
ビクッと肩を震わせた天使が、ゆっくりこちらを向く。うつむきながら俺を見て、おっかなびっくりといった感じで返事をした。
「フィ、フィーネ」
聞いたこともないような、透き通った声だった。
さっきまでの神秘的な雰囲気から一転、人見知りの子どものように「あ、あ」と戸惑っている少女に、俺はつい笑ってしまった。
「フィーネも、一緒に遊ぶ?」
「うんっ!」
鈴を転がすような声で嬉しそうに返事をするフィーネに、俺は一瞬で恋に落ちた。
まだ恋という言葉すら知らなかったが、この感情がそういうものだとなぜか理解できた。
「ト、トマっ、お待たせ!」
「遅いよフィーネ~」
それから俺たちは、よく遊ぶようになった。
待ち合わせ場所はいつも、あの泉だった。
「おれはポンテだ、よろしくなっ」
「よ、よろしく……フィーネです」
すぐに、フィーネは俺たちの中心になった。
仲間たちはみんな俺と同い年か一個上だったから、最初は彼女を妹か弟のように可愛がった。
でもフィーネは時々俺たちよりも大人びていたり、しっかりしているところがあったりして、兄や姉のように見えるときがあった。
人見知りなのに、仲良くなると人懐っこくて。
俺たちに負けず劣らずやんちゃで、明るくて、そして誰よりも優しくて。
俺たちは皆、そんなフィーネが大好きだったし……多分、恋をしていた。
『フィーネ』というのが、領主様のご令嬢の名前であることを、少ししてから知った。
でも、俺たちは誰もそのことに触れなかった。
森でフィーネと遊んでいることは誰にも話さず、俺たちだけの秘密にした。
彼女と遊べなくなるのが嫌だったし、俺たちだけで独占したかったから。
三年もするとフィーネは、誰がどう見ても絶世の美少女だった。
この頃にはもう、誰もフィーネを悪ガキ仲間なんて思えなくなっていた。皆、彼女に好かれようとしていたし、彼女を性の対象として見ていたように思う。
俺たちもそういう年頃になっていたし、年上の奴から女を抱いたなんて自慢話を聞いたりもしていたから。
自然と俺たちは、フィーネの膨らみかけの胸や、艶めいた唇、ズボンから時おり覗く白い太ももなんかを視線で追うようになっていた。
「フィーネ~、治してくれぇ~」
「うん、まかせて!」
仲間内で一番年長のポンテがよく怪我をするようになった。でっぷりとした腰を岩場に降ろし、フィーネに懇願する。
そのたびに彼女は意気揚々と治療をするのだが、あるとき俺は見てしまった。
しゃがんで前かがみになった彼女の服の襟元が、たゆんでいることを。
治癒魔法を受けているポンテの視線が、その胸元に注がれていることを。
それから俺たちも、毎日のように足を怪我するようになった。
「フィーネごめん、俺も頼む」
「うんいいよ! でもトマが怪我するなんて珍しいね」
岩場に座った俺の足下に、フィーネが膝立ちになる。
(うわっ……)
フィーネはシャツのボタンを上から二つ外していて、上からの角度だとたゆんだ襟元から中が丸見えだった。
彼女はシャツの下に、薄い肌着のようなものを着けていた。
肌にぴったりくっついていたので先端の蕾までは見えないものの、白くて丸みのあるふくらみがはっきり見て取れた。
(フィーネの、おっぱい……)
しばしの間、凝視してしまう。
股間がギチギチに硬くなっているのに気づいて、俺は慌てて目を逸らした。
それ以来、あの胸元が脳裏に焼き付いて離れなくなった。
夜な夜なフィーネのあられもない姿を思い浮かべ、自慰に耽る。
多分、仲間たちも皆、夜は似たようなことを妄想していただろう。
ただ俺にとって、フィーネは確かに情欲の対象だったが、それ以上に大切な友だちで、愛する一人の女の子だった。
ある夜、商店でくすねたお酒を回し飲みしているときに、酔っ払ったポンテが言った。
