無自覚無防備なTS聖女は今日も誰かを狂わせる(R18版) 作:月見ハク
「はぁ……」
窓から吹き込む涼やかな夜風で、体を冷ます。
私は窓枠に座り、屋敷裏にある暗い森を見つめていた。
「はぁぁぁ……」
さっきの私は、我ながら意味不明だった。
(どうして、トマにあんなことしちゃったんだろう)
トマの前から逃げ出したあと馬車の中で耐えきれなくなった私は、ついマリエッタに聞いてしまった。
「マリエッタ……あの、ちょっと変なこと聞いていいかな?」
「ええ、かまいませんよ」
「好きでもない人に、口付けをしてしまうことって……あったりするのかな?」
「あったんですか?」
「いやっ、あ、あの……今読んでる小説でっ、そういう描写があって」
マリエッタが面白いものを見るような顔で、じいっと私を凝視する。ニンマリと口角を上げ、狙いを定める猫のようなその眼差しに、背中がゾクリと粟立つ。
「うふふ……そうですねぇ。興味本位でとか、好きじゃなくても欲情してしまうとかは、男女ならごく当たり前のことでしょうね。あとは……ふふ、私も可愛い同性を見ると、つい口付けしたくなってしまうことは、しょっちゅうです」
「え、えっと、マリエッタ? んっ……」
近づいてきたマリエッタの指に、唇をなぞられる。
「んっ……ぅ」
思わず目を閉じたら、真っ暗な視界の中で敏感になった唇を何度も撫でられ、思わずヘンな声が出てしまう。
「マリエッタ、くすぐったいよっ……」
触れるか触れないかの指遣いがこそばゆくて、体が震えてしまう。すぐ目の前に彼女の顔があるのを、温かい吐息で感じる。
うう、近い。だから近いんだってマリエッタ……!
「私と、してみますか?」
耳元で彼女の声がして、肩がビクッと跳ねる。
「い、いや、あのっ」
「はぁ……フィーネ様、そのお可愛い反応をやめてください。私にも我慢の限界というものがあるんですよ」
「えぇ……えと、ごめんなさい?」
「まったく、フィーネ様は」
うう、どうしろと。
「それはそうと、フィーネ様もしたくなったことがあるのですか?」
居ずまいを正したマリエッタが冷静に聞いてくる。
「それは、その……」
「まあ、異性とそういう肉欲的な接吻はおすすめいたしませんね。勘違いや災いの元です。でも同性ならむしろアリですよ。私も昔、専門学校時代はよくルームメイトと……」
マリエッタがなにやら懐かしむようにつぶやく。
最後のほうが聞き取れなかったけど、重要な情報は手に入れた。
(同性なら、むしろアリ!?)
「それは……男の人も、そうだったりするのかな?」
「さあ、殿方のことはよく分かりませんが、酔っ払うと手あたり次第に口付けしてしまう
ひょっとして、私もキス魔なのかな。
いや、そんなことは。
だって、私は今もトマになんであんなことをしたのか分からない。
エラやマイさんにも口付けしたいなんて思わな……あれ、なんかドキドキしてきた。
あれ? あれ!?
いやいや、でも前世は男の子だったんだし、エラやマイさんにそういう気分になるのも普通か。
あ、でも私は今女の子なワケで。
あれれ?
「ううう……」
「ふふ、なにやら混乱している様子も可愛らしいですね」
結局思考の終着点が見えぬまま、馬車は屋敷に到着した。
屋敷に帰ってきてからも、悶々としっぱなしだった。
浴場で、鏡に映る自分の唇を見てううううと一人唸る。
「フィーネ様、大丈夫ですか!?」
うっかり長湯をしてしまい、マリエッタに心配されてしまった。
私はいったい何をやっているんだろう。大聖女にもなって。
そんなこんながあって、私は今、自室で一人夜風に当たり頭を冷やしている。
「はぁ……」
もう何度目かになるため息をついたころ、私は一つの結論に達した。
「うん、今は考えても仕方がない」
ようやく私の年齢は、前世の年齢を少し追い越したところだ。
このまま年を重ね、意識が馴染んでくれば、いずれはフィーネとしての答えを――。
コンコン。
部屋の扉をノックされ、思考が中断する。
誰だろう。
こんな夜更けに寝室を訪ねてくる人なんていないはずだ。声がけもないし、妙な胸騒ぎもする。
私は薄く防護魔法を張りながら、扉に向かって声を掛けた。
「誰? マリエッタ?」
「僕だよ、フィーネ」
「え、お
こんな夜中にどうしたんだろう。
またなにか、あったのかな。
とりあえず出迎えの準備をしないと。
「お義兄さま、少し待っ――」
ガチャリ。
待ってくださいと言う前に、義兄さまが寝室に入ってきた。
「あ、えっ、お義兄さま、どうしたのですか?」
「ああごめんよ、ちょっとフィーネと話したいことがあって。ゲームでもどうかな?」
見れば、義兄さまは小脇に盤上ゲームを抱えていた。
多分、なにか重要な話があるんだ。
でなければ、こんな夜更けに義兄さまが一人で部屋に来るなんておかしい。
鬱々とした顔で近づいてくる義兄さまから、ブドウ酒の香りがする。
(これ、きっと深刻なやつだ)
なにか辛いことでもあったのだろう。
なら、ここは一肌ぬぐのが可愛い妹というものだ。
「そういうことなら、今テーブルの上を片付けますね。あ、あと……」
自分の体を見下ろす。
寝る前なので、今は膝丈のネグリジェ姿だ。
パンツは穿いてるけど、上はブラジャーも付けてない。けっこう薄手のネグリジェだし、義兄さまにしてみれば、はしたない格好に映ってしまうかも。
「ちょっと着替えるので、少しお待ちいただけますか?」
「いや、今のままで構わない。やろうか」
そう言って、義兄さまはテーブルの上を片付け始めた。
「そ、そうですか。わかりました」
私は申し訳程度に白いカーディガンを羽織ると、片付けに加わった。
「さぁ、フィーネの番だよ」
「うむむ……」
義兄さまと興じているのは、前世のチェスに似たゲームだ。
剣士や魔法使い、聖女見習いなど駒の種類はこちらの世界に合わせたものだがルールはだいたい同じだ。大きく違うところといえば、王だけでなく女王の駒を取られても負けになることくらいか。
私は、このゲームがけっこう得意である。
前世では、患者仲間たちと将棋や囲碁、もちろんチェスなんかでよく遊んでいた。だからエラやマリエッタ相手なら負けなしなのだ。
ただ……義兄さまにはほとんど勝ったことがない。
「えい」
熟考の末、私は聖女見習いの駒を進めた。
「フィーネは昔からこのゲームが好きだったよね。女性が好むようなものじゃないのに。本当に君は変わっているよ」
義兄さまが剣士の駒を進め、聖女見習いの駒をコテンと倒す。
かなり不利な状況だ。やっぱりこの人は強い。
でもここで動揺したりすると、打つ手なしと見なされてしまう。すると義兄さまはトドメを刺しにくる。追い込まれた状況でこそ、ポーカーフェイスが大事なのだ。
「ふふふ、それは褒め言葉ですか? でも相変わらず義兄さまもお強いですね」
「フィーネも上手いよ。少なくとも、女性でフィーネより強い人は見たことがないな」
それは女性でやっている人がほとんどいないだけでは?
まあ、そんなことより本題だ。
「それでお義兄さま。なにが、あったのですか?」
私は騎馬の駒を進め、義兄さまの剣士を討ち取った。
「実はね、今、エルドア領も僕も、王国で非常に危うい立場にある」
「え……!?」
ゾワリと寒気が走る。
義兄さまの司祭の駒が、私の騎馬を討ち取った。これでその隣にいる聖女見習いの駒も次のターンで倒されてしまうだろう。
「もしかして、私の……せいでしょうか?」
「それもある。今や大聖女は政治的な影響力が大きすぎる。いわば爆弾みたいなものだね。それに、僕の立ち回り方にも問題があった」