「なぁ、明日フィーネを襲ってみようぜ」
多分何十回何百回と、俺たちはそういう妄想に耽ってきただろう。
でも実際に口に出すことは、これまでなかった。
俺は、生まれて初めて殺意というものを知った。
気付いたら仲間の制止を振り切って、ポンテを何度も殴りつけていた。
ポンテは結構な大怪我をして、俺たちは全員、大人たちから謹慎を食らった。
やっと外を出歩けるようになると、フィーネは森から姿を消していた。
しばらくして、領主様――フィーネのお父さんが亡くなったことを知った。
数年後、オレンダイ領の奴らが攻めてきたとき。
臨時の救護所となった領主屋敷で、俺は彼女に再会した。
戦闘で負傷し、運び込まれた先で、フィーネは懸命に治療にあたっていた。
頭からすっぽりローブを着込んでいたが、俺にはそれが彼女だとすぐにわかった。
自分も辛いだろうに、休むことなく負傷者の間を渡り歩き、その一人ひとりを励ましている。
(フィーネは、ちっとも変わらないな)
すると彼女が俺のほうを向き、タタタッと駆け寄ってきた。
「トマ、大丈夫? フィーネだよ、すぐに治すね」
突然声を掛けられて、体が硬直する。
何年もの間、想い続けている相手。今も毎日あの泉に通い、姿を探し求めていた女の子。その子が、今目の前にいる。
「フィーネ……?」
顔を見たくて問いかけると、彼女がフードを脱いだ。
女神が、現れたと思った。
絶世の美少女が、さらに可愛く、美しくなっていた。
「久しぶり。もう大丈夫だよ。あの頃みたいに何度でも治すから」
アーモンドのように切れ長でふっくらした目が、ふんわりと笑顔を形作る。
吸い込まれそうな青い瞳が、俺の心を射抜く。
その顔には、一緒に遊んでいた頃の無邪気な面影があり、同時に全身が震えてしまうほどの色気があった。
石像のように硬まってしまった俺の手に、フィーネのなめらかな手が重なる。
さらに彼女の手が、俺の肩や胸に触れてくる。
フィーネに触れられるたび、そこが性感帯にでもなったかのように甘い刺激がほとばしった。
「ちょっとごめん」
そうささやいた彼女は、その美しい顔をどんどん近づけてきた。
口付けでもするような距離で、じっと見つめられる。
彼女の甘い吐息と、花蜜のようないい匂いが五感を埋め尽くす。
(ここ、天国か何かか……?)
ぼうっと彼女の鼻筋や唇に見惚れていると、いつの間にか首筋の痛みがやわらいでいた。
(あ、フィーネが……治してくれた?)
そう思うより先に、フィーネの手が俺の太ももに触れた。
(ぬぁっ……!)
全身を電流が走り抜け、さっきから勃起しっぱなしだった股間に痺れるような快楽が襲う。
俺は、フィーネに手をつながれたまま射精していた。
幸いズボンとシーツに遮られて外への放出は免れたが、こんもりとテントを張った部分を彼女に見られてしまった。
「あっ……」
まずい、軽蔑されてしまう。
「えーと……あ、朝だもんね……?」
フィーネは気まずそうに、慰めるようにそう言った。
俺は恥ずかしくて、顔から火が出て爆発するんじゃないかと思った。
何も言えないでいると、女性の護衛騎士らしき人がやってきてフィーネを連れ去っていった。
「……フィーネ」
放心しながらシーツへ倒れ込むと、隣のベッドにいた男が興奮気味に話しかけてきた。
「なあ、あんちゃん……あれがもしやフィーネ様か? 亡き領主の一人娘の」
その言葉を無視して彼女の去った扉のほうを見つめていると、男は「まさかあれほどの」とか「計画を変更して」とか、一人でぶつぶつとつぶやいていた。
この男も、一瞬でフィーネに魅せられたのだろう。
見れば、部屋中の男たちが同じような表情をしていた。そのほとんどが、下半身を膨らませている。