「立ち回り方、ですか?」
「ああ。元々は派閥的にも中立だったのに、急に第二王子派につき、第二王子が王になったと思ったら、今度は王女派に寝返って新王を排した。王国貴族たちの間で、私に対する不信感が高まっているんだ」
確かに義兄さまの動きは、貴族から警戒されて当然だ。
そして、そんなふうに義兄さまが行動した理由の一つは、私だ。
私を守るために、危ない橋を渡ってくれた。
盤上で聖女見習いの駒を逃がす。すると別の司祭の駒に挟み撃ちにされ、討ち取られた。
「あ、あのっ、私になにか、できることはありますか? 私は腐っても大聖女ですし、教皇様に助力をお願いすることもできると思います」
「ふふ、フィーネは誰よりも立派な大聖女だよ。おかげで僕は聖公国や新しい帝国の首脳陣、それに近く王国を統べることになる王女殿下とだって、いい関係を築けてはいるんだ」
義兄さまが盤上を指差した。フィーネの番だよ、という合図だ。
私は自軍の司祭の駒を動かして、義兄さまの司祭を倒す。
「ただ問題なのはね、フィーネ。表に出てこない反感なんだ」
「裏で、なにか仕掛けられているということでしょうか?」
嫌な予感がする。
「ああ。フィーネが今日発見した脳を
「誰かが、わざと?」
そんな、酷いことを。
あれ、でもどうして義兄さまは――。
「今のところ犯人は分かっていない。帝国過激派やオレンダイ領家の残党、王国内にくすぶる第一王子派や第二王子派、王国教会……僕を邪魔に思う勢力は多い。というより、僕を排除して大聖女を手に入れようとする勢力といったほうが正解かな」
「そん、な……」
思わず、絶句してしまう。
大聖女になれば、政治を超えた存在になればエルドアを守れると思った。
なのに、大聖女こそがエルドア領を危険にさらす要因になっているなんて。
「そこでね、フィーネにお願いがあるんだ」
義兄さまがもう一つの司祭の駒を、二マス逃がした。
「はい。私にできることであれば何でもします」
私は盗賊の駒を動かして、逃げた司祭を討ち取る。
「ふふ、そう焦らないで。そうだな……このゲームで僕が勝ったら、フィーネは僕の言うことを聞くっていうのはどうだい?」
義兄さまの魔法使いが、私の聖女見習いを倒す。
これで手持ちの聖女見習いの駒は、すべて義兄さまに取られた。
「それは、私にできることなのでしょうか?」
「ああ、フィーネの意思次第で十分可能なことだ」
「わかり、ました」
私は神官の駒を動かして、義兄さまの魔法使いを討ち取る。
なんだろう。どこか、義兄さまの様子がおかしい。
(酔ってるから?)
それにしては、いつもと様子が違いすぎる。
微笑んでいるのに余裕がないというか、妙に興奮しているというか。すごく思い詰めているようにも、見える。
「僕の勝ちだ、フィーネ」
義兄さまが、王の駒をコツと動かした。
見れば、どうやっても私の女王の駒が討ち取られる配置になっている。チェックメイトだ。
視線を上げると、義兄さまの金色の前髪が、風もないのに揺れていた。
宝石のような青い瞳が、熱っぽくこちらを見つめている。
「う~負けました。相変わらず義兄さまは強いですね」
「フィーネも中々しぶとかったよ」
「ありがとうございます。それで、義兄さまのお願いとはなんでしょうか?」
あえて笑顔を作り、気軽な感じで聞いてみる。
「僕と結婚してくれないか、フィーネ」
……ん?
ケッコン?
血痕…………結婚?
「ええっと……? あの、どういう、ことでしょうか?」
「これがエルドアを救う唯一の方法なんだ」
「私とお義兄様の結婚が、ですか?」
「ああ。僕たちが夫婦になれば、僕は本当の意味でこの領を継ぐことができるし、君と子を成せば、血筋的にも正当な後継ぎとなる。そうすれば政治的につけ入る隙をなくせるし、貴族連中も容易には君に手を出しにくくなるんだ」
それは、そうかもしれない。
でも。
「大聖女という爆弾は、残り続けるのでは?」
「それも問題ない。君が領主夫人となれば、エルドアから永遠に離れることはないという対外的な証明になる。動かない爆弾なら、誰も恐れはしない」
そう、なのかな。
確かに、義兄さまの言う理屈は納得できる。
私も領主の一人娘だ。エルドアの安寧のためなら、感情より優先すべきことがあるのだと分かっている。
義兄さまがエルドアに来た時から、そういう未来があるのかも知れないと……ほんの少し覚悟もしていた。
でも、仮に義兄さまと夫婦になったとして、そんなに上手くいくだろうか。
人は感情の生き物だ。
新王陛下や大司教様、あの司教貴族たちのように、感情のおもむくまま、道理や理屈を無視する人を、私は何人も見てきた。
「お義兄様の話は、少し出来すぎのような気がします」
「ふふ、フィーネも旅を通じて成長したんだね。確かにこれは理想論だ」
そうだ。これは理想論に過ぎない。
一番、現実的な道は。
(私が、エルドアから去ること)
育ってきた故郷を……せっかく戻ってこられたエルドアを、離れたくはない。
領のみんなを見守って、みんなで楽しく長生きしたい。
でも。
「義兄さま、領にとって一番いいのは、私が――」
「だから、力を示すんだよ」
私の言葉を遮り、義兄さまが低い声で言い放つ。
「力……?」
「そうだ。僕はねフィーネ、君と結婚したらエルドアを独立させるつもりだ」
「どういうこと、ですか」
王国から独立する。
そんな喧嘩を売るような真似をしたら、王国だけじゃなく他の国との関係も悪化してしまう。
「もちろん新たな戦乱の火種となるだろう。でもフィーネ、君がいる。大聖女の力があれば、兵を強化し、癒し、強力な結界を張ることも可能だ。もし独立を認めない勢力が現れても、十分エルドアを守りきることができる。そうだろう?」
そうかもしれない。
でもそれは、終わらない戦いを生み出すことにもつながる。命が、また無慈悲に奪われる。そんなのは、嫌だ。
私は、一度深呼吸をしてから、義兄さまをまっすぐ見据えた。
「お義兄様、申し訳ありませんが、今は結婚の申し出を受けることはできません。無闇に争いの火を生むのではなく、まずは教皇様に相談してみませんか?」
多分、教皇様はこの様子も視ているはずだ。きっともう何らかの手段を考え始めてくれているかもしれない。みんなが平和に暮らせる方法を。
ふと、義兄さまが大きなため息をつく。
「まったく、フィーネは相変わらず心根が優しいね。まあ予想はしていたよ」
「なら、すぐにでも教皇様に」
「でも、僕はもう待てないんだ」
「えっ……」
義兄さまが手を伸ばし、テーブルの上で私の手を握ってきた。
「あの、お義兄さま?」
「フィーネ、言い方を変えよう。僕はフィーネを愛している。義妹(いもうと)としてもそうだが、一人の女性として愛しているんだ。だから僕と結婚して欲しい」
義兄さまの目は、真剣だ。
義兄さまが、女性としてフィーネを……私を?
全然、知らなかった。気付いてなかった。
今の私は、義兄さまを家族としてしか見ることができない。
結婚は貴族の責務の一つだ。それは分かっている。
いずれは甘んじて受け入れる日が、くるかもしれない。
だけど、もし叶うなら。
「お気持ちは、嬉しいです。ただしばらくお時間を、もらえませんか?」
「ああ……フィーネの気持ちは分かってるよ。でももう待てない。五年も待ったからね。それにどれだけ待ったとしても、君は僕を一人の男としては見てくれないのだろう?」
「それ、は……」
「だからもう、待つのはやめにしたんだ」
義兄さまの手が、私の手をいやらしくなぞった。
「っ……!」
ガタンッ――。
思わず手を離し、椅子から立ち上がる。
その拍子に、羽織っていたカーディガンが床に落ちた。
「義兄さま、どういう、ことですか?」
嫌だ、あの目だ。
エコンドや、新王陛下や、司教貴族や、アノン君と同じ。
どうして、義兄さまが。
「心を奪えないなら、体のほうを縛り付けるしかないだろう?」
義兄さまがゆっくり立ち上がる。
いつもの陽だまりのような笑顔は消え、不気味に歪んだ笑みが張り付いていた。
初めて見る義兄さまの表情に、悪寒が走る。
(嫌だ)
近づいてくる義兄さまから逃げるように後ずさると、背中が壁にぶつかった。
(お願い、それ以上近づかないで。義兄さまに力を使いたくない)
「義兄さま、どうしたのですか? 義兄さまはこんなことをする人じゃ」
「いいや、僕はねフィーネ。頑張って君には悟られないようにしていたけど、本当はずっと君に欲情していたんだ。狂いそうなほどにね」
義兄さまの手がぬうっと伸びてくる。
(嫌だっ)
無意識に魔力があふれ、防護魔法が発動した。
「ぐあっ」
虹色の膜に弾かれた義兄さまの体が、テーブルに直撃する。
「義兄さま……!」
「まったく、もうっ」
起き上がった義兄さまが、また私に手を伸ばしてくる。
(やめて!)