フィーネは、昔とちっとも変っていなかった。
とんでもなく美しくて。
明るくて、誰よりも優しくて。
自分の魅力に無自覚で、それなのに驚くほど無防備で――。
「フィーネ……」
その後も彼女の温もりや匂いが頭から離れず、勃起が収まったのは半日以上が経ったころだった。
その日以来、俺は治癒魔法が使えるようになった。
フィーネが「魔力が集まる場所だから」と言っていた泉に、毎日通っていたことも影響したのだろう。
すぐに自己流で治癒魔法の練習を始めた。
子どもの頃、フィーネが岩場に座って修練をする姿を見続けていたので、なんとなくやり方は分かっていた。
俺はフィーネに近づきたい一心で、泉に通い続けた。
二年もすると、俺は簡単な傷なら治してしまえるほど治癒魔法を上達させていた。こっそり上官に見せたときには、尻もちをついて驚かれた。
男が治癒魔法を使えるなんて聞いたことがなく、奇跡に近いらしい。
一方で俺は、いつでもフィーネを守ってあげられるように剣の鍛錬も欠かさなかった。練習試合で上官を圧倒したときなど、お前はいったい何者なんだと呆れられた。
結ばれることは叶わなくとも、せめて護衛騎士としてフィーネを近くで守れたら。
そんな思いで一心不乱に精進していたら、いつのまにかエルドアでも上位の剣士になっていた。
腕前を見込まれ、大きな商会の娘との縁談も舞い込んだ。
もちろん断ったが、着実にフィーネのいる場所へ近づいているような気がして嬉しかった。
そんなある日、フィーネが大聖女になって聖公国から凱旋したという報せが、領内にもたらされた。
大聖女とは、国や教会をも超越する奇跡の存在らしい。
フィーネとの距離が、決定的に遠のいた瞬間だった。
俺は、泉に通うのをやめることにした。
今日で最後にしよう。
そう思って入った森で、奇跡が起きた。
「フィーネ?」
「トマっ……!」
薄暗い森の中で、彼女の姿は輝いているように見えた。
フィーネが、俺のもとへ駆け寄ってくる。何度も夢に見た光景だ。まさか俺は彼女に会いたいあまりに幻覚を見ているんじゃないだろうか。
「トマ久しぶり、会いたかったよ!」
「俺も……フィーネに会いたかった」
「そうなんだ、嬉しい」
「あ、ああ……」
それはまぎれもなく、実在するフィーネだった。
二年前よりもさらに女性として成長していて、全身が沸騰してしまうほどに色っぽい。
大聖女になったせいか、清廉さや神々しさみたいた雰囲気が漂い、黙っていたらその美しさにひれ伏してしまいそうになる。
「……ごめん、汗におう? 今日いろいろあって、いっぱい汗かいたから……」
そう言うとフィーネはシャツの襟元を掴み、パタパタと風を送り込み始めた。
(うっ……!)
俺のほうが背が高いおかげで、豊満な胸元が目に飛び込んでくる。
(フィーネ、すごく大きくなってる……)
白いブラジャーに詰め込まれた魅惑的な谷間に、息をのむ。汗に濡れた柔らかそうなおっぱいに、つい手を伸ばしたくなってしまう。
襟元が開くたびに、彼女の花蜜のような香りが鼻をつく。男の理性を奪うような甘い匂いに、脳が蕩けそうだ。
衝動的に抱きしめたくなるのを、鋼の意志でこらえる。
「うっぐぅっ……い、いやむしろっ、フィーネはすごくいい匂い、だ」
「ふぇっ……!? そ、そうですカ……」
もうだめだ、立っていられない。勃起しすぎて股間が痛い。
「あの……さ、フィーネ、少し話さない?」
「……うん、いいよ」
俺は、なんとか水場近くの岩に腰掛ける。
冷たい岩の感触が、かろうじて俺の理性を保たせてくれる。
ずっと股間がそそり立ったままだ。雄の本能が、全力でこの女をモノにしろと暴れている。
つい、横に座るフィーネを見下ろしてしまう。
(マズいっ……!)
艶めく蜂蜜色の髪が、静かな夜風に揺れていた。
垣間見えるうなじは色香が半端なく、シャツの襟元から見える鎖骨は生唾を飲むほどに妖艶で、そして……無防備に覗く白い胸元に、吸い込まれそうになる。
今すぐこの谷間に顔を埋めたい。
彼女の芳香を鼻いっぱいに吸い込んで、その柔らかさを顔全体で味わいたい。
そのまま押し倒して、それで――。
「あの、さ……トマは、今なにしてるの?」
「えっ、お、俺は、その……」
彼女の遠慮がちな問いかけに、我に返る。
フィーネの肢体を夢中で鑑賞していたせいか、言葉を紡ぐほうに頭が働かない。
するとフィーネが、おかしそうに微笑んだ。
その笑い方は、昔一緒に遊んでいた頃のままだった。
「どうして笑うんだよ」
「いや、トマ、ずいぶん格好よくなったなーって思ってさ」
「……っ、か、からかうなよ」
「ふふふ」
そうだ、フィーネはあの頃と何も変わってないんだ。
人見知りで、仲良くなると人懐っこくて、たまに悪戯っ子のようにからかってきて。
俺の愛してやまないフィーネのまま。
いや、それ以上に。
「そういうフィーネだって」
「ん?」
「すんごく、可愛くなった……」
「……それは、ありがと」
つい本音をこぼしてから、しまったと思った。
昔からそうだった。
フィーネは剣士ごっこで勝ったり、大きな甲虫を見つけたりしたときに褒めると本当に嬉しそうに笑う。でも女の子としての魅力を褒めると、いつもちょっと寂しそうな顔をしていたんだ。
(何をやってんだ俺は。フィーネに会ったらちゃんと伝えようと思ってたことがあるだろ)
「あのさ、フィーネ。俺、治癒魔法の練習してるんだ」
「え、トマが治癒魔法を!?」
うん、やっぱり。フィーネは身を乗り出し、食いついてくれた。
「二年前、フィーネに治してもらって、俺も誰かを治せる人間になりたいと思ってさ――」
それから俺は、自分が治癒魔法をどうやって会得したのかを語って聞かせた。フィーネは真剣な顔で、頷くのも忘れて聞き入っている。
彼女は昔から、俺たちや領民のことを家族のように大切に思っていた。
「体は大事だよ」「みんなで長生きしようね」と、フィーネの口からなんべん聞いたか分からない。
――みんなも治癒魔法が使えるようになったらいいのに。
ある日、珍しく落ち込んだ様子の彼女が、俺だけにこぼしてくれたことがあった。
そんな彼女の願いが今、実りつつある。
俺が、実らせようとしている。
それを伝えたかった。
「――俺さ、ずっとフィーネにお礼を言いたかったんだ。だから今日会えて……ってフィーネ、なんで泣いてるの!?」
「え? あ、ごめん……なんか、うれしくて」
気づけば、フィーネの目からは大粒の涙が流れている。
世界が静止したのかと思うくらい、美しい泣き顔だった。
愛おしさや情欲、切なさや苦しさ、いろんな感情がこみ上げて、思いとなって口から飛び出してしまう。
「あのさフィーネ。俺、実は毎日、この泉に来てたんだ」
「……鍛錬の、ため?」
「ううん、違う。ここに来れば、いつかフィーネに会えるんじゃないかと思って」
「それは、お礼を言うため?」
「違う。フィーネに、伝えたいことがあって」
彼女の最も苦手だろう、色恋の雰囲気を醸し出してみる。
てっきり目を逸らし、顔を背けるかと思ったのだが、意外にもフィーネは真剣な顔で俺を見つめ返していた。
心臓が、破裂しそうだ。
「なに?」
その優しい声色に背中を押された気がして、俺はついに思いを告げた。
「俺、ガキの頃から、ずっとフィーネが好きだった。今も、いや今はもっと好きだ」
出来の悪い頭では、思いのひとかけらも伝えられない。
本当はもっと、もっと、頭がおかしくなるほどフィーネを愛しているのに。
「ありがとう、トマ。とっても嬉しい。でも、ごめん……」
フィーネは、本当に申し訳なさそうに返事をした。
俺を傷つけないようにと、必死に気を遣ってくれているのが分かる。
俺のことを決して嫌っているわけではないということも、伝わってくる。
でも面と向かって言われると、やっぱり心に突き刺さるものがある。
「……いや、いいんだ。わかってるさ。俺とフィーネじゃあ到底釣り合わないってことくらいは」
昔から分かっていたことだ。
しょせん俺は平民で、フィーネは雲の上の存在。
だから森に通うのをやめて、エルドアを出て、帝国に行こうと思っていた。
政変によって有能な人材が激減した帝国では今、平民からの登用が活発らしい。
平民出身でも、もしかしたら貴族か、同等の地位を得られる可能性がある。