「ぐはっ……」
またも防護魔法に弾かれた義兄さまが、今度はテーブルを飛び越えて寝室の壁に打ち付けられた。
「ご、ごめんなさい義兄さまっ……もうやめてください。このままじゃ大怪我を負ってしまいます」
「はは、優しいねぇフィーネは。本当に愛らしいよ」
義兄さまの体から魔力が立ち上ったかと思うと、強烈な突風が襲い掛かってきた。
(そんな、どうして攻撃魔法を)
義兄さまの放った風魔法が、私の防護魔法に阻まれる。
室内に超高密度な魔力場が発生し、バチバチと雷のような音が鳴った。
(だめ、跳ね返してしまう)
風魔法が、防護魔法によって逆流していく。
「ぐ、ううっ……がはッ」
「義兄さまっ、もうこれ以上は義兄さまの体がもちません!」
「く……やはり大聖女の力には敵わない、か」
義兄さまが纏っていた魔力を解いた。
荒れ狂っていた風魔法が霧散していく。
その中心で、義兄さまは床にうずくまっていた。
瞳から大粒の涙を流し、嗚咽している。
「ううぅ……どうして、どうしてなんだっ、こんなに耐えて、耐え抜いて、たくさんの代償を払ってきたのに、どうして手に入らないんだフィーネっ!」
「にい、さま……」
(義兄さまが、泣くなんて)
初めて見る義兄さまの悲愴な姿に、動揺する。
でも私には、その慟哭を黙って見守ることしかできない。
やがて、義兄さまは力なく声を紡いだ。
「すまないフィーネ……僕としたことが、少し酒を煽りすぎたようだ。怖がらせてごめんよ」
泣きながら、私を見上げる。
その顔は、いつもの優しい義兄さまのものだった。
そうだ、治癒を掛けないと。
「義兄さま、あの」
「ああ、僕は大丈夫。治癒魔法は不要だよ。ただ……代わりと言ってはなんだが、最後にささやかな願いを聞いてくれないかな。さっきのゲームの報酬はこれにしてくれてもいいから」
「なん、でしょうか?」
「僕と、口付けをしてくれないだろうか? 軽くでいいから」
口付け。
この先、もし義兄さまと結婚したら、することになるのだろうか。
でも今は、やっぱり。
「ごめんなさい。今は……できないです」
取り乱して尋常ではない義兄さまとするのは、こわい。
フィーネの心が、私の体が、そう叫んでいる。
「トマとかいう青年とは、したのにかい?」
「え……」
胸がドキリと脈打つ。
義兄さまに知られていた。
マリエッタに、見られていた?
「フィーネは本当に自分の魅力に無自覚で、驚くほど無防備だね。君がどれほど男たちを狂わせているのかにも、まるで無頓着だ。帝国の司令官に悪戯され、新王に手籠めにされかけて、聖公国の汚らわしい貴族にも襲われたっていうのに、全然変わらない」
「どうして、義兄さまが……それを」
全部、知っていた?
どうして……嫌だ、義兄さまに知られたくなかった。
「僕の情報網を舐めないでほしいな。君のことはなんでも知っている」
「どう、して」
「だけどねフィーネ、僕が一番ショックだったのは、君がトマ君に自分から口づけをしたことだ」
「それ、は」
義兄さまが、ゆっくり近づいてくる。
私が体を包むように防護魔法を張ると、義兄さまは一歩手前で立ち止まった。
陽だまりのような顔が、ぐにゃりと歪む。
「困ったね、このままだと僕は嫉妬に狂って、トマくんに何かをしてしまうかもしれない」
「やめて、くださいっ……!」
息が、できない。
大切な幼馴染が傷つけられる恐怖で、体が動かない。
今の義兄さまは、きっと躊躇(ためら)いなくトマをどうにかしてしまう。
それが分かってしまうのが、つらい。
「じゃあ僕の口付けを受け入れるんだ、フィーネ。そうすれば、もう君に不快な思いをさせないと誓うよ。フィーネ頼む。これは僕の諦めの儀式でもあるんだ」
諦めの、儀式。
このキスを終えたら、きっともう前みたいな兄妹の関係には戻れない。
だからこれは、私にとっても諦めの儀式。
それでも。
「……わかり、ました。その代わり、トマには手を出さないでください」
「ああ、わかってるさ」
私は、覚悟を決めて目を閉じた。
防護魔法を解き、再び発動しないよう懸命に抑える。
義兄さまの本心を、本性を、知ってしまった。知りたくなかった。
(私が、悪いのかな)
いつもの義兄さまの匂いが、近づいてくる。
指が、私の目に浮かんだ涙を拭う。
こめかみの先に、義兄さまの気配を感じる。
「フィーネ、愛してるよ」
唇に、かさついた感触が押し付けられた。
「んっ……ッ」
その瞬間、私の体がドクンと震えた。
フィーネが敵司令官に捕えられ性奴隷堕ちするIFストーリーを、フFANZA・DLsite・ファンティアで発売しました!
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