風の噂でそんな話を聞いた。
帝国で成り上がり、フィーネを迎えに行く。
夢物語よりも星をつかむような話だが、このままエルドアでくすぶっているよりかは、可能性が高いような気がした。
「ううん違う、違くてね」
フィーネが困ったような、泣きそうな表情をしている。
駄目な男だ、俺は。
恋焦がれる相手にこんな顔をさせていたんじゃ、いつまでたっても彼女を幸せにできないだろ。
「大丈夫だよフィーネ! 俺、振られてもフィーネを好きって気持ちに変わりはないから」
「……」
間違えた。これでは未練深い男みたいだ。
多分、フィーネはこういうタイプには、どう接したらいいのか分からなくなってしまう。
「あ、いや変な意味じゃなくて、これからも友だちとして好きって意味で、困ったときは遠慮なく頼ってくれたら嬉しいっていうか」
「……」
友だちとか言ってしまった。
いや、俺はずっとそう思っているんだけど。
告白した相手から言われると、なおも近くにいたいと執着しているようで気持ち悪いかもしれない。
「お、俺にとってフィーネは、貴族様だろうが大聖女様になろうが、ここで一緒に遊んだ……泥んこフィーネのままだから!」
「……」
俺は馬鹿なのだろうか。
泥んこフィーネなんて、昔からかうときによく使っていた言葉だ。なんの取り繕いにもなっていないばかりか、貴族で大聖女相手に失礼すぎる。
「あ、あの、フィーネ? ああどうしよ俺、さっきから意味わかんないことばっかり言ってるよな。くそ、フィーネを困らせたいわけじゃないのにっ……」
頭が混乱して狼狽えていると、ふと、フィーネの気配が近づいてきたのを感じた。
横を向くと、目の前にフィーネの美貌があった。
「え?」
「――っ」
唇の先に、信じられないほど柔らかい弾力が、触れた。
しっとりとした感触が、フィーネの整った顔が、ゆっくり離れていく。
「フィ、フィーネ、ここ、これは……?」
……今、なにが起こったんだ?
フィーネのふるんとした唇が、俺の唇に、触れて。
――え?
俺は確か、フィーネに振られて、それで。
そうしたら彼女と口づけをして。
これ、現実なのか?
フィーネに振られたショックで、気色の悪い幻覚を見ているんじゃ。
「ぁ……ぅ……」
耳まで真っ赤になったフィーネが、半開きになった唇を閉じたり開けたりしている。
その反応に、ようやくこれが現実なのだと認識した。
「あ、ち、ちが……くて、これは、その、ととと……友だちの証、といいますか」
しどろもどろになって弁解するフィーネからは、本人もどうして口付けをしたのか分かっていないようだった。
ただ色恋とか、そういう感情からではないということだけは、なんとなく伝わってくる。
「ああっ、あー、うんっ、ともだち、友だちの証、ね。うん、わかってる、わかってるから!」
直感的に、このままではフィーネが俺から逃げてしまうのではないかと思った。
だから必死になだめたのだが。
「えと、ごめんっ、マリエッタが待ってるから」
「あ、フィーネ――」
待ってくれ。
手を伸ばしたそこに、もうフィーネの体はなかった。
野ウサギのように木々の中へ走り去ってゆく。
その消えていく後ろ姿をぼうっと眺めながら、俺は高鳴る鼓動を抑えられずにいた。
友情でも、同情でもいい。
さっき確かに、俺とフィーネの距離はくっついた。
可能性はゼロじゃない。
そもそも彼女は、昔から貴族という立場を窮屈に感じていた。でなきゃ屋敷を抜け出してまで俺たちと――俺と遊んだりしなかったはずだ。
フィーネは、解放されたいんじゃないか?
もしかして今夜泉に来たのも、俺に会うためで。
俺に、立場や肩書なんて関係のない広い世界へ連れ出してほしくて。
今なら、帝国へ行く俺に付いてきてくれるかもしれない。
いや、責任感の強い彼女のことだ。
一緒に行きたくても、誘ったところで首を横に振られてしまうだろう。
――
フィーネの部屋に忍び込んで、半ば力づくで。
心の底では、彼女もそれを望んでいる。
きっとあの口づけは、そういうメッセージだったに違いない。
「よし」
俺は、帝国行きの準備をすべく立ち上がると――――すぐに座った。
「う……いたたっ」
はち切れんばかりに剛直した肉棒が、ズボンに圧迫されて痛い。昂りが止まらない。
彼女の白い胸元、柔らかそうなおっぱい、唇の柔らかい感触。
脳裏にどんどん蘇ってきて、息が荒くなっていく。
これは一度や二度の発散では収まらない気がする。
「なんであんな無防備な格好してるんだよ……」
俺は仕方なく、夜までこの岩場にとどまることにした